コラム

 鳩山邦夫法相の資質を問う

「署名なし死刑」発言

 いまや死刑廃止は、国際的に大きな流れとなっている。
 死刑を全面的に廃止した国、通常犯罪についてのみ死刑を廃止した国、事実上死刑を廃止した国のトータルは八十一か国にのぼる。軍事スパイ、テロ、海賊行為など特殊犯罪についてはなお議論があるが、オーストラリアでは、一九八五年にニューサウスウエルズ州が唯一の死刑犯罪である海賊行為、反逆罪、陸海軍施設に対する放火罪に対する死刑を廃止した。
 昨年二月一日から三日間、パリで開かれた第三回死刑廃止世界大会では、前年のクリスマスに日本が行なった大量処刑が厳しく非難された。それと対照的に盛大な拍手で迎えられたのが、フランス大統領からのメッセージであった。「何人たりとも決して死刑にはならない」という文言が新たに憲法に書きくわえられることになったのである。ヨーロッパではフランスのほかドイツ、オーストリア、チェコ、フィンランド、デンマーク,スエ―デン、スペイン、イタリア、スイス、イギリスなどほとんどの国が死刑を廃止している。アジアではフイリピンが既に死刑廃止に踏み切っており、韓国でも昨年、過去十年間死刑停止を続けた実績を記念する宣布式が行われた。香港も事実上死刑を廃止している。
 そういう時期に鳩山邦夫法相の死刑に関する発言が問題化した。九月二十五日、安倍内閣総辞職後の記者会見でのことだ。
 刑の執行は通常、検察官が指揮するが、死刑については「重大性を考慮し特に慎重を期する必要がある」ため、法相の命令が必要とされる。法務省刑事局などが裁判記録を精査したり、死刑囚の拘留状態を聴取したりするなど慎重な検証をした上で、法相に署名を求めることになっている。
 この死刑執行に関して、鳩山法相は「法相が絡まなくても進むような方法を考えてはどうか」「判決確定後六か月以内に法相が執行を命令しなくてはならないという法律は守られるべきだ。しかし誰も死刑執行の署名をしたいとは思わず、法相に責任をおっかぶせる形ではない方法がないかと思う」と発言したのである。これは法相にあるまじき大暴言である。
 かみくだいていうと、死刑確定までには、捜査にはじまって逮捕、起訴、そして一審、二審、高裁と何段階かの法廷で審査されている。そのうえ刑事局が裁判書類を精査する。これ以上何が必要か。事務的な手続きだけで執行できる。大臣の署名なんか必要ないだろうーということになる。これは書生レベルの論理で、死刑反対の大きな論拠の一つに拷問などによる冤罪の可能性があることを全く無視している。
 真っ先にかみついたのは、超党派で結成されている死刑廃止議連の亀井静香会長だ。
「人命を虫けら以下に考えている。人の命を守る役所のトップが人命を軽視するなんて大きな矛盾だ。鳩山氏には法相の資格はない」(東京新聞9月28日)
 新聞はいっせいに鳩山発言を取り上げた。
 見出しだけ拾っておくと「"署名なし死刑"暴言に法相の資質を問う」(毎日9月27日)
「法相"死刑自動化"発言 大臣で執行数に差 疑問視」(朝日9月28日)「死刑自動化 そんな軽い問題ではない」(同10月7日)といずれも鳩山発言を批判、穏健な紙面づくりの日経も「法相は法務行政の責任者であるにも関わらず、死刑執行の判断という重要な職責を放棄して、すべて事務当局に委ねるというのは大きな問題。法相が軽々に発言すべき内容ではなく情けない」(9月26日)という菊田幸一明治大名誉教授(犯罪学)のコメントを掲載した。

五十団体が抗議声明

 鳩山発言に対しては、十月十日、フォーラム90、アムネスティ、「死刑を止めよう」宗教者ネットワークが呼びかけ人となって「鳩山邦夫法相発言を弾劾する」と題する声明を発表、記者会見を行なった。その一部を抜粋しておく。
 <この発言は彼の法相としての資質の欠如を示した暴言である。
 日本の刑罰制度の中で、唯一死刑だけは法務大臣が命令すると定められている。死刑は人の命を奪うという、いったん執行されれば取り返しのつかない刑罰である故に、法の機械的、画一的な適用を超えた、さらなる政治判断を法相に求めているのである。
 判決のままに自動的に死刑執行せねばならないとする発言は、法相としての責任放棄の宣言に他ならない。恩赦をする実質的な権限も、死刑執行停止を発議する権限も法相は有している。そうした選択肢を眼中に置かず"六か月以内に法相が執行を命令しなくてはならない"と鳩山法相はいう。しかし確定から六か月以内の執行という規定は単なる訓示規定であり法的根拠を持つものではない。
 十月十日は世界死刑廃止連盟が定めた世界死刑廃止デ―である。私たちは鳩山邦夫法相発言を弾劾し発言の撤回を求め、日本が死刑の執行を停止し、死刑制度を見直していくことを求める>
 この声明には救援連絡センターなど約五〇団体が賛同署名している。
 このあと鳩山法相は、発言が誤解されているとして、
 「自動的(死刑執行が)という言葉が一人歩きしている。法相のところに書類が回ってくる前に専門家集団がきちんと精査し、冤罪の可能性を限りなくゼロにして、再審の可能性、本人が心神喪失状態かどうかということを判断すれば最後に判を押してもいい。確定判決から半年以内の執行は実情にあっていない。死刑廃止論者の声には真摯に耳を傾けるつもりだ」(FORUM90=95号)
 と弁明したが、実際の発言との整合性はまるでなかった。
 そして十二月七日、法務省は三人の確定死刑囚の死刑を執行したことを公表、その氏名を明らかにした。
 これまで法務省は、死刑執行の情報開示について、死刑囚の家族やほかの死刑確定者に精神的苦痛を与えるなどの理由で、氏名や執行場所は発表しなかった。
 鳩山法相はその日の記者会見で、氏名の発表について「死刑が適正に行われているかを被害者、親族(死刑囚の)、国民が知り、理解する必要があると考え、一定限度の公表をしようと私が決断した」「執行情報を求める犯罪被害者の気持ちにも配慮した」(日経12月8日)と説明した。
 これはまた呆れた話である。鳩山法相は三か月前の記者会見の席では、死刑囚の氏名公表について「死刑囚の遺族の問題やほかの死刑囚の心情の問題があるので、公表する考えはない」(同9月26日)と明言しているのである。
 〇九年から一般市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が導入される。その最高指導者がこのていどでいいのか、心配になるのは私だけではあるまい。



