『美学あれこれ』
(04/14記)
少し前に私の掲示板で美学(美意識)の話題が出て、私自身こだわり
のある言葉でもあるし、その会話の中で結構男特有の概念なのかな?
と少し考えてみました。
でも、このテーマで少し考えただけでお国柄、土地柄、個人、性別等
により様々な事柄や違いが思い浮かび、簡単にまとまりそうにもない
テーマだということにすぐに気付いてしまいました。(笑)
それと、やはり性別には関係なく「美学」という言葉が大げさなだけで
普段から誰でもが極自然に意識している様な感じがします。
例えばお国柄で考えると日本では「武士道」英国の「騎士道」やアメリ
カの「フロンティアスピリット」などは美学につながる精神だと思います。
あと性別から連想する「フェミニスト」や「内助の功」なんていうのも関
連しそうですね。土地柄でいいますと、私は関西人なのでその地方独
特の気質なども関連してくる様に思えます。勿論、最も大きな影響力
として教育とか宗教なども関連するだろうし、それら様々なものに影響
されながら個人的美学が出来上がってくるようです。
しかし、同じ様な環境や文化に育ち、同じ様な教育を受け、影響され
る外部的要因もほぼ同じ様なものでありながら、なぜこんなにも個人
的美学が違ってくるのでしょうね。いや、私が変わり者なので人と違
うだけなのか?。とにかく私は周りの多くの人間とは違っている様に
感じています。
周りを見回して、特に私には欠けている(というより無いのかも)と
思われるのが「忠誠心」というモノ。国に対して、会社に対して、属
する組織に対して、親に対して、何をとっても殆ど私には無いように
思える。例えば国が、会社が、組織が、もし悪い事をした場合や
間違っている場合(というより私が嫌悪するような事をした場合)、
私は凄くクールに対応出来る気がする。ニュースなどで○○○を
かばい自ら犠牲に自殺なんてよく報道されますが、私には全く考えら
れない行動パターンです。ホームに落ちたあかの他人の酔っぱらい
を助ける方がまだよく解ります。「一宿一飯」とか「義理」とかの方が
まだ解ります。
私はずっとサラリーマンをやってきたので主に会社での事が目につく
のですが、これはお国柄なのかも知れませんが、例えば付き合い残業
なんて多いですよねぇ。これなんてむしろ経営者側からすると迷惑の
筈です。だって、何の生産生のない者にいらない残業料金を払わなけ
ればならないのですから…。でもこれが当たり前の「空気」を作って
しまっていると、やらない者がむしろ冷遇されます。この辺り美学の
話と関係ないようですが、最初は思いやりとか自己犠牲いう美学が
あったのだと思います。その内それが「打算」や「自己保身」に変容
している事に気付いていないだけなのかも知れません。「忠誠心」と
打算や自己保身って正反対の様な気がしますが、私の経験上これら
は背中合わせの反対方向を向いているようにですが、ピッタリとくっつ
いて切るに切れない、切れば血が吹き出る様な関係の様な気がします。
だから上記の自己犠牲なんて聞くと、哀れさ以上に反吐が出そうになっ
てしまいます。
私の場合それをやらない美学を選んでしまいました。(これは勿論、
残業をやらないという意味ではなく無駄な残業はしないという意味で
す。何が無駄で何が無駄でないのかの考え方はまたその美学に関わ
って来ると思うのですが…。)会社も今では少しずつ変わっては来てい
るのかも知れませんが、今の日本の組織でそれを選ぶということは、
弾き出される運命を選ぶということとほぼ同じ意味なんですよね。こう
した事は付き合い残業はほんの一例でまだまだたくさんあるのですが、
これは正論であるかどうかの問題ではなく、あくまでもその場の「空気」
が最優先になってくるのです。それが嫌なら辞めるしか手段がなくな
ってきます。おそらくまだそれを「変える」という方法の美学もあるの
でしょうね。しかしながらそれは映画やドラマの中では見た事があり
ますが、現実にそういう美学を持ち行動している人に、残念ながら
いまだ出会ったことがありません。いや、私の様なそういう「空気」
の中でやらない事を選びとるタイプにさえ出会った事がありません。
私が上記で「空気」と呼んでいるのは「多数派の暗黙の了解」という
意味合いで読んでもらえると分かりやすいと思います。ここまで書き
進み、今度は「多数派の美学」と「少数派の美学」というものがある
事に気付いてしまいました。う〜〜ん、「美学」って考えれば考える
ほど奥が深くて段々収拾がつかなくなってきました。(笑)このまま
だと全くまとまらない気がしてきましたので今回はこの辺で…。f^_^;;