Z医師(原告側協力医)の意見書


T.はじめに

 筆者は、平成17年7月、平成15年(ワ)第2331号 損害賠償請求事件について、池原穀和弁護士、杉浦ひとみ弁護士から、意見書提出の依頼を受けた。
 依頼事項は

(1)幸子さん(以下、故人とする。)に対する桜井医師(以下、被告とする)の一連の治療的対応が適切なものであったかどうか。

(2)故人は、慶応大学病院入院時から被告への強い恋愛性の転移感情を生じていたが、その発生の理由は何か。

(3)上記転移感情に対して、被告の医学的対処は適切であったか。

(4)上記転移感情への対応と、故人の自殺未遂、自殺既遂に関係はあるか。

(5)被告の医学的対処が不適切であった場合、その理由としてどのようなことが考えられるか。

 そこで筆者は「慶応大学病院カルテ」「慶応病院看護記録」「済世会病院カルテ」「原告準備書面」「被告準備書面」「中久喜医師の陳述書」等を精読し、筆者の専門家としての知識や専門書等と照合しながら、以下の意見書をしたためたものである。

U.故人の診断をめぐる問題について
(1)故人の診断について
 故人の診断については、原告・被告双方の準備書面ともに境界型人格障害(以下BPDとする。)と一致している。また中久喜医師の診断は@うつ病ABPDである。この診断について検討する。
 診断名については、慶応大学病院入院当初からBPDとされていたわけではなく、さまざまな病名や状態像が付与されている。病名及びそれに関わる記載のうち、主なものをあげる。

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1)1995年3月1日桜ケ丘病院水島広子医師から慶応大学病院大野裕医師への紹介状:「うつ状態」

2)同3月3日 大野裕医師から桜井医師への申し送り事項:「うつ病」

3)同3月22日 カルテの記載:depressiveという感じはしない。自責の念もほとんどみられない。
  思春期特有の厭世観、悲観主義に完全に支配されてしまっている感じ。

4)4月27日 山田医師の申し送り:問題リストはあるものの、診断名は書かれていない。
  「薬物療法よりも精神療法がメイン」「時間が許せば話をきいてあげるのが効果的」という記載

5)5月20日頃 病気としてのうつ病は改善している。ふだんみている(人格の)部分のほかに子どものような助けられたいという部分があり、そこが露出していると考えている。

6)6月29日芳賀医師記載:ほしい助けは恋人からもらうようなスキンシップ、やさしさ、つつまれる感じ、肌感覚の良さ、これを被告医師に求めていたようである。とらえかたとして先生という枠を越えてしまっていたようだ。・・・言語化したあと、桜井医師と距離をとればいいか分からないという問題にぶつかる。

7)7月29日 山田医師記載:依然不安定。Acting Outの可能性大。注意が必要。本人にはほとんど何を言ってもダメな状況か?

8)8月7日 芳賀医師申し送り:Ptの心の中にバージョン1とバージョン2があり、バージョン1が出てくると、強気でばりばり突っ走る、・・・バージョン2が出てくると、弱気ですべてが虚しくなり、いわゆる生産性が低いようにみえる傾向の考え方、・・・

9)10月26日 芳賀医師申し送り
  現在は虚無感を内包しつつ、対人関係でのストレスによる「誰も分かってくれない、死んでしまいたい」という気持ち、「思い通りにならない」というあたりのやや衝動的な感有り、又、生死には区別なく、魂は生存し、肉体だけが死んでゆくに過ぎないという宗教的な観念も持ち合わせており、死に対する単なる憧れ、逃避ともとりにくい部分がままあります。しかし、死にたい気持ちなど精神の不調を治療者にぶつけてきたり、いろいろと悪あがきのような生に対しねばり強く種々のことをあきらめ悪く執着するようになっています。いわゆる医原性Borderline Personality Disorderまでもちあがった感があります。

10)10月31日 芳賀医師考察
  Ptは権威的な秩序の確立した場所では模範的。しかし自律性をもって自主的に行動することを要求される市民社会に出ると不適応になる性格的脆弱性を有し、対人関係の微妙さに関し鈍感。幼児的な依存性強く、主体性欠如、現実処理能力、創造的感覚の弛緩、内向性、自己愛、孤高であり、就職という自律性を持ち、自主的に行動することの要求、対人関係の破綻という顕在的事実をきっかけに入院するに至った分裂病質 人格障害であると考える。

11)12月3日付け、「精神神経科入院患者病歴日誌総括」
  #1 Paranoid or Schizoid personality  disorder
  #2 家族関係
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 以上、「うつ状態」「うつ病」「医原性Bordeline Personality Disorder」「Paranoid Personality Disorder(妄想型人格障害)」「Schizoid Personality Disorder(分裂病質人格障害)」など、数種類の診断名が挙げられている。
 このうち、「うつ状態」、「うつ病」はBPDとしばしば合併〜併存する。妄想型人格障害、分裂病質人格障害については、前者は強固な妄想に彩られた病態、後者は冷淡で人づきあいを避ける病態であり、詳細は省くが、故人の病態には合致しない。
 芳賀医師が記載した9)、10)の状態は、妄想型人格障害でも分裂病質人格障害でもなく、BPDに合致し、なぜ同医師がBPDとしなかったかが不思議である。推測だが、9)において芳賀医師が「いわゆる医原性Borderline Personality Disorderまでもちあがった感がある」と書いているところから、同医師は故人はBPDではなかったが、被告の関わりによって(医原性に)BPDを呈するようになったと見ていたのかもしれない。 
 カルテの記載等から総合すると、故人の診断は、中久喜医師の診断どおり@大うつ病性障害、反復性A境界型人格障害の二つが最も妥当である。参考として、以下に今日最も頻繁に用いられる診断基準、DSM−Wによるそれぞれの障害の診断基準を示す。なお、DSM−Wの診断システムでは、大うつ病性障害は、まずエピソードとしての大うつ病エピソードを診断基準に照らし合わせた後、その反復回数、躁病エピソードや軽躁病エピソード、混合性エピソードなどの有無、重症度などから細かく鑑別診断するというやりかたをとっている。

