一人の二世の方が匿名希望でインタビューに応じてくれました。かなり本音のところを聞き出すことが出来たと思います。もちろん二世すべてがこの方のような考えを持っているというわけではありませんが一つのモデルと考えて頂ければと思います。
「早速ですが、あなたは両親とも証人ですよね。そのことをどう見ています?」
「どう見ているというと?」
「どうして証人を始めたのかとか疑問に思ったりしません?」
「母は信心深いおばあちゃんに育てられたと言っていた、だから信仰に走ることは良いことだと考えていたらしい。田舎の人だし何か深く考察するタイプじゃない。父はそれ以上考えないタイプの人間で証人になる前は「自然神」がいると考えていたようだけれどそれが汎神論を指すものかどうかも分からない。何も考えていないと言うか中途半端に考えているというか」
「たまたま証人に出会って飛び付いちゃったと」
「そんなところだね」
親について
「証人のどんなところに魅力を感じたんだと思います?」
「母はもともと田舎の人でまた家も大きな家族の中で育ったんですよ。おばあちゃんから甥っ子まで同居するような。そんな中からぽんと放り出されて、田舎のように人間関係を築くことが難しいこの都会で核家族という環境、また生まれてきた子供をどう教育したら良いのか若い母親には悩みが尽きなかったのかな。体も弱かったしね。そんなときにそれらを満たす条件を整えたものが向こうからやって来たんじゃないかと思う。あと時代背景もあるかもしれない。戦後直後に生まれた両親は今までの絶対的な価値観からその価値観の崩壊と残滓の影響による一つの真空状態のような状況を経験していたのかもしれない。あの当時の学生運動やら冷戦時代の緊迫感などはそれらが原因かもしれないし、その状況に彼らの終末的思想はぴったりあっていたのかもしれない」
「やはり証人は両親にとって必要なものだったのかな」
「恐らくそうだろうね。今でも自己のアイデンティティーを保てるものとして彼らにはその環境が一番よく感じるんだろう。そこに自分の居場所を見いだしてしまったと言うか。それを押し付けられる子供にとっては不要なものであるばかりか、はた迷惑なんだけどね」
「その"迷惑"の一つに証人の中でよく行われる体罰という慣行がありますが、そのようなことはよくやられたのですか」
「まあひどいものだったと言っておきましょうかね。特にあの当時彼らの多くは1975年に終わりが来るとまともに信じていた。また教育に対する態度も体罰を主としたものだったしね。その追い詰められた環境の中、一番そのあおりを食らったのは子供たちだね。母親はその当時父親に激しい迫害を受ける非常にストレスのたまる家庭環境だった。そして仲間の信者や指導者からされる無責任で無知な教育の甘さについての指摘は彼女をさらに追い詰めたらしく、彼女は夢で子供の教育の失敗ゆえにハルマゲドンで滅ぼされると言う夢を見たというから尋常じゃない。まあ母だけでは無くその当時の王国会館(証人の集会所)には子供たちに体罰をする場所と用具が常備してあり集会中その場所は子供たちの泣き声が四六時中聞こえていた。今でこそそんな光景はなくなってだいぶ改善されたけれど。でも古参の証人はそれに対して不満を述べる者もいるし自分の研究生や新しく信者になったものにそのような教育方針を押し付ける者もいる・・・・。自分の場合反対者だった父親が軟化し、やがて信者になったときは最悪だった。母親に向けられた暴力がすべてこちらに向いたわけだから。ほとんど毎週殴られていたし痣が体から消えることなんて無かったね。そのような教育を父は自慢気に他の信者に語っていたし母もそこから生まれる子供が抱く恐怖を最大限用いていた。それにその体罰の際アルコールを飲むことによってますます過酷なことをされたね。まあ父も信仰に専心するために会社を辞め、それなのに会衆内でごたごたがあり自分が追い出されそうになる、と言う極度に追い詰められた状況だからそのあおりが子供たちに来たのだろう。その前に彼には性格的な問題があるんだろうけどね」
