Picture of a knight on the horse

騎士の時代

「ヨーロッパ中世、騎士が栄えた時代。そして騎士の没落とともに近代へと時代は移ることになる。」

 歴史家や研究者のような難しい研究ではなく、素人のミーハーな観点で綴る部屋です。3次元グラフィックスで城を作るなんてこともやりたいなぁと(できるかぁ?)考えていますが、当面は文字中心で綴っていきます。


〜 目次 〜

  1. 騎士は外国では何と言う
  2. 騎士と呼ばれるには?
  3. 槍試合:トーナメント(comming soon)
  4. 戦闘
  5. 武具
  6. 食べ物(comming soon)
  7. 城の生活(comming soon)
  8. 騎士の登場
  9. 参考文献
  10. 騎士の映画
  11. 騎士や中世西欧に関するリンク集

騎士は外国では何と言う

 おまけ、「中世」って英語では、"Medieval"って言うんですね。今までは直訳の"Middle Age"と言ってましたが、これはあまり使われていないようです。

騎士と呼ばれるには?

 中世、騎士と称されるのはどんな人なのだろうか?簡単なように見えて、実に奥深い問題です。馬にのって鎧をつけてればいいか?金持ち商人は皆騎士になるに違いない。それではいったい・・・、ここで、騎士と呼ばれるためのキーワードを調べたり推察したりしてみます。

高貴な騎士(マルク・ブロックの述)

「生活を自らの手労働に依拠せず、生活の基礎を農奴や農民にゆだね、騎士として主君に奉仕することに高貴さを主張する。」
普段は農作業をしていて、いざという時に武器をとって駆けつけるというのは騎士としては失格ということですね。

騎士の役目の本質的なもの

 武器をとり、戦争に出ること。
 そのほかには、狩猟をしたり、トーナメントに参加したり・・・。

騎士の種類

 馬に乗り、鎧、盾、武具(槍、剣、短剣、弓矢)、それから替え馬を持っています。これらはみな自腹で持つので、騎士はそれなりに富裕でなければならないです。富裕といっても騎士が皆土地を保有する、いわゆる「領主」であったわけではなく、土地を持たない騎士もいたので(むしろこちらが多い)、領主でなくても騎士となることができました。土地を持たない騎士は、いずれかの領主に家来として仕え、主君とした領主から衣食住をあてがわれました。なかには主君を持たず、「遍歴の騎士」となった者もいます。いってみれば「浪人」ですね。時代劇の浪人と違って、お金を稼ぐ機会はたくさんありました。なかには盗賊で稼ぐ悪徳騎士もいたりします。とりあえず、自前で騎士としての装備を揃えることができるだけの収入は必要でした。 

城内騎士
 城主と呼ばれる、自分の城を保有し、この城を中心に周辺の村落を支配(城主支配圏)した貴族に養われ、城主を主君として仕える騎士のことです。自分の土地を持たず、主君の城に住み込みで働いていたため、すぐに戦いに出ることもでき、日常は主君のボディガードや伝令、見回りなどの勤務についていました。日本流にいえば、馬廻り衆、旗本にあたるでしょう。
村の騎士(館住まいの騎士)
 城主が支配した領域(城主支配圏)の中に自分の土地を持っており、その土地のある村落に館を構えて生活している騎士です。もともと中小領主だったけど、城を築いてその一円の支配者にならなかったため、力関係で城主の封臣になった騎士や、城内騎士がよい働きをしてご褒美に土地を封としてもらい受けて館住まいをするようになった騎士など様々な由縁の者がいます。
城砦騎士
 城主支配圏の境付近で重要な場所に築いた要塞、副城を任された騎士。この要塞や副城には、当然騎士が何人か詰め、かれらを養うために周辺の村落から「年貢」を集めてました。時代劇でいえば、「代官」にあたる。
遍歴の騎士
 諸国を放浪し、槍試合に参加したり、戦闘に参加したり、居候したりして生活していた騎士です。時代劇でいえば、浪人みたいなものでしょう。なかには強盗に走る騎士もおり、盗賊騎士と呼ばれました。こちらは野伏?