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■大うつ病性障害、反復性の診断基準
A.2回またはそれ以上の大うつ病エピソードの存在
B.大うつ病エピソードは分裂感情障害ではうまく説明されず、精神分裂病、分裂病様障害、妄想性障害、または特定不能の精神病性障害には重なっていない。
C.躁病エピソード、混合性エピソード、または軽躁病エピソードは存在したことがない。
■大うつ病エピソードの基準
A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化をおこしている;これらの症状のうち少なくとも1つは(1)抑うつ気分または(2)興味または喜びの喪失である。
(1)その人自身の言明か、他者の観察によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分
(2)ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退
(3)食事療法をしていないのに著しい体重の減少あるいは体重増加、またはほとんど毎日の食欲の減退または増加
(4)ほとんど毎日の不眠または睡眠過多
(5)ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止
(6)ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退
(7)ほとんど毎日の無価値観、または過剰であるか不適切な罪責感
(8)思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる
(9)死についての反復思考
B.症状は混合性エピソードの基準を満たさない
C.症状は臨床的に著しい苦痛または社会的、職業的、他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている
D.症状は物質の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患によるものではない。
E.症状は死別反応ではうまく説明されない。 (DSM−W、335-336頁)
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故人の状態と照合すると、少なくとも慶応病院受診前は、診断基準A(1)〜(9)のすべてを満たし、その他B〜Eも満たすから、大うつ病エピソードの存在は明瞭である。入院後は、薬物療法や被告をはじめとする保護的な医療スタッフの存在により、比較的速やかにうつ病の症状は消退し、症状は被告の態度によって動揺しはじめている。このように、大うつ病の症状が、保護的な環境や保護的人物の存在によって比較的速やかに軽快し、入れ替わるようにBPD特有の行動特徴があらわになって来るという経過は、BPDに伴ううつ病においてしばしば観察されるものである。

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■境界性人格障害の診断基準
 対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で 明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)で示される。
(1)現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとするなりふり構わない努力
  注:基準(5)で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと。
(2)理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係様式
(3)同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像または自己感
(4)自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い)
  注:基準(5)で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと
(5)自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し
(6)顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2〜3週間持続し、2〜3日以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い不快気分、いらいら、または不安)
(7)慢性的な空虚感
(8)不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いの喧嘩を繰り返す)
(9)一過性のストレス関連性の妄想観念または重篤な解離性症状 
(DSM−W、653-654頁)

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 故人の行動パターンをみると、時期によって違うが、(1)、(2)、(3)、(5)、(6)、(7)の6つが適合するから、境界人格障害(BPD)と診断できる。こうした行動特徴が、医療的かかわりをきっかけに生じ、さらにしがみつく対象が医療スタッフであった場合に、精神科医たちは正式な病名ではないが「医原性BPD」と呼ぶ。くしくも芳賀医師が「医原性BPDまでもちあがった感がある」とカルテに記しているが、被告の治療態度と彼への故人のしがみつきから、「医原性BPD」と呼ばれてもやむをえない状態であったと考えられる。

(2)故人の境界性人格障害が、極めて困難な事例であったかどうか

 すでに述べたようにBPDは、「見捨てられ不安とそれによる対象へのしがみつき」「慢性的な空虚感や抑うつ」「自傷行為や自殺企図などの行動化」「対象に対する極端な理想化と価値下げ」などを特徴とする病態であり、今日、精神科医ならずとも幅広く知られている概念である。
 しかし、頻用されるDSM−Wは、表面上観察される行動から、操作的に診断するシステムであるため、似たような行動が観察される患者群にこの診断が幅広く当てはめられる傾向にある。すなわちBPDと診断されても、その内には多様な患者群が含まれるのである。
 そこで精神科医たちは、BPD患者群を「神経症水準」「境界例水準「精神病水準」の3つに分けて治療方針を立てることが多い。被告から長谷川病院原医師へ紹介状に「psychotic level(引用者注:精神病水準)が疑われます」(1996年1月12日付)とあるのは、このことを指している。この分け方はBPDの専門家カーンバーグの業績に由来するものであるが、厳密な規定ではなく、治療方針を立てる上での見立ての一種と考えて良い。ごく簡単に、それらの3つを説明する。

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i)神経症水準:表面的にはBPDの現象を呈するが、患者の外界の認知は比較的保たれており、投影同一視や分裂などといった原始的な防衛機制は存在してもあまり目立たない。BPDでは、しばしば一過性の精神病的症状(被害関係妄想や幻聴など)が出現するが、神経症水準のBPDではきわめて少ないか滅多にない。治療的には、治療構造を守って行動化を抑制し、行動化に至る患者の葛藤や苦しみを取り扱っていけば、次第に落ちついて行く。

ii) 境界例水準:いわゆるBPDの中核群であり、狭義のBPDである。しばしば投影同一視や分裂等の原始的防衛機制が用いられ、周辺の人々が巻き込まれやすい。患者はふだん抑うつ的である以外は外見上、それほど異常に見えないが、孤独や見捨てられ不安を感じると、一過性に激しいパニックや精神病的エピソード、自殺企図などが出現する。摂食障害や物質濫用性障害などの障害を併存することが多い。治療的にはかなり難治であるが、臨機応変に入院介入を行いながら、治療構造を守って治療を続ければ5〜10年程度は必要であるものの、次第に落ちついて行くものが多い。

iii)精神病水準 統合失調症との鑑別が問題になる患者群である。しばしば精神病的なエピソードが観察されるほか、通常でも著しい認知の歪みが認められ、しばしばコミュニケーションがうまく成立しない。治療は非常に脱落しやすく、長期間にわたって引きこもったり、自殺企図なども深刻な手段がとられることが多いため、治療関係を維持すること自体がかなり困難である。はっきりとした統計はないものの、自殺既遂に終わる例も少なくないと見られている。
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 さらにどのような水準のBPD患者であっても、以下のような特徴が見られるときには、精神科医は重篤な症例であると考えて対応することが多い。

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i)家族に精神病の者がいる、家族がいない、家族が患者を全く理解しないなど、家族の支援が得られない、あるいは得にくいケース。
ii)上記とも重なるが、長期にわたって虐待されていたケース。
iii)治療前から反社会的な行動や深刻な自殺企図が頻発していたケース。
iv)知的な遅れや高機能自閉症などの、発達障害が認められるケース。
v)社会的に適応していた(学業面や就労面)時期が全くないケース。
vi)友人など交友関係が育たず、全く孤立しているケース。
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 ここに挙げたようなケースでは、病態が神経症水準であっても、治療の難渋が予測される。境界水準や精神病水準である上に、上記特徴が見出されるケースでは、長期にわたる施設での保護が必要になることも多々ある。

