マングローブ大学・特別講義
特別講義C「マングローブ林の再生」
<講師>マングローブ植林大作戦連絡協議会・事務局長
萩 谷 準 一
これまで特別講義AとBで、マングローブ林減少の主な原因を見てきたが、Cではマングローブ林再生の技術について解説する。
1.天然更新と人工造林
すべての熱帯雨林がそうであるように、マングローブ林も、これまでは「天然更新」の方法により再生が図られてきた。「天然更新」とは、結実期に母樹から種子が落ち、地上に達した種子が自然に発芽し樹木に成長することを言う。こうして世界中の森は次々に「新しい命」を生み、何千万年もの間、持続的な再生産を繰り返してきたのである。こうしたことから、東南アジアの人々は「森林」というものは自然に再生するもの――という伝統的な認識を持っていた。
しかし、これまでに見てきたように、一本残らず伐採(皆伐)された森林は、いつまで経っても再生されることはないのである。優良な種子を多数生産し、これを地上にばらまく「母樹」が無ければ、「天然更新」はなされないのである。近年、こうした事に気付いた東南アジアの人々は、森林は人の手によって人為的に「植林」しなければ、再生されないことを体験的に認識するようになった。
こうした意識の変化は、マングローブ林についても同様であり、近年になって「種子の採取」「種子の貯蔵」「苗床での苗木生産」「植林サイトへの苗木の搬送」「植栽」という手順により、植林事業が行われるようになった。はじめは、各地で地域住民らによる手探り状態での植林(経験的植林)が行われた。各国政府は、こうした動向を踏まえて、試験農場を整備し、植林技術に関する試験研究を行い、科学的な試験研究結果に基づく「植林方法」を一般に普及させたのである。以下では、現在、東南アジアの国々で一般的に行われているマングローブの「植林技術」について説明する。
2.種子の採取と選別
マングローブの樹種は多数あることを説明したが、樹種によって「開花期」と「結実期」がさまざまである。また同じ樹種であっても地域によって異なる。例えばマレー半島の西側と東側とでは異なるといった具合である。育苗や植林に使う種子は、優良な母樹から採取するのが望ましい。また、採取は「完熟期」に合わせて行う。未熟な種子は植林しても、良い結果は得られない。また、完熟期を過ぎたものは、落下してしまい採取できない。地上に落ちた種子を採集して植えても、良い結果が得られないことが多い。地上に落ちた種子は、害虫がついたり、日焼けしたりしているものが多いからである。マングローブの種子は、樹上で採取するのが最良である。このため、マングローブの専門家たちは、どの地方の、どの地域に、どんな「母樹」が存在し、開花期と結実期はいつなのかを把握している(表1参照)。
採取した種子は、よく観察して選別を行う。表面に小さな穴が発見された種子は破棄する。害虫が侵入しているからである。こうした種子を見逃し、他の種子と一緒にして置くと、他の種子に容易に感染し、被害を拡大する。充分に完熟した優良な種子は、運搬と数量把握の利便を考えて50本とか100本ずつに束ねておく。
表1:樹種別種子の成熟時期(タイの場合)
| 樹種/地域 |
Ranong |
Phangnga |
Krabi |
Chumpon |
Chanthaburi |
Trat |
|
Xylocarpus moluccensis |
6〜7月 |
7〜8月 |
− |
− |
9〜10月 |
9〜10月 |
|
Lumunitzera littorea |
− |
− |
− |
6〜7月 |
11〜3月 |
1〜3月 |
|
Exocalia agallocha |
− |
12〜2月 |
− |
− |
− |
11〜12月 |
|
Avicenia officinalis |
9〜10月 |
− |
− |
- |
6〜9月 |
7〜9月 |
|
Rhizophora apiculata |
4〜7月 |
4〜7月 |
5〜7月 |
− |
6〜8月 |
7〜9月 |
|
Rhizophora mucronata |
3〜6月 |
