ここブッタガヤがお釈迦様が悟りを開いた聖地
離れるにあたりもう一度、菩提樹の周りを散策
お釈迦様の悟りとは,
この世は全て移り行くもの(諸行無常)で、
姿も心も常に変化するもので、一時も同じではなく、
全てで、因(原因)と縁(条件)によって
変わり行くものであることを悟られました。
お釈迦様が得られたその悟りは、
これで自分はいつ死んでも良いと、
満足に思われた程、最高の悟りだったのです。
お釈迦様はしばらくの間、
この悟りの醍醐味にひたっておられたらしいのですが、
マハーブラフマーが釈迦の前に現れ、
釈迦よ!
そんなに素晴らしいのなら私にも聞かせて欲しいし、
世の中には悩んでいる人が沢山いるのだから
『自分だけは早く死んでも良い』と思うことは、
とんでも無いことだと忠告されたのです。
また釈迦が悟った事は
みんなに教えて苦しむ衆生を救ってやるべきだと、
当時の神様の大梵天様も釈迦に勧められました。
| それからは、昔からの修業仲間にも、
又 釈迦の住んでいたインド国内の
いろいろな所の人々に説法をはじめられ、
釈迦が法蔵菩薩の時
(お釈迦様が若いとき修行されていた時のお名前)
決心して修行され阿弥陀仏になられ、
弟子達とインド国内を説法に始められたのは、
釈迦が悟りを得られた、35歳の頃で、
釈迦が最初の修行で、
お世話になった仙人の師の所にも、
悟りを得たことを報告に行きますと、
その師匠は既に他界され、
悟りの事を伝える事も出来ませんでした。
それで当時の文化・宗教の中心地のペレナスに向かい
その郊外で、
かつての、出家仲間で苦行をした五人の同僚達にも、
悟りを得たことを話し、
釈迦が悟りとして得たことを、
『教え』として説いたのです。
最初彼等からは不審に思われたらしいのですが、
釈迦の説いた教えの真理に触れ、同僚の彼等も
その教えに感動し、教化され、彼等も悟りに到達
即ち、『解脱』が出来たのです。
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悟りを得た35才頃から45年後の2月15日に入滅し
お亡くなりになる80才まで説法された事
(弟子達が書き残したお経)は
たくさんあり、膨大なもので、宗派の違いによりお経
(伝えられた聖典のメモ)は各派異なり、
日本のお経は全て
サンスクリットの古代インド語の原聖典を
中国語の漢語で示し、
それを漢語の訓読みでお経になっています
非常に難解に記されていますので、
簡単な解りやすい言葉で説明したのが
次の『八つの釈迦の説いた教え』です。
釈迦が出家して、昔からバラモン
(仏教以前のインドの古代宗教)の教えで
難行苦行・操行潔白を重ねて修行をしたが、
老・病・死の苦しみを解くことは出来なかった。
難行苦行・操行潔白だけでは駄目で、
人間は生きていることが本来『苦』であり、
その苦の原因と、苦から逃れる方法を
釈迦は悟られたのです。
お釈迦様は、
人間の生きている事の苦の原因は、
欲望と執着と嫉みで有ることを見極められ、
それを捨て去る事が大事だと言われ
それは『無』になることだと。
この欲望と執着を捨て去る為には
八つの正しい道を実践する事だと諭されました
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八聖道(釈迦が説いた八つの道徳)
1、正見(しょうけん)⇒正しいものの見方をし
2、正思惟(しょうしい)⇒正しいものの考え方をして
3、正語(しょうご)⇒正しい言葉で話し
4、正業(しょうごう)⇒正しい行いをして
5、正命(しょうめょう)⇒正しい生活に心がけ、
無理のない適度の努力を重ね
6、正精進(しょうしょうじん)⇒正しい教えを忘れず
7、正念(しょうねん)⇒正しい瞑想をし
8、正定(しょうじょう)⇒正しい心の開放に励む事
何れも平凡で当たり前の様な事で尊厳性は無い様ですが
この八つの正しい道を教えられた人は、
実践することにより、
楽しい幸せな人生を送ることができたのです。
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こうして釈迦は説法をインド全国でされたので、
釈迦の心に惹かれた人(釈迦の弟子達)は
沢山出来て来ました。
説法は酷暑のインドのガンジス川を中心に
広範囲に続けられ、
インド各地に教団も出来、
釈迦は四十数年間も各地で説法を続け、
80歳の高齢の時、
老いには逆らうことが出来ず死を待つ身体になり、
死が近づいた事を悟られた釈迦は、
遺言と云うべき言葉を幾つか弟子達に残されました。
私はことごとく法を説いてきた。
弟子達に隠す様な秘密の教えはもう何も無い。
私が説いてきた法を見たい者は私を見なさい。
私を見たい者は法を見なさい。そうすれば、私の死後
私が説いた法(お経の根拠になったもの)と
私が決めた戒律(僧になった者の規律)は
あなた達の師匠となるでしょう。
自らを光として自らを拠り所として
法を拠り所として修行しなさい と。
戒律:
サンスクリットで、
戒は、良い習慣・道徳的な行為のことを言い、
仏陀の教えを実践し
解脱の境地を願う者が行う自発的な行為の基準。
律は、僧院生活者を拘束する法律
| その後も、
お釈迦様は教化の旅をされてクシナガラの林に着いた時
きびしい食あたりをおこして、まったく力尽き果てて
『私は疲れた。
沙羅双樹の木の間に頭を北に向けて床を敷いて欲しい
と告げ入滅(死)の準備にはいられました。
その時の泣き悲しむ沢山の弟子達に伝えられた言葉は
皆さん 悲しまないで欲しい、
嘆くことをやめなさい。
私は何時も皆さんに教えていたでは有りませんか、
私を頼ってきた皆さんと別かれなければならない。
皆さんに最期に言います
『この世は諸行無常だ』
この世の命のあるものは必ず滅びるものです。
はかない無常な事ですがこれは法、即ち、私が
これまで諭して来た存在を貫く普遍的な教えであり
道理だから嘆くことをやめて欲しい
と、実に静かな入滅でした。
この釈迦の入滅(肉体の死)を
特に涅槃(ネハン)と呼びます。
釈迦の教た仏教は弟子達によって口伝により伝えられ
原始仏教の聖典の中に書き残されました。
仏教のお釈迦さまは
他の宗教(キリスト教・イスラム教)の聖人と
言われた人々に見られるような、
迫害や逆境は全くありませんでした。
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