 さて、以上のような観点から、故人はどのように診断・見立てられるであろうか。
 まず病態水準であるが、カルテにある病歴や入院早期の看護記録の対話などからは、深刻なコミュニケーションの障害や著しい認知の歪みは見出されない。また被害妄想や幻聴などの精神病エピソードも、持続的なものはもちろん、一過性のものも見あたらない。希死念慮や自殺企図は認められるが、摂食障害や物質濫用性障害も見あたらない。以上のことから、故人は入院時にはひとまず「神経症水準のBPD」と見立てるのが一般的と思われる。
 ただ入院後、被告への転移が明らかになってから、故人の病態は深刻化し、「境界例水準のBPD」と呼ぶべき状態に近づいている。すなわち、深刻な自殺企図が起き、理想化と価値下げが生じ、見捨てられ不安からのパニックが起きている。また病棟での行動には「分裂機制」によると思われる行動が目につく。これらのことから、入院後半年くらいの時点での見立ては「境界例水準のBPD」とするのが妥当であろう。
 ただし、治療開始後にその特徴が出現したり、悪化したりすることは、BPDではしばしば観察されることなので、それだけをもって被告の過失とは考えられない。しかし少なくとも精神病水準のBPDとは考えられないと断言できるであろう。
 次に「重篤性」の指標であるが、故人には協力的な家族がいたこと(BPD治療では医師が要請しても家族が面談に全く応じないケースや、医師の指示に家族が全く従おうとしないケースも少なくない)、虐待の既往がないこと、反社会的な行動が認められないこと、知的遅れや自閉症などの発達障害を認めないこと、大学生活にある程度適応し、交友関係は結構豊かで孤立していなかったことなどから、「深刻な自殺企図」以外は、「重篤性」を示すような情報はないと言ってよい。

 それに対し、被告は準備書面(2)において、「故人のBPDはきわめて困難な事例であった」という論旨を展開している。文書のその部分の前半をまず以下に呈示する。

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<「被告準備書面(2)」>
1 幸子の境界性人格障害が、極めて困難な事例であったこと
(3) さらに、本件独自の問題として重要な点は、幸子の病状が、通常の境界例には見られない、極めて危険な特徴を有していたことである。
通常の人格障害の患者は、人格の連続性を保った上で、理想化と脱価値化(相手を神様扱いしたり、悪魔扱いしたりという激しい揺れ)を繰り返すことを特徴としている。しかし、幸子の症状は、さらに危険なものであった。
@ 幸子は、幼い頃から長女として両親から期待をかけられて育ち、家庭内で強くてオールマイティーな「ヒーロー」の役割を担っていたが、ヒーローとしての自分は両親から愛してもらうことができても、無力で弱い自分は愛してもらえないと感じていたため、両親に素直に甘えることができなくなっていた。そのことは、幸子が何度も「(父は)私にかなり期待をかけ課題を私に与え私はそれを達成するということを繰り返してきた。」(H7.3.15、乙A1、29頁)「私は今誰かにいやしてほしい、愛されたいという気持ちでいっぱい」(H7.3.15、乙A1、29頁)「両親には今更甘えようとは思えないし、甘えたいことは経済面でしかない」(H7.3.23、乙A3の4、115頁)「妹の方が自分より親(特に母)にかわいがられると思っており…自分にはすごく期待していると過度に思い込むようになっている。」(H7.4.27、乙A1、54頁)など述べているとおりである。
 山田医師も、「結局父は患者の強い部分、よい子の部分だけしか受け入れることができず、患者の弱い部分は強くなるように努力しなさいということをいってるようでもある…弱いものをかかえられる、健康な部分をふやしていく弱い物を受け入れつつやっていける人間であればよいというあたりは全く通じないのか?又、弱いところを弱いものとして認めてほしいというあたりが全く通じていない親子、治療関係なのか?」(H7.10.23、乙A1、218頁)と述べている(平成7年7月4日付けカルテにも、原告らが幸子の弱い部分を受け入れられずにいる場面が記述されている)。
 原告らと幸子の関係は、ヒーローである幸子に期待をかける原告らと、その期待に応えようと頑張る幸子という関係であり、被告は、「親との関係はむしろ患者が親をケアする関係だろう。転倒している。」という感想を抱いている(H7.6.27、乙A1、100頁)。このような家族関係の中、幸子は、無力で弱い自分を抑圧し続け、このような抑圧した自分をわかってくれない家族を、信用しないようになっていった。
 これは、幸子が、「小学生の頃から親を親とは思わず自分と同じようにただの普通の人間だと思っていた。両親は私のことをわかってるふりをするけど、私にしてみれば全然わかってないよと思う」(H7.3.30、乙A3の4、121頁)「安定を与えてくれる対象がない。…でも家族は諦めてるから。」(H7.6.8、乙A3の4、160頁)「小2〜3の時に親にいろいろ言ったがどうしても通じず、それからあきらめた」(H7.7.5、乙A1、110頁)などと述べているとおりである。
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 上記の記述は、要するに「故人の家族が故人の『無力で弱い部分』を受け入れず、強くなることのみを求めた結果、故人は自分の『無力で弱い部分』を抑圧し、家族を信頼せず、ひとりでひたすら努力するようになった」ということであろう。
 こうした故人の、被告への主張が事実かどうかがひとつの問題であるが、仮に事実であったにせよ、BPDではない通常の神経症や心身症などの患者にしばしば見られる病歴ないし訴えであり、このケースに特有のものとはとうてい言えない。さらにこのような特徴を有していることを持って、「危険な特長を持ったBPD」ないし「重篤なBPD」とは言えない。

次に後半である。
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(<「被告準備書面(2)」>より)

A しかし、「表面的な自分」と「抑圧された自分」の解離状態が続くと、表面的な自分とは別の「抑圧された自分」が、いきなり噴出することは避けられない。看護師らが「人格が2つあるような感じを受け、一つは、社会に適応出来る人格、もう一方は取り残されてしまった子供のままの人格で、後者は突然出てきて死にたいといて今回のようなことが起こると考えられる」「今回のこと(5月17日ぼ自殺企図)も特に目立ったサインも出さず」(H7.5.18、乙A3の4、143頁)と述べているとおり、幸子の場合も、「子供のままの人格」が突然出てきたときに、自殺企図が起こっていた。幸子自身も、上記のような状態を、自ら「オートパイロット」「バージョン1とバージョン2」などと表現している。
 幸子は、両親に本心を打ち明けることができず、状況に合わせて自分を「作る」ことを習慣とするようになっ ており、心の奥底に積み重なった抑圧されたエネルギーの重さに耐えきれなくなった時に、「オートパイロット」状態となり、致死的な自殺企図(リストカットのように、致死性の少ないものではなく、直ちに死に結びつく可能性が高い自殺企図)を起こす、ということを繰返したのである。
 一般的に、具体的に自殺企図が予測可能となるのは、患者自身が自殺企図を伺わせるような言動を取った場合であるが、幸子のように、いきなり自殺企図を起こす患者の場合には、自殺企図を予測するのは極めて困難であった。
 B このように、幸子は、境界性人格障害のステレオタイプではなく、人格の解離傾向(突然別人になる)を伴う重篤な危険な人格障害であった、中でも治療を困難にしたのは、上記のとおり、別の意識状態(誰からも愛されない無力で弱い自分)になった時に、いきなり致死的な自殺企図を引き起こすという危険な特徴であった。
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 解離、解離傾向、解離状態という用語が使われているが、カルテを読む限りに故人には正確な意味での解離は出現していない。もし解離であるならば健忘が残るはずであり、故人がそれを「バージョン1」「バージョン2」と呼ぶことはないであろう。「人格が二つあるような感じ」というのは、BPD特有の分裂機制ないしは、部分対象関係(詳細略)という観点から説明できるであろう。
 たしかに故人の自殺企図は「いきなり」という感じが否めないものの、通常のBPDにおいても同様の自殺企図は見られるものであり、これらをもって故人のBPDが「ステレオタイプではない危険な特徴を持ったBPD」ということはできないと思われる。

