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『パウダーケグ』
 
THE POWDER KEG

作=デヤン・ドゥコフスキ 訳=常田景子
演出=坂手洋二

ここはバルカン半島  ヨーロッパの火薬樽(パウダー・ケグ)と人は呼ぶ  逃げだしたって始まらない  生まれ変われるわけじゃない  考えてもみてくれ  俺もおまえも皆同じ  粗悪品だが火薬樽(パウダー・ケグ)  火がついたらどうなるか  わかりゃしない

■舞台写真■


左から宇賀神範子 中山マリ 猪熊恒和 川中健次郎
「ある出来事」より
愛車を傷つけられた男は赤毛の不良娘サンディーに詰め寄りそして……
               
撮影:西岡真一

藤井びん 鴨川てんし
「法則」より
親友同士の暴露話は過熱して行き……

           
撮影:西岡真一

中央 中山マリ
「わらの月」より
アコーディオンにのせて唄うはマケドニアの名曲「沈め沈め、夕陽よ沈め」
                         
撮影:西岡真一

左から大西孝洋 千田ひろし 江口敦子 樋尾麻衣子
「終バス」より
ナイフを出してしまった男はブレーキが利かなくなってしまう。質問の内容「おっ立ったか?」

               
撮影:大原拓

左から丸岡祥宏 猪熊恒和 藤井びん 内海常葉
「バルカン・ブルース」より
刑務所の中。バルカンが火薬樽で、導火線は今にも燃えつきそうであると説く牢名主の男の“家”に、新入りが……。
               
撮影:大原拓


■STAFF■ 美術/加藤ちか 照明/竹林功(龍前正夫舞台照明研究所) 音響/島猛(ステージオフィス) 舞台監督/吉木均 演出助手/川畑秀樹 演出助手+舞台監督助手/吉田智久 文芸助手/久保志乃ぶ 舞台写真/大原拓 西岡真一 イラスト/山田賢一 宣伝意匠/高崎勝也 パンフレット/江口敦子 制作助手/村山知子 大山頼子 矢島美紀 受付協力/上田郁子 長嶋美少子 企画協力/(有)アムアーツ 奥山緑 制作/古元道広 美術協力/袴田長武 協力/平野共余子 (株)其田事務所 (有)白川俊輔事務所 マケドニア共和国名誉総領事 粟山明 Galina Dimitrova Ana Angelova 高津映画装飾株式会社 ニチアス株式会社 オリハラコーヒー(株)(株)ギミック 国光千世 石井美佐 甲斐隆典 安永知子 守山亜希 東海林倫子 見澤孝一 中島忠昭

■CAST■

「健康と幸福」
 アンジェレ=大西孝洋 デミトリー=藤井びん バーテン=向井孝成
「ある出来事」
 レンチを持った男(アンジェレ)=川中健次郎 スヴェト=猪熊恒和
 ブラゴヤ=中山マリ アレクサンドラ(サンディー)=宇賀神範子
「法則」
 シモン=鴨川てんし スヴェト=藤井びん
「偶然の法則」
 シモン=鴨川てんし アナ=高野旺子 アンドレア=千田ひろし
 警官=猪熊恒和 駅の人々=柿澤宏子・向井孝成・内海常葉・永田恵子
「法則」
 シモン=大西孝洋 スヴェト=下総源太朗
「終バス」
 アンドレア=大西孝洋 スヴェトレ=樋尾麻衣子 老婆=中山マリ・高野旺子
 男(ジョルジ)=千田ひろし 女(スヴェトレ)=江口敦子 運転手=下総源太朗
「沈め沈め夕陽よ沈め」
 スヴェトレ=江口敦子 ジョルジ=千田ひろし ジョーレ=川中健次郎
 ゲラ=丸岡祥宏 夜の人々=尾形可耶子・高野旺子・樋尾麻衣子・向井孝成・内海常葉・宇賀神範子・柿澤宏子・永田恵子
「バルカン・ブルース」
 トプク=猪熊恒和 ボリス=藤井びん 看守=内海常葉 ゲラ=丸岡祥宏
「世界の果てまで」
 ボリス=藤井びん キリル=下総源太朗
「眺めのいい部屋」
 キリル=下総源太朗 マネ=鴨川てんし ジミー=大西孝洋
「わらの月」
 エウドキア=中山マリ マネ=鴨川てんし コスタ=向井孝成
「火薬樽あるいは有機化学」
 アンジェレ=大西孝洋 デミトリー=藤井びん

■日時・料金■

4月6日(木)〜4月19日(水) 下北沢ザ・スズナリ
前売/¥3,200 当日/¥3,500 ペア/¥6,000
大学・専門学校生/¥3,000 高校生以下/¥2,500

