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騎士達の戦闘の形態や代表的な戦闘、その他戦闘に関連する情報を集めました。 |
中世の戦闘は、重装騎兵による正面突撃によって勝敗を決する戦法が主流となっていました。この重装騎兵が決定的戦力となり、徒歩隊は防御、および弓矢による遠隔攻撃を行う補助戦力となりました。ローマ時代においては重装歩兵が戦闘の中心で、騎兵の方が補助戦力でした。中世になり、鐙の登場によって馬上で槍を構えて突進し、衝突の衝撃を鐙で支えることができるようになり、この馬上槍突撃の凄まじい威力が戦闘を決するようになってきたのです。
中世の戦闘は、地域的な紛争のような小規模な戦いが多く、参加兵力も少ない小競り合いが主です。大規模といわれる戦いでも、数千人規模で(下表参照)、日常的に起きる戦闘では、多くてせいぜい数百人規模のものでした。
| 戦いの名称 | 参加規模 |
|---|---|
| ヘイスティングスの戦い | ノルマン:歩騎7000 イギリス:4000 |
| アンティオキア | 500騎 |
| アスカロン攻撃 | 騎士1200 歩兵9000 |
| ハッティンの戦い | イスラム軍12000(補助兵20000) 十字軍騎士6000(歩兵25000) |
| クレッシーの戦い | イングランド10000 フランス35000 |
| アザンクールの戦い | イングランド/フランス合わせて11000 |
ノルマンディ公が13世紀に動員できたのは、理論的には581騎でした。配下の貴族はノルマンディ公のために自分の持つ全兵力を全て伴うことはなく、例えば家臣のバイユー司教は自己の兵力100騎のうち、ノルマンディ公の命令で出陣するときは20騎を伴うだけでよいとされました。ちなみに、王の命令でノルマンディ公が兵を動員するときは、バイユー司教は10騎を伴うこととなっていました。
同時期、フランス王が動員できた兵力は総計436騎にすぎず、このときノルマンディ公は60騎を伴うことになっていました。
ここでいう1騎とは完全武装の騎士1人のことであり、騎士1人には、従騎士、槍/盾持ち兵、弓兵など4〜5人ほどが従っていました。したがって100騎とはおおよそ500人ほどの兵力となります。
平騎士、バナレット騎士、その他。