第U章の結論
 1)故人の診断は@大うつ病性障害、A境界型人格障害である。
 2)精神科臨床でしばしば用いられている「水準」という用語を用いるならば、「神経症〜境界水準」の境界型人格障害と考えられ、患者の病歴・症状・家族背景からも境界型人格障害としてとりわけ重篤なものとはいえない。


V.故人への被告の治療について

1.慶応病院での治療
 前章で述べたように、故人の診断はBPDであり、少なくとも入院後2ヶ月目にはその特徴が明らかになっているのであるから、その診断に対応した治療が行われなければならない。
 しかるに慶応病院カルテでは、唯一芳賀医師が「医原性BPDがもちあがった感がある(平成7年10月26日)」と、書いている以外はBPDという言葉が使われておらず、したがって「BPDにふさわしい治療」について検討された形跡がない。
 BPDの治療については、1980年代後半からさまざまな議論が行われていたが、この治療が行われた平成7年つまり1995年の時点では、専門の精神科医間では最低限、以下のような合意が形成されていたと見ることができる。

1.BPDでは治療者患者関係が非常に錯綜しやすい。
2.特に支持的、共感的な対応だけでは、BPD患者の病理に巻き込まれてしまいやすい。
3.そのため、
  @治療構造についての約束を厳密に患者ととりかわし、その逸脱に注意を払う。
  A患者の転移感情、および治療者の逆転移感情に注意を払う。
   B「分裂」「投影同一視」等の特有の防衛機制に注意し、巻き込まれないようにする。

 これらのことは具体的には次のような治療態度となって現れるべきことである。

1.治療の目的をはっきりさせる。

2.面接の頻度・曜日・開始時間・面接時間などをきちんと設定し、それを守る。

3.自殺企図などの逸脱行為があった場合の対応方法(閉鎖病棟の使用、転院、治療の中断)等を明示する。

4.医療スタッフに恋愛性の転移が生じた場合は、可能な限り早期に「治療の目的」を明示した上で、「恋愛関係になることはない」とはっきり告げる。

5.医療スタッフ側には「患者を救わなければならない」というような(レスキューファンタジーと呼ばれる)感情や、また逆に患者を嫌うような感情が生じやすいので、それに注意する。

6.患者の防衛機制や行動化を解釈・直面化し、より正常な対応をするよう働きかけていく。

 しかるに、慶応病院ではこれらの原則に則った対応がなされていると言い難い。
 以下、BPDの治療として不適切であった点を述べる

(1)前医の紹介状から読み取るべきこと
 桜ケ丘記念病院・水島医師から、慶応病院精神神経科大野医師に当てた紹介状には次のような記載がある。

「・・・2年間交際していた男性とけんか別れし、その後8月に別の男性(うつ病のPt)との交際をめぐってイザコザがあったのを背景に、9月より入眠困難、不安、食欲不振等を・・・」

 この記載から、少なくとも「男性との恋愛問題が患者の抑うつを引きおこすこと」がわかる。このことをもってすぐにBPDと断言はできないが、こうした情報から、患者の恋愛問題や、スタッフに対する恋愛性転移の出現に対し、十分な注意を払わなければならないという認識が生じるはずである。

(2)治療方針について
 BPDとしての一貫した治療方針は立てられてはいない。カルテから読み取れる「治療方針」は、 時期によって異なっている印象があるが、概ね以下の通りである。

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【慶応大学病院入院当初】
1)環境を変えた上での休養をしっかりとること(3月4日山田医師)
2)@安静(心身共に)Aクスリ、うつとして典型的でない面(on−offがある)もあるので段々に治療計画を立てていきたい(3月5日桜井医師)
3)「まず現状況としては、今まで長女として期待をかけられ・・・(中略)・・自分を改めてつくり直していく、再生していくようなイメージで、今はしっかりまず自分がちゃんと立つ土台作りをしてゆくことが必要。
 そのためにはもちろん家族とゆっくり話し合ったりすることも大切。しかしもう一度自分の考えを整理することも入院しながらゆっくりやっていくべき。近い将来には必ず自分でしっかり立てるようになるはず、安心していい」と支持的にじっくり対応する。また甘える相手もまず男性と考えるのではなく、赤ちゃん返りとして母にもう一度甘えてみるのが一番いい、と本人にすすめる。今後、薬を使いながらこうやって支持的に話を聞いてあげていくことが重要」(3月15日山田医師)。