 乾坤一擲

 開高健の釣り哲学
 私は開高健の熱烈なファンだ。
 このすぐれた作家は、半端なことが大嫌いで、小説はもとより、ノンフィクションも釣りも日常生活も、徹底的に探求し、究極点に到達しないと気が済まないのである。
 たとえば彼は、茅ヶ崎に住んでいた頃、二週間に一回必ず、近くの大衆焼肉店に一人前百八十円のジンギスカンを食べに通った。そのこだわり方がすごいのだ。
 「この店に限らず焼き肉屋のタレはミリンが多すぎる。しかもその店備え付けの酒を無理やり飲ませやがる。だから俺はこの店の親爺を手なずけて買収してやったんや。俺の好きな高級ぶどう酒を、持ち込むんだよ。ロスチャイルド"とか"ロマネコンティ"とかのとびきりのヤツで羊の肉を中和するんだ。百八十円の羊の肉も格別の味になる。水虫のにおいのする畳の上でそれを食う。羊の肉という絶対矛盾的自己同一(開高氏の独特な修辞学)に絶対矛盾的フランス高級ぶどう酒を持ち込んで飲む。こたえられないよ」
 ご本人のコメントである。
 百八十円のジンギスカンを食うのに一本十万円以上もする"ロマネコンティ"を持ち込む根性には驚嘆させられる。 開高健が本格的な釣りを始めたのは、作家として自立してからだ。書き下ろしの長編『輝ける闇』を執筆中、書斎に何か月もこもりっぱなしで、極度の運動不足となり、そこから脱出するために、旅の専門誌に全国を釣り歩く企画を持ち込んだのがきっかけだったらしい。
 そのあとは、北海道の東北部根釧原野での"幻の魚"イトウ釣りに始まって、地球を半周する壮大な釣行となる。アラスカでは大自然の中で巨大なキングサーモンと格闘、小笠原では二メートルのサワラを釣りあげ、アマゾンでは体長四,五メートル、二百キロの怪魚ピラルクを釣りそこねている。このピラルクのウロコは鋼鉄並みで、はがすとそのままヤスリとして使えるという。ナマエサさがしでは何と二メートルのおばけ級のどばみみずを見つけている。釣りとは関係ないが、現地で牛を一頭買い、だれかが自動車をぶつけて折った電柱を拾い、その電柱を牛の尻の穴から突っ込んで串刺しにして焼いた大パーティを開いたこともあるという。
 開高健が対象とした釣魚は、手のひらに百匹は載せられるタナゴから正体不明の怪魚までおびただしい数に上るが、ただ釣りを楽しんでいただけではない。
 たとえば「釣りをしているとモノが見えるようになる」とこんなことを言っている。
 「川で魚を一匹釣るでしょ。
 魚がヤセている。なぜか。川虫がいないからだ。なぜか。雨期に鉄砲水が川虫を流すからだ。なぜか。森林を伐採するからだ。文明の抑圧がよく見える」
 これはりっぱな環境論である。
 ただ残念なのは、次の一言である。
 「ヘラブナ釣りなんかはまだやらん。あれは日なたぼっこやから、五十五歳になったらやろうと思ってる」
 向井敏さんの開高健ノート「釣り人の内と外」からとったものだが、もし開高健が早くからへらぶな釣りを始めていたらおそらく終生竿を離さなかったに違いないと私は思う。
 さて皆さん、初釣りのは釣果はいかがでしたか。



