1999年1月の本の紹介

UPDATE 1999.2.7.

●「邪馬台国はどこですか?」 鯨 統一郎 ★★
●「ハメット」 ジョー・ゴアズ ★★
●「本所深川ふしぎ草紙」 宮部 みゆき ★★★
●「完全無欠の名探偵」 西澤 保彦 ★★+
●「多重人格探偵サイコ1」 大塚 英志 ★★+
●「地球儀のスライス」 森 博嗣 ★★
●「多重人格探偵サイコ2」 大塚 英志 ★★+
●「水霊 ミズチ」 田中 啓文 ★★
●「プリズンホテル 秋」 浅田 次郎 ★★★
●「翼ある闇」 麻耶 雄嵩 ★★
●「笑う山崎」 花村 萬月 ★★+
●「ブギーポップは笑わない」 上遠野 浩平 ★★+
●「かまいたち」 宮部 みゆき ★★
●「ブギーポップ・リターンズ
 VSイマジネーター Part1/Part2」
上遠野 浩平 ★★+
●「ブギーポップ・イン・ザ・ミラー パンドラ」 上遠野 浩平 ★★+
●「グインサーガ63 時の潮」 栗本 薫 ★★
●「スバル星人」 大原 まり子 ★

★★★…読まなきゃ損! さぁ、速攻で本屋に行って買おう!
★★…ぼちぼち面白い。本屋で見かけたら買っておくべし
★…手元に本があって時間が有るなら読んでみよう
★のないもの…他に読むものがあればそちらを読んだ方が…


●「邪馬台国はどこですか?」
 WHERE IS YAMATAI? (1998)
鯨 統一郎
Kujira Toichiro
創元推理文庫 1998年5月29日(初版)
1999年1月8日(10版)
p316 \520
「邪馬台国はどこですか?」表紙

 このところバーテンダーの松永は忙しい。常連の三人がいきなり
歴史検証バトルを始めてしまうので油断は禁物。話についていくた
め予習にはげむ一方、機を捉えて煽ることも。そつなく酒肴を供し
て商売も忘れず、苦し紛れのフォローを試み……。またもや宮田六
郎の独壇場か、幕引きのカシスシャーベットがお出ましに。三谷教
授はいつもながら従容不迫、おおっと静香が切り札を出した! (解 
説:橋本直樹)

99/01/05
 「ハメット」の合間に読みはじめたら面白くてほとんど一気読み。短編集な所も読みやすいかと。
 これはあるバーの常連三人がバーテンの松永をヒヤヒヤさせながら丁々発止のやり取りで歴史について語る話。宮田教授とその弟子の才色兼備(で、やや高慢な)の静香に対して、在野の研究家宮田が荒唐無稽とも思える説をぶちまけるのだが、証拠をあげていくと、徐々にその説が妥当性のあるもの(のよう)に認識がかわっていく。
 ノリとしては泡坂妻夫の論理ミステリ短編+逆説の日本史という感じ。舞台は黒後家蜘蛛の会(アシモフ)ですね。もっともバーテンダーは、この三人の論争にハマってしまいセッティングするという役所なんですが。三拍子そろった静香が徐々に酒乱(?)ぶりを発揮するのが(他人事の場合は)いい感じ。そいつをへこます宮田という構造がオイシイのかも。
 「悟りを開いたのはいつですか?」…お釈迦様は悟りを開いていない。何故なら…。と、宮田がブチ上げる。うん。そうもありなんという感じ。オープニング的にはもってこい。
 「邪馬台国はどこですか?」…表題作。邪馬台国、東北説をぶちまける。静香は鼻で笑っているが段々と言葉少なに…。どのくらい説得力があるのか自分には判断できない所なんだけど、文中だけ(の証拠)だとかなりあり得るかもと思えてしまう。
 「聖徳太子はだれですか?」…聖徳太子+推古天皇+蘇我馬子同一人物説。既存の説への疑問を投げかけるのはうまいが、それが同一人物説となるかどうかは結構怪しくなっているかと。推古と馬子は古墳が発見されているという話があったような。(そういう突っ込みが作中ではうまく出ないのか)
 「謀反の動機はなんですか?」…織田信長自殺説。自殺傾向には納得できる。ただ明智光秀が明示的に頼まれたとするよりも、それだったら自分が死ぬ方向に持っていっただけのほうが説得性は高いかも。でもそれだとインパクトはないか。
 「維新が起きたのはなぜですか?」…勝海舟陰謀説。これが京極本バリの催眠術までもつかったすごいものだったという。あり得るものとしての提示は納得だが、催眠術まではどうかな。説を崩すのはうまいが、自説の提示では証拠が薄い気がします。基本は論理の遊びですけれども。
 「奇跡はどのようになされたのですか?」…こちらはキリスト・ユダの入れ代わり説。最後に持って来ただけあって、「あり得るかも度」も高い気が。
 トータルするとやはり「3マイルでは遠すぎる」的味で論理の積み重ねで意外な事実を提示するという形は、ミステリー。材料の取捨選択はあったとおもうのだが、そこがどの辺かは、自分が疎い事もあり上手くカードを滑り込まされてます。(いいカモかも(笑)) まぁそれでも天才肌のはずの静香が反論にだってそうなんだもん的なモノが気になったけど。
 どこがブラフでなにが都合よく解釈されているか、この本に対しての突っ込みを詳しい人から聞きたい所。
 しかし、結構歴史ってのも曖昧だね。余談ですが、俺は、受験期にそれこそ山川の教科書で丸暗記しなきゃならない歴史で一気に嫌いになってます(^_^;)。受験レベルだとその教科書の間違いを突いた出題があったりして、なんだかなぁ。ふるい分けしなきゃならないのは分かりますけど。基本的に暗記科目は嫌いでした。得意は生物と国語と数学。俺は何系なんだ?。SF好きな文系若しくは本好きな理系。こういうカテゴリってなかなかしっくりと座れる椅子がないもんでした。




●「ハメット」
 HAMMET (1975)
ジョー・ゴアズ
Joa Gores
稲葉明雄 訳
角川文庫 昭和60年9月10日(初版)
平成10年9月5日(7版)
p446 \620
「ハメット」表紙

 1928年、闇酒場とならず者の時代。ダシール・ハメット、34歳。
探偵家業から足を洗って七年、作家として脂が乗ってきた彼の目下
の最大の関心事は『赤い収穫』の加筆と『デイン家の呪い』の完成
だった。そんな時、かつての旧友が腐敗しきったサンフランシスコ
市政浄化のための調査の協力を求めてきた。ハメットはすげなく断
るが、旧友は何者かに殺される。責任を感じたハメットは、元ピン
カートン探偵社の凄腕探偵、ジミー・ライトと共に再び"卑しい街"
へと足をむけた…。
 作家ハメットが探偵として蘇る、異色ハードボイルド。
(解説 池上冬樹)