4〜5月 |
4〜5月 |
− |
5〜8月 |
5〜8月 |
3.種子の貯蔵
採取した種子は、植林するまで、あるいは苗床でポットに植えられるまで、一時的な貯蔵が必要になる。マングローブの種子は、乾燥を最も嫌うので、日陰に貯蔵し水を充分打って置く。種子を車両やボートで植林サイトや苗圃に運搬する際にも、覆いと水打ちを忘れてはならない。採取後、種子が元気で生存するのは7日間が限度と言われている。従って、植林予定日から逆算して種子の採取時期を決定する。
採取から植栽まで長時間貯蔵が必要な場合は、苗圃で育苗し、種子を苗木に仕立ててから植栽する。育苗の方法については次に詳しく述べる。
4.育苗技術
マングローブの植栽には、二通りの方法がある。種子を「直挿し」する場合と苗圃で「育苗してから移植」する方法である。ここでは、後者の「育苗技術」について述べる。
マングローマブの種子を苗木にするには「苗圃」が必要である。「苗圃」は満潮時に種子を植えたポットの部分が海水でスッポリ冠水する「地盤高」の平坦な場所に建設する。ポット苗を並べる「苗床」は、コンクリート板か木板で囲う。これは種子を食害するカニなどの侵入を防ぐためと、「苗床」と「苗床」の間に通路を設け、人間が作業するのに便ならしめるためである。
育苗のためのポットは、プラスチック製のものを利用する。直径6インチ、高さ8インチのものが一般的である。これに土を入れマングローブの種子を差し込む(胎生種子のように長い種子は1/4〜1/3程度を土の中に差し込む)。既に種子の末端に毛根が発生しているものがあるので、これを痛めないように注意深く植え込む。種子を挿したポットは「苗床」の中に並べて入れる。「苗床」の大きさは、特に決まりはないが、横20個×奥行50個程度を収納するのが一般的である。タイ政府は政府主導で「マングローブ植林5ヶ年事業(1992〜1996年)」を実施したが、この時、全国4ヶ所に国営の「マングローブ種苗生産センター」を建設し、マングローブ苗を各地のコミュニティに支給した。この種苗生産センターは一ヶ所で年間100,000本の生産能力を有している。
「苗圃」の周囲にはコンクリート支柱を立て、天井と側面を「遮光用ネット」で覆う。これは、南国の強烈な太陽光線を避けるためである。ネットの遮光率はさまざまであるが、50%前後のものが一般的である。
育苗期間は樹種により異なるが、Rhizophora apiculataやRhizophora mucronataの場合、4ヶ月前後が一般的である。胎生種子の先端に双葉が開くか、あるいは4枚になると植林サイトへの移植が可能になる。

<写真説明>苗圃でマングローブ苗の成育状況を調べる調査団員たち
5.植林技術
植栽の方法には、種子の「直挿し」と苗木の「移植」の二通りがある。「直挿し」はRhizophora mucronataの胎生種子のように60〜100cmもある長尺のものを植える場合に採用する。「直挿し」は、どうしても密植になりやすい。子供たちが参加する場合は、特に密植になりやすい。植栽間隔は1.0×1.0mか1.5×1.5mかのいずれかに決め、これを守るように指示し、徹底させる。密植すると各個体が競合して充分な養分が吸収できず、途中で成長が止まったり、虚弱な木になってしまい、良い結果が得られない。また、病害虫の被害も受けやすくなる。
プロが植林作業を行う場合は、1.5m間隔で目印を付けた長いロープを張り、この目印のところに胎生種子を植え込んで行く。一列全部が植え終わると、ロープを1.5m前に移動させ、同じように植栽を繰り返して行く。こうして整然と植栽された広大な植林サイトを見ると、あたかも芸術的な作品を見ているようで感動すら覚える。
また、苗木を移植する場合は、苗木の移動に時間と労力がかかるので、あらかじめ1.5×1.5m間隔で目印の竹串を挿して置き、この竹串の元に一個ずつポット苗を運んで置く。植栽は竹串のところに丸太で穴をあけ、ポットから取り出したマングローブ苗をこの穴に植え込む。普通ポットからは手で苗を取り出せるが、成長し過ぎた苗は根がポットの外にまで伸びてきており、取り出すのが困難になる。この場合は、ナイフでポットを切り裂き、根を痛めないように取り出す。