騎士と呼ばれる範囲

 国王、貴族、城主、領主、家臣、遍歴の騎士、盗賊騎士。中世後半、傭兵が登場するが、彼等は騎士とは呼ばれていない。すると、文化的な側面があるに違いない。農奴のような隷属身分では騎士になれないが、ドイツではミニステリアーレンと呼ばれる不自由身分の家人は騎士階級でした。

騎士と呼ばれる条件

 初期、騎士と称していたのは、完全武装で馬に乗って戦っていたから。
「人物Aから、騎馬で完全武装をして従軍するように義務づけられた封を保有しているときには人物Aの騎士である。」
キリスト教の影響もあり、次第に騎士が叙任され、祝別された武器〜長剣〜を帯びるようになると、騎士がひとつの身分(高貴な身分)として認知されるようになりました。

武器

 武器、鎧、これらをなくして騎士は語れない。

騎士の鎧についての誤解

 よく、騎士は鎧の重さのため助けなしに馬に乗ることができず、落馬すると致命的だなどと云われます。実際には、鎧はそれほど重くなく、動作を束縛もしなかった。R.E.オークショット氏によれば「1470年ごろの完全鉄板鎧は、第一次大戦時の歩兵の行軍装備より軽かった。」そうです。

種類 時期 重量
イタリア製野戦用鎧 1450年 57ポンド
ドイツ製野戦用鎧 1525年 41ポンド
ドイツ製馬上槍試合用鎧 1500年 90ポンド
長めの鎖帷子(くさりかたびら) 14世紀 31ポンド
短めの鎖帷子(くさりかたびら) 14世紀 20ポンド
エドワード黒太子の兜 7ポンド
面頬付バシネット型兜と鎖頭巾 1390年 12ポンド

 よい甲冑とは、動作の自由をを最大限提供し、重量は全身にほぼ均等にかかっている。


 十字軍より前のヨーロッパは、昔から飼っていた小型/中型の馬、ずんぐりとした馬、ポニー等の馬が主流で、西アジア地方のトルコ、アラブにいた駿馬はほとんどいなかったようです。そういえば、古代中国も西国へ良い馬を求めていました。そこで、十字軍で、アラビア人と戦った騎士たちは、アラブの優れた馬をヨーロッパへ持ち込みました。

騎士の登場

 騎士はどのように現れたのか、簡単に流れを書いてみます。

イスラム騎兵軍に対抗するために騎兵を導入

 732年、北アフリカからイベリア半島へ侵入してきたイスラム勢力がフランク王国へと迫ってきました。これを迎かえ撃つため、フランク王国の宮宰カロリング家のカール・マルテルは、アウストラシア貴族を主体にフランクの貴族を動員し、トゥール=ポワティエ間の戦いにおいて、7日間の死闘によりイスラム勢力を撃退しました。イスラム勢力は騎兵を中心としており、一方フランク王国は歩兵を中心とした軍でしたが、この後カール・マルテルは、イスラムの騎兵に対抗するために積極的に騎兵化を進めていきます。それまでゲルマン民族は徒歩戦士が中心であったので、重装備の騎兵を導入したフランク王国は周囲のゲルマン部族国家に対し、優位に立っていきます。騎士の時代の幕開けです。
 

鐙の普及による馬上槍突撃

 この頃東方から入ってきた鐙(あぶみ)によって、馬上にいる人が、衝突時の衝撃を支えることができるようになりました。この鐙によって、正面から突進して槍をぶつけるという戦法をとるようになりました。それまでは、騎兵は敵の背後に回り込んだり、機動力を生かして包囲の両翼を担い、主力はローマ以来の重装歩兵でした。鐙による正面突撃戦法により、戦闘において騎兵は補助戦力から主戦力へと役割が変化しました。
 もっともこの馬上槍突撃戦法が万能ということはなく、十字軍においてはイスラムの弓軽騎兵に翻弄されたり、リーグニッツの戦いではモンゴル騎馬集団戦法に破れ壊滅的打撃を受けたりしました。
 

初期の騎兵:カール大帝配下の装甲騎兵

 国王から封土を授けられて、その代償に軍役を果たす、いわゆる封建制が広まりました。戦いの主役となってきた騎兵は、こうした封土を授かり、軍役を勤めました。この他、自分の土地を持つ「自由人」もその土地の大きさに応じて軍役を勤め、例えば4マンスの土地を持つ者は武装して歩兵として従軍し、騎兵として装備を持つには、かなり経済的に豊かな必要があり、おおよそ12マンスの土地を持つものが、完全武装の騎乗で従軍しました。1マンスは約10ヘクタール。
 