98/12/25
 こちらも角川エンターテイメントフェアで復刊したものです。
 ハードボイルド。タイトル「ハメット」の通り、ダジール・ハメットが主役です。「マルタの鷹」のサム・スペイドや「血の収穫」のコンチネンタル・オプの実在の作者であるハメットを主役にしたハードボイルド。実在の人物、それもハードボイルドの元祖とでもいうべき人をフィクションとして主役にすえたこの作品、それぞれの著作のファンにとっては二度美味しい作りは読む前から見えています。
 しかーし、実は自分はかなりハードボイルドには疎かったりするわけで。ガジェットが楽しめない危惧があったりしつつ、ページを繰っています。
 実在の作者をミステリの主役にすえた作品というのは、寡聞にして「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(島田荘司)しか知らないのだが、こちらは面白かった。ロンドンに渡った漱石がシャーロック・ホームズと出会い殺人事件を説くというもの。漱石とワトスンの章が庚午に進んでいくのだが、漱石の章では、ホームズは今までのイメージと違い、ほとんど壊れかけのヤバイひとだったりしてワトスンがなんとかとりなしながらすすめていったり、ワトスンの章では漱石がうさんくさかったり、ホームズは立派だったり。文体も漱石のパスティーシュになっていたり。なかなかの傑作。
 と、話を戻すと、現在P80。1928年当時の状況描写、ハメットの日常から始まる。くすぐり的な所が多いのだろうが自分にはちょっとうるさい感じでなかなか進まず。


99/01/05
 1/5現在でP183マデ。年末年始と暇な時間はボケーッと過ごしてしまったのでなかなか進みません。求心力たる「元同僚殺しの犯人探し」というのは、いまいち牽引力になってくれません。もともとハードボイルドが自分にあっていないのかも? というのも、もちろん探求は探偵(主役)が主体的にしますが、なんだかんだいって具体的に向こうからどんどん繋がって来る感じがするので。盲導犬ソフト的というか。決してつまらない訳ではないんですが。
 ハメットは、ヴィクター・アトキンスンを殺した罠を昔のコネを生かし、上手にクリアし、手がかりを追って行く。一見ばらばらな事件が徐々に繋がりを見せはじめる。娼家の女将モリー・ファーの小間使いクリスタル・タムはどこに消えたのか? そもそも警察側のコネクションは誰なのか?
 ふと、思ったのですが、テキストアドベンチャーっぽい感じですね。いろいろ試すと繋がりが出てくる。最善手でハメットは進んでいきます。盲導犬と見えてしまうのは、その世界のルールが分からないせいかもしれない。
 と、昨日、紀伊国屋で本を買ったんですが、その時に手持ちぶさたな時間に次の本に入ってしまう。「邪馬台国はどこですか」。これが面白い。泡坂妻夫+逆説の日本史といったところでしょうか。


99/01/07
 後半からジェットコースターの如くの展開になるのはこの手の物語の醍醐味ですね。加速して、これでもかこれでもかというぐらいの事実の提示と伏線の収束。
 余韻の残る、そして完全には解決されない事件の後味も良かったです。
 それにしても最後の方で、読んでいて残りページの厚さが薄くなりここで解決かという時に、さらにバンっと開ける展開がよかったです。ハメットのスタンスとその周りのグッディ、娼家の女将、凄腕の探偵、など脇役もしっかりと存在感があって読了後も存在感が残りますね。
 フィクションでありながら、実在の人物を主人公にすえている事で、実在有名事件・人物の名前などが出てくると「おおっ」と急にリアルに感じてしまうのもなかなか。
 もうちょっとハメット(自身とその作品)に造詣が深ければ倍以上楽しめたかと思うと少々残念ではあります。
 巻末には、作者ジョー・ゴアズの後書きとしてどの部分が事実でどの部分がフィクションかなどの解説も乗っていて二度オイシイですね。




●「本所深川ふしぎ草紙」
  (1991)
宮部 みゆき 新潮文庫 平成7年9月1日(初版)
平成10年8月5日(16刷)
p266 \476
「本所深川ふしぎ草紙」表紙

近江屋藤兵衛がころされた。下手人は藤兵衛と折り合いの悪かった
娘のお美津だという噂が流れたが…。幼い頃お美津に受けた恩義を
忘れず、ほのかな思いを抱き続けた職人が事の真相を探る「片葉の
芦」。お嬢さんの恋愛成就の願掛けに丑三つ参りを命ぜられた奉公
人の娘おりんの出会った怪異の顛末「送り提灯」など深川七不思議
を題材に下町人情の世界を描く7編。宮部ワールド時代小説篇
(解説 池上冬樹)

99/01/08
 「幻色江戸ごよみ」の前に出た宮部みゆきの時代物短編集です。全七編。「幻色」もよかったが、こちらもいいですね。一気に読了してしまいました。
 最初の作品、「片葉の芦」から宮部節全開です。現実への諦観とそれだけはなかった人情。じんわりとして暖かさがほのかに残る、それでいて甘ったるくない作りは絶妙。
 厳しい現実とそれだけでない現世、人情話とはいっても「ただいい話」ではなく、現実の厳しさにたった上での、ほうっと一息ついて、自らの力で歩き出すのを力付けるような話、それが心地好い。
 何章か読んでいくと、共通の人物に気付き、さらにそれが本所深川の七不思議に回帰する。そこらへんのくすぐりも好きだな。最後にさりげなく伏せられていた謎が明かされたり、視点の変換がはかられたりと、最後まで気を抜けないのも緊張感が持続していいですね。
 自分的にはかなりのヒットでありました。そういう最近の精神状態というのもあるとは思いますが。近々他の時代物短編集「かまいたち」の方も読んでみる予定です。


片葉の芦
送り提灯
置いてけ掘り
落葉なしの椎
馬鹿囃小
足洗い屋敷
消えずの行灯




●「完全無欠の名探偵」
 A PERFECT_DETECTIVE (1998)
西澤 保彦 講談社文庫 1998年5月15日(初版) p488 \714
「完全無欠の名探偵」表紙

 遠く離れて暮らす孫娘りんのため、大富豪がお目付役に送り込ん
だ青年山吹みはる「誰も嘘をつけないのよ、君を前にする」彼が短
いあいづちを打つだけで、人々が勝手に記憶の糸を辿り、隠された
意外な真相へと導かれる。
 精緻なロジックで事件が分析、推理されていく究極のアームチェ
ア探偵新登場。

