燐光群 アトリエの会
5月15日(木) 〜 25日(日)
梅ヶ丘BOX
『シンクロナイズド・ウォーキング』
作◇清水弥生 演出◇小山笑子
芸術監督◇坂手洋二
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足並みぴったり、息あわせて。
二人そろって歩くのは、むつかしい。
のびやかに、したたかに、踏みだす一歩。
沈みかけた街に輝く、ショウガイ者と健常者の物語。
清水弥生、渾身のデビュー作!
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<cast>
樋尾麻衣子……ミナミ
安仁屋美峰……花
中山マリ……エマ
江口敦子……イシ
阿諏訪麻子……トイキ
秋葉ヨリエ……テイ
伊勢谷能宣……二宮
吉成淳一……ウエマツ
川中健次郎……バタ
杉山英之……部長
小金井篤……梅里
成瀬美子……シスター
桐畑理佳……アサリ
西川大輔……ヨシオ
<STAFF>
照明=竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)/美術=じょん万次郎/舞台監督=猪熊恒和
舞台協力=高橋淳一/音響=内海常葉(ステージオフィス)/音響操作=鈴木陽介
照明操作=武山尚史/題字・イラスト=沢野ひとし/制作=古元道広 近藤順子
Company staff=鴨川てんし 大西孝洋 向井孝成 宮島千栄 嚴樫佑介 久保志乃ぶ
協力=高津映画装飾株式会社 (有)Lei (有)移動サポート
原田華代 佐藤夏希 Mogy 細野舞 高子香
イラスト・題字/沢野ひとし

5月15日(木)〜 25日(日)梅ヶ丘BOX
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<清水弥生> 劇作家。早稲田大学卒業時の卒業論文「モリエール戯曲の時代性と普遍性」において2003年度早稲田大学小野梓記念学術賞受賞。2004年より燐光群の演出部、文芸部に所属し『上演されなかった「三人姉妹」』『パーマネント・ウェイ』『チェックポイント黒点島』『ワールド・トレード・センター』等の作品の演出助手として参加。日本劇作家協会会員。介護の仕事に関しては2003年より、NPO法人レイ(現在(有)レイ)の職員として障害者の自立生活支援、介助派遣に関わる業務に従事、現在もアルバイトとしてホームヘルパーを続けている。 |
■当日配布パンフレットより
ご挨拶にかえて
この戯曲を書くに当たって、私が大きく影響を受けた二人の女性がいる。
一人は今の私のアルバイト先の社長。彼女は車椅子で生活している脳性マヒの重度「ショウガイ」者であり、自分の「ショウガイ」を資本に、介護事業所を経営している。彼女との出会いは6年前。甘え、甘えられ、支え、支えられながら多くの時間を一緒に歩き、私にとってその人の存在はいつのまにか「ショウガイ」者ではなくなっていた。初めて出会った時、今、何にでもなれるなら何になりたいか、という話になり、彼女が「バレリーナ!」と茶目っ気たっぷりに言ったことが印象に残っている。
もう一人は30歳を過ぎて「ショウガイ」者と呼ばれるようになった女性で、私は「介助者」としてその人の元に派遣された。彼女は進行性のALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気にかかっていた。進行していくにつれ、手足が動かなくなり、車椅子生活になって、自分で呼吸することが困難になるという難病であり、今は気管切開し、全く声の出ない状態にある。その人の病気との凄まじい闘いに私はびびってしまい、意志疎通がままならない彼女と自分との間にとてつもなく大きな「壁」が存在しているように感じた。その「壁」は今も乗り越えられずにいる。
自分の周りに存在する、この「壁」はどうあがいても乗り越えられない時もあれば、いとも簡単に軽々と乗り越えている時もある。と、思ったらまた新しい「壁」が突如出現していたり……。山谷という地域で出会った人々との間に私が感じた「壁」にも似たようなことが言える。「自分と違う」と感じた時に自分自身が作り出してしまう「壁」、これが人と人とが一緒に生活していく上での障害の一つになっていくのだろう。誰もが抱えている自分自身の「ショウガイ」、そういうものを、あっけらかんと、朗らかに乗り越えていけないものかという願いが、そもそもこの物語を綴る発端となっている。
今回、きっかけを作ったのは私だが、私の考えていた台本が一度燐光群という劇団の中に放り込まれた時から、この頭の中にしかなかった世界がくるくると超高速で変化しながら動き始めた。坂手氏による戯曲における的確な指導、叱咤激励、彼との共同作業の中でこの芝居は育っていった。メンバー一人一人の持つ考え、個性が、この戯曲の世界を大きく膨らませ、思わぬところでつながり合い、影響し合って舞台上ではち切れんばかりのエネルギーを持った劇世界を生み出していった。「自分とは違う」もの同士の出会いは、お互いを受け入れることによって力になり、一枚一枚の「壁」を打ち砕いていく。この劇団の力を、ひしひしと実感している。
本日観に来て頂いたお客様に心から深く、感謝申し上げます。
清水弥生
ご来場ありがとうございます
昨年夏から執筆に入っていた清水弥生の戯曲はプロット作りだけで冬を越してしまった。実際に書き始めると早いのではないかと思われた時期もあったが、プロット段階から含めて書き直しを重ねてもらったため、稽古できる状態の台本完成までに時間がかかった。台本が遅いという点は誰かさんに似てほしくなかったのだが、こればかりは仕方がない。
今まで戯曲の指導のような仕事をしたことはあるが、上演にこぎ着けるところまでは、なかなかつきあえるものではない。世間には戯曲をブラッシュアップする作業を指導する「ドラマドクター」などというシステムを採用する現場もあるらしいが、戯曲を手直しするには、治療以前に根本的な検証を必要とすることが多いものだ。西洋医学と漢方を併用しなければならなかった。とにかく自分の劇団で上演するのだから、よりよい作品にするため、つきあえる限りはつきあおうというつもりだった。
「演出家ワークショップ」というものをやったこともある。金沢でひと冬おこなったケースは、複数の演出家を指導して上演まで持ってゆくという興味深い体験だったが、振り返ってみれば、よそ様で楽しく遊ばせて頂いたという印象である。自分の劇団では、ワークショップをお客様に見せるわけにはいかないから、なるべく理想に近づけた芝居を実現させるために、今までのどの公演とも同様、つきあえる限りはつきあうという考えであった。
当初、戯曲に一番適した演出家を招く可能性を考え、台本が完成すれば決めるつもりだった。それまでの仮の名義として「小山笑子」という架空の存在を設けたが、進行上ついに「誰かを招く」ということはできず、結果として、「つきあえる限りはつきあう」どころではなく、ふだんの公演同様、全行程で芝居を作ることになってしまった。
今回の公演は、スケジュール的にタイトであり、助成金もない。少し先に延ばす可能性についても検討したが、劇団内で相談して上演を決めたものである。考えてみれば、今までも、「迷ったときには、なるべくやってみる」という方針でやってきた。そういうわけで、迷わず実現に向かおうとする劇団員の熱意と意志が舞台上に確実に反映していれば、この劇は第一段階として、成功であろう。そのうえで、清水のうみだした登場人物たちを、劇に向かう私たち同様に、リアルに生きた存在として体現できていれば、幸いである。
坂手洋二