特別企画『木下恵介監督作品集中ビデオ鑑賞』

戦後、日本映画の黄金期を飾った巨匠としてこの人の名前を外す訳にはいかないでしょう。
でも、私の世代だとテレビの「木下恵介アワー」だとか「木下恵介劇場」といったドラマシリーズの方が
馴染みがあるんですよね。殆どが軽い感じのホームコメディーだったと記憶しています。しかし、巨匠
と呼ばれる監督達は映画に拘り中々テレビへの移行は難しかったように思うのですが、何故この監督
は実にスムーズにテレビへ転身が出来たのか?なのですが、やはり「大衆」というモノを凄く
意識していた人だったからではないでしょうか。この監督の作品を観るとそれは実によく解ります。
「感傷的」「抒情的」そして「文部省推薦的」というキーワードを並べると映画好きの
貴方はどんな作品をイメージするでしょうか?。そうですね、たいがいの映画ファンはその映画を観る
前から少し退いた感じになるのではないでしょうか。今だとそういうレッテルだけでパッと思いつくのが
山田洋次監督でしょうか。そういう意味ではこの二人共通点があるかも知れませんね。それは
おそらく両監督とも上記に上げた「大衆」を意識しているということと、ある種の先入観を持たれやすい
監督と言えるかも知れません。しかし、一般の人達からは圧倒的に支持された監督である事も間違い
のない事実です。
しかし、多くの人達から巨匠と呼ばれて来たのだから作品がそんなに陳腐である訳がありません。同じ
ように「感傷的」「抒情的」「文部省推薦的」な作品を作る凡百の監督達とはある一線を超えた卓越し
た技量なり訴えるものがあるはずです。
またまた絵画の話を例えに出しますが、私はこの監督を思うと、印象派のルノワールをイメ
ージしてしまうのです。戦後の巨匠達と言っても全てスタイルが違うように、一口に印象派と言っても画
家によって全くスタイルもタッチも違います。その中でルノワールという存在は、現在だと印象派の代名
詞の様な最もポピュラーで、女性や一般の人達に最も愛されている画家なのですが、絵画ファンと仰る
方々にはそれほど人気があるように思えない画家なのです。(そういう私も、それほど好きとは言えない
画家なのです。f^_^;;)しかし、それは現在のイメージであり、彼自身はそんな事を考えて絵を描いていた
訳ではないでしょう。おそらく他の画家と同じく自分の好きなモノを、そして自分のスタイルを突詰めてい
った結果の作品であって、これは木下監督にも同じ事が言えそうな気がします。
以前テレビの日本映画の歴史のような番組の中で、私は未見ですが、木下監督の『陸軍』と
いう作品の紹介があり、1944年の戦時中の映画で軍の検閲があった時代の戦意昂揚を目的とした
(しなければならない)作品のラストシーンで、息子の出征を見送る母親の姿を延々と移動撮影で撮った
シーンを見たのですが、それを観た軍側が「女々しい」という事でクレームをつけたが、事前に検閲の
条件は全てクリアしているということで押し通したというエピソードを知りました。そのシーンは時代背景
を考えると、よく撮ったなと思うほど凄いシーンでした。この頑固さ、狡猾さ、表現者としての意思の
強さ、は今回9本の作品を見直して(初見4本)あらためて感じた事の一つです。
そして、今回まとめて観て上記を含めて色々な特色を発見出来たのですが、作品の殆どが地方(田舎)
が舞台で、大自然の中でのロケーションが多かったことや、半生記モノが多かったことが上げられます。
木下作品というのは日本の風土の中での日本人の心情を、激動する社会の中でどのように生きて
きたかの「証」を残す為に作られてきたようにも思えました。
では、今回も観た順の感想です。
『遠い雲』(1955,白黒,キネ旬15位)
高峰秀子、田村高廣、佐田啓二
木下監督の最盛期というのはおそらく1954年の『二十四の瞳』、55年『野菊の如き君なりき』、57年
『喜びも悲しみも幾歳月』、58年『楢山節考』辺りの時期だと個人的に思っているのだけど、丁度その
脂の乗った時期の作品にしては、凡作の様な気がした。
長野の故郷に戻り昔の恋人の未亡人との再会で、時間や距離が否応もなく変えるモノと変えられない
モノとかが描かれていましたが、私としてはそれほど興味の持てないテーマでありました。
『カルメン故郷に帰る』(カラー版)(1951,カラー,キネ旬4位)
高峰秀子、佐野周二、笠智衆、佐田啓二
日本映画初の「天然色映画」として有名です。タイトルに「カラー版」とあるようにこの作品はモノクロヴァージョン
も存在しますが、そちらの方も是非観てみたいです。
浅間山麓の雄大な大自然をバックに芸術家気取りのストリッパーが故郷に帰って引き起こす風刺コメディーです。
この作品は歌あり踊りあり、そしてコメディーなので非常に明るいのですが、この作品でこの人の上記で言った
狡猾さもよく出ています。社会へ対しての、インテリに対しての、都会へ対しての、金持ちに対しての、様々なモノ
へ対して、かなりの皮肉や風刺が効いた作品です。