 SF味新本格の西澤保彦の第二長編。こちらも一気に読了。こちらもまた、SF的設定での趣向が凝らされている。それは、みはるの「場」(ピアズ・アンソニィのザンスシリーズ「魔法の通路」のセントールアイルみたいな力だな)によって当事者に様々な事が勝手に思い出され自己解決に至る、というもの。みはるには触媒の役割しかなく、解決も第三者に示されるのは結果的しか過ぎず多くはその本人の心の中で推理され解決されるだけ。それがなにによってもたらされたかも知らぬまま。そして当のみはるは自分のそんな役目をまったく認識せず、まさに触媒の定義通り本人は変わらず(知らず)いつづける。
 そんなみはるの能力に注目した大富豪が、孫娘が地方に就職して帰ってこない原因を探るために彼を送ることから物語は始まる。そんな動向とはまったく関係なく関わった人々を瞬間的に名探偵にしつつ、一章につき一つの出来事の推理が展開されて行く。
 アイディアの詰まった短編集の趣でもあります。なにしろ一章一章で、行きずりの人が、「……そういえばあのときって」とみはるとの会話が糸口となった回想から過去を掘り返し意味の再構築をしていくのだから。
 そしてそれと互い違いに語られて行くもう一つの章。それは少女の話。ケーキを食べようとした時に箱を開けると鳩の死骸があった。その事件をなんとか解こうとし、一つの超常的出来事を経験する事になる。
 こうして互い違いに語られた話が収束する先には、今までの出来事全てをつむぐ大きな「解」が待っていた。

 後半、少々ダレるが、力技的にまとめられる手法は流石。その強引さをもネタにしてしまう。設定部分での物語にはややついていけない所もあるが、そこを公理として受け入れることさえ出来れば、傑作です。一作で終わらせるには惜しい設定ではあるのだが、話の流れ上続編は出来ないか。公理の部分で「なんで?」というのが残るので(ストーリイに組みしない唐突とも思える超常体験がね)、そこらへんにすっきりしない気持ちが残るのが欠点か。最後の怒涛の収束感でカタルシスは言うこと無いです。




●「多重人格探偵サイコ1」
  (1998)
大塚英志 角川スニーカー文庫 平成10年6月1日(初版) p188 \460
「多重人格探偵サイコ1」表紙

 死体に書き込まれた意味のない数字。人を殺人者へと誘うルーシ
ー・モノストーンの歌声。双子の少女愉快犯。運命を数値化する男。
そして、小林の人格に替わって生まれた雨宮和彦の人格…。小林の
かつての恋人、千鶴子の死に隠された真相が、雨宮によって明らか
にされてゆく。これは、刑事小林洋介の最後の事件であり、多重人
格探偵・雨宮和彦の最初の事件である。コミック版では描かれなか
った真実の物語に、今あなたは誘われる。
帯推薦文:綾辻行人、法月綸太郎

 これは、「サイコ」(田島昭宇×大塚英志)のノヴェライズ。コミックの方も第三巻が'98年12月に出ましたね。小説版では、コミックでのストーリの焼き直しではなく、雨宮和彦のそれ以前の物語を語ります。
 そう、雨宮和彦がまだ第二人格のまま隠されていた、刑事小林洋介の頃。そして猟奇殺人によって小林の恋人が殺される事で、小林はこの世から消える。そのハード(身体)を他の人格たちに残して。
 コミックでは説明するとどうしてもくどくなるなる情報を、小説という形式で上手く織り込んでいっています。基本的に「今(の謎)」に対しての「それ以前の話」というのは自分はあまり興味がないんですが(メインストーリとしてどうなるかというのがわかってしまっているから)、コミックでは語られない雨宮の獄中記を中心とした謎と事件は楽しめました。
 この前衛的とも言える猟奇殺人と多重人格(解離性同一性障害と最近は言うらしいが)とオーバーテクノロジー気味のガジェットの切り刻みの提示は、消費されて行く為だけに作られた情報が個人の手にオーバーフローする現代に、繋がりをなくしたノードの重層的な断面を描いているように思える。切り替わる人格、謎を中心に殺人さえも様式のうちに開花させその重み(リアリティ)を失わせ、情報は捏造され、混沌は加速する。大人の世界が安定しいるように見えたのは遥か昔の子供の頃のことで、追い付くに従って混迷は深くなる。実際、そう感じさせるのは小説ではなく現実である。見える範囲は積層的に切り取られた断面であるという現実。それがこの物語の訴求力であり、俺に感じさせる親和性の高さなのだ、と思う。
 ただ面白くはあるが、コミックを読んで面白いと思った人向けの作り方ではあるので、ここから入らずにコミックから入ることをお薦めする。




●「地球儀のスライス」
 A SLICE OF TERRESTRIAL GLOBE (1999)
森 博嗣 講談社ノベルス 1999年1月8日(初版) p309 \840
「地球儀のスライス」表紙

 「黒窓の会」──それは、那古野市きっての資産家の令嬢、西之
園萌絵を囲んで開催される秘密の勉強会である。ゲストとして招待
されたN大学工学部助教授、犀川創平は一枚の写真にまつわるミス 
テリィを披露する。それは、インドの石塔の遺跡に関する奇妙な謎
であった。(「石塔の首飾り」)
 森ミステリィのあらゆる魅力が、一杯につまった珠玉集。