「その状況でよく耐えていましたね」
「耐えてなんかいないでしょう。いつもボロボロでしたから。あるとき誰かが子供とその親に向かって体罰の価値について説明し俺のことをさして『そうしたらこんな立派な兄弟になれるんだよ』て言った時反吐が出そうになったね」
ハルマゲドンについて
「大泉さんが書かれた『説得』と言う本の中で子供たちがハルマゲドンの夢を見て苦しむという部分が印象に残っているのですが、やはりそのような夢を見られたんですか」
「見なかったね。と言うか自分はハルマゲドンで滅ぼされると思っていた。たえず体罰を受けるし、証人の信仰も持てそうもないし大体ついていけないと子供ながらに感じていた。それより怖かったのが迫害だったね。その当時集会ではよくアフリカのマラウィでの残虐な迫害が語られていた。また戦争中のナチスが行った残酷な迫害などもよく話されたね。やがて来る証人に向けられる国家規模の迫害に備えるよう集会で言っていた記憶もある。母親はその当時(1974年くらい)妊娠しており他の人たちと獄中で出産するかもしれないと語り合っていた。今考えると本当にばからしいのだけれどね。また国家規模の迫害の際母親が捕まってしまい、その当時反対者だった父親が俺に集会に行くことを禁じたらどうするかとも母親から聞かれたこともある。もちろん母親の望む答えを言ったけれどね」
「じゃあハルマゲドンよりもその国家規模の迫害の方が怖かったと」
「と言うか簡単な二者択一ですよ。神に従わず楽な道に行ってその間十分楽しみその結果ハルマゲドンになるか。神に従順を最後まで守りありとあらゆる楽しみを捨て迫害などの極限状態にも耐えきれて初めて永遠の命がもらえるか。もちろん耐えきれなければハルマゲドン行きです。俺としては永遠の命など欲しくなかったし迫害の極限状態でも苦しみたくない、いやその当時も体罰で十分苦しんでいるから結局楽なほうに行きたいわけですよ。その結果ハルマゲドンで滅ぼされるほうがましだと」
「悲観的にならざるを得なかったと」
「まあとても楽観的にはなれないだろうね。自分が20代になることなど考えもしなかったくらいだからね。それどころか幼いころからさっさと人生を終わりにしたいとおもっていたね。まあその傾向は今でもあるけれど」
「と言うことは逆に宗教的な必要をより感じられたのではないですか」
「逆だね全く感じない」
キリスト教について
「聖書やキリスト教には関心が無いのですか」
「全然無いね。よく考えてみれば証人になった人もしくは他の宗教に走った人というのは某かの必要を感じてその道を選んだわけでしょう。俺達二世にはそれを必要とする過去や人生経験がなかったわけだからね。要は親のように自分から宗教をやっている人が恋愛結婚だとすると、俺なんかの信仰は所詮親から無理やり押し付けられた結婚相手なわけですよ。親や他の人を気づかって一生懸命愛そうとするが所詮それは頭の中で無理にしようとしているものに過ぎない。親のような感情的なものではないんですよ。恐らく親がもし証人を辞めたならそのぽっかり開いた穴を埋めるために他の代替物を探すかもしれませんが、俺の場合最初からその必要がないですからね」
「では今では聖書を信じておられないと」
「そうですね、あまり好きな本じゃないしね」
「どんなところが嫌いですか」
「あの中の神様の性格は嫌いだね。押し付けがましく短気で力によって人を動かそうとする。それなのに自分のことを愛だの親切だの言うところなんか証人の指導者達とそっくりですね。まあこれ以上言うとクリスチャンの方が気を悪くするだろうけど自分個人ははっきり言って合わな過ぎますね、聖書に。それにこの本を絶対化する必要は何もないような気がしますけど」
「と言うことは証人以外のクリスチャン達の信仰も間違っていると」