 今月の話題

 北朝鮮の核問題をめぐる六か国協議の行方がどうも怪しくなってきた。
 中国が主導して作成された合意書は、@寧辺にある三か所の核施設を無能力化するA北朝鮮に現存するすべての核施設と核計画を今年の十二月末までに申告する、などが骨子になっている。
 「無能力化する」とは一体どういうことなのか。文字どうり解釈すると「通常の稼動をできなくする」ということになるが、その具体的な中身が全く明らかにされていない。たとえば機械の一部を取り外して動かなくするのか、単なる停止措置にすぎないのか。かりにそのいずれかであるとすれば、いつでも再稼動できることになる。北朝鮮はこれまでウソばかりついてきた。「われわれは核を持つ意志もなければ能力もない」と言いながら、昨年十月には突如として核実験を行なって、世界を震撼させた。そんな国に「無能力化」などという曖昧な約束をさせて何の意味があるのか。あくまで明確に「三か所の核施設を廃絶」することを声明させ、それが確実に実行されたかどうかを確認する必要がある。さらに、すでに所有しているとみられる核兵器についても徹底的な査察がなされなければならない。それ以外に北朝鮮に核放棄をさせる道はない。
 ところが日本のマスコミは、中身がさっぱりわからない「無能力化」について追及することは一切せず、口をそろえて「これで六か国協議は一歩前進した」と報じた。北朝鮮に一方的に振り回されたあげくの苦肉の策としか思えない「無能力化」がなぜ一歩前進なのか。おまけに日本が絶対に譲れない拉致問題の解決はどこかに吹き飛んで、米朝の急接近だけが目立っている。長い交渉にあたってきたヒル国務次官補もついにヤキがまわったのかと言いたくなる。それはこの「無能力化」とひきかえに、米国が北朝鮮をテロ支援国家指定から解除することがほぼ確実になってきたからだ。
 また米政府は、核問題の六か国協議の見返り措置とは別枠で、北朝鮮に大規模食糧支援を決定、病院に対しては米国際開発局が民間団体を通じ発電機の提供も決めている。
 中国とロシアはもともと北朝鮮と深い友好関係にあり、韓国は金大中政権以来、反日・親北政策をとっている。六か国協議とは名ばかりで、これまでの経緯を見れば明らかなように、常に四対二の意見の調整の場にすぎなかった。それが米朝の急接近で、日本は梯子をはずされた格好になった。拉致問題の全面解決をテロ支援国家解除の第一条件としてきた日本は、米国の豹変でにわかに孤立を余儀なくされた。それまで日本の立場を支持していた米国は、拉致問題の解決をテロ支援国家解除の前提とは見なさないという立場を明確にしたのである。米国のマコーマック国防省報道官はテロ支援国解除は「究極的には米国が決める問題」と公言している。中国など四か国も、北朝鮮が「核施設無能力化」と「核計画申告」を履行すれば、それでよしとする立場だ。そうなると拉致問題は六か国協議の交渉の枠外に追いやられ、日本と北朝鮮の二国間で解決する問題に格下げされてしまう。
 北朝鮮は拉致日本人八人について「自殺、病死、中毒死、水死」と説明し、一九九五年の大洪水で墓は流失したと回答している。こんな子供だましの説明は到底認めるわけにはいかない。六か国協議でたとえ孤立しても、日本はひるむことなく、断固として拉致問題の全面解決(被害者の全員帰国)と核の完全放棄を北朝鮮に求めていくべきである。



 注目される二つの言論裁判

掲載紙だけに賠償命令

 言論表現の自由の根幹にかかわる二つの裁判の行方が注目されている。
 第一は、共同通信社が配信した記事をめぐる名誉棄損訴訟である。
 この裁判は、東京女子医科大病院で二〇〇一年、心臓手術を受けた女児が死亡した事故の報道をめぐり、当時の担当医が名誉棄損訴訟を起こしたのがそもそものきっかけだ。
 この医師は、業務上過失致死罪に問われたが、一審で無罪判決を勝ち取った(検察側は控訴している)。これを受けて同医師は、事件を報じた共同通信社と配信記事を掲載した秋田魁新報、上毛新聞、静岡新聞の三社に計約二千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 問題は、この判決の"奇妙さ"である。断るまでもなく記事を掲載した三社は、共同通信社が配信する記事の内容を間違いないものと信頼したからこそ掲載に踏み切ったのである。
 ところが九月十八日の判決で、綿引穣裁判長は、記事内容は「真実とは言えない」とした上で「通信社からの配信というだけで真実と信じる理由になるとは言えない。記事は担当医の評価を著しく低下させた」と指摘、新聞三社に、計三百八十五万円の支払いを命じた。
綿引裁判長は、担当医が「人工心肺装置の吸引ポンプの回転数を上げすぎたことが事故を引き起こした」という記事の主要部分が事実ではないと判断したわけだが、先に「判決の奇妙さ」と言ったのはそのことではない。記事が事実ではないとしながら、配信元の共同通信社を免罪し、記事を掲載した新聞三社だけに賠償を命じたことである。
 通信社の存在価値は、配信記事の高い信頼性と速報性、常に真実を追求する姿勢、政治的中立性、同時に多数のメディアに配信する体制、海外メディアとの提携など情報収集力と発信基地としての多様性にある。したがって通信社から配信を受けた各メディアは、その記事について再取材することはほとんどない。
 地方紙の場合は、地元取材に主力を注ぐ関係で、海外ニュースや中央の政治経済情報、他地域の事件などの報道は、共同通信の配信に頼らざるを得ない。担当デスクの仕事はどの記事を取って、どの記事をボツにするかの判断と、問題ありと見た記事については共同通信社の担当者に確認を取る程度であろう。多くの場合、共同通信の配信記事は、そのまま地方紙に掲載される。だから配信記事について問題が発生した時は共同通信社が全面的に責任を取らねばならない。
 綿引裁判長は、共同通信社の責任については「記事は同病院の調査報告書や捜査本部の記者会見の取材などに基づいており、事実関係を誤信したのには相当な理由があった」(埼玉新聞九月一九日号)とした。要するにおとがめなしということだ。
 綿引判決の問題点は、発信者を免罪し、掲載紙だけに賠償責任を認定した矛盾だけにあるわけではない。こうした司法判断がまかり通ることになると、通信社と契約しているメディアは、今後、配信されてくる記事のすべてについて、その内容が真実であるかどうかを自社の記者を使って再取材しなければならないことになる。そんなことは事実上不可能である。
 情報先進国の米国では、どうなっているのか。通信社の配信記事についてはたとえ誤った記事であっても、記事を掲載したメディアは処罰されない。通信社だけが責任を負うのである。これは「配信サービスの抗弁」と呼ばれる法理論に基づいている。
 共同通信社は、長年にわたって全国紙に対抗する地方紙を多様な配信で支えてきた。綿引判決はこの相互扶助関係を切り裂き、報道の自由を揺るがすものである。不当な判決とは徹底抗戦すべきである。