99/01/12
 一日で読了。幕間の短編集です。「すべF」から始まった森博嗣のミステリもそのシリーズが「有限微小」で終わり、次回からは新シリーズとか。帯には「噂の新シリーズキャラクタ」とあるのでこの短編の中のどれかなんでしょう。当てるのも一興。犀川萌絵の後日談は「石塔の矢根飾り」「マン島の蒸気鉄道」。後者についてはメフィスト購入読了時の考察が掲示板にあります(のでそちらをカット&ペーストの予定)
 全体的に「すべF」からシリーズが終わって、憑き物が落ちたように俺にとってはキャチーではなくなっています。でも犀川&萌絵モノはロジック系でいい感じ。この本のタイトルのコピーが「森ミステリィの現在、そして未来」とあったんですが、中にはミステリでは無いものも。ミステリなのかどうか悩むものも。(自分にオチが分からないだけかと思ったり)。短編はあまり面白くないイメージがあったんですが、残念ながら今回もそのイメージは払拭されませんでした。それと本文イラストですが、あんまりセンスが良くないと思いますケド、奥さんが書いているんでしたっけ?。
「小鳥の恩返し」(メフィスト'97.12)…ミステリ。暗いですけど割と好きですかね。ちゃんとミステリしてるし。
「片方のピアス」(メフィスト'98.10)…ミステリ。大味だけどアリでしょうか。ショートショート的ではありますが。
「素敵な日記」(メフィスト'98.5)…ミステリ。星新一のショートショート風味。
「僕に似た人」(書き下ろし)…ミステリ(?)。叙述ミステリだと思って読み進めたんですけど、オチが不明でした。俺が読み切れていない気もしますが。まあくんて××? (追記:石塔の屋根飾りとリンクすると納得。しかしメタ的にオチをすえたミステリってミステリなのか? 面白い構造ではある。)
「石塔の矢根飾り」(ポンツーン第1号)…ミステリ、犀川・萌絵モノ。納得の推理。如何に様々な説を出せるかが巧さかと思います。
「マン島の蒸気鉄道」(メフィスト'98.12)…ミステリ、犀川・萌絵モノ。やっぱこのシリーズは安心して読める方。解かれない謎は掲示板にて。
「有限要素魔術」(書き下ろし)…ミステリ(?)。これもオチが読めず。???。
「河童」(小説すばる'98.5)…サスペンス(?)。なんかミステリじゃないですね。最後の提示は…ホラー風味でしょうか。
「気さくなお人形、19歳」(書き下ろし)…ミステリ風味。これが新シリーズキャラクタという気がします。「僕」とか書かれるとすわ叙述かと。けっこう紛らわしい書き方かも。
「僕は秋子に借りがある」(小説すばる'98.8)…文芸。割と初期の村上春樹っぽさを感じてしまいました。
 トータルとして、ミステリ色が薄いです。ロジックのキレがないというか。お薦めは「石塔の矢根飾り」と冒頭の「小鳥の恩返し」。今回は、ミステリを求めて購入した人にはハズレかもしれない。「僕は秋子に借りがある」は好きですが。俺的には他はどれもイマイチ。
 そういや、なんか、森のショートミステリって叙述トリックが多い気がします。


「マン島の蒸気鉄道」
 森博嗣、萌絵・犀川の登場する「その後」の短編。日常の謎系です。メインのトリックは当初に提示された時の候補としてすぐに挙げたものだったのでやっぱりではあった。それより他の回答をだす睦子のほうがひねくれているような(というかスゴイ?)。素直に考えると犀川のようになると思うんですが。
 三本足の左回り論争は面白い。当初、「右周り」じゃないか、と思ったのは、時計の針を連想したから。そういう意味で「自動車の車輪」を持ち出して上手く「左回り」とリードした話法は巧い。本作では萌絵の台詞でさくっと流れてしまったが、なぜ右回りと左回りの差異が生まれるかを考えてみると面白いとおもう。違和感がある回し方というのは、バックしている事を体感させる時ですね。車輪としてなら右回り、時計の針としてなら左回り。つまり、バックグラウンドを固定した時には自分自身が右回りに進まないと前に進まず、バックグラウンドと一体に回る時には相対的に自分がバックグラウンドの相対位置に固定されるので左回りになる、と。どうでしょうか?
 あと、答えのでていない、機関車と貨車の問題ですが、説明に定義無しで使われている「貨車」と「台車」の使い分けがミソなのかな。そうであれば解けたんですが。(でもそれだと全線路はいらないかも。というところであっているかどうか分からなくなりました)。
 てなことでこちらに解答が。




●「多重人格探偵サイコ2」
  (1998)
大塚英志 角川スニーカー文庫 平成10年9月1日(初版)
平成10年11月15日(再版)
p190 \460
「多重人格探偵サイコ2」表紙

 刑事・小林洋介は殺人犯の射殺をきっかけに多重人格を発症、別
人格の雨宮一彦となった。府中刑務所に収監された雨宮だったが、
彼に興味をもった精神科医の伊園磨知によって、医療刑務所に移管
されることになる。だが、二人を乗せた護送車は何者かによって襲
撃され、雨宮と磨知は連れ去られてしまった!
 犯罪専門の海賊FM局から雨宮の声が……。
 磨知の隠された高校時代は事件解決のキーになるのか? 戦慄の
サイコ・ノベル再び登場。




●「水霊 ミズチ」
  (1998)
田中 啓文 角川ホラー文庫 平成10年12月10日(初版) p602 \960
「水霊 ミズチ」表紙

 《平成日本の百名水》神社の遺跡から湧き出た水を商品化する、
過疎村の村興し事業の目玉企画だった。ところが、その計画に携わ
る者が、人間離れした食欲をしめした後、やせ衰えて死亡する怪事
件が発生する。湧き水と事件の関連性を指摘する民族学者・杜川己
一郎は、遺跡の学術調査を進めるに従い、疑念を確証へと近づけて
いくのだった。
 ──現代文明の危機に警鐘を鳴らすフォークロア。その想像を絶
する、真の意味を紐解く驚天動地のホラー大作!

99/01/14
 「江戸末期以降の新興宗教の民俗学的研究」を研究テーマにしている杜川己一郎は、九州にイヅナ教という現在は解散した新興宗教を調べに来ていた。そこでその亡くなった教祖の家を訪問したのだが既に宗教から足を洗った教祖の娘のそっけない対応の最中、彼女の孫である娘の壮絶な心霊現象に立ち会う事になる。けれどもその母はヒステリーな反応で取材を拒否し、しかたなくホテルへ戻る。しかし翌日その娘由美が不安を抱えて訪ねてくる。母から受けた折檻の後を見せて相談にのって欲しい、と。偶然昨日のその現場に居合わせたライター<O.カルト>の戸隠と、最近古い神社の遺跡が発掘されたという飯綱村へ向かう事になる。
 出だしからキャッチーな展開で、ぐんぐん読めます。これだけ読みやすいとこの厚さでもサクサク終わりそう。半村良の伝奇モノという感触です。古代文字、古代文書(お馴染みの「竹内文書」や「東日流外三郡誌」)などの蘊蓄も絡ませ進んでいきます。山田正紀の「神狩り」「弥勒戦争」などのディティールが形而上に流されてしまっているモノよりも自分はこういう方が好きですね。
 まだまだオープニングですが、読ませます。
 ということで、p91マデ。