【慶応病院入院中期・5月17日の自殺企図など、行動化が目立つようになって以後】
4)5月17日:桜井医師記載
@病状について
 a)vitalな(引用者注:biologicalなという意味か)病気としてのうつは改善していると思われる。(Pt:体の調子はよくなった)
 b)しかし、死にたい自分の部分は依然として残っている。(回っている間は大丈夫だが、止まったときに出てくる。)
 b)の部分については、病気の治療というよりも(環境をととのえて)、生長を待つという方針が考えられる。
5)同日桜井医師記載
 本人、(妹)、母に3つの選択肢を提示
 @当院で行動制限(棟内のみ)して、入院継続
 A大泉病院で半閉鎖の病棟で管理する。
(B自宅へ帰ってfamilyがみる。)
 どの方法もリスクは○ではないか、Drとしては@をすすめる。
 本人、母親>@を選択
 ○本人、行動制限について自信ない→まず5/19(金)までがまんするという目標で折り合うこととする。
 ○LP(引用者注:レボメプロマジン、鎮静効果の強い薬剤)増量
 ○行動制限中はDr、NsでPtへの関わりを増やし、High Careとする。
 ○両親のサポートをすること
6)5月20日父、妹面接記録
 @病気としてのうつ病は改善している。
 Aふだん見えている(人格の)部分の他に、子供のような助けられたいという部分があり、そこが露出したと考えている。(中略)問題としては、本人のこのような(人に助けてほしい)部分が理解できないこと。
7)6月13日桜井医師記述:
 ○もうどうにもならなくて、死にたくなってしまう。先生には泣きつけないが泣きつきたい。これが最初で最後なので、何とか助けてほしい。(冗談や気まぐれとは思えぬ、非常にシリアスな印象)→小考してまじめにお答えする。
 @自分(引用者注:患者本人と思われる)では助けられる、と思えないと思うが、A私(たち)は、a)死なずに、b)私(たち)とのつながりを切らずに、ということを守って頑張ってくれれば、B最終的に人に助けられるようになると私は確信している。(かんたんにいうと、死なずにがんばってくれればよくなるまでおつきあいします、ということである)」
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 故人には、被告、山田医師、芳賀医師の三人の医師が頻繁に面接しているが、三者三様であり、カルテからは、統一的な見解を見つけることができない。三者が十分に話し合っていないのではないか、とすら読める。たしかに当初は、「薬物療法」と「休養」という統一見解があったようだが、患者が自殺企図を起こしたあとは、「それぞれが自分のやりたいようにやっている」観があり、BPD患者に対する治療方針としては非常に曖昧で、治療目的や治療構造等にふれておらず、不十分なものと考えられる。。
 山田医師は、比較的客観的で、故人の置かれた環境が決して悪いものではないことを強調するなど、患者の「否定的な認知」に働きかけようとしている。芳賀医師は、故人の言動に若干振り回されながらも、理知的に理解しようとしている。被告は、患者の話す表面的な話題に同調し、関係の成立ばかりに気をとられ、客観的な状況を把握することがおろそかになっているように見受けられる。
 3人の中でも、被告の治療方針はとりわけ不明瞭・曖昧であり、先に挙げた6月13日の記述が象徴的に彼の治療姿勢が現れていると言えるだろう。
「(引用者注:助けてほしいという患者の訴えに対して被告は、「小考して、まじめに」以下のように答えた)@自分(引用者注:患者本人と思われる)では助けられる、と思えないと思うが、A私(たち)は、a)死なずに、b)私(たち)とのつながりを切らずに、ということを守って頑張ってくれれば、B最終的に人に助けられるようになると私は確信している。(かんたんにいうと、死なずにがんばってくれればよくなるまでおつきあいします、ということである)」
 この記述には、多くの問題がある。
 1)故人の「助けてほしい」という訴えは、「(これまでの治療は不十分であり、何をやってくれているからよくわからないから)治癒に至る道筋を示してくれ」という訴えではないかと思われる。この問いに対し被告は「小考してまじめに」答えたというのだが、このような問いに対する答えは、「治療スタッフが、何度も熟考して準備している」べきものである。
 2)被告はここであえて「まじめに」という言葉を使ったものと思われる。ということはそれまでのかかわりが「まじめでなかった」と推量されても仕方がない。
 3)被告の回答は「死ぬな」「私(たち)と関係を切るな」と言っているだけで、故人の病理の所在(どこがどのように病んでいるのか)、それに対する対応法(何をどうすれば病が軽減するのか)に全くふれていない。
 4)被告の回答から、治療の最終目的は「人に助けられるようになる」であるように読める。ここには、故人が「自分で自分を助けられるようになる」という、自立的な目標が全く示されていない。被告は、故人を自立的な人間ではなく、アプリオリに「誰かに保護されるべき人間」と考えていたのではないか。
 5)被告の回答は、患者は「死なずに、スタッフとの関係を切らずに」いることさえできれば、「自動的に病気が治る」と言っているように読める。そもそもBPDの患者は「死なない」「関係を切らない」ことが難しいのであり、「あなたができないことができるならば、できるようになるだろう」と同語反復しているに等しい。
 6)被告の回答は「私は確信している」で結ばれている。「私」という言葉からは、BPD治療において当然行われるべきチーム治療のスタッフとしての意識のなさが、「確信」という言葉からは、根拠に乏しい非論理的な治療態度が透けて見えよう。
 7)被告の回答には、被告との関係の強化、すなわち治療的距離の接近が含意されており、このような回答をすれば、患者はますます被告に依存的になるであろうことが容易に類推される。
8)後述するが「おつきあいします」という言葉は不適切である。

 BPDの患者は「対人関係における認知の歪み」があり、「分裂や投影同一視などの病的な防衛機制が優勢」であり、「いったん依存し出すと、しがみついてしまう」ために、安定した対人関係が築けない。だから治療方針を訊ねられたなら、そのことを明解に示した上で、「苦しいこともあるであろうが、自分を全面的に他人にゆだねたり、極端に依存的になったりするのではなく、自己の行動について客観的に理解し、まずい行動を修正してゆく努力を続けましょう。それを続けていけば、『病的に人に頼らなくてもよいような』自立した人間になることが出来ると思うし、医療スタッフはそのための援助を続けていくのである」などと言うべきである。

(3)恋愛性転移の取り扱い

 原告、被告ともに慶応大学病院入院後ほどなくして、故人が桜井医師への恋愛性の転移を起こしていたことを認めている。

1)恋愛性転移の出現について
 こうしたBPD患者、あるいは思春期青年期の患者が、異性の主治医やスタッフに対して恋愛性転移を起こすことはしばしばあり、恋愛性転移の出現をもって過失と言うことはできない。しかし恋愛性の転移が出現すると、治療が紛糾することが目に見えているために、専門医なら恋愛性転移が生じないように努力するものである。そうした意味で、カルテから読み取れる被告の態度は、「恋愛性転移が生じないようにする努力」を怠っていたと言わざるを得ない。
 いくつか例をあげる。

 @無原則な面接日、時間の設定
 カルテに記載された4月〜5月中旬の被告の面接日・時間は以下の通りである。

4月5日(水)pm4:00〜    
4月7日(金)時間不明     
4月11日(火)pm4:40〜
4月12日(水)時間不明      
4月14日(金)時間不明    
4月15日(土)時間不明
4月18日(火)pm8:50〜   
5月2日(火)9:40〜    
5月6日(土)pm7:00〜
5月10日(水)pm8:00〜   
5月12日(金)時間不明       以下略

 この中には、精神療法面接ではない立ち話なども混じっているのかも知れないが、あまりにも無原則かつ頻繁な接触であり、BPD患者でなくとも混乱してしまうであろう。
 被告の反論書によれば、この時期、主治医は山田医師であったとのことだが(では一体、被告はどういう立場で患者と面接をしていたのであろうか? 山田医師と被告の役割分担がカルテには書かれていない)、だとすればなおさら、主治医でもない医師の頻繁な接触(しかも保護的な態度)は、「誰かに頼りたくてたまらない患者」にとっては誘惑的なものとうつったはずである。
 看護記録などから推察すると、被告は、他の受け持ちの患者に対しても治療構造を無視した面接を行っていたようであり、そのためそれを目撃した故人の精神状態は混乱している。