強硬捜査に出版界が厳重抗議

 出版界でもフリージャーナリスト草薙厚子さんの著書『僕はパパを殺すことに決めた』(講談社刊)をめぐって、検察が介入したことでじっ津彩深刻な事態が展開されている。
 この本の内容は、〇六年六月、奈良県田原本町の医師宅で起きた長男(一七)の放火殺人事件を克明に描写したものだ。本は出版と同時に問題化した。著書の相当部分に少年の供述調書が、原文のまま引用されていたからだ。法相の「少年法への挑戦だ」という発言が問題に火をつけ,奈良家裁所長が草薙さんと講談社に抗議、法務省人権擁護局が調査を開始した。東京法務局は、七月、再発防止の勧告書を草薙さんと講談社に手渡した。
 草薙さん自身によると、東京法務局は「矯正教育終了後、社会復帰が図られるべき少年のプライバシーが侵害されていること、少年法により非公開とされている少年審判の内容に関わる資料をあえて記載していること、供述調書を引用していることなどが報道、出版の自由として許容される限度を超えていること」などを指摘したあと「本件出版行為を深く自戒し、誠意をもって謝罪するなど被害の回復を早急に図り、本件書籍による更なる被害を防止するための適切な措置を講じるとともに今後このような人権侵害行為をすることのないようここに勧告する」(『創』九・十月号)と記された勧告書を手渡されたという。
 「本件書籍による更なる被害を防止するための適切な措置」とは、要するに再販は許さないという"脅し"と受け止められる。(講談社は重版を控え出荷を見合わせている)。
 事件はさらに進展していく。
 九月十四日、奈良地検が少年の精神鑑定(広汎性発達障害)を担当した浜崎盛三医師、草薙さんを任意で事情聴取、二人の自宅を家宅捜索した。同二十八日には二人と親交のある京大医学研究科の教授を事情聴取、研究室などを捜索した。奈良地検は、十月十四日には、秘密漏示容疑で浜崎盛三医師を逮捕、十一月二日には起訴に踏み切った。
 東京法務局と奈良地検の強硬姿勢に当然出版界は反発した。
 まず版元の講談社学芸図書出版部が「秘密漏示を名目とする奈良地検の一連の捜査は到底容認できるものではない」と抗議の意思を表明、つづいて日本ペンクラブが「出版社及び著述家に対する法務省勧告に対する抗議声明」を発表、同書に対する勧告が一方的に「プライバシーの侵害」や「人権侵害行為」と断定し、さらに「報道出版の自由として許容される限度を超えている」と決めつけ、「謝罪」を迫るなど、表現の自由にあからさまに介入する内容だとして強く抗議した。
 十月十七日には日本雑誌協会と日本書籍出版協会が連名で「緊急声明」を発表した。重要なので主要部分を抜粋しておく。
 <今回、講談社発行の書籍に関連して、奈良地検が京都の精神科医を秘密漏示罪で逮捕するに至った経緯には、言論・出版の自由を保障した憲法二十一条の精神に鑑み,われわれ事件報道・出版に携わる者として重大な危惧を持たざるを得ない>
<精神科医逮捕に至る経緯では、任意ではあるが著者や発行出版社の編集者に長時間の事情聴取が行われ、さらには関係資料の押収、指紋の採取など秘密漏示罪捜査の名の下に異例なまでの捜査が行われた。また精神科医が事情聴取に対して容疑を認めているにもかかわらず、あえて逮捕に踏み込んだ。その意味するところは取材協力者やメディアへの威嚇以外のなにものでもなく、国民の知る権利の行使に関わる者にとって看過することはできない>
<折しも再来年の五月までに実施が決まっている裁判員制度では、メディアによる事件報道を制限する方針を打ち出している。今回のケースもその流れの中で言論機関への抑止効果を狙ったものであるのは明らかで、慄然とする>
 緊急声明は「検察当局の一連の捜査、言論への介入に対し強く抗議する」と結ばれている。この裁判の行方はぜひ見守らねばならない。



 時代おくれの感覚

 高校球児の甲子園の熱い夏が始まった。
 だが今年は、日本高校野球連盟(高野連)は重い課題を背負っている。それは他競技では認められている特待生制度が、プロ野球西武球団の浦金問題の表面化で、野球では絶対許されないことが改めて確認されたことだ。
 西武から裏金を授受していた早大の元選手は、野球部を退部になったうえ、停学処分も受けた。「処分が重すぎる」という声が上がったが、そういう結果になったのは、学生野球の憲法とされる「日本学生野球憲章」が、有力選手獲得のために授業料免除などの特典を与える特待生制度を禁止しているためだ。早大の元選手の出身校・専大北上高(岩手)は、野球特待生制度を設けていた。
 この事件を機に高野連が全国の実態を調査したところ、同様の制度を設けている高校が三百七十校もあることが分かった。このまま放置してしまっては問題が大きくなるため、高野連は、違反校をすべて処分することにした。
 不公平にならないように、三百七十六校の野球部長はすべて退任、特待生七千九百七十一人が一か月の対外試合出場停止処分を受けた。
 一概には言えないが、野球は遠征試合や合宿などが多いため、父兄の負担が重くなる。そこで私立高校の場合、学校の生徒募集の看板にもならことから、全国の中学から授業料免除などを条件に優秀な野球選手を集めるようになった。地元を飛び越えて他府県から選手を募るこの方式は「野球留学」と呼ばれるようになった。それがエスカレートして、最近では、高校側に中学球児を斡旋して世話料を取るブローカーまで出現しているという。
 そこまでいくと資金力のある私立高校に優秀な選手を集中させてしまうことになり、弊害が大きいが、だからといって特待生制度を野球部だけ禁じるのは問題がある。私立高校の学費は、公立高校の二倍から四倍はする。授業料の免除を打ち切られたら退学せざるを得ない生徒が出てくるわけだ。せっかく野球で才能を伸ばそうと懸命に努力している生徒の将来を、断ち切ってしまうような措置は、絶対に避けなければならない。
 日経(七月一七日朝刊)によると、特待生制度を設けている私立高校の中には、生徒が身体の故障などで野球を続けられなくなった場合、学費の免除を打ち切る条件を付けている高校が、約三分の一、百二十校もあるという。これもまた大いに問題である。「役に立たなくなった者は去れ」と宣言しているようなものだからだ。
 高野連は、現在、特待生制度の恩恵を受けている生徒については、就学に支障をきたさないように配慮して、「現状維持」と決めたが、特待生制度そのものについては問題が先送りされた。野球部だけに特待生制度を認めない「日本学生野球憲章」はいかにも現実にそぐわない。この問題については、第三者による有識者会議が六月に発足、二〇〇九年度以降の制度の在り方を議論することになっている。野球愛好者が納得できる方向での結論を期待したい。