1999/1/15
 一気に読了。まさに厚さを意識させない展開。
 エンターテイメントとして上手い。面白かった。
 徐々に解明する繋がりと、現状進んでいく危機のバランス、蘊蓄の盛り込みと、マイナスのない作りであるとおもいます。ホラーにありがちな「莫迦な登場人物」による泥沼化などはあまりなくて引く事がなく引き込まれながら読めました。科学的説明付けとホラーたる「怨念」あたりの乖離に引いてしまう事が多いんですが、そこらへんも上手く考えられていると思います。もちろん突っ込もうと思えば突っ込めるんだけどそれを理屈でかわそうと思えばかわせるようなレベルで。
 婚約者のダメぶりに一波乱ありそうだったので、「ちょっとホラーで人間関係をドロドロするのはやだなぁ」と思っていたのだけれど、最後は綺麗目にまとめてもらえて。(でもこうなると主人公が一番悪いのでは?と(笑))。ラストで今ひとつ抜けない終わり方だったのはやや残るが、しょうがないか。
 増えていく感染者という設定に「屍鬼」を思い出しました。自己増殖する感染はこんな感じでまとまるのが定番なのか。
 ついでオチになる感染の正体。ミトコンドリアの逸話やら、「地球の長い午後」の頭脳茸(?)やら、神林長平の「狐と踊れ」内の短編やらを髣髴。
 トータルとして、厚さを苦にさせない展開の傑作。一流のB級です(誉め言葉)。




●「プリズンホテル 秋」
  ()
浅田 次郎 平成年月日(初版) p \
「プリズンホテル 秋」表紙


 浅田次郎「プリズンホテル」の続編、その第二弾。あれから季節が一つ過ぎ、偏屈な小説家(と自分でいう所が輪を掛けて偏屈なんだが)「ぼく」がある事をきっかけに再訪する事になる。折りしも警察の慰安旅行は偶然にも予約され、往年の大スターはマスコミを逃れて、過去のアイドルは飲んだくれのマネージャーとやってくる。お馴染みの、天下のホテルチェーンから人身御供にささげられた名支配人、名シェフ、そして絶品の日本料理を造る板長、このホテルノオーナーでもあり某任侠団体の時期組長とも目される仲おじが健在のこの「あじさいホテル」に。ここでさらなるドラマが生まれる…。
 やっぱりいいです。浅田次郎初期を代表するピカレスクロマンの傑作。
 誠実に向かうというのは人生における一つの方法だとは思うのだけれど、それは結果としてはよいものを必ずもたらすという訳ではないと知っている。その上で誠実に向き合って行こうとするのは(いけるのは)「強さ」なんだよな。そんなことを思いました。
 やっぱり頑張って行こうと思わせる物語です。あざといような偶然で一つのホテルに泊まる事になることから始まる物語だが、「その偶然」がドラマなんじゃなくて、そこから人に何が訪れるか、がドラマなんだよな。やっぱちょっと泣いてしまった。(しかも病院待合室)
 次の「プリズンホテル 冬」も買わなきゃ買わなきゃ。




●「翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件」
  ()
麻耶 雄嵩 角川スニーカー文庫 平成年月日(初版) p \
「翼ある闇」表紙


99/01/20
 三連休二日目からインフルエンザでダウン。続く月火も熱が下がらずにうんうんうなっていました。インフルエンザにかかったのは学生時代含めて殆ど初めてかも。39度の熱というのも。薬貰って飲んでも効かなくて辛かったです。夜中に自分の熱の熱さで寝られないし。布団二枚掛けでシャツ&ラグジャー&トレーナーの厚着でもぐっていたんだけど寒気がするし。「冷やしま専科」大活躍。後日買い置きに薬屋に行ったら売り切れたとの事。やっぱり風邪も流行っている模様だし。
 昨日から熱が落ちて治ったという感じ。熱が下がるとこんなに楽になるんだねぇ。もう憑き物が落ちたようなかんじで。長引く風邪よりきっちり終わるならインフルエンザの方が楽かも。そんなことないか。
 で、その間に「プリズンホテル 秋」「'75日本SFベスト集成」などを読了、「翼ある闇」に入りました。
 お馴染みの不条理系(?)新本格。
 そして相変わらずメルカトル鮎が登場しません(笑)。
 冒頭からキャッチーに進んでいきます。探偵依頼を受けた木更津。依頼主を訪問すると既に殺人事件が起きており、馴染みの警部が出迎える。それは鎧の足部分をつけられた首無し死体だった…。
 木更津が首のありかを指摘するが、出て来た首は別人のものだった…。
 いやはや、冒頭からすごい展開ですね。そして第二部「プロローグ」では話は戻り、そもそもの話から語られる。
 ということで、現在p111。木更津の印象は鋭いというより、ブラフの上手さ、ですね。握った証拠をタイミングをつかむまで語らないという感じの。とにかくオープニングでは謎はあくまでもおどろおどろしくというツボをついてます。大きな館<蒼鴉城>、金持ち当主の死、親族の軋轢──と、ミステリのエッセンスを嗅がされてるという感じです。


99/01/22
 この昼休みに読了。得心するオチではないけれども、アンチミステリという程ではなかった。それでも重厚な雰囲気、過去のミステリをもモチーフにしたガジェットの数々、積み立てては崩される推理と、摩耶雄嵩という透過膜を通して漉された本格ミステリのエッセンスとでも言うべきものを堪能させてもらったと言う感じです。
 話は冒頭の殺人事件から、続く殺人事件。第一部三章では木更津自身が「まだ序幕戦だよ」と言い放つ。随所に見られるそのメタ的な意識。探偵が関係者を一所に集めていざ…。しかし大団円は否決され失意の探偵の降板。
<以下ネタバレ含む>
 第二部ではメルカトル鮎の登場。狂言まわしのようにかれもまた関係者を集めるが、犯人と示したのは…。しかしそれもまた彼が戻った事により否定される。
 その間にもいくつもの死体が積まれ、そしてついにメルカトルも…。
 いや、実際にこれは驚いた。だって探偵の交替劇というのもすごいけど、その探偵が殺されて、首が盆にのって登場だもの。(しかもその後の作品でもメルカトルは登場しているのに)。そして奇想天外な木更津の推理。さらにそのベールをはぐような今までの語り部・香月実朝が暴く真相。
 ミステリというのは、ばらばらにされ錯覚されるように意図的にくみ直されたパズルの復元をみせるというだけのものではない。ばらばらにされたピースとその復元後には、決してもとあったとおりには見えなくさせる何かが生まれている。高大な世界の構築とその謎解き、それだけでなくそれを壊す事によって、よりそのエッセンスを際立たせる摩耶雄嵩の試みがあるのだと思う。望めば想像が現前するような原始の宇宙でほくそ笑む作者のイメージが離れない。