 A面接時間の長さ
 一般に、週に何回も行われる「濃厚な精神療法面接」と呼ばれているような面接でも、1回の面接時間は50分は超えない。それ以上の面接は「堂々巡りになったり」「退行を呼び起こしたり」するなど、有害であるという精神療法家の常識があるからである。ところが故人の転移感情が強くなってきてからの被告の面接時間は、たとえば7月4日に2時間、9月6日に3時間など、非常に長い。その他1日に2回の面接をするなど、あまりに精神療法の常識を逸脱している。

 B夜間の面接(4月18日:pm8:50〜、5月6日:pm7:00〜、5月10日:pm8:00〜など)
 心理面接は、葛藤を呼び起こして患者を不安定にする側面を持つので、夜間に行うと不眠などを招きやすい。ゆえに夜間の面接は原則的に避けることが常識的である。まして患者と被告は異性で、しかもこの時で被告は主治医ではないのだから、夜間のやりとりはできるだけ避けるなど慎重を期すのが常識的である。
 特に5月10日などは、眠っていた患者に声をかけて起こして話をしているが、最初からその時間に面接を決めていたのならいざ知らず、患者の退行を誘発するふるまいである。

 C役割の不明瞭さ
 既述したことであるが、被告の反論書によれば、5月17日の深刻な自殺企図までは、主治医は山田医師であったとのことである。では被告はどういう立場で患者に会い、面接していたのであろうか。
 たしかにBPDのような複雑な精神的な問題を抱えた患者の場合に、入院管理医と精神療法医をわけるやりかた(A−Tスプリットという。)はある。が、3月3日の入院から5月17日の深刻な自殺企図まで、山田医師が入院管理医で、被告が精神療法医の役割を果たしていたようにはみえない。例えば、3月28日には患者が「明日大学で用事がある」と言っているのに対し、被告が「ムリに行かない方がよい。診断書を書いてもよい」と答えている。また4月11日には、「今週は他に用事無し」という患者に対し、「1回くらい出かけてもよい。行動制限を少しずつPt自身のコントロールに戻したい」と発言している。これらの発言は、A−TスプリットであればA、つまり入院管理医の仕事であり、もしA−Tスプリットでないならば、主治医の仕事であろう。
 また患者や家族に対して、山田医師と被告の役割について説明した記録がカルテに残っていない。
 カルテ記載からは、主治医が二人おり、山田医師は「現実重視型で、患者の認知に働きかける対応」を、被告は「患者を受容しつつ、さまざまな指示・示唆を与える対応」をしているように見える。

 D話題の取り扱い方・不必要な自己開示
 「4月5日、世間話」という記載がある。患者と医師の間で世間話をしてはいけないことはない。世間話をしながら、患者の信頼感を得、関係を深めてゆくことが必要な場合も多い。しかし、この時点で被告と患者との関係はすでに形成されている。ましてBPDの治療において、特に恋愛性転移の出現を警戒しているのであれば、「世間話」はあまりに無防備である。
 さらに被告は7月1日には、特に問われもしないのに自らの個人的情報を故人に伝えている。自己開示の問題は、精神療法においてきわめて重要なテーマであり、「治療者が患者から個人的なことを質問をされたときにそれをどう取り扱うか」という議論は歴史的に何度も繰り返し行われてきた。治療者が安易に自己開示をすると、治療を進める上で障害となるような転移が生じるなど、問題が多いからである。今日では「個人的なことを質問されたときには、『どうしてそういうことが気になるのでしょうか?』というように、個人的な情報に興味を持っている、というそのことを取り扱う」というのが妥当な見解として支持されている。
 このように自己開示の問題は、精神療法家が注意を払わなければならない初歩的問題である。すなわち、もし問われても答えることが正しいとは限らないわけで、「問われもしないのに」自己開示するのは、論外であろう。このような治療操作を行えば、被告と故人の心理的な距離がますます接近し、恋愛感情を助長することは火を見るより明らかである。

E言葉のつかいかた
 被告には、患者からみて「誘惑的」と捉えられかねない言葉づかいが多い。「おつきあいする」(6月13日)「現実的に待っているのと彼の代わりというのは両方あるだろう」(6月24日)「私が居ないと困るだろう、という話をすると、それで『丸め込まれた』という」(6月28日)
 すでにこのころには患者は被告に依存的になっており、恋愛性転移の出現が見てとれる。にもかかわらず、「面接をするのは治療のため」であることや「患者がある程度医療スタッフに依存するのは当然だが、依存しすぎてはよくない」というような「治療的距離を保つ」ための発言が見あたらない。むしろ、一連の発言には患者の依存を助長するニュアンスが感じられる。
 またもし原告が述べるように、被告が「私が幸子さんの恋人役をやります」と言ったのなら、BPD患者に不適切な治療方針を提示したと断ぜざるを得ない。それは、アルコール依存症の患者の目前に酒瓶を置くに等しい。

2)恋愛性転移の解消について
 カルテや看護記録を読むと、6月頃にはかなり強い被告への恋愛性の転移が形成されていたようである。例えば6月5日にはB医師が「被告医師への思慕の念が強い」と記録し、6月13日の看護記録には「前の彼への期待」が「桜井医師にすり替わっている」と、故人の転移を指摘している。
 芳賀医師にも看護師にも気づかれていた恋愛性の転移を、被告が気づかないはずはない。この時点で被告は、故人と「転移について」話し合った上で、「主治医は治療を行うのであり、現実的な恋愛関係になることはあり得ない」、「今後の治療の目的は・・・・であり、そのために・・・・をする」と明確化すべきであった。もし、そのことに合意できない場合は、それに合意できるまでは治療を中断するか、転医させるべきであったと思われる。
 しかしながら、被告は後述する逆転移のためか、故人の希死念慮の強さに圧倒されたため、中途半端な対応をしてしまっている。このことを被告は次のように述べている。

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(<被告準備書面(2)>より)
 「そして幸子の転移は、「振り向いてくれなければ死ぬ」「恋愛以外の人間関係は受け付けない、恋愛が成就されなければ死ぬ」という、きわめて危険な性質の転移を持っていることが、次第に明らかになった。
 親子関係に絶望していた幸子にとって、親子間の愛情のような愛情はすでに愛情を意味しなくなっており、過去、「受け入れられた」と感じることができた相手は、唯一「恋愛」の相手だけであったため、恋愛という形を借りた転移に発展したと考えられる。(中略)幸子の被告に対する転移が上記のように強いものであったため、被告は幸子の信頼を断ち切らないよう(信頼を断ち切ってしまえば、5月17日の自殺企図の時と同じように、誰も信頼できる人がいなくなり、いきなり自殺企図に走る危険性があった)、個人的なつきあいはできないが、医師として、幸子が納得するまで治療をする、というような返答をするなど、細心の注意を払いながら、幸子の上記転移を扱わざるをえない状況になった」
----------------------------------------------------------------------