 五徳の教えに学ぶ

 それにしてもこのところ凄惨な殺人・傷害などの凶悪事件が多すぎる。
 最近約二か月間の新聞の事件ファイルから見出しだけを拾ってみると「虐待で三歳男児重体」「切断遺体は松伏の男性」「居酒屋女店主殺害」「高三男子・母親殺害」「海上に袋詰め遺体」…と、事件の起こらない日がないくらいである。
 三歳児の事件は、三十九歳の義父が妻の連れ子がカップラーメンを黙って食べたのに怒って、失神するまで殴ったというもの。松伏の男性を殺したのは四十六歳の妻。遺体を切断して二か所に分けて捨てた。居酒屋の女性店主は、客として入ってきた土木作業員に絞殺された。
 高三男子は母親を殺した後、切り落とした首をバッグに入れてカラオケ店に立ち寄り、さらにインターネットカフェで約二時間、音楽DVDをみるなどして、タクシーを呼んで警察に自首した。犯行動機らしいものは当然あるのだが、なぜそこまで残酷な手口をえらんだのかの答えは見つからない。女性の袋詰め遺体が発見されたのは大阪湾で、遺体の足にはロープで重りが付けられていたという。
 戦前はこんな残酷な凶悪事件が多発することはなかった。
 私たち日本人は、長い間儒教の影響を強く受けてきた。
 孔子に始まる儒学は、約二千五百年の歴史を持つ。日本に論語が伝来したのは応神天皇の時代だが、社会一般に定着したのは江戸時代に入ってからとされる。人が護るべき尊いものとして温・良・恭・倹・譲の五徳があげられるが、日本ではむしろ仁・義・礼・智・信の方が親しまれている。
 仁とは、人への思いやり、いつくしみ。自己抑制と他者への思いやりの心を意味する。義は道理、条理、物事の理にかなったこと。人間の行う筋道と解される。
 礼は直訳すれば礼儀・作法のことだが、社会の秩序を保つための生活規範の根源と解した方が適切だろう。智について広辞苑は「物事を理解し、是非、善悪を弁別する心」の作用と解説している。仏教では高度の宗教的叡知の意味に使われるという。信については広辞苑は「欺かないこと」「言をたがえないこと」「まこと」と解説しているが、要するに「人を信じること」と理解すればよい。
 この五徳を説く儒教の教えは、日本流に消火され、武士道精神にも取り入れられて、永く日本人の行動の規範となった。
 人々は仁・義・礼・智・信の五文字は知らなくとも、その人間として護るべき教えは、親から子へ、子はまた自分の子へと口伝し、家族や地域社会の安全を維持するルールとなっていったのである。
 ところが戦後の民主化教育の過程で、個人の思想、信条の自由が重視され、多くの人々に支持されてきた儒教の五徳の教えは「古い道徳規範」とされて、次第に軽んじられるようになってしまった。五徳の考え方は、人間として護っていくべき道を示しているのであって、「古い」とか「新しい」という問題ではないのだが、戦前教育の反動で疎んじられる結果になったのである。凶悪犯罪に走る世代のほとんどが戦後生まれということは、戦後の民主化教育に大きな問題があったことを示唆しているのではないか。私は五徳の教えをもう一度取り戻したい。