●「笑う山崎」
  (1998)
花村 萬月 祥伝社ノンポシェット 平成10年7月20日(初版)
平成10年11月25日(5刷)
p349 \590
「笑う山崎」表紙

 <マリーは泣きそうな子供のような顔をした。「なにする!」圧 
しころした声で言った。「犯しに来た」その一言で、マリーは硬直
した> 冷酷無比の極道、山崎。優男ではあるが、特異なカリスマ
性を持つ彼が見せる、極限の暴力と、常軌を逸した愛とは! フィ 
リピン女性マリーを妻にしたとき、恐るべき運命が幕を開けた……。
当代一の鬼才が描いた各誌絶賛の問題作!
解説:縄田一男

99/01/25
 金曜帰宅時に読了。マイファースト花村萬月。
 インテリヤクザの山崎を主人公にした短編集。ヤクザモノとしては浅田次郎というより馳星周に近い、か。(著者近影は浅田次郎の方に近いかも(笑))
 フィリピンパブでそのみかじめを取る一地方都市の暴力団。地方都市化の中、関西広域暴力団の傘下に下る事でそれまでなぁなぁだった地方のヤクザの中、台頭して来た。お目付にきたのが、この山崎。
 一見優男風だが、名前を出せば道が開く。それだけの威圧感を与えるその男の笑いは決して笑っていない。
 その山崎がフィリピンパブに来た。どよめく周囲。しかし出稼ぎに来たフィリピン女の一人は屈託なく接する。その彼女に山崎は不動産屋からせしめた成り金的腕時計を自慢する。「欲しいか?」の問いに「欲しい」と返す女に、その時計で肉がえぐれるほど殴りかかる……。
 暴力というものは確かに力を持っている。極悪非道なその残虐ぶりに眉を顰めつつ、読者としては、その意味を求める。
 力ある怪物として過剰な暴力と冷酷な計算を操る山崎は一つの理想化されたヤクザの兄貴であり、そこにエンターテイメントまで広げられたセックスと暴力があるのだが、それだけでは決してない。
 愛すると同時に振るわれる暴力、将来を買い大学までもいけるだろうという舎弟を当然のように弾除けにする、山崎は、清濁をも飲み込んだ上での強さなんだろう。
 偽善的に避けるよりはそれを飲み込んで、たとえ自分の番になってもそうするという意思の上での強さ。それは「敵は海賊」のヨウメイを思い起こさせる。

「表の世界では自由と安全を交換して生きるという大原則が支配している。人間はある一定量の自由を持って生まれてくる。多いやつ少ないやつ、様々だが… その自由と引き換えに安全を買うんだ。安全を保証してくれる機構に売るんだ。国家、組織、いろいろだろうさ。要するに人間は一人では生きるのが難しいからな。」
「フム。人を殺せば罪になるから、殺す自由と殺されない安全とを交換すると、そういう事か?」
(「敵は海賊・猫たちの饗宴」神林長平 P207)




●「ブギーポップは笑わない」
  Boogiepopo and Others(1998)
上遠野 浩平 角川スニーカー文庫 1998年2月25日(初版)
1998年12月15日(6版)
p283 \590
「ブギーポップは笑わない」表紙

 君には夢があるかい? 残念ながら、ぼくにはそんなものはない。
でもこの物語に出てくる少年少女達は、みんなそれなりに願いを持
って、それが叶えられずにウジウジしたり、あるいは完全に開き直
って目標に突き進んだり、まだ自分の望みというのがなんなのかわ
からなかったり、叶うはずのない願いと知っていたり、その姿勢の
無意識の前向きさで知らずに他人に勇気を与えたりしている。
 これはバラバラな話だ。かなり無気味で、少し悲しい話だ。── え? ぼくかい? ぼくの名は"ブギーポップ"──。  第4回ゲーム小説大賞<大賞>受賞。上遠野浩平が書きおろす、 一つの怪奇な事件と五つの奇妙な物語。

99/01/26
 噂に聞く評判の高さで購入。シリーズ化しているのだが、この第一巻だけ手に入らず苦労しました。新宿紀伊国屋(2F、コミック、ゲーム本コーナー)でも、池袋JUNK堂でも、三省堂、まんがの森等等で探すが玉砕。その間に(読む前に)シリーズを全部そろえてしまっていました。ここまで手に入らなかったのは売れているせいでしょうか?それとも売れていないからでしょうか?(謎)。どっちにしろこれだけ探さないと手に入らない本は普通は買わないので(ジャンル的にもノーチェック)インターネット様様ではあります。
 ブギーポップとはなにか。五人の視点を通して、彼ブギーポップは主役にならないままに、彼にまつわる事件が徐々に明らかにされる。
 これは一つの青春小説なのかもしれない。<オレンジ党>(天沢退二郎)を小学生とするなら高校にその舞台を移した。学生と呼ばれる身分からもうずいぶん経つのだが、その人生における時期ともあいまって、同年齢の人間が一つの所に集められ閉塞した空間・時間を共有する時期はやはり特別なのだ。
 そして、物語では五人の生徒から同じ事件の断片が語られ、読者にのみ全体が明かされる構造となっている。
第一話 「浪漫の騎士」では三年F組竹田啓司からみたその彼女・宮下藤花とブギーポップとの関係について、第二話 「炎の魔女、帰る」では二年D組末真和子からみたブギーポップの噂とクラスから浮いている霧間凪との接近について、第三話「世に永遠に生くる者なし」では一年D組早乙女雅美からみた、自分を殺してくれるような存在への接近について、第四話「君と星空を」では二年B組木村明雄からみた紙木城直子とのなれそめについて、第五話「ハートブレイカー」では二年F組新刻敬からみた事件のコアと幕引きが語られる。
 一つ一つの話が微妙に交錯して読者に提示されて一つの大きな物語が読者の目前に開かれる。これは「桜の園」「ラヴァーズ・キッス」(吉田秋生)などでもとられている構成だがやはり上手いと感じてしまう。ストーリー的には振り返ればただのプレデター小説版?(よく覚えてないけどSFXB級というか)。それを、大人になる手前の少年少女たちの不安とその学校・家庭というとりまく世界をリアルに存在させる事から地に脚の付いた形で読者のメタ的な視線によって完成するという手法をも織り込みつくりあげてしまう。
 それでも自分的には実は★三つはいかないのは、物足りなさなんだな。電撃文庫に求めてはいけないのかもしれないんだけれども。面白いし上手い。それだけに、削ぎ落とされた情報をもっと得たいと思ってしまう。
 しかし、時間があったのでぱらぱらと読み返すと、自分の学生時代の影が反映され、ブギーポップという名の通りメタ的にしか存在しない風景に自分自身の失われた時代も写し込み再提示されることに気付く。読了後、ふと思い返すほどに登場人物が心に存在感が感じられるのは、その泡に写り込んだ自分自身の影なのか。何度も読み返すことになるだろう予感か。高校時代に読みたかった、とも思う。