 被告は「きわめて危険な性質」と述べているが、「振り向いてくれなければ死ぬ」「恋愛が成就されなければ死ぬ」と訴えるBPD患者は少なくない。自殺のほのめかしに止まらず、実行に移す患者も稀でない。しかし、だからこそ「何のために治療をするのか」を明確にしないと、「何をやっているか分からなくなる」のである。主治医が自傷や自殺の危険に脅えて、頻回な面接や予定外の面接など、治療構造をないがしろにすれば、患者は落ちついていくのではなく、さらに要求をエスカレートさせる。この要求には際限がなく、やがて主治医はそれに応じきれなくなるので、結局は本当に患者を見捨てることとなり、患者は自殺を実行せざるを得ないところまで追い込まれてしまうのである。
 8月頃から強制退院になる11月末までに起きていたことは「被告と恋愛関係になりたい」故人と、「やんわりと曖昧に断る」被告の綱引きである。「患者を特別扱いしないこと」が転移を解消するために重要であったにもかかわらず、被告は故人を特別扱いしてしまっている。そのため故人はますます転移をエスカレートさせ、大人としての判断力を失い、治療的な対話がほとんどできていない。
 被告は、「転移が強いものであったため、患者の信頼を断ち切らないよう(信頼を断ち切ってしまえば、いきなり自殺企図に走る危険性があった)、個人的なつきあいはできないが、医師として、幸子が納得するまで治療をする、というような返答をするなど、細心の注意を払いながら、幸子の上記転移を扱わざるをえない状況になった」と述べているが、「恋愛関係をはっきりと否定し、それを受け入れない限り治療はできない」と述べる方が、よほど故人が「真の意味で」被告を信頼するようになったであろう。一見故人の身を案じたかのような「曖昧な対応」が、故人の信頼感を損ねていたことに被告は気づいていない。「はっきり断ると患者が自殺企図をする可能性が高い」と被告は述べているが、12月1日の強制退院後を見れば分かるように、患者は曖昧なものにむしろ弱く、こうしたスタッフ全体の意見の一致した強制的な処遇は、むしろ患者の安定に寄与するのである。
 たしかにBPDの治療においても、支持的側面や受容的側面が必要と指摘されているが、それはあくまで「専門家である治療チームの一員としての」支持や受容であり、個人的な支持や受容ではない。

3)被告が恋愛性転移を適切に取り扱えなかった理由について
 被告が、この時点で「治療構造を厳密にする」、「治療目的を明瞭にする」等の適切な措置を実施できなかった理由は、
 @被告にBPD治療における治療構造の重要性の認識が不足していた。
 A被告に強い逆転移が生じていた。
 の二つが考えられる。
 被告は準備書面で、自らを境界例治療の専門家であると述べている。また済世会病院のカルテには「制限設定limit setting」「時間延長」等の用語が使用されている。このことから、被告は治療構造という概念やその重要性についてある程度の認識があったものと類推される。そもそも「BPD治療における治療構造の重要性」をはじめて明確に指摘したのは、慶応大学の小此木啓吾氏(故人)であり、弟子筋にあたる被告が、その重要性を知らなかったはずがない。しかるに、既述したように被告の面接態度は、当初から治療構造を無視したものであり、その重要性の認識が不足していたと考えられる。このように「治療構造」についての意識が希薄であるのに、それまでの境界例治療がうまくいっていたのであろうかと筆者は疑念を覚えずにはいられない。
 被告に故人に対する性愛性の逆転移が生じていたことは、97年から99年の済世会病院での面接記録から明らかである。(「入院の最初の時期の交流以来、お互いに(否認しながら)恋愛感情(少なくともそれに近いもの)を動かした」、「私が彼女に引きつけられたのも確かなこと」など多くの記載がある。当時、被告は故人に対し「お互いに恋愛感情がありながら、それを否認して治療しようとしたことに無理があった」と発言しているようである。こうした発言が適切なものかどうかは後述するが、こうした被告の性愛性の逆転移が、専門家としての被告の認識を曇らせ、治療に必要な措置を欠落させたり、ゆがめていた可能性は高い。
 また、性愛性の恋愛逆転移以外に、もう一つの逆転移が生じていたことも明らかであり、後になって被告自身がそれを認識し告白している。「(友人の自殺を経験していたので)自殺ということに対して弱点を持っていた」(97年10月30日付、済世会病院カルテ)。すなわち患者の自殺念慮や自殺企図に主治医として心理的に耐えられず、過剰に保護的になるということである。
 このような二つの逆転移を、いつごろから被告がはっきりと意識化できたかは不明だが、BPDの治療に当たる専門家であるならば、逆転移が生じた時点でそれを認識し、その存在によって患者が被る有害性をできるだけ軽減する努力をしなければならない。
 有害性を軽減する努力とは、具体的には
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 @「患者に惹かれてしまっている」「患者を保護したくなっている」自己の感情を見つめ、その感情に振り回されることなく、専門家として適切な措置を行うようにつとめること
 Aスーパーバイザーに逆転移感情を吐露し、それが軽減することができるよう指導を受けること
 B上記がいずれも不可能であるなら、自ら申し出て治療者であることから降りること
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 残念ながら、慶応病院での治療中の被告は、この逆転移の認識が不十分で、過剰に「接近的・保護的」に故人に接していたし、治療の場が済世会病院に移ってこの逆転移を認識した後になっても、この逆転移を克服できず、「接近的・保護的」対応を続けていたと見ることができる。
 逆転移の克服とは、端的に専門家としてのふるまいを取り戻すことであり、具体的には「すがりつきたくなる患者の感情」を理解しながらも、「この関係は治療関係であって、恋愛関係はあり得ない」とはっきりと拒絶し、治療で患者が行うべき作業(自分の感情とそれに伴う行動を見つめること)を明確に提示することである。
 いささか厳しい言い方だが、当初から被告は、故人にすがりつかれることによって自己愛の満足を得ていたのではなかろうか。だからこそ、接近を求めながら恋愛を拒絶するという中途半端な態度をとって、故人がますますしがみついてくるように仕向けたのであろう。
 たとえば6月28日の面接で故人が「退院したい」と希望したのに対し、被告は「私が居ないと困るだろう」と言って阻止している。その一方で、同日のカルテには「最近Ptのストレス源は、むしろ主治医」と書いているのである。自分が故人のストレス源と気づきながら、離れていくことを阻止するという矛盾した行動をとっているが、これはまさに利己的感情によって統制を失った人間がしばしば行う行動である。
 余談であるが、BPD患者の治療においては、治療者が患者の病理に巻き込まれてしまいやすいために、第三者的なスーパーバイザーや同僚から助言を受けることが推奨されている。故人の治療において被告は誰からどのように助言をもらっていたかを明らかにすべきであろう。

