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掲載紙だけに賠償命令
言論表現の自由の根幹にかかわる二つの裁判の行方が注目されている。
第一は、共同通信社が配信した記事をめぐる名誉棄損訴訟である。
この裁判は、東京女子医科大病院で二〇〇一年、心臓手術を受けた女児が死亡した事故の報道をめぐり、当時の担当医が名誉棄損訴訟を起こしたのがそもそものきっかけだ。
この医師は、業務上過失致死罪に問われたが、一審で無罪判決を勝ち取った(検察側は控訴している)。これを受けて同医師は、事件を報じた共同通信社と配信記事を掲載した秋田魁新報、上毛新聞、静岡新聞の三社に計約二千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
問題は、この判決の"奇妙さ"である。断るまでもなく記事を掲載した三社は、共同通信社が配信する記事の内容を間違いないものと信頼したからこそ掲載に踏み切ったのである。
ところが九月十八日の判決で、綿引穣裁判長は、記事内容は「真実とは言えない」とした上で「通信社からの配信というだけで真実と信じる理由になるとは言えない。記事は担当医の評価を著しく低下させた」と指摘、新聞三社に、計三百八十五万円の支払いを命じた。
綿引裁判長は、担当医が「人工心肺装置の吸引ポンプの回転数を上げすぎたことが事故を引き起こした」という記事の主要部分が事実ではないと判断したわけだが、先に「判決の奇妙さ」と言ったのはそのことではない。記事が事実ではないとしながら、配信元の共同通信社を免罪し、記事を掲載した新聞三社だけに賠償を命じたことである。
通信社の存在価値は、配信記事の高い信頼性と速報性、常に真実を追求する姿勢、政治的中立性、同時に多数のメディアに配信する体制、海外メディアとの提携など情報収集力と発信基地としての多様性にある。したがって通信社から配信を受けた各メディアは、その記事について再取材することはほとんどない。
地方紙の場合は、地元取材に主力を注ぐ関係で、海外ニュースや中央の政治経済情報、他地域の事件などの報道は、共同通信の配信に頼らざるを得ない。担当デスクの仕事はどの記事を取って、どの記事をボツにするかの判断と、問題ありと見た記事については共同通信社の担当者に確認を取る程度であろう。多くの場合、共同通信の配信記事は、そのまま地方紙に掲載される。だから配信記事について問題が発生した時は共同通信社が全面的に責任を取らねばならない。
綿引裁判長は、共同通信社の責任については「記事は同病院の調査報告書や捜査本部の記者会見の取材などに基づいており、事実関係を誤信したのには相当な理由があった」(埼玉新聞九月一九日号)とした。要するにおとがめなしということだ。
綿引判決の問題点は、発信者を免罪し、掲載紙だけに賠償責任を認定した矛盾だけにあるわけではない。こうした司法判断がまかり通ることになると、通信社と契約しているメディアは、今後、配信されてくる記事のすべてについて、その内容が真実であるかどうかを自社の記者を使って再取材しなければならないことになる。そんなことは事実上不可能である。
情報先進国の米国では、どうなっているのか。通信社の配信記事についてはたとえ誤った記事であっても、記事を掲載したメディアは処罰されない。通信社だけが責任を負うのである。これは「配信サービスの抗弁」と呼ばれる法理論に基づいている。
共同通信社は、長年にわたって全国紙に対抗する地方紙を多様な配信で支えてきた。綿引判決はこの相互扶助関係を切り裂き、報道の自由を揺るがすものである。不当な判決とは徹底抗戦すべきである。
強硬捜査に出版界が厳重抗議
出版界でもフリージャーナリスト草薙厚子さんの著書『僕はパパを殺すことに決めた』(講談社刊)をめぐって、検察が介入したことでじっ津彩深刻な事態が展開されている。
この本の内容は、〇六年六月、奈良県田原本町の医師宅で起きた長男(一七)の放火殺人事件を克明に描写したものだ。本は出版と同時に問題化した。著書の相当部分に少年の供述調書が、原文のまま引用されていたからだ。法相の「少年法への挑戦だ」という発言が問題に火をつけ,奈良家裁所長が草薙さんと講談社に抗議、法務省人権擁護局が調査を開始した。東京法務局は、七月、再発防止の勧告書を草薙さんと講談社に手渡した。
草薙さん自身によると、東京法務局は「矯正教育終了後、社会復帰が図られるべき少年のプライバシーが侵害されていること、少年法により非公開とされている少年審判の内容に関わる資料をあえて記載していること、供述調書を引用していることなどが報道、出版の自由として許容される限度を超えていること」などを指摘したあと「本件出版行為を深く自戒し、誠意をもって謝罪するなど被害の回復を早急に図り、本件書籍による更なる被害を防止するための適切な措置を講じるとともに今後このような人権侵害行為をすることのないようここに勧告する」(『創』九・十月号)と記された勧告書を手渡されたという。
「本件書籍による更なる被害を防止するための適切な措置」とは、要するに再販は許さないという"脅し"と受け止められる。(講談社は重版を控え出荷を見合わせている)。
事件はさらに進展していく。
九月十四日、奈良地検が少年の精神鑑定(広汎性発達障害)を担当した浜崎盛三医師、草薙さんを任意で事情聴取、二人の自宅を家宅捜索した。同二十八日には二人と親交のある京大医学研究科の教授を事情聴取、研究室などを捜索した。奈良地検は、十月十四日には、秘密漏示容疑で浜崎盛三医師を逮捕、十一月二日には起訴に踏み切った。
東京法務局と奈良地検の強硬姿勢に当然出版界は反発した。
まず版元の講談社学芸図書出版部が「秘密漏示を名目とする奈良地検の一連の捜査は到底容認できるものではない」と抗議の意思を表明、つづいて日本ペンクラブが「出版社及び著述家に対する法務省勧告に対する抗議声明」を発表、同書に対する勧告が一方的に「プライバシーの侵害」や「人権侵害行為」と断定し、さらに「報道出版の自由として許容される限度を超えている」と決めつけ、「謝罪」を迫るなど、表現の自由にあからさまに介入する内容だとして強く抗議した。
十月十七日には日本雑誌協会と日本書籍出版協会が連名で「緊急声明」を発表した。重要なので主要部分を抜粋しておく。
<今回、講談社発行の書籍に関連して、奈良地検が京都の精神科医を秘密漏示罪で逮捕するに至った経緯には、言論・出版の自由を保障した憲法二十一条の精神に鑑み,われわれ事件報道・出版に携わる者として重大な危惧を持たざるを得ない>
<精神科医逮捕に至る経緯では、任意ではあるが著者や発行出版社の編集者に長時間の事情聴取が行われ、さらには関係資料の押収、指紋の採取など秘密漏示罪捜査の名の下に異例なまでの捜査が行われた。また精神科医が事情聴取に対して容疑を認めているにもかかわらず、あえて逮捕に踏み込んだ。その意味するところは取材協力者やメディアへの威嚇以外のなにものでもなく、国民の知る権利の行使に関わる者にとって看過することはできない>
<折しも再来年の五月までに実施が決まっている裁判員制度では、メディアによる事件報道を制限する方針を打ち出している。今回のケースもその流れの中で言論機関への抑止効果を狙ったものであるのは明らかで、慄然とする>
緊急声明は「検察当局の一連の捜査、言論への介入に対し強く抗議する」と結ばれている。この裁判の行方はぜひ見守らねばならない。
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