例えば前項のI会衆のようなときに、これらの不正についていくら日本支部に述べても無駄でしょう。もう基本的なコンセンサスは全て出来上がっているのですから。またこのことを不正に感じる、他の上層部の人々に言っても多くの場合無駄です。例えば私のケースでは、他の会衆の長老たちが助けの手を出さないよう通達したり、逆に協力するよう巡回監督が呼びかけたりしていました。そのような上層部の大多数は不正に気が付いても、自らの立場を揺るがせることには一切手を出しません。また不正な審理事件で被害者の側に立った長老たちはいずれも罰せられ、二人とも長老職を解かれ、一人はベテルから追いだすことさえしたのです。ここまでされても行動できる者は少ないでしょう。また極めて当たり前のことですが、本部など掛け合ってさえくれませんので無意味です。
それではこれらのことに対して何もすべきでないでしょうか。不正を行われている人は泣き寝入り、で見ている者は見殺しですか。そうではありません。このようなときこそ非情な組織の原則を無視し、人間としてその良心にしたがって行動すべき時だと思います。もし組織の原則が我々の良心に痛みを与えるものなら、我々は我々の良心の警告を信じるべきなのです。これは別に証人の組織だけではなく多くの組織、企業、学校、仲間、友人、家族等にも当てはまることなのかも知れません。彼らの不正を見逃すような愚は行うべきではないし、弱い者を組織を恐れて放置すべきでもありません。むしろ上に立つ長老や上層部は、そのことを行うときにそれらの者に異常な恐怖を感じるのです。それだからこそ組織的な圧力を加えるのですし、多くの手立てを奪うのです。ですからそうであればあるほど、彼らの恐怖を増幅すべきでしょう。そして被害者を保護するよう、最善を尽くすべきでしょう。もちろんこの被害者も組織の恐怖ゆえ裏切ることも十分予想されます。ですから本当に孤立した戦いになるかも知れません。
例えば、彼らとの本格的な衝突が生じると、助言と称する度重なる呼び出し、訪問があるでしょう。実を言うと、これは排斥のための演出に過ぎない場合もあるのです(排斥させるには何度か助言した、と言う実績が必要)。その場合、そこでの話し合いはまず意味がないと考えて下さい。単に不愉快な気分になるだけです。それで出席して相手が何が何でも排斥したいとの確信を持ったら、もう出席しないことです。逆に長老個人個人に直接会いプレッシャーをかけるという方法もあります。つまりこの前の助言は納得できないと、聖書的根拠があまりにもあいまいであるetc。一対一の時の長老というのは極めて弱いものです。また彼らの二人か三人の証人という原則ゆえ排斥の根拠にはしにくい。彼らと対等にやり合うには、彼らの権威や大仰な言葉などの裏を見抜くだけの眼識、正当なことを貫き通す意志の力、知恵や知識、ある程度の余裕も求められます。恐らく長老の多くは、それだけの見識を持ち合わせる者は少ないでしょう。しかしどんなに粘っても、またこちらの言い分が正当でも、通るものではないし、むしろ色々な嫌がらせをされ、やがて多くの罰や公の叱責があるでしょう。その時以降は行くことを辞める事です。もう集会に行く合理的な理由はないでしょうし、彼らもあなたのことで忙しくて、被害者に手を回すことが出来ません。そして事の子細を書いた情報を本部に送ったポーズだけとる。その写しを長老たちにも郵送で送り、事実確認をして欲しいと頼む。もちろん実質的には意味がありませんが、長老は疑心暗鬼にかられ、急いで聴聞会を開こうとするでしょう。この後は断絶するも良し、不活発者を決め込むも良し、もし被害者を助けたいなら不活発者の方が都合が良いかも知れません。もちろん欠席裁判で排斥させられる恐れもないわけではありませんが。
どうしても組織に留まりたいという方は難しいですね。ただこのような事件があった後まで、とどまるメリットはないような気もしますので、こだわらないほうが良いかも知れません。むしろそのことが足かせになり、自分を曲げるなら後で後悔する結果になるかも知れません。彼らが恐れさせるために利用する物事にこだわってはなりませんし、恐れてもならないでしょう。これは彼らが戦争中や輸血拒否の時に言う「個人の良心を守る」と言うことの真の応用であって、組織的圧力に自己の良心がいかに反応するか、その潜在能力を確かめるチャンスでもあるからです。
もう一つの方法は全てを受け入れ、排斥まで行くようにし、その後に普通の裁判に持ち込む。これは名誉棄損や中傷でも良いし、人権侵害や精神的苦痛を受けた慰謝料の請求でも良いし。この時、出来うるかぎりの聴聞会、電話、などの録音をし、呼び出しの手紙や協会からの手紙も、きちんと証拠として提出できるよう準備する。こちら側はできる限り相手の挑発に乗らず、こちらが被害者であることが明らかな状況を作る。また助言や聴聞会に行く最中は精神病院やカウンセラーの下でカウンセリングを受ける。実際それを受けざるを得ないほどの精神的緊張下にさらされますが、この事実は、明らかに彼らの心証を悪くする。こうなると事が公になりマスコミなどの目も気になって彼らが常に行うような、密室での闇から闇に葬り去る極秘裁判のようには行かなくなるでしょう。もちろんこれらには裁判費用がかかりますが、応援者を募ればカンパが集まることでしょう。ただしこの場合も、その後も組織に留まれるか保証はないし、留まるメリットもないかも知れません。
また、これは稀なケースかも知れませんが、違法行為が行われたら迷わず刑事告訴する。特に証人内のしがらみで行うことを難しく考える者が非常に多いのですが、相手がどんなに高い地位にあろうと素早くすべきことと思います。証人内で解決しようとして結局揉み消されるということもあると聞きます。実際、そう疑われてもしようがない状況も現に多く見られるのですから。
自己が巻き込まれた上層部の不正な問題に対して、組織は何も助けてくれないでしょう(もちろん個人的に助けてくれる上層部の人間もいるであろうが)。ましてや組織ぐるみで起きた場合は何を言わんやです。自らにかかる問題は結局、自らで解決しなければならないのです。ただ思っているほど恐れる必要はなく、冷静に自己の良心に従って堂々と行動するなら、彼らはそのことに脅威を抱くはずです。なぜなら彼らは良心と言う魂を組織に売ってしまった抜け殻に過ぎないからです。残っている僅かの良心がそれを刺激するため、あなたの良心的な行動を制止せざるを得ないと感じさせるわけで、我々の方こそ正常なのです。ですから我々が恐れて何も出来ない、と彼らに感じさせてはならないでしょう。それこそ相手の思うつぼで、例え組織に残れたとしても彼らの囚人のような状態になるでしょう。彼ら指導層の方こそ加害者なのに懇願し許しを請わなければならない、実際そのような者が多いのです。