●「かまいたち」
  (1992)
宮部 みゆき 新潮文庫 平成8年10月1日(初版)
平成9年12月25日(8刷)
p274 \514
「かまいたち」表紙

 夜な夜な出没して江戸市内を騒がす正体不明の辻斬り"かまいた 
ち"。人は切っても懐中は狙わないだけに人々の恐怖はいよいよ募 
っていた。そんなある晩、町医者おようは辻斬りの現場を目撃して
しまう……。サスペンス色の強い表題作はじめ、純朴な夫婦に芽生
えた欲望を描く「師走の客」、超能力をテーマにした「迷い鳩」  
「騒ぐ刀」を収録。宮部ワールドの原点を示す時代小説短編集。
解説:笹川吉晴

99/01/28
 昨日読了。「幻色江戸ごよみ」「本所深川ふしぎ草紙」と同様の宮部みゆきの時代物短編集。この作品が一番最初に書かれたものらしく、文庫化されたものを遡って読んで来た事になる。
 今までの、心に染み入るような系統の短編とやや趣がことなる感じでした。プロット中心というか。でも面白いレベルはちゃんと押さえていますね。
 ただ後に出たニ作に比べると、その前の作品だなというのはわかりますね。 「かまいたち」「師走の客」は、割と安易なハッピーエンドだったりすんだけれども、現在の宮部なら救いなしでそれでも殺伐としない作りで見せていてくれている気がします。(例えば、「幻色江戸ごよみ」「紅の玉」とかね。)
 「迷い鳩」「騒ぐ刀」は超常能力をからめた連作短編。こういう切り口もおもしろいけれども、好みとしては「既存の型」にハマってしまった分弱いか、と。いっそシリーズにシたらその既存の型がいきてくるかも(やすっぽくなりすぎか?)
 以上四編。出版年度と逆に読んでわかったこと:後の作品ほど洗練されて趣き深くなる(俺好みになっているだけかもしれないですが)




●ブギーポップ・リターンズ
  VSイマジネーター
   Part1・Part2

  (1998)
上遠野 浩平 電撃文庫 1998年8月25日(初版)
1998年11月25日(三版)
p248 \530 |
1998年8月25日(初版)
1998年11月25日(三版)
p275 \530
「ブギーポップ・リターンズ」表紙「ブギーポップ・リターンズ」表紙

 あなたは自分の心の中に、何かが足りないと思ったことはない?
 他の人にはあるのに、自分にはそれがないと悩んだことはない?
 欠けているものを誰かに埋めてもらいたいと願ったことはない?
 そのことなら、もう心配はいらないわ。すぐに"そのとき"が来る。
新しい可能性がひらかれて、苦しみのすべては終わるときが来る私
の敵<ブギーポップ>が邪魔さえしなければ──。私? そうね、
敵は私を<イマジネーター>と呼ぶわ…。
 第四回電撃ゲーム小説大賞<大賞>受賞の上遠野浩平が書き下ろ
すスケールアップした新作。イマジネーターの手から君は逃れられ
るか…?

99/01/28
 一気に読了。ブギーポップのニ作目。前作「ブギーポップは笑わない」の形でが印象深く、続編としてどう構成をするのかという事自体も気になっていたのだが、結果的には満足の作りでした。
 やはり主役に当てるには巨大な敵の方が…って事か、なんて斜めに見ても、物語る切り口がそんな陳腐さを感じさせない。
 ブギーポップは女の子だけの間で伝説なっている死神。噂は歪んではいるが、確かに彼は死神だ。異分子が社会にあだをなす前に、分岐する可能性の芽を刈り取る。最後の最後まで起こさない真打登場は物語を単に収束させるだけの存在であった。そう、これは僕等の物語なんだから。前作ほどでないにしろ一人称で交錯して語られる物語は、発端も終点も彼らにとってはそれぞれ固有の地点となる。それが個々人の物語であることを証明するかの様に。
 そしてそれはそのままメッセージを持った青春小説でもあった。ブギーポップという形で結晶化することでまわりの風景を透過し、恥ずかしさと青さと汚れで自分の中にしまい込まれそのままでは直視できない当時の自分をオーバーラップさせる。それ自体が求心力を持って、当時の景色・自分をシャープに提示する。あわい憧憬と、今にして尚共感させる同時代性を抱えて、ブギーポップとその世界は現前する。確かにフロックではない世界だった。。
 前作のように個個人の中でそれぞれの物語は始まりそして終わり、自分という歴史に包含されて大きな物語は継続していく。その見せ方から来る限界ではあるとは思うが、途中退場した者たちのその後が気になる。収束しないのは確かに作りなのだが。(そしてそう思わせる力量でもある)。
 以下雑感。
 挿絵>最高ですね。ツボをついてます。映画的提示もカッコイイ。しびれます。
 正義>理由はいるだろ。その上で傲慢になることの方が大きな罠なのかも。
 電話>携帯の番号って普通わかるのでは? まぁトレースできなようにダミー端末から自動転送というのがありうる線か。
 炎の魔女>一番好み。
 薔薇の花>小学時代に読んだ「竜太と青い薔薇」(福音館書店:作者失念)を思い出しました(いまはなき「子供の館」の連載でも読んでたんだよー)。も一度読みたいんだけど絶版かなぁ。あと「さようなら遊びの時間」(だっけ?)とかも思い出した。
 イマジネーター>なんだったの?(^_^;)
 薔薇の花2>俺には茎がないのかも。




●「ブギーポップ・イン・ザ・ミラー
  『パンドラ』」

  (1998)
上遠野 浩平 電撃文庫 1998年12月25日(初版)
p301 \550
「ブギーポップ・イン・ザ・ミラー」表紙

 君は運命を信じているかい? 自分たちの意思とは関係なく回っ
ていく世界の流れを実感したことはあるかい?
 これは六人の少年少女たちの物語だ。彼らは未来を視ることがで
きる不思議な力を持っていて、彼らの間でだけその能力をささやか
に使っていた。彼らに罪はない。そして責任もない。しかし──
 「これ──ブギーポップ?」
 六人の予知にこの僕の幻影が現れた時、運命の車輪は回りだした……。
 第四回ゲーム小説大賞で<大賞>を受賞した上遠野浩平のブギー
ポップ・シリーズ第三弾、六人の選択は救いか、それとも破滅か…?

