天に召された神の家族をしのびつつ(細川タミ姉)
今回は、今年二月二十八日に九十九歳で天に召された細川タミ姉の葬儀メッセージを抜粋して掲載い
たします。
「いつまでも残るものは 細川タミ姉は、一九一二年四月十日、十一人兄弟の三女として、お生まれになりました。タイタニック号沈
没事件の二日前です。タミ姉が結婚されたのは、二十歳の時。その後、三人のお子様に恵まれました。
お子様たちがまだ小さい頃に太平洋戦争を体験され、戦争が終わった後も、戦後の厳しい社会情勢の
中、毒消し売りの行商に、遠くは千葉県や神奈川県あたりまで行っていたそうです。 一九五三年、敗戦から八年後、細川タミ姉は洗礼を受けられ、クリスチャンとなられました。その後、八十
五歳になるまで、新潟福音教会の日曜礼拝を元気に守っておられました。礼拝に足を運ぶときは、近所
のお友達を二・三人誘って行かれる、ということが多かったそうです。ゲートボール、押し花、百人一首、
山野草を育てることなど、幅広い趣味とともに信仰生活を守られ、二〇〇四年三月、日本同盟基督教団
より、信仰生活五十年の表彰を受けられました。その後、五年ほど前に特別養護老人ホームに入所さ
れ、天に召されるまで、振り返ると、五十八年を超える信仰生活をおくられたことになります。 私がこの新潟福音教会へ赴任したときは、すでにタミ姉は、自分の意志と力で教会へ通うことができなく
なっておりましたので、私自身は、直接、タミ姉の、教会での元気な様子を知りません。けれども、このた
びのことを機会に、教会で昔から発行しておりました、月報の中に、タミ姉の記事を見ることができ、その
信仰生活を垣間見ることができました。自分のことでくよくよ悩んでばかりいた十八歳のころ、「受けるより
も与えるほうが幸いである(使徒の働き二十章三十五節)」というみことばによって、生き方が変えられた
こと。キリストによって希望を与えられ、聖書に従って愛を実践する生活の中で、感謝の日々をおくられて
いたこと、など。記録に残されている部分というのは、タミ姉が残された足跡のほんの一部分ではあります
が、そのすべての日々をご存じの主が、今、タミ姉をねぎらっておられることと思います。 私たちは地上の生活の中でさまざまな失敗をしますし、悲しみ、嘆き、苦しみを多く通ります。けれども、
みことばは約束します。信仰によってイエス・キリストと一つとされる幸いにあずかった者にとって、それら
の苦しみはやがて過ぎ去り、代わって、永遠の喜びと祝福のうちに神をほめたたえる者とされるということ
を。私たちの地上での日々は瞬く間に過ぎ去ります。神なしに生きる人生にはむなしさしか残りません。け
れども、細川タミ姉を救ってくださった尊い救い主、キリストによって永遠の神のみもとに立ち返るとき、私
たち一人一人が信仰によって生きた、そのすべての行いは、永遠に、神の御前でおぼえられ、天に積ま
れる宝となって、輝き続けます。こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番
すぐれているのは愛です。第一コリント十三章十三節 イエス・キリストを救い主として信じ、お迎えする信仰。そのとき、与えられる希望。この私を永遠に真実な
愛で愛してくださる神とともに生きる、永遠のいのちという希望。そして、時代と空間を超えた、神の家族と
の喜びの交わりという希望。この希望は、決して失望に終わることがありません。これらの祝福は、神と
の関係においても、人との関係においても、いつまでも残る愛となって、実を結び続けます。身体が不自
由になった後も、タミ姉のうちには、すでに、永遠に残るものとして、これらの祝福が与えられていました。 今細川タミ姉を偲んでいる私たちも、何等かの病気と生涯おつきあいしながら、さまざまな試練との闘い
を通りながら、やがて、この地上を去るときが来るでしょう。けれども、私たちには、ご自身をさして誓うよう
にして、こう約束してくだる救い主がおられます。ヨハネの福音書10章28節「わたしは彼らに永遠
のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い
去るようなことはありません。 神の家族は、このように約束してくださっている羊飼い、主イエスから与えられた信仰、希望、愛を喜び、
とこしえまで、主をほめたたえます。 |