植え終わったポットは、竹串の先端に被せて置く。こうすれば植栽が終ったのか、まだ終っていないのか、遠くからでも確認できるので、植え残し防止に役立つ。植林後、竹串に被せたポットを回収する。ビニール製のポットは分解しない。そのまま放置すると公害の元になるので必ず回収し処分する。

<写真説明>1.5×1.5m間隔で整然と植栽されたマングローブの植林サイト
6.補植
植栽後は、3ヶ月後、6ヶ月後という具合に定期的に植林サイトを巡回して監視する。枯死したり流出したりした苗があれば「補植」を行う。「補植」の時期によっては、植栽した樹種と同一の種子が入手出来ない場合がある。この場合は他の樹種を「混植」する。また、病害虫の発生についても注意深く監視する。
日本でもモノトーンの杉山が「花粉症」を引き起こすなど、単一樹種のみによる造林が問題になっている。マングローブ林の場合も同様で、単一の樹種のみを植栽した場合「貝殻虫」が異常発生し全滅したケースがある。数種類の樹種を「混植」することにより、こうした弊害を防止することが出来るとの説もあり、これからの植林事業では「混植」の考え方を取り入れてゆくことも重要である。
7.植林サイトの選定
マングローブは汽水域であれば、植えさえすればどんな所にでも育つのであろうか。かってマングローブの特性が充分に把握されていなかった初期の頃の植林事業で、良好な結果が得られなかったケースを多々耳にしている。せっかく植林したのに全滅の憂き目を見たという悲惨な例もある。植林サイトの自然条件と選定した樹種との関係が、うまくフィットしていなかった例である。こうしたことから、次に二つの「調査研究結果」を紹介して、マングローブにも「適地適木」の考え方があることを知って欲しいと思う。
(1)インドネシアでの試験研究
国際協力事業団(Japan International Cooperation Agency、JICA)は、1992年12月〜1997年11月の5ヶ年間にインドネシアで「マングローブ林資源保全開発現地実証調査」を実施した。これは、インドネシア政府からの要請により実施されたODA事業で、インドネシアのバリとロンボックの2島で、200haのマングローブ植林を行い、どのような手法で植林すれば良い結果が得られるのか、実証しようという試みである。
200ha
のうち150haは、バリ島の最南端「ベノア湾」内のエビ養殖池が植林サイトとして選ばれた。サイト内に管理棟と苗圃が設置され、マングローブ植林が実施された。この事業の特色は、ただ単に植林事業を行うのみでなく、各種の試験研究も並行的に行い、植林技術の開発ならびに普及を目的としたことである。当初、試験研究の課題として「育苗関係」6項目、「造林関係」11項目、「生態関係」9項目、「経営関係」7項目の計33項目が選定された。ここで、これらの試験研究結果のすべてについて紹介することは紙数の関係から出来ないが、「造林関係」として実施された「立地環境別植栽木成長比較調査」について紹介する。マングローブの天然林では樹種別に「ゾーネーション(帯状分布)」を形成することが知られている。これは樹種によって冠水深や冠水頻度などに適性があるからではないかと言われている。樹種こどに好む環境条件が異なるからである。本プロジェクトでは、試験地内に16段のテラスを造成した。各段は10cmずつ地盤高を変えてある。ここに
Rhizophora mucronata、 Rhizophora apiculata、Bruguiera gymnorrhizaの代表的な3樹種と、補足的にXylocarpus granatumとCeriops tagalなどを植え、定期的に成長量を測定して、冠水深・冠水頻度・塩分濃度などとの関係を調べた。この結果、
