【映画の楽園、南国で発見!】



高知の雨はあがりましたか?

東京は昨日から今日にかけてすこし降りました。

よく「天気は西から変わる」と言います。

もし今日、高知が晴れているなら、明日は東京も、ひょっとしたら日本中も晴れるでしょう。



昨年1月、縁あって高知を初めて訪れ、つい先日も伺ったところです。その際、このサイトの運営者でもあるKKさんのお導きで

「あたご劇場」に映画を観に行ってきました。

まず外観の第一印象は・・・正直、その佇まいに衝撃を受けましたね。(^_^;)

東京にも歴史情緒豊かな“小屋”(映画館)はいくつか残っていますが、「あたご劇場」ほど周辺環境から

ポツンと孤立しているところはないと思います。

フツウ、歴史を刻んだ(かつ、ちょっぴり老朽化した)映画館って、雑然とした雰囲気のなかに埋もれるように建ってませんか?

「あたご劇場」のように慎ましくも毅然と(?)存在する“小屋”って珍しいと思うし、なんだか見ていて頼もしくも感じます。

ワタシは、ちょっとシビレました。

雨のなか、ボンヤリ立ちすくんでしまいました。

老兵、いまだここに在り、です。敬礼。



映画館はタイムマシンです。

暗闇に走るひとすじの光が、どこへでも、いつの時代へも連れて行ってくれる。

でも、その“機械”の全容を外側から目撃することはなかなかできません。

ワタシはまず、「あたご劇場」という建物のトリコになりました。



2度の来高で、ワタシは映画を愛するいろんなヒトたちと触れ合う機会がありました。

その出会いを通して、高知には映画と親しむのに最適の土壌があることを知りました。

今回、KKさんの勧めでこのメールマガジンに寄稿させていただくことになりましたが、ワタシは、ワタシ自身の2つの理由から

お引き受けしました。

そのひとつは、今後ますます発展してゆくだろう高知の映画界の一助になればという願い。ずいぶん楽しい思い出をいただいたので、

ささやかながら、その恩返しのつもりです。

もちろん、そのためには「あたご劇場」のような存在をアピールすることは欠かせないとワタシは考えています。

この世に「気風」という“素地”を無視した産業が長く栄えたためしはありません。たいていは“あだ花”を咲かせただけで

収支が合わなくなると退去してゆきます。かつて映画はその“あだ花”の代名詞でした。商売になるから映画館は乱立し、

商売にならなくなったから次々と閉館してゆきました。もちろん映画の製作と興行はれっきとした経済活動ですから、

それは宿命でしょう。

でも、ワタシは儲からないからといってこの世から絵画が無くなる日は来ないと思います。この世から音楽が無くなることもないと

思います。そしてまた、映画も無くならないのです。

では、これから映画はどんな生き方をしてゆけばいいのでしょうか?

「あたご劇場」は、その指標のひとつなのだと思います。ワタシはすべての高知の映画産業が、否、日本中の映画産業が、

「あたご劇場」や各地で奮闘している“意志ある映画館”を意識すべきだと考えています。

「あたご劇場」は、きっと高知の気風に合ったからこそ、存続してきたのだとワタシは感じるからです。



これから、ワタシはできるだけ多くの“小屋”を訪れようと思います。

各地の映画館の状況を知ることで、いろんな映画の楽しみ方や、映画との関わり方をすこしでもたくさんの

ヒトビトにご紹介できれば幸いです。

アトランダムに内容は変転すると思いますが、一映画愛好者として感じたままのことを徒然に書かせてください。

さらにみなさんのご意見なども拝聴できれば、それはこの上ない喜びです。



・・・そうそう理由の“ふたつめ”、書き忘れてました。(^_^;)

それは・・・スイマセン、当分ナイショにさせてください。いずれ書きます。

まあ、とても個人的なことなので。



それでは皆様、いつか、どこかの映画館でお会いしましょう。(^_^)v

2004年5月5日(水)