 シリーズ第一巻「ブギーポップは笑わない」を探す過程で、既刊の買い置きが済んでしまっていたので、すぐに次巻に入ります。それだけ魅力的だったということです。
 文体が楽でサクサクと軽く読んでしまう。その分今回の六人の少年少女たちの人物




●「グイン・サーガ63 時の潮」
 THE TIDE OF TIME (1999)
栗本 薫 早川文庫JA 1999年1月15日(発行) p294 \500
「グイン・サーガ63 時の潮」表紙

 リギアはいま、草原地方にいた。ナリスからの密書を携え、遠路
はるか黒太子スカールに会いにきたのだ。草原へ旅立つまえ、ナリ
スに呼ばれたリギアは彼の変貌に深い感慨を禁じ得なかった。だが、
はかなげな外見と裏腹に、彼はレムス王への強固な反逆の意志を彼
女に明かした。イシュトヴァーンとともに中原に覇をとなえる決心
をしたナリスの熱い思いを伝えるべく、リギアはスカールを探し求
めて、草原を彷徨う。

99/01/29
 あいかわらずサクッと読了。グインの最新刊。
 パロのナリスの密使として草原の黒太子スカールを目指すリギア。そこで暴漢に教われ間一髪の所を助けたのは、病からすっかり回復し、以前以上の体格になったスカールだった。そこで渡した密書の内容とは…。一方イシュトはアルセイス入りを果たす。驚愕した事には、そこではモンゴール軍の凱旋であろうかとも思われる人々の歓迎で迎えられた事だった…。
 と、言ってしまえば以上です(笑)。話的にはほとんど進んでないというか、徐々に進んでいるというか。
 なんか最近は薄く引き伸ばされたプロットを消化しているだけの感じの展開です。一時期書きなぐりの様な印象を受けた書き方は収まっているような気がしますけれどもね。(でも読んでいると細かくは引っ掛かる)
 スカールがナリスの処に出向き、風はどう変わるか。スカールもナリスに籠絡させられてしまうのか。しかしここまで来て反逆を止めたら袋小路だしなぁ。スカールを取り込んで王として蜂起。レムスは殺されるというのが妥当な線か。リンダは自害?。程なく(たぶんノスフェラスの秘密で盛り上がった後)ナリスの死亡。そこで中に浮く玉座。
 ナリスにはドミノのように死んだ後も自動的に動くような策略をかけておいてほしいなぁ。これがこう転んでとか。歴史心理学@セルダンみたいな。
 グインはケイロニアの重鎮になるところまでいくけれども血族ではないので後をつげない。そこで「豹頭王の花嫁」なんだけど、パロの玉座もからんで、ケイロニア皇帝の隠し子とパロのナリスの異母兄弟との間に生まれた「娘」あたりが出てくるんじゃないかな。最後には。そこで統一されると。なんとなくですがそうにらんでます。
 なんか、グインは一冊一冊ではなく一章一章を本にして出してるという感じですよねぇ。ちゃんと煮詰めれば「指輪物語」くらいのボリュームで終わりそうな気もするんですが。「グリーン・マイル」の時に思ったんですが、アメリカではシリーズの書き下ろし本化はめずらしいのかもしれませんけど、日本では確かに多いです。月刊誌連載の代わりに四半期に一度一冊刊行、みたいな。

 さ〜て次作のサーガは
 二月上旬「グイン64 ゴーラの僭王」
 四月上旬「グイン65 鷹とイリス」
 の二本です。(サザエさん風)




●「スバル星人」
  (1988年8月(角川書店)に加筆修正)
大原 まり子 ファンタジーの森
プランニングハウス
1988年12月25日(発行) p286 \840
「スバル星人」表紙

 少女漫画家の箱崎美夜子は、待ち合わせに遅れそうになって世田
谷区の狭い道をひた走っていた。かの「不思議の国のアリス」の懐
中時計を持ったウサギのように。そして運命の人、スバル星人に出
会う。「あたしときどき感じるんだ……人間てみんな、つながって
るのよ……人生なんて伏線だらけよ」。スバル星人がこの世界に来
た目的とは? そしてミャコとの関係は? 世界の構造を解き明かす、
ファンタジーの宝物!
カヴァー・イラスト=北田清延

99/02/02
 さくっと読了といいたい所だけど、そこまでの牽引力はこの物語にはなくて、読書時間に割り当ててたんたんとページをこなして読了したという感じです。
 チャコは少女漫画家。恋人で編集者の山田との待合わせに走っていると何かにぶつかった。それが蟻の頭を持つ異星人(?)スバル星人(チャコ命名)との出会いだった…。
 と物語が進むように、コメディタッチのSF(?)です。'80年代当時の(実はこの作品は復刊らしい)トレンドやファッションなどもブランド小説の用に取り込みながら、ドタバタと割と何でもアリな設定で、物語が動いて行きます。
 後半から一応ストーリー仕立てにはなるんですが作者の描きたい所はそこにはなく、自分には特に共鳴する所もなく終わってしまったという感じです。最後辺りはもっと突っ込んで検討するとか世界に取り込んで物語れば(リバーワールドの設定みたいなオチだし)それなりに自分には求心力を持ったものになったのになぁとは思いますが、作者的には「女の子のドタバタSF」っぽいモノを書きたかったのかなと言う感じです。それ以上のものではありませんでした。
 三軒茶屋、下北、青山などを舞台に「アニエス.bがどうの」などと作中に出て来てまさに村上龍デビュー作風味という気がなきにしもあらず。舞台は兎も角、どんなブランドを来ていようが(物語的に重要でなければ)自分にはどうでもいいので、まさに割とどうでもいいノリで読んでしまいました。
 それでもそれなりに読ませるのは、軽いのと相まって、少女コミックの雰囲気を持っているからか。大阪弁のノリのいい小学生(しかも妾腹)が出て来たり──何かにノリが似ていると思ったら「ジオラマボーイ・パノラマガール」(岡崎京子)だった。
 そうかぁ、そうだったのかぁ、と一人で納得。この二人、大原まり子(原作)+岡崎京子(漫画)で「マジック・ポイント」という、恋愛(人生)洞察コミックを出しているんだよね。(この作品は傑作!!。岡崎京子は読むべし!あと「リバーズエッジ」とかね)。この時の共同作成ぶりが両者のシンクロを勘案させます。
 話はそれますが、岡崎京子さんは交通事故で入院で重体という話を聞いてからずいぶんと経ちますがどうなっているんでしょうか。心配でもあります。




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