■当日配布パンフレットより

坂手洋二

 燐光群が初めてマケドニアに行ったのは1996年、三十年以上前から続いているという首都スコピエの演劇祭<MOTフェスティバル>に招待された時だった。『パウダー・ケグ』が初演されたのと同じマケドニア国立劇場で『神々の国の首都』を上演した。
 ヨーロッパじゅうで圧倒的な評判を取っていたテアトル・ド・コンプリシテ『ルーシー・キャブロルの三つの人生』に続いてのメイン・シアターでの上演、初めての同時通訳なしの海外上演ということもあり、その年のツアーで最も緊張した。
 隣国ブルガリアから陸路で国境を越えるのにほぼ丸一日を要したワイルドな国内事情、目まぐるしく風景の変わる丘陵やバルカン独特に思われた土の色、フェスティバル・ディレクターであるニコドノフ氏の自宅に招かれて飲んだ自家製ラキヤの味などについても、この作品に取り掛かってから、徐々に思い出しはじめた。
 『パウダー・ケグ』はデヤン・ドゥコフスキが1993年に発表した戯曲だが、一昨年、ゴラン・パスカジェビック監督により、ベオグラードに舞台設定を移して映画化され、ヴェネツィア映画祭で審査員賞を受けている。昨年夏、『天皇と接吻』の著者・平野共余子氏に勧められ、ニューヨークの映画祭でこの映画化作品に出会った。平野氏の旧友パスカジェビック監督と『アンダーグラウンド』のヒロインでもある主演のミア嬢に紹介され話をするうち、この映画がもともとは芝居だったのだと聞き、戯曲を取り寄せてもらった。映画も面白かったのだが、戯曲の三分の一くらいが省略されており、コンセプトがさかさまになっている部分もあることがわかった。
 我々は基本的には「戯曲」に忠実に上演する方針をとった。反復部分を若干付け足したり、重複する配役を調整したりした。ト書きは最小限の説明に限られていたので、舞台造型についての発想は自由にさせて頂いた。どこまでがオリジナルなのか、どこからが日本バージョンなのか、一口には説明できない。
 1998年にアトリエで上演した『ロウチ氏の死と復活』(アイルランドの劇作家トマス・キルロイ作)以来、海外戯曲の日本初演を手掛けるのは二度目となる。アトリエ公演以外で他人の作品を演出するのは初めてである。「演出」という仕事とは何だろうかと、いろいろと考えさせられる。自分が書いた戯曲でない時、どのように仕事をしていくべきなのか、模索する日々だ。
 他者のコトバといえば、劇団旗揚げ十年後の節目に出会った「一人一人の人間の存在は夜の海に浮かぶ燐光の一点であるにすぎない」というラフカディオ・ハーンの直観は、偶然にも我々の発想にぴったりあてはまる部分があった。このたび、新たに「一人一人の人間の存在が焦火の名残り燻る焼け跡に置かれた火薬樽(パウダー・ケグ)のようなものだ」というこの芝居のコンセプトに向きあうにあたって、我々は自分自身の存在感覚をどのように変化させればいいのだろうか。そういえばハーンはマケドニアの隣国ギリシアの出身だ。マケドニアとギリシアの関係は現在も複雑だ。バルカン地域の民族の歴史を理解するのはかなり難しい。
 とりあえず俳優たちに「外国人そっくりに演じる」という気持ちはさらさらないし、私も海外の戯曲を「日本に置き換える」方法で成立させることには興味がない。「一坪反戦地主の公職追放」だとか「名護市長のリコール断念」だとか、個人的には沖縄の動向が気になって仕方がない今日この頃だが、それが反映されているのかどうかはわからない。
 我々はとにかく素直に、「戯曲との出会い」を果たしてゆこうとしているだけなのである。

■デヤン・ドゥコフスキ プロフィール

 1969年、マケドニア、スコピエ生まれ。スコピエ大学演劇学科卒。現在、同学部助教授として、映画・テレビ台本の書き方を教えている。イタリアとアメリカに留学経験を持つ。
 ドゥコフスキは、戯曲「バルカン・バンパイア」、「こうのとりシリャン」、「巨人と7人の小人」で劇作家としてデビューを果たし、続いて「バルカンは死んでいない」を発表した。
 「パウダー・ケグ」は、1993年、スコピエ・ナショナル・シアターで初演された。この戯曲はベオグラードのユーゴスラビア・ドラマ・シアターの大劇場で上演された初のマケドニア演劇となり、ベオグラードのBITEFフェスティバルで好評を博した。1996年には、ボンの演劇ビエンナーレの招待作品となった。また、同作品はこれまでに、オランダ、スウェーデン、スロベニア、ギリシャ、ドイツ、ブルガリア、オーストリア、イギリス、アメリカ、クロアチア、フィンランドなどで上演されている。
 「パウダー・ケグ」は、1998年、ゴラン・パスカリェヴィク監督により映画化され、
ヴェネツィア映画祭で批評家賞<FIPRECI>を受賞、続いて、ビトラ国際カメラ・フェスティバルでブロンズ・カメラ300賞、アンタリア(トルコ)国際映画祭で、グランプリとゴールデン・オレンジ賞を受賞した。この映画は既に欧米各国で公開されている。

 ドゥコフスキの最新作、「これを始めたのは、どこのどいつだ」は、マケドニアのニスで上演され、マケドニア現代演劇フェスティバルの最優秀作品に選ばれた。1997年には、ベオグラードのBITEFフェスティバルでもグランプリを受賞している。1998年、デヤン・ドゥコフスキは、再びボンの演劇ビエンナーレに招待され、「これを始めたのは、どこのどいつだ」がスコピエ・ナショナル・シアターのプロダクションとして上演された。