 ジャーナリストの暗殺続くロシア

過去一五年間で二四六人が犠牲に
 プーチン政権下で、体制批判派のジャーナリストの受難が続いている。
 ニューヨークに本部を置くジャーナリストの権利を守るために活動する非営利団体「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)は、五月二日、報道の自由が過去五年間でもっとも後退した十か国を発表した。最悪は二〇〇六年だけで新聞八紙を発行禁止、記者の投獄や追放を断行したエチオピアとされたが、プーチン政権批判を果敢に続けたジャーナリスト十一人が暗殺されたロシアが三位にランクづけされた。
 昨年十月七日、チェチェン問題の報道などでプーチン政権を厳しく批判していたロシアのリベラル紙「ノーバヤ・ガゼータ」のアンナ・ポリトコフスカヤ記者が、自宅アパートのエレベーター内で、何者かに射殺された事件は記憶に新しい。この日は奇しくもプーチン大統領の誕生日だった。
 彼女の追悼文を書いた林克明氏によると、過去十五年間にロシアで殺されたジャーナリストは二百四十六人にのぼる。そのうち百人以上がプーチン政権誕生以降の犠牲者だという。何ともすさまじい数字というしかない。
 ポリトコフスカヤ記者は、一九五八年生まれ。ロシア南部チェチェン共和国の人権侵害の現場などを取材し、日本でも著作「チェチェン やめられない戦争」「プーチニズム」(いずれもNHK出版)が刊行されている。二〇〇四年に北オセチア共和国で起きたべスラン学校人質事件では、武装勢力との仲介のため現場に向かう途中、機内でお茶を飲んで倒れ「毒を盛られた」と話題になった。その後も彼女は頻繁に脅迫を受けていた。
 米国務省は、彼女の殺害について、ロシアの言論状況に懸念を表明し、同国政府に「迅速かつ徹底的な捜査」を求める声明を発表した。声明はポリトコフスカヤ記者について、チェチェンでの人権侵害の取材を通じ「生命の危険を顧みず、勇気をもって正義を追求した」「米国は衝撃を受け、深い悲しみに包まれている」と最大限の哀悼の意を表した。 プーチン政権が対テロ戦争と位置づけるチェチェンでは、一昨年、政治解決を訴えてきた穏健派のスハドフ元共和国大統領が、またサミット直前には、最強硬派のバサエフ司令官が暗殺された。独立派幹部はすべて抹殺するというプーチン政権の強硬姿勢を見せつけた。
 昨年十一月二十三日には、イギリス・ロンドン市内の病院で、元ロシア連邦保安局(FSB)中佐のアレクサンドル・リトビネンコ氏が怪死した。FSBはソ連時代の秘密警察KGBの後身である。イギリスのマスコミはリトビネンコ氏の死を"暗殺"と報じ、FSB長官を務めたことがあるプーチン大統領の関与について追及するなど一時は、英露関係を揺るがす大騒動に発展した。暗殺論の根拠は、個人レベルでは入手できない放射性物質ポロニューム210が使われたからだ。元素の中で、もっとも強い毒性を持つとされている。フィナンシャル・タイムズは「クレムリンは事件への関与を否定しているが、プーチン大統領は暗殺が常態化した責任を回避できない」と鋭く批判した。その後、国際刑事警察機構(ICPO)ロシア支部も捜査にかかわることになったが、未だに真相は解明されていない。
 この事件の後、ロシアの政府系メディアはリトビネンコ氏は「反ロシア的な国際勢力と結びついていた」と報じた。アンナ・ポリトコフスカヤ記者についても「米国のスパイだった」と有力紙がこぞって報道した。彼女が米国生まれで、米市民権をもっていたというのがその根拠である。プーチン批判派はすべて「スパイ」にされてしまうわけだ。
 日経の稲熊均モスクワ特派員によるとアンナが活躍していた「ノーバヤ・ガゼータ」紙のムラトフ編集長は、一時は部下の安全を考えて「もう廃刊したい。どんなに価値のある仕事でも、命を失ってまでつづけるべきではない」と宣言したという。ところが記者たちが廃刊にこぞって反対を表明したため「アンナの調査報道を皆で受け継いでいくことにした」と、ヤロシェフスキー副編集長は語っている。

特派員にも嫌がらせ
 報道統制の被害を受けているのは、ロシアのジャーナリストだけではない。外国人ジャーナリストも常に監視されている。
 「各国記者へのKGBによる無言の脅迫」と題する記録(2チャンネル)には、産経新聞モスクワ特派員の体験が語られている。「一九八八年冬。モスクワ。酷寒の朝、アパート前に止めていた車に乗り込もうとして愕然とした。半分まで雪に埋もれていたタイヤが四つともペシャンコなのだ。記者(斉藤勉氏)は、アパートの門前で不寝番をしていた民警に"昨夜何が起きたのだ"と問いただした。民警とは表向きで、泣く子も黙るKGBの回し者たちだ。外国人を犯罪から守るというのが彼らの任務だが、現実は徹底的な監視だ」
 「パンク事件は"ゴルバチョフ改革に保守派が根強い抵抗"という記者の記事が新聞に載ってほどなく起きた。ソ連外務省に抗議したが、その後も似たような記事を書くと何回かに一度は何かがおきた。これは他国の特派員仲間にも経験者がいた話だが、例えば深夜に帰宅して居間の電気をつけると本棚が倒されていたり、テレビと花瓶の位置が入れ替わっていたりした」
 薄気味悪い話である。
 「帰国間際になると、特派員の車が何者かの車に追突された、着任間もない特派員が突如、謎の国外退去を命じられたといった話も伝わってきた。モスクワ特派員の先輩に聞くと、ソ連外務省が組織した日本人特派員団の中央アジアへの取材旅行先で、まったく同じメニューの食事をとりながら、特定の社の特派員だけが食事後に体調が急変して、嘔吐や下痢になった事件もあった」そうだ。
 「ソ連では暗殺か否か判断がつきにくい、"スマートな暗殺"がKGBの通常のやり口」で、最近のような射殺や爆殺、毒殺などの荒っぽい手口は「ゴルバチョフ時代にはなかった」という。。
 斉藤勉氏は最後に「プーチン政権が一連の暗殺と未遂事件に手を下した証拠はない。しかし問題の本質は、プーチン政権が未曽有の石油高騰による好景気とテロ撲滅を錦の御旗に独裁支配を強め、国内外で排外的なごり押し政策をあらわにしている中にある」と鋭く指摘している。
プーチン政権批判の論陣を張るジャーナリストは、訪露の際は細心のの警戒が必要なようだ。



