「君、富士見へ来ないか」・・・・(中略)・・・
早速承知するだろうと思ったのに、夢二は浮かぬ顔をして返事をしない。
「誰か相談する人があるのか」「別にない」
夢二を訪ねた時、家の様子を一目見て、私は誰も看病するもののいないのを知った。
「では早速来給え」
夢二はまだ返事をしない。私は夢二は金の心配をしているのだと思って、
「金の心配なら無用だよ。癒ったら画でもかくさ」
なかなかそんな事の出来ないのを私は知りながらも、そういって見た。
「そりゃありがとう、そうしてもらうとありがたい」
そういって夢二はねあせを拭ってクシャクシャになっているタオルで、涙をふいていた。
涙もろくなったな、と私は思った。
こういう事で夢二は富士見へ来たのだ。たった一人で全財産を持って。

正木不如丘「竹久夢二」より抜粋


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