城主貴族と封臣たる騎士(騎兵から騎士へ)

 バイキングの侵略、東方の騎馬民族マジャール人の侵略、これに対し何ら有効な対策を立てられない国王権力は失墜し、領主同士が互いに私闘を繰り返す戦乱の社会に騎士は登場してきました。この頃バイキングは沿岸だけでなく、ライン川、セーヌ川、ロワール川などの河川をさかのぼってパリなどの内陸にまで侵攻してきました。あのバイキング船は船底が浅く、ヨーロッパの大きな川ならかなり上流まで航海できたようです。日常的に行われる侵略に対して、有力な領主は城砦を築いて周辺の農民を守り、また彼らを率いて司令官として郷土防衛戦を戦いまいた。この城砦を築いた領主(城主)に、周辺に住む城砦を築かなかった中小領主も一致協力してバイキング、マジャール人、あるいは周辺領主の侵略に対して戦いました。この城主はやがて城砦を中心に周囲を一円的に支配するようになり、城主に協力していた中小領主は、この城主を封主として従う封臣となっていきました。これが貴族と騎士の始まりです。
 城には、城主の常備兵力である城内騎士が詰めています。城内騎士は、城主によって養われており、身分的には土地を持っている騎士より低いとされました。城主の支配領域内の村落には、館を構えた騎士が住み、城主の家士として軍事的役務、収穫時には城主領内を巡視したりしました。館を構えた騎士には、もともと中小領主であったが城主の封臣となった者や、城内騎士の中から封土を受領して小領主になった者がいました。
 

聖なる騎士:騎士叙任と騎士道

 中小領主たる騎士、城内騎士が、単なる重装騎兵から「騎士」となったのは、キリスト教の影響が大きいようです。11世紀頃に、騎士の武器が教会により祝別される儀式が行われ、12〜13世紀になると、騎士叙任式がキリスト教化されていきました。このように騎士になることに宗教的な意味がつけられ、軍役上の種類としての「騎兵」から、「騎士」という特別な地位が確立されていきました。

参考文献

タイトル 著者 出版社
騎士 その理想と現実 J. M. ファン・ウィンター 東京書籍
回想のヨーロッパ中世 堀越孝一 三省堂
中世への旅 騎士と城 白水社
百年戦争 国家財政と軍隊 山瀬善一 教育社
中世と騎士の戦争
ジャンヌ・ダルクと百年戦争
木村尚三郎編 講談社
ヨーロッパ中世 鯖田豊之 河出書房新社
中世の秋 ホイジンガ 中公文庫
中世の森の中で 堀米庸三編 河出書房新社
週刊朝日百科 世界の歴史47
あり余る戦力の時代
森義信 朝日新聞社
西洋騎士道辞典 グラント・オーデン著 原書房
三省堂図解ライブラリー
中世の城
フィオーナ・マクドナルド著 三省堂
カラーイラスト世界の生活史8
城と騎士
アシェット版 東京書籍
輪切り図鑑
ヨーロッパの城
スティーヴン・ビースティー画
リチャード・ブラッド文
岩波書店
戦略戦術兵器辞典
ヨーロッパ城郭編
学研
バイキングと
アングロサクソン
ジョヴァンニ・カセッリ監修 ニュートン
プレス

騎士の映画

タイトル 内容
アイヴァンホー リチャード獅子心王の時代のイギリス。槍試合がGood
エクスカリバー アーサー王物語。騎士物語の世界。メタリックな鎧がきれい。
ロビン・フッド 同タイトルの映画多数。
ブレーブ・ハート イングランドとスコットランドの争いを舞台。戦いの様子がよく描かれている。
バイキング・サーガ アイスランドに移住したバイキングの社会を背景に霊剣を持つ主人公の復讐物語
ロック・ユー 槍試合をメインにした騎士物語の世界。BGMはロックでサッカーに熱狂するヨーロッパを彷彿とさせる演出。

Copyright 1996,1997 by Toru Takahashi.
updated at 9/27/1998
メールはtorutk@alles.or.jpまで。