 世界の日本評価

 ロンドン発の共同電によると、英国のオンライン予約専門の大手旅行業者が五月末に発表した調査結果で、日本人が「世界最高の観光客」と認定されたという。「礼儀正しさと整然とした様子」などが総合的に評価されたのだそうだ。
 これに対し「最悪」とされたのがフランス人。フランス人のほとんどが最低二ヶ国語以上の言語を話すことができるが、非常にプライドが高く、外国へ旅行しても当然のようにフランス語で会話する。買い物をする時も決してその国の言葉は使わない。「私はお客さんなのだから、私の国の言葉で応答するのが当たり前でしょう」という考え方なのだ。
 これはそれなりに筋が通っているが、彼らを迎え入れる現地の人にはこの論理は通用しない。「英語を話せるくせに故意に自国語を使うとは思い上がりも甚だしい」と不興をかうわけだ。フランス革命を通過してきた国民にしては、たしかに寛大さがちょっと欠けるようだ。
 この調査はヨーロッパのホテル経営者ら約一万五千人を対象に行われたもので、日本人は「態度、行動」でも「もの静か」と判定され、総合でトップとなった。二位は米国人、三位はスイス人。最悪ランキングの方は、フランス人に続いてインド人、中国人、ロシア人の順。何となく分かるような気がするのは私だけか…。
 一方、「人間の豊かさ」指数では、日本は一七七か国・地域中何と一一位。この調査は国連開発計画(UNDP)が毎年行うもので正式には「人間開発指数」と呼ぶ。平均寿命や就学率、一人あたりの国内総生産(GDP)などをもとに測定する。日本は調査が始まった九〇年、九一年、九三年は一位だったが、バブル崩壊の経済の低迷で次第に順位を下げ、ついに〇五年に一一位まで落ち込んだ。女性の政治、経済分野への進出度を示すジェンダー・エンパワーメント指数では先進国では最低の四三位だった。
 「人間の豊かさ」指数の順位は意外性に満ちている。先進大国の順位が極端に低いのである。
 まず一位がノルウェー、二位はアイスランド、三位はオーストラリア、四位はルクセンブルク、五位がカナダ、以下スエ―デン、スイス、アイルランド、ベルギー、アメリカの順。ちなみにイギリスは一五位、フランス一六位、ドイツ二〇位、ロシア六二位、中国は八五位だ。
 ついでに「国民幸福度」の順位も見ておこう。これは英国のレスター大の研究者がシンクタンクのデータをもとに〇六年に作成したもので、いわば「世界幸福地図」。調査対象は世界一七八か国。一位はデンマーク、二位スイス、三位オーストリア。ここでも先進大国は上位には入らなかった。たとえば米国は二三位で日本は中国の八二位より下の九〇位、インドは一二五位だった。
 最後にもう一つ。英国放送協会(BBC)が今年三月にまとめた国際世論調査では、日本とカナダが同率で「好感度」世界一位に入った。アジア、欧州連合(EU)など二七か国の二万八千人に尋ねたもので、反日教育が徹底している中国と韓国でだけ日本は好感されなかった。



 『大紀元時報』の号外を読む

二千万人が脱党!
 日本のマスコミが中国を真正面から批判したことはただの一度もないと言っていい。そうしたなかで、一貫して中国批判の姿勢を貫き、貴重な情報源となっているのが『大紀元時報』である。その『大紀元時報』が最近、号外を発行した。
 一面トップのタイトルは「中国の明るい未来を選択した勇者たち」。これを受けるサブタイトルには「中国共産党、崩壊寸前」「中共並びに関連組織から二千万人脱退」と、特大文字が躍る。
 さらにリード記事は「三月二十六日午後、全世界中国共産党脱退支援サイトが受け付けた脱退者数は、二千万人を超えた。同サイトが〇四年十二月に、脱退声明を受け付けて以来、二年三か月で多くの勇気ある人々が中国の明るい未来を選択した」とつづく。
 中国共産党員が仮りに二億人いたとしても二千万人の脱党者が出るというのはまさに非常事態である。
 本文では三月十七日、ロスアンゼルスで開催された中国社会民主党第二回代表大会で、中国から渡航した青年張舜春氏(仮名)が演壇に立ち、共産党からの脱退を声明、社会民主党への参加を決意した一件が紹介されている。張氏は共産党の下級役人として中国南部で働いていたが、仕事をめぐって上司の過ちを公の場で指摘したことから免職処分され、そのうえ脅されたため、やむを得ず米国に亡命を決意した。張氏は大紀元に対し「共産党は本当に腐敗がひどすぎる。この政党はもはやまったく前途がない」と語った。
 中国共産党関連組織からの脱退は「三退」と呼ばれる。「三退」とは共産党関連組織の共産党、共青団、少先隊からの脱退を意味する。
 脱退声明は、多くの場合「大紀元」や「脱退支援サイト」「希望の声」などのウエブサイトで行われている。ほかに電話やファックス、電子メールあるいは街角の掲示板、自動車のライセンス・プレート、電話ボックス、広告板など中国全土にわたってさまざまな手段で行われているという。
 全世界中共脱退支援センター・スポークスマンの高大維代表は、張氏の事件は「脱中共運動の大波の真実性を証明し、中国共産党統治のもと民衆の怨みが至る所におよんでいることを示した」と語り、これまでにも元中国オーストラリア外交官の陳用林氏、元瀋陽司法局長の韓広生氏、元天津市610オフィス(法輪功取締本部)官吏の鳳軍氏など、中共体制内の各級官吏が公に中共との決別を表明してきたことをあげている。
 「最近三か月、中国大陸で中共脱退運動は急速に広がり、中共関連組織からの脱退人数は毎日著しく増加している。去年十二月から大紀元ウエブサイトで三退した人が毎月百万を上回り、一日の人数も二,三万から三,四万に増加した」と号外は書いている。
 中共脱退運動の引き金になったのは、大紀元時報が二〇〇四年十一月に出版した『九評共産党』(共産党についての九つの論評)である。中国共産党の暗部を徹底的に追及した内容で、世界的な話題となり、二十四の言語に翻訳されている。二〇〇五年八月にはアジア・アメリカ・ジャーナリスト協会トップ賞を受賞、日本語版も博大書店から出ている。