B. gymnorrhizaはNo.8〜11のテラスで、R. apiculataはNo.10〜13のテラスで、R. mucronataはNo.11〜15のテラスで最も成長が早いことが知れた。テラスの番号は、数字の大きいものほど海面に近く、No.8〜11は小潮満潮時の潮位より10〜40cm高、No.10〜13は0〜20cm高、No.11〜15は10〜マイナス30cm高を示す。以上のことから、マングローブにも立地条件により適性があることが知れる。マングローブ植林は、植林サイトの環境条件により適正な樹種を選定する必要があり、こうしたことを考慮しない植林は良い結果が得られないことを知るべきである。
(2)タイでの試験研究
日本マングローブ協会(
Japan Association for Mangrove、JAM)は、国際熱帯木材機関(International Tropical Timber Organization、ITTO)の助成を受けて「Development and Dissemination of Re-afforeatation Techniques of Mangrove Forests(マングローブ林の再造林技術の開発と普及)」という試験研究プロジェクトを実施した(1993年10月〜1997年3月の3.5ヶ年事業)。同プロジェクトは、タイ国内の異なった環境条件の植林サイトを4ヶ所選定し、ここに代表的なマングローブ7種の中から3〜5種を選んでテスト植林し「成長量」「生存率」「環境条件(土壌・水質など)の変化」などについて追跡調査したもの。選定された試験地は次の4ヶ所である。
@新しく堆積した干潟地(ナコン・シ・タマラート州パック・プーン地区)、Aエビの養殖池跡地(ナコン・シ・タマラート州カーノム地区)、Bスズの採掘跡地(パンガ州バントイ地区)、C過伐されたマングローブ林(ラノン州ンガオ地区)。
6ヶ月ごとの追跡調査によって各種の科学的なデータが収集され分析されたが、ここでは「生存率」についてのテスト結果を見ることとする。植林は1995年6月に、調査は1996年6月に行われた。
表2:「生存率」の調査結果 (単位:%)
|
|
干潟地 |
養殖池 |
スズ採掘跡地 |
過伐林 |
|
Rhizophora apiculata |
30 |
96 |
77 |
90 |
|
Rhizophora mucronata |
90 |
- |
- |
90 |
|
Bruguiera cylindrica |
- |
90 |
25 |
70 |
|
Avicennia officinalis |
- |
- |
85 |
- |
|
Xylocarpus granatum |
- |
- |
14 |
- |
|
Avicennia marina |
15 |
81 |
- |
- |
|
Ceriops tagal |
- |
87 |
98 |
- |
このテスト結果から、R.apiculataとA.marinaは干潟地に、B.cylindricaとX.granatumはスズ採掘跡地には向かず、植栽しても良い結果は得られないことが知れる。また、「エビの養殖池跡地」と「過伐林」では、いずれの樹種も良い結果を出しており、逆に「干潟地」と「スズ採掘跡地」では樹種によってバラツキがあることが知れる。
「生存率」と他の調査結果をリンクさせて分析すると、更に面白い情報が多数得られるのであるが、ここでは省略する。以上でもわかるとおり、マングローブにも「適地適木」があり、「汽水域であれば何を植えてもよい」といった考えは間違っている。植林活動を行う場合、植林サイトの環境条件を調査し、その環境条件に合った樹種の選定が重要になる。
なお、一般的には、植林サイトに昔から生えていた樹種を選定するのが無難であり、植栽時期としては台風やモンスーンの来襲時期を避け、乾燥の少ない「雨季」に行うのが良いとされている。これは先人たちの経験的な智恵である。ただ単に「マングローブ林を再生すれば良い」のだという意味ではそれでも良いが、地域社会や地域住民らの将来的な利用を考えた場合、より経済的利用価値の高い樹種を植林したいという要望が出されるケースがほとんどである。この場合「適地適木」の考え方や以上のような「試験研究結果」が重要性を増してくることになる。
特別講義Dへすすむ ほーむ・ぺーじにもどる