■"THE POWDER KEG" 上演記録

1994年 スコピエ・ナショナル・シアター
      ユーゴスラビア・ドラマ・シアター(ベオグラード)
1996年 ボン・ビエンナーレ(ドイツ)
1997年 ナショナル・トネール(オランダ、ハーグ)
      シアター・トリビュナーレン(スウェーデン、ストックホルム)
1998年 テアトロ・アモーレ(ギリシャ、アテネ)
      ユングス・シアター(ドイツ、ゲッティンゲン)
1999年 シアターGmbH(オーストリア、ウィーン)
      シアター・オブ・ジ・アーミー(ブルガリア、ソフィア)
      ゲイト・シアター(イギリス、ロンドン)
      ヴィルス・シアター(フィンランド、ヘルシンキ)
      オディス・シアター(アメリカ、ロサンゼルス)

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 ◆公演概要◆               

 マケドニアの鬼才デヤン・ドゥコフスキが1993年に発表した『パウダー・ケグ』。イギリス、ドイツ、ギリシャ、スウェーデン、オーストリア、ブルガリア、スロバキア、クロアチア、フィンランド、ネザーランド他、ヨーロッパ各地で上演され、「バルカン危機を予見した戯曲」として大ヒットした衝撃作です。
 さらにこの戯曲は、『アンダーグラウンド』などで知られるユーゴスラビア映画界の主要なスタッフ・キャストを結集、ゴラン・パスカリェヴィッチ監督によってベオグラードを舞台に映画化され、1998年、ベネツィア映画祭で「ヨーロッパの『パルプ・フィクション』」とセンセーションを巻き起こし、国際批評家賞を受賞しました。
 昨年夏、ACCによるグランシップでアメリカ滞在中であった坂手洋二は、『天皇と接吻』の著者・平野共余子氏に勧められ、ニューヨークの映画祭でこの映画化作品に出会いました。その後、平野氏の旧友であるパスカリェヴィッチ監督や出演者を紹介され、原作戯曲を読む機会を得て上演の可能性を検討、本邦初演を実現しました。
 燐光群は『天皇と接吻』で1999年演劇界を圧倒、第7回読売演劇大賞では<優秀作品賞 最優秀演出家賞(坂手洋二)最優秀スタッフ賞(美術・加藤ちか)>を受賞、演劇界の注目を集める中、最新作としてこの戯曲を選びました。
 1998年にアトリエでアイルランド作品『ロウチ氏の死と復活』を本邦初演して以来の、海外戯曲上演となります。
 『天皇と接吻』『トーキョー裁判1999』で、観客のみならず専門家をも驚嘆させた空間造形の、さらなる実験も注目されています。
 劇団外での活躍の機会も増してきた燐光群俳優陣に加え、藤井びん、鴨川てんしが客演します。
 また、本作は、昨年の二作でアメリカ、フィリピンの演劇人と交流を深め、今年秋にはインドネシア演劇人との合作である大作『南洋くじら部隊』が控える当劇団の、新たな国際交流のステップとしても期待されます。
 燐光群とマケドニアの関係としては、1996年、世界の前衛演劇が結集することで知られるマケドニアの演劇祭<MOTフェスティバル>に、「テアトル・ド・コンプリシテ」らと並んで招待され、『パウダー・ケグ』が初演されたマケドニア国立劇場メイン・シアターで『神々の国の首都』を上演しています。

*        *        *

 「パウダー・ケグ」とは「火薬樽」のこと。
 このタイトルは、今も民族問題に揺れ、紛争の火種が尽きず、「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるバルカン半島そのものの比喩であるといえるでしょう。
 同時に、戦争状態であろうとなかろうと、そもそも一人一人の人間じたいが、暴力と憎悪、破壊衝動を湛えた危険な存在、まさに「火薬樽」のようなものであるという皮肉が込められています。
 酒場で、船の上で、湖畔で、バスや列車の中で、やさぐれたアパートで、夜の闇の中を蠢く人間たち。恋人たちが、親友たちが、怪我人と暴漢が、非行少年の家族と仲裁者が、乗客と運転手が、被害者と加害者が、そして行きずりの人たちが、なぜこのような対立に晒されねばならなかったのか。すべては「起こりうること」であり、「その出会いによってしか、彼らは交流できなかった」のです。
 「ハイテンション・リアリズムのブラックコメディ」「モラルなき社会の人間の野性を鋭利に描く」と欧米で絶賛された『パウダー・ケグ』。「暴力と脅迫」に突き動かされた人間たちが次々と『輪舞』のようにその火種を引き継いでゆく、<悪意のリレーとしての群像劇>。底冷えのするユーモア、そして人間存在の矮小さをさらけ出させる、せつないロマンチシズム。世界の観客の共感を呼び、戦争よりも危険な<パーソナル・バトル>の壮絶な連鎖を描いた本作は、日本の観客にもショックを与えずにはおかないでしょう。

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