多発する襲撃事件
 ところで中国の情報機関が『大紀元時報』の活動を黙って見過ごすわけはない。
 大紀元編集部の荘金鐘さんによると、二〇〇五年には大紀元時報へのあからさまな攻撃が多発している。そのうち幾つかの事件を列挙しよう。
 @グローバル大紀元時報グル―プの技術総監督・李淵氏は、二月八日正午米国アトランタの自宅で、複数のアジア系男性に襲撃され重傷を負った。襲撃者は李氏の仕事用パソコン二台だけを持ち去り、金や貴重品などには手をつけなかったという。
 A二月九日の午後、パリで大紀元ボランティア陳氏の自宅が何者かに不法侵入され、家中をめちゃくちゃにされた。
 B二月十六日夜、メルボルンでは大紀元元職員がオフィスの裏に停車した自家用車の窓が割られ、金属アンテナが折られた。
 C二月二十八日夜、香港大紀元事務所を、ハンマーを持った複数の暴漢が襲い、新聞の電子製版機が破壊された。
 D三月十日前後、大阪事務所が空き巣被害にあう。重要情報のデータが入ったパソコンだけを目的とした窃盗だった。
 E三月十三日、台湾台中の大紀元事務所のパソコン七台と液晶ディスプレイがすべて盗まれた(『WILL』三月号)。
 大阪での事件後、大紀元は記者会見を開きこれら一連の事件は、現場の状況及び大紀元との関連性から推して、中国共産党の特務による犯行との疑いがきわめて濃厚との発表を行なった。記者会見では参加した記者の一人から「なぜ中国スパイの犯行と言えるのか」という質問があったという。犯行の状況からそういう疑いが濃厚なことは明らかで、こんな質問が出るのは日本くらいだろう。
 『大紀元時報』は、気功団体・法輪功の信奉者が中国官憲に身柄を拘束され、本人の同意のないままひそかに臓器を摘出されている事実もいち早く報道している。中国官憲は法輪功を邪教と決めつけ、集会などに参加した信奉者を逮捕し、秘密の収容所に収容しているとされる。その数は数千人から数万人にのぼるという。
 “臓器狩り”事件は昨年三月、米国で中国人ジャーナリストが告発したことから明るみに出たものだが、日本人も無関係ではない。短時間でドナーが見つかるとして中国で腎臓や肝臓の移植手術を受ける日本人が現に存在するからだ。法輪功迫害調査連盟(CIPFG)の要請を受けて、カナダ議会前議員デービッド・キルガー氏と国際人権弁護士デービッド・マタス氏が立ち上げた独立調査団の報告では、二〇〇〇年から二〇〇五年の六年間に中国国内で行われた臓器移植六万件のうち約四万千五百件の臓器移植については、その出所を説明できないとしている。
 本来、本人の同意の上で行われるはずの臓器移植が闇から闇に行われていたことが明らかになったわけである。日本のマスコミは南京大虐殺や慰安婦問題は大きく報じても、中国の闇の部分についての報道には及び腰なのだ。
 中国が主導する北朝鮮の核問題をめぐる六カ国協議で、日本は拉致問題解決の糸口さえつかめなかった。そして中国温家宝首相の来日。ここでも、中国が日本の権益を侵して進めている東シナ海の天然ガス開発問題は棚上げ、安倍晋三首相は訪中だけを約束した。これは日本外交の全面敗北である。訪中の前に「靖国参拝」はできないではないか。そのことさえも日本のマスコミは深くは触れない。



 腰抜け外交と竹島問題

 日本固有の領土・竹島周辺海域調査を巡って、韓国側が「日本の海上保安庁が調査船を出せば、拿捕も辞さない」とする強硬姿勢を打ち出していた問題は、双方が譲歩する形で最悪の事態は避けられた。
 この問題の根底にあるのは、竹島の領有権である。日本政府が島根県の隠岐諸島北西部に位置する竹島を島根県に編入することを決めたのは一九〇五年。当たり前のことだが以来、竹島は同県に所属してきた。
 ところが日本の敗戦後の一九五二年、ときの李承晩政権は、韓国近海に「李承晩ライン」を勝手に引いて「竹島(韓国名=独島)は韓国の領土。日本の領有権は無効だ」と宣言、その後の韓国歴代政権は、これに従って竹島に警備隊を常駐させ、軍事的に実効支配してきたいきさつがある。
  竹島の大きさは東京の日比谷公園ていどでほとんどが岩山という地形。島自体に魅力はないが、周辺はベニズワイガニやウニ、アワビなどの水産資源が豊富な好漁場。一九九九年発効の日韓漁業協定では、両国が漁場を共同管理する「暫定水域」としたが、韓国側の姿勢が強硬で、日本の漁船は自由に操業できないのが実情だ。
 さらにもっとも重要な問題は、竹島を領有することで排他的経済水域(EEZ)が大きく変わることだ。EEZとは沿岸国が天然資源の探査や開発、漁業などの経済活動の主権的権利をもつ海域のこと。範囲は海岸から二百カイリとされているが、領土が近接している場合は双方の中間線が境界となる。韓国側は竹島を実効支配することで周辺海域も軍事的に制圧しているのが実態だ。
 これは明らかに侵略行為であり、漁業関係者の強い不満もあって、島根県議会は昨年三月「竹島の日」条令を制定した。竹島が島根県の一部であることを世界に示したわけである。
 今回の海上保安庁による竹島周辺海域調査が計画されたのは、今年六月、ドイツで開かれる「海底地形名称小委員会」に韓国側が同地域の海底の海山や海盆の地名を韓国語で提出する準備を進めていることが判明したからだ。これが認められると竹島の韓国の領有権が認知される恐れ無しとしない。そこで日本側もこれに対抗して、日本語の名称を提出するため調査船を海域へ派遣しようとしたわけである。これに対して韓国側が強硬姿勢を示した背景には、目前に統一地方選挙が迫っており、さらに来年には大統領選挙が控えているという特殊事情がある。選挙で反日を売り物にするのは韓国の常套手段である。
 それにしても竹島の領有権問題は、発生してからすでに五十年以上になる。韓国は周辺海域調査を何度も行なっているのに、日本は今回始めて調査船を出すというていたらくである。それも韓国側が六月の国際会議に韓国語地名を出さないと言う条件と引き換えに調査船を出すことを取り止めた。おまけに韓国は六月の会議には出さないが、その先のことは分からないと言っているのである。不法に竹島を占拠しているのは韓国の方だ。何という弱腰かと思うのは私だけではあるまい。


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