「いや信仰に間違っているもあっているもないでしょう。一応自分は他の人の信仰の領域は一つのサンクチュアリだと思って安易に踏み込まないですね。その人がその信仰から益を受けているなら、またこちらにその考えを押し付けさえしなければ良いのではと思いますし、尊重されるべきものと思いますよ。ただ個人的にどう考えるかと言えばどうしてもああ言った答えになるんですよ」
証人について
「あなたの考えからすると証人の信仰も個人が持つサンクチュアリになるんでしょうか」
「なるだろうね。だから証人に関して彼ら自身に語るときその部分は尊重すべきだとは思いますね。まあある方々で強烈な反対活動をされる方など相手のことなどお構い無しと言う感じですけれど。まあ俺は証人のことをはっきり言って好きでないしすごく迷惑を被ったと思うけど、だからと言って相手を全否定するような論旨には納得できないですね」
「彼らを破壊的カルトとしマインドコントロールしているとの意見については」
「これもその論理と実際では多くの矛盾があるから簡単に同意できる種類のものとは思わないね。また個人の権利を侵す口実として使われるなら非常に危険なものにもなりうる。もちろんこうだという結論を出しているわけではないけれど、たぶん今まで理解されなかったものへの理解をする一つの過程だと思う」
「証人はこの社会と共存できる存在ですか」
「と言うかもっと現実的に考えなければいけないと思う。彼らを社会から排除したところでそれは単なる弱者いじめに成り下がらないのかとかね。現に彼らが社会にいると言う現実こそ共存の必要があることだと思う。もちろん彼らは最終的に自己の持つ多くの問題を彼ら自身の責任で解決しなければならない。それは我々部外者が解決する種類の問題ではない。それでもそれが出来る環境を作るためには彼らが社会に受け入れられることが必要なのかもしれないね」
「証人は幾つかの問題点を除けば良いところもあると」
「まあそれが反対者の目から見れば偽善ということになるのだろうけれど」
「ちょっと聞きたかったんですが、あなたの証人時代良かったこともありましたか」
「最後の数年は楽しかったね。同じ二世同志でよく集まって酒を飲みながら朝まで語り明かして、その時に恋愛のことや色々な愚痴、音楽の話など色々あったね。そんな仲間がたくさんいたから辞めるときはすごく寂しかったね」
「逆に悪かったことというと先ほど言われた教育方法やハルマゲドンを含めた終末思想など・・・・」
「まあ他にも学校の行事に参加できないは、友達と喧嘩してはいけないは、部活をやってはいけないは、嫌いな集会や野外奉仕に行かなければいけないは、格技の授業を拒否しなければいけないとか、音楽を聞くことが制限されたり、大学に行く必要がないなど悪い点を探せばキリが無いね」
禁止事項、制限事項について
「その点さらに掘り下げて聞きたいのですが、例えばつい最近神戸で格技拒否に関連した裁判がありましたがあなたはそのようなことをどう考えますか」
「もちろん個人の信条は尊重されるべきと思う、これについてヒステリックに反応する人を見ると、戦中皆と違う意見を言った人を非国民としてつるし上げる精神と変わらなくなるかもしれない。ただ一つ言えるのはそのような格技許否に苦しむ子供たちもいるということだ。組織は少数者の意見の尊重を求めて提訴をバックアップしたのだが果たして内部の子供たちに同じような尊重はあるのか。むしろそのような拒否についていける者以外は尊重されていない現実がある」
「あなたも相当苦しまれましたか」
「その間ずっと胃が痛かったね。先生からは罵倒されるし友達からは変な目で見られるし最悪だったね・・・・。とにかく証人は現実の社会と子供たちを摩擦の矢面に立たせ過ぎだと思う。まだ心身が十分発達しておらず明確な信条も持っていない子供にそれは非常な圧力になっているね」
「プライベートな種類の制限、例えば音楽であるとか映画であるとかそのようなものは・・・」
「彼らの趣味に関する考えは単純ですべては神に賛美を帰するためのものでそれ以外また妨害になるものは一切だめ。でもねえ抑圧された環境になると逆にそういうものが必要になるんだよね。俺の友達は大の格闘技好きだったし、俺はもうハードロックをしがみつくように聞いていた、友達ではヘヴィーメタルやパンク、ラップ、プリンスなどの証人から名指しで非難されるものを平気で聞いていたし話題の中心は専らそれ」
