前々回の「ヨーロッパの旅」前回の「インドの旅」に続いて 今回は「トルコの40日間」の連載です。 またまたいろんなハプニングが聞けそうです。




部屋の鍵が頼りなくパスポート等、貴重品は身に付けて寝るようにしており、 ふと夜中に目が覚め、シークレット財布に手をやれど感触なく、 あっ!と 起き上がり薄暗い中、目を凝らし辺りを見回すと、何だか見覚えた部屋の様子 今、居る所は我が家のベットの上 そうだ 日本に帰っていたんだ  いつも安宿の為、施錠もままならず、椅子をドアーに立てかけたりし、 夜中に何度か目覚め確認する癖がついていたものだから!つい 今回はハプニングも失敗も少なかったと思ってたら帰国の日、立て続けてありました 帰国の前日、一緒にトルコに来たイスタンブールのアキンさんの家に行き、皆で最後の晩餐をし 翌日家族全員 空港まで見送りに来られ、全員揃っての記念写真を撮って貰おうとカメラを手渡す時、 タイミング合わず床に落ち、レンズを出したままだったのでショックで曲り使用不能に! 家族と別れイミグレでパスポートにトルコ入国時のスタンプが押してないと云われ、  間違ってパスポートを洗濯したのでスタンプが消えたと言ってもOKが出ず、 入国時の航空券の半券を見せたら時間がかかったが何とか出国 搭乗ゲートでは陶器等、割れ物をバッグに入れ、機内に持ち込もうとしたが、 バッグが大きすぎるのか預けろと云われた荷物が、何かの手違いで名古屋に届いてなく行方不明に! ドバイでは乗換えの飛行機がエンジントラブルで出発が3時間遅れ、 着いた名古屋で福岡行きの最終便は発った後で空港内のホテルに泊ることに、 不明だった荷物は、宅急便で家に届いたけれど、案の定?陶器類は全滅でしたが、 今回も色んな人とふれ合い、アナトリアの自然の景観に触れ、楽しきトルコの旅でした



イスタンブールの空港で
荷物は二人で100キロを超えており、 何とか超過料金を払わず済んだけど
6000以上の店が軒を並べる世界有数のグランドバザール
グランドバザールから歩いて20分位の処にある エジプトバザール 此処は地元の人で賑あい、庶民的な店が並び値段も安い
此処でアキンさんも精力的に仕入れ振り分け荷物に
靴を作ってる小さな町工場にも出かけ仕入を
何故だか、こちらではサンダルのことを トウキョウと呼ぶんだとか
絨毯やキリムの店があちこちに
トルコのお菓子は兎に角甘い いや甘いでなく甘過ぎる しかもお茶には必ず角砂糖を
トルコの家庭での朝食 パンか小麦粉を薄く延ばして焼いて、 中に野菜やチーズを入れる



深夜、乗り換えの為ドバイ空港に着く

ドバイ空港 
 
出発まで8時間もあるので
今、世界で最も元気ある街ドバイを散策しようとしたが
ビザが要るとの事で諦めベンチに座っていると
50歳位の日本人女性が、行ったり来たりしてるので、
どうされたのですか?と声を掛けると、
東京からツアーでイタリアに行く途中だけど、
ベンチで眠りこんで一人取り残され言葉も解らず、
どうしたらいいものかということで
同行のアキンさんが、交渉し今からロンドンに行き、
そこからイタリア行きの飛行機に乗れば
今日の夜には皆と合流出来るようになり、
感謝される
流石、金持ちの産油国の飛行場 まるでデパート
無料のインターネットもあちこちに
乗換機は ドバイのエミレーツ航空の飛行機に乗り込むが、 最新鋭の設備で座席も広く快適そのもの
福岡・中部・ドバイ・イスタンブールと 乗り換えあれど 往復で6万円 それに機内食も美味い
スッチーさんもお洒落な制服
ドバイからイスタンブールまでは殆ど砂漠
天気よさそう
イスタンブール飛行場



地下宮殿〜イスタンブール

宮殿と呼ばれているも4世紀ごろ コンスタンティヌス帝時代に 造られた地下の大貯水池で、 トプカプ宮殿のスルタン達の、 のどを潤していた水ガメ、 コリトン様式の336本の柱で支えられている様が 宮殿みたいだから地下宮殿と
今でも水が溜まって内部はひんやりして, フランス人考古学者がこの貯水池を発見するまで、 誰も地下にこのような大空間があることを知らず、 人々は地下宮殿の上に家を建て、 床下に穴を開けては水を汲んだり、 魚を釣っていたとか
涙の柱

上から絶え間なく水滴がしたたり落ちる中、 薄暗い柱の間をライトの光に引かれていくと、 一番奥にメドゥーサ顔が
1984年の大改装で 底に残された2米に及ぶ泥が取り除かれて初めて発見され、 暗闇にポッカリと照らし出された顔は、伝説のように 見たものをたちどころに石にしてしまう力が 今でも秘めてるよう怪しくも悲しき憂いが



ボスポラス海峡
アジア大陸とヨーロッパ大陸を隔てている海峡 手前がヨーロッパ側、先がアジア側 ボスポラス海峡の長さは30km 両岸には要塞の遺跡や、漁村、別荘地が見える
ボスポラス海峡の入口に浮かぶクズ島
日本の会社が作った橋