この作品は本当に主人公リリー・カルメンのキャラクターが良いので、続編『カルメン純情す』が作られているの
ですが、これも観てみたい作品です。
『惜春鳥』(1959,カラー)
津川雅彦、小坂一也、佐田啓二、有馬稲子
白虎隊で有名な会津の地方都市の若者の友情と挫折のお話です。
木下監督は58年の『楢山節考』辺りから作風が変わってきます。勿論、冒頭に言った「感傷的」「抒情的」と
いったものはベースとして無くなりませんが、厳しさがどんどん増して来たように思えるのです。この作品にも
その変化は顕著に現れています。作品において人生のほろ苦さの比重の方が多くなってきた感じがします。
『香華』(1964,白黒,キネ旬3位)
岡田茉莉子、乙羽信子、加藤剛、岡田英二、田中絹代
有吉佐和子原作の202分の長編映画です。この映画のあと、松竹との間のトラブルでテレビ界に活躍の場を
移行したようです。
原作が面白いのか物語そのものに引き込まれる、ある母と娘の半生を描いた作品ですが、この作品でも厳し
さが全編にゆき渡り、上記の「文部省推薦的」のレッテルはもう完全に剥がれた作品だと思います。ある意味
では、「映画監督」として木下恵介の到達点の作品なのかも知れませんね。
『永遠の人』(1961,白黒,キネ旬3位)
高峰秀子、仲代達也、佐田啓二、乙羽信子
阿蘇山の麓の村の庄屋の息子に卑劣な手段で無理矢理嫁がされた女の半生記ですが、これも厳しい作品でし
たね。人を憎み続けること、人を許すことなどをテーマにしてみごたえのる作品に仕上がっていました。
『破れ太鼓』(1949,白黒,キネ旬4位)
坂東妻三郎、小林トシ子、森雅之、宇野重吉
これは、私の世代ではテレビシリーズの方が馴染み深いですね。テレビでは進藤英太郎の雷親父が印象的
でしたが、坂東妻三郎の親父も手振りの癖とかがヒットラーを連想させて面白かったです。今ではもう絶滅の
危機にありますが、(笑)一昔前にはいくらでもいた、そしてよくあった封建的な頑固親父とその家族の騒動と
いう定番ホームコメディーですが、時代背景を考えるとよく理解できる木下監督の原点とも言える作品ですね。
それと木下監督というのは非常に音楽に凝る監督なんですが、日本映画に「映画音楽」というものを根づかせ
たのも、ひょっとしたらこの監督かも知れませんね。
『喜びも悲しみも幾歳月』(1957,カラー,キネ旬3位)
高峰秀子、佐田啓二、有沢正子、中村賀津雄、田村高廣
主題歌もお馴染みの灯台守夫婦の半生を描いた作品です。
『二十四の瞳』と同様の路線だと思いますが、上記でも記した監督の円熟期の作品で、当時の大衆の誰もが
共感出来る世界というのか、日本人なら誰でも理解出来る世界観を作りたかったのかも知れません。映画が
持つ力というものを実によく心得た人なんでしょう。
『野菊の如き君なりき』(1955,白黒キネ旬3位)
有田紀子、田中晋二、杉村春子、笠智衆、田村高廣、小林トシ子
歌人伊藤左千夫の小説として原作も有名ですね。私も子供の頃にこの純愛物語を読んで泣いた事がありました。
(笑)照れくさいような甘酸っぱいような物語なので、今観るとかなり気恥ずかしくなるのではないかと危惧していま
したが、木下監督は実に美しく詩的な作品に仕上げていて、今観ても何の抵抗もなく歳をとったからこそまた余計
にいとおしく思えるような作品だったので少し驚いています。
淀川さんの話でよく聞いたのですが、ワイドスコープのカラー作品『エデンの東』の試写を観て感動して、自分も
次に作る作品はこんなのにしたいと言って、作った映画が全く逆のこの作品だったという……、なんだか、解る
ような気がする話です。しかしこの作品は、本当に実に美しい作品です。主演の有田紀子も初々しく可憐な感じ
でまさに野菊の如き「民さん」でした。(未見ですが、決して松田聖子の民さんではありません。f^_^;;)
『二十四の瞳』(1954,白黒,キネ旬1位)
高峰秀子、天本英世、夏川静江、笠智衆、田村高廣
壺井栄のベストセラー小説で、日本人でこのタイトルを知らない人というのは殆どいないと思われる、
木下監督の最高傑作であり、戦後の日本で最も有名な作品と言えるかも知れない。
ああ〜〜、ダメだぁ〜〜、やはり今でも泣きまくってしまう映画でしたぁ〜。(笑)いやぁ〜、歳とって涙腺が
緩んでいるので余計にそうなのかも知れませんが、これほどのべつまくなしに泣かせられる映画って他に
あるのかなぁ〜。私の中では泣かせる映画のNo1に表彰したいと思います。f^_^;;
で、誤解しないで欲しいのですが、やはりこれは紛れも無い傑作なんですよ。
今回9本の木下作品を観たのですが、やはり私の中の木下監督というのは『二十四の瞳』であり『野菊の
如き君なりき』の監督なんですよね。(『楢山節考』も傑作だと思いますがあの作品はかなり実験
的だったので…)
私はこれらの作品を一番感受性の豊かな時期に観れた事を本当に幸せだったと思います。大げさかも
知れませんが、こういう映画達によって今の自分が創られて来たように思うし、日本人という意識も知ら
ず知らずに形成されていたのかも知れません。