「音楽の話で言うとマイケル・ジャクソンもエホバの証人の子供として育てられたそうですね。『インサイド・ザ・ジャクソンファミリー』と言うお姉さんが書いた手記で彼が『バッド』と言うアルバムを出したことについてその理由が宗教への復讐を挙げているのが興味深かったのですが、やはり彼らにはその個人的に加えられる圧力も多くの影を落としていると考えられますね」
「そう思うよ。俺もその本を友達の勧めで読んだが、まあ可哀相だね。家族は内容を否定しているそうだけれどその中に挙げられる子供たちの心情は自分たちにも通ずるものがある。恋愛の制限であるとか服装の制限であるとか表現の自由の制限とかね。とにかくパリサイ人のように自主規制が進みお互いを牽制しあい最終的に相互監視の目によってがんじがらめになっているんだよね。とても人間らしく行動できない環境だと思う。例えば許される行為だとしても他の人をつまずかせてはいけないと言って自主規制をしてそれを他の人に強要する風潮があるね」
「他にも将来にかかわること、高等教育、就職、恋愛、結婚等様々な制限であるとか圧力であるとかがありますね」
「そうだね、自分も成績が良いほうだったから間違いなく進学校に行き大学に行くだろうと思われていたが、それもかなわなかったし自分のやりたい仕事などにつけもしない。そんなやつはいっぱいいるけれどね。スポーツが得意でも部活に入れなかった者、音楽が好きで将来音大に入りたいと言う夢を幼いころから断つ少女、美術が得意でも美大に入る夢すら持てない者。みんな証人の拡張計画の一環の前では無意味とされてしまう。また彼らが故意にやってるのがどうか分からないが結果的に証人を辞めると何もできないし何もない状態を作っている。そうすることによって証人にしがみつかざるを得ないようになっているね」
「ちょっと微妙な問題で恐縮ですが、証人は性に関する制限を多数していますね。それも個人にまたその将来に大きな影響を与えると思うのですが」
「まあ多くの子供たちが思春期に悩むのは恋愛の制限やマスターベーションの制限だろうね。これは正直すごく悩んだほうで、いつも罪悪感を抱く元凶になっていた。今考えればこういうものを抑圧すればするほど欲求が高まるだろうに。また男女交際は結婚が前提だから多くの人が慎重になり、また自主規制と相互監視の論理が働いて婚期を逃すものも結構いる」
指導層について
「こう言った制限を課す統治体をどうご覧になりますか」
「まあ統治体の決定以外にもその決定に抵触しないような自粛とそれを強要する周りの信者の圧力があるんだけれど、ある人は全部が統治体のせいと言うがそんなことはないと思う」
「統治体は悪くないと」
「いやあそんなことはない。彼らにも組織の指導者としての責任があり、あまりにもその責任を安易に行っていると思う。でも彼等にその責任を果たす能力がない。よく考えれば彼らは元から指導者ではなくただ一介の信者に過ぎなかった。それがトップにまで上り詰めたのは彼らが責任ある行動をすると評価されたからではなく、いかに組織に順応できたかによって選ばれたに過ぎない。例えば野村証券と総会屋の癒着でトップが勇気をもって等と言うが企業の中の論理に順応した者がトップになる状態では恐らく無理だろう。これと同じく組織内論理に順応した彼らにその責任を果たす能力があるかどうかそもそも疑問だ」
「私自身も一人の統治体の成員と話をして興味深かったのは彼が『私には力がない』言ったところなんですが」
「弱い人間の集まりだね。組織という鎧を脱いだら彼らに残されたものは何もない。必死になって自分たちの立場と組織の防衛に走り、拡張していくことによって安心感を見いだす。それ以外のことは能力的にできないのかもね。これが次世代にも連綿と受け継がれていくのだろうかね」
