私が問題に巻き込まれている間、巡回監督が長老たちの問題から私を助けたいという電話があったことがあります。もちろん嘘で、以前それに騙された別の姉妹が全ての事実を話してしまい排斥にされてしまうのですが、それと同じ方法を私に対しても使ったわけです。もちろん呼びだされた先には長老たちが手ぐすねを引いてまっているのですが(要は裏でどう料理するか、もう合意が出来ている)。その時に彼が言ったこんな言葉があります。
「そんなことはないよ。今の組織はシステム的に問題が起こりえないのだから」
これは私が問題がそう簡単に解決するか、過去の失敗や聖書などから疑問を述べたことに対する、彼の答えでした。
これこそ彼らが抱える問題の本質でしょう。自らのシステムに対する無批判で疑問のない態度、これは多くの是正すべき問題から彼らの目を覆います。
例えば、そのシステムの自浄能力は完全と言えるでしょうか。トップが不正を犯し、それで大騒ぎになる一般社会と比較し、自分たちははるかに健全だというのです。これは大きな勘違いです。彼らの場合、自浄能力がないゆえに不正を犯しても大騒ぎになりようが無いからです。要はそれを客観的に評価し、判断するシステムがなく、常に政治的配慮で決定されるシステムなのです。その客観性を保つため、情報の開示、透明化が必要ですが、一般はおろか信者にさえそのことを秘密にし、上層部への信頼だけを要求します。
このような問題を抱えながらも自己の過大な評価と過敏な防衛本能を示す組織は大抵このような自浄能力の欠落を示すでしょう。これは北朝鮮など多くの全体主義国家でも見られることでしょうし、ワンマン社長が絶対的権限をもつ会社において、会社のことを考えて批判する者を左遷したりクビにしたりする企業と何ら状況は変わらないわけです。そのような上層部やシステムに対する批判もしくは改善の提言や意見は、彼らの用語で言う「消極的な話題」「批判的な話題」「励まさない話題」「背教的な話題」等として自分たちも信者も言うことが出来ないような状況を作り、そのようにすることにより、彼ら上層部の耳に何重もの防護壁を張り巡らすのですから。そして上層部が事態の改善のために行動をすることを待つことが要求され、もしくは時と偶然によって事態が改善されるのを待つ、これを彼らの用語で「エホバを待つ」と言いますが、とにかく事態の推移を見守ることしか許されないのです。これで自浄作用が働くと考えるのは、よほど「信仰」があるか、客観的に物事を見る能力がないかのどちらかでしょう。
それと別の項で述べた閉塞された環境ゆえの諸問題、指導者を育てるシステムの欠落、ピラミッド型の指導形態、終末論を中心に展開される拡張至上主義、何より組織そのものが目的化する自己矛盾など様々な要素が絡まり現在のシステムが出来ているわけです。それなのにこの組織は問題が起きようが無い、と能天気なことを言う指導者しか生み出せないこのシステムとは一体何なのでしょうか。まさに裸の王様です。
我々はそれを見て笑うでしょう。それはある意味で悲しい笑いです。そのようなシステムのもとでしか生きられなかった自嘲の笑いでもあるからです。