デリーの街で6〜ラール・キラー(11月30日アップ)
広大な敷地に色んな建物を造った シャー・ジャハーンの、後の皇帝もその後、 沢山の建物を造営していますが戦いで壊され、 今も使われているのは、 この建物が博物館として利用されてるぐらいで 殆どは、観光名所として親しまれており勿論、 浴場も現在は観るだけです モスクも皇帝は毎日、 近くにあるジャマーマスジットまで 礼拝に行ってたけど、 敷地内に専用のモスクを建てたのが 今も残っていますが是も観るだけ!
博物館にて
博物館にて

博物館にて
インドの人は、本当に写して貰うのが好きで カメラを向けると、いい顔に!
デリーを離れガンガーの水源、ハルドワールに行くので 最後の街の様子を撮ろうとすれど 何故か、液晶画面に「写せない状態です」の メッセージが〜 仕方なくカメラ屋さんに行き、 是まで撮った写真をCDにコピーして貰い、 初期化したらOKに! これから路線バスで6時間のバスの旅へ



デリーの街で5〜ラール・キラー(11月29日アップ)
昔はヒンズー教・イスラム教共に お互いに相手を理解し仲良くやっていたが、 約140年前イギリスが国の力を弱める為に、 両宗教を対立させてインドを支配、 その後50年前にイギリスから独立した インド(ヒンズー教)、パキスタン・ バングラディシュ(イスラム教)が 更にインドから独立し、 今に至って計り知れない歴史的な深い溝が 印パ紛争として今日にも!
このイギリスのやり方は 「事を計るは人にあり、事を成すは天にあり」の 諸葛孔明の故事のよう! 中国の武将、孔明が謀反を起そうとする 自分の部下の司馬仲達に谷底で敵と戦わせ、 上から草に火をつけて両方の殺害を図った所、 計画自体は一時成功したのだが 急に土砂降りの雨が降ってしまい 計画は失敗に終わった。 この時に孔明が 「事を計るは人にあり、事を成すは天にあり」と、 計画は人が立てられるが、その計画が人の道に 外れるものならば天が成功させてくれないと嘆いたとか
城内にあるモスク
浴場
貴賓の謁見の館
ガードマン



デリーの街で4〜ラール・キラー(11月28日アップ)
シャー・ジャハーンはアーグラからデリーに都を戻し、 1648年にこの城を造る
別名レッド・フォート(赤い砦)と よばれ赤い砂岩で築かれた城壁で守られている
民衆の陳情所・謁見の間 毎日行われる謁見式に集まった民衆が 皇帝に様々な問題を直訴して 解決して貰う公の場であり、 時には公開裁判もして罪人を象に踏ませたり 毒蛇に噛ませたり剣で切りつけたりと、 公開処刑も行われてた
白亜の大理石の王座に座ってた シャー・ジャハーンの周りは サファイヤーやエメラルドなど 世界中から集められた宝石が埋め込まれ 燦然と輝いていたという、 然しその後の略奪で宝石は削り盗られ 今は、つわものどもが夢の跡
柱に施された見事な細工
城壁内の広大な庭園



デリーの街で3(11月27日アップ)
モスクという言葉は平伏の場という意味で、 礼拝を行う一枚の絨毯でもよいわけだけど、 多数のイスラーム教徒が 一緒に礼拝する事の出来るイスラム寺院の事をさし、 世界中どこのモスクもメッカをめざすして建設され、 入り口に手足を洗う場が!
菊?の花びらを、細い紐で通した形にして 街のあちこちで売られています
インドの人は、右手ひとつで巧みに食べ物を口に入れ、 指先を揃えスプーンのようにして汁をご飯の上にかけ、 かき混ぜてこぼさずに食べる様は見事です
トイレはいずれの時も紙を使いません 小さな水桶があり、左手の指をしめらせ、 ごしごしと洗い、手のひらに水をすくって 目的地を狙ってかけ、残った水に指を漬け洗い清めて OKです。 昔から手動式水洗ウォシュレットだったんです
インド中、何処に行っても人のたむろするところ、 行き交う所には必ずチャーイ屋さんが有ります  3ルピーぐらいで小さな湯のみで呑みますが、 不思議とこの甘いチャーイが 気候風土に合ってるのか美味しいです 店先ではチャパティーという、 小麦粉を鉄板の上で焼いていますが、 右手だけでなく左手でも ペタペタ叩いて薄くのばしています だから美味しいんでしょうか?
インドの映画館、 世界で一番年間に映画が作られてる本数が多いとか、 殆どストーリーより、踊って歌って、ワイワイガヤガヤ