「身近には長老であるとか巡回監督、地域監督、支部委員など国産の指導層がいますね。私自身彼らの非道い実態を見てきたのですが」
「そうね、あんなに指導者は必要ないね。もっと減らしたほうがいいんじゃないの。そして指導者に組織の論理でなく彼らが信じているという聖書からの教育をもうちっとやったほうがいいんじゃないの。俺でも聖書から議論して負けてしまう巡回監督なんていらないと思うけれどね。そのために会衆を統合して集会の数を減らす。拡張のための集会なんていらないし彼らのいかがわしい出版物から学ぶより聖書から純粋に学べばいいんじゃない。野外奉仕に子供を連れて行く必要性もないしそんな拡張をする人はきちんと聖書的知識を得た人がやるべきじゃない。全員が拡張員だと言う今の状況はどう見てもおかしい。もう目標を拡張以外に置くべきだと思うよ。出版物もそんなにはいらないでしょう。そうすればベテル奉仕者も削減できるし王国会館も建てなくてすむ、長老も仕事が減り純粋に聖書を研究する時間が持てる。そうすりゃあ以前よりはちっとはましになる。また信者同士の摩擦も減るだろうしね。こうなったからと言って戻る気は全く無いけれど」
反対活動について
「あなたは反対活動についてずいぶん冷めた目で見ておられるようですが」
「まあ自分自身の身内がかつて強烈な反対者だったし、自分も反対者に罵倒された経験もあるからね。俺の友達など反対者にネクタイ引きちぎられてもう少しで手が出そうになったこともあった。だから彼らのやり方や動機には猜疑心がつきまとう部分があるのかもしれない」
「例えばあなたのお父さんも猛烈な反対者でお母さんによく暴力を振るわれたそうですが、しかし状況によっては仕方ないしそれだけお父さんが追い詰められていたという人もいますが」
「いずれにせよ自分の意志を暴力によって押し付ける人間はそれが正論であろうと嫌いだね」
「でも仮にその時の暴力によってお母さんが辞められあなたがかつて悩んだことから開放されたら」
「でも父親のことを憎むだろうね。少なくとも尊敬できない。要は自分の価値判断を暴力で押し付ける人間はいずれその矛先が自分に向くだろうから。また例えその時の彼の感情ゆえしょうがなかったというけれど目の前で母親を殴られている子供の気持ちになど全然配慮できない種類の親が本当の意味で子供に配慮をできるか疑問だと思う。実際証人の中で父親が暴力で激しく反対するため母親が可哀相で証人の道を選ぶものもたくさんいる。まあ親子夫婦の問題は証人が一つのきっかけに過ぎず水面下に何かあるときもあるからね」
「私もよく証人の一世の方に話を伺うと証人の事以外での親との確執また感情的な行き違いがよく見られるようです」
「もちろんすべてがそこに原因があるとは思わないがそういうケースは多いのかもね」
「私自身反対者家族と話をしていると彼らは事情をよく分かっていないし情報というとネガティブなものばかりで、その点ばかりは詳しくなって"何でそんなところに入った""だまされたに違いない"と言う考え方が多いですね」
「相手を理解し、共に考え、そして見つかった矛盾点を改善していく作業はこちらの意見の押し付けじゃないからね。反対者の宗教に対する嗜好と信者の嗜好が違う場合もあるしその点尊重されるべき点も多々あるのではないかな。俺が思うには証人に対する絶対的否定よりも共存と妥協と寛容が双方に求められるのじゃない。それがあればもし彼らが辞めたいというときに辞めやすいしそれを続けていても関係は保てる。それが現実に即したやり方だと思うね。俺は彼らを絶対的な悪として扱う反対活動に正直言って嫌悪感を覚える。もちろん反対する人たちの感情はわからなくもないけれど」
二世について
「最後に二世の方々に一言ありませんか」
「もう最後ですか(笑)。まあ無理をしないで自分の気持ちに正直に生きればいいと思いますね。あと証人のことは人生の中心にしないほうが賢明じゃないかな、反対であろうが拡張であろうがね。ああ、二言三言になってしまいましたね」
「本当に長い間ありがとうございました」