2.済世会病院での治療について

(1)平成8年4月〜8月
 治療構造的には、定期面接以外での電話での面接、緊急時の電話面接、母親との面接、Q氏との面接など、全く安定せず、治療が進んでいない。
 一方この時期、故人の興味は完全に「被告が自分をどう思っているか」「自分が被告とどういう関係になるか」に限局してしまい、治療の目的を見失っている。
 面接はしばしば、故人の不機嫌ではじまり、被告が長く故人と話をしたり、被告にとって故人が特別な人であるという話題が出るなど、自分が特別扱いされたと感じると元気になってゆくというパターンが多い。つまり、故人は被告の愛情を感じたときのみ元気になっている。これは対象関係論学派の言う「愛情供給型部分対象関係」の典型像であり、病理的現象である。この現象に対しては「あなたは私の愛情を感じとれたときにのみ元気になるようだが、私の役目は愛情を供給することではなく、そのようなあなたの対人関係面での癖を指摘し、それを修正してゆくことである」と直面化しなければならない。
 また被告は故人に「危ないときには携帯電話に電話してくるように」と指示しているが、これもまた退行を助長し、「いつでも被告と連絡が取れる」「自分は被告にとって特別な存在である」という幻想を強化すると言う意味で不適切である。被告は別の面接では「自分の行動は自分の責任」と告げており、それと矛盾している。これでは依存は助長されよう。危機については「危なくなったときに、私(被告)にたよるのでは前と同じだから、別の人に(例えば、救急の電話相談など)電話しなさい」と伝え、家族に対しては「医療保護入院や措置入院の社会資源と手続き」について説明すべきであった。
蛇足であるが、この時期、治療者の役割をとっていたのは被告ではなく、Q氏のように思われる。すなわち被告の態度に翻弄され続けている故人の態度を客観的に言語化して故人に伝え、それを修正するように促しているからである。

(2)平成9年11月〜11年4月
 故人が中久喜医師の診察を受けながら、同時に被告と頻繁に面接し、被告が面接記録を中久喜医師に送るという形の治療が行われた時期である。
 この面接の目的について中久喜医師は陳述書で次のように述べている。
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(<中久喜医師の陳述書>より)
わたしの治療開始後、緊急の課題は幸子さんを薬漬けの状態から解放してあげるということでした。薬を漸減し、抗うつ剤と少量の抗不安剤を治療的な範囲で、最低限の量まで減量いたしました。それに伴い、彼女の精神状態は活発になってゆき、ご自分の気持ちや考えを明確に話せるようになってまいりました。それに伴い、彼女の桜井医師に対する感情が未解決のまま残されて、桜井医師の治療が終結されていたということが、ますます明確になってまいりました。
 そのため、私との信頼関係が安定してきたところで、いつかは桜井医師との治療終結の作業が必要と考えていた矢先に、幸子さんの友人であったQ氏が直接桜井医師に連絡し、幸子さんが桜井医師に会いたいと言っていること、彼女は彼に見捨てられたと感じて苦しんでいることなどを報告して、強引に彼女との面接を要求されたようであります。桜井医師はその際、会ってもよいが、主治医であるわたしの判断に任せたい旨のファックスを私に送ってこられました。私は、桜井医師が幸子さんに会うことに合意したのなら、それを機会に幸子さんと桜井医師との関係の終結の作業をし、これにけじめをつけるのが、彼女の治療を進めていくのに極めて大切であると考えました。
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 すなわち、中久喜師は故人を治療する上で、「中途半端になっている被告との関係を完全に終わらせるモーニングワーク」を行おうとしたのである。そもそも、このような大がかりなモーニングワークのセッションを持たないといけないほど、被告の治療が故人にとって外傷的なものとなっていたことをまず確認すべきであろう。BPD治療では、それまでにかかわった医師やカウンセラーへの恋愛感情や憎しみなどが長期にわたって継続することがしばしばあるが、ここまでの治療操作が必要になることは滅多にない。
 ところが、有名な精神療法家である中久喜医師の存在に安心してしまったのか、被告は「慶応病院の頃から恋愛感情があり、今もある」ということを故人に明言してしまう。そして「社会的な関係は作れない」つまり「恋人になったり結婚したりすることはできない」と言う一方で、「それでも恋愛感情がある」とも述べる。
 たしかに被告には意識的に故人を混乱させようとか、悪化させようとかいう意図はなかったかもしれない。しかし、「病者に対して治療的に振る舞う」ことと「自分の感情に正直になる」ことは全く別である。中久喜医師の狙いが「モーニングワーク」にあることは明瞭なのだから、ここで被告のとるべき態度は、「かつては恋愛感情があり、そのために故人を混乱させた。申し訳ない」と謝罪した上で、自分の逆転移感情を抑えて「現在は恋愛感情はなく、あなたと個人的につきあうつもりはない」と明言し、徐々に面接頻度を落とすなど、心理的距離を遠ざける方向で振る舞うべきであった。
 ところが、実際には「恋愛感情が今もある」と言った上に、面接回数を増やし、日曜を除くほぼ毎日、故人と電話で対話を始めてしまった。さらにメールや絵はがき、そしてプレゼントの交換を行った。面接はしばしば深夜におよび、また面接時間もまちまちで、面接室内で飲食を行うこともあった。これでは故人が被告への恋愛性転移を再燃激化させるのは火を見るより明らかである。
 このころの被告の態度は、単純に言うと次のようなものである。
--------------------------------------------------------------------
@故人が恋愛関係になることを要求するとやんわりと拒絶する。
A「それでは関係を断ち切る」と故人が言うと、引き留める。
Bそして「恋人でも親子でもないような深い愛情関係があり得る」「その関係を維持することが故人のためでもある」というような根拠のないことを言い、そういう関係(おそらくは被告にとって都合のよい関係)を維持させようとする。-----------------------------------------------------------------------
 すなわち被告は「自分にとって都合がよい、恋愛関係でも、治療関係でもない関係への参加を故人に強要していた」と断ぜざるをえない。
 ある対象に対して一方で心理的に引きよせ、その一方で心理的距離をとろうとすることをダブルバインドと呼び、その状況に置かれた対象はしばしば精神的病気を発症することが知られているが、ここで被告が行っていることは、故人をダブルバインド状況においていることにほかならない。
 この件については、中久喜医師の陳述がほとんどすべてを語っており、筆者は言うことはない。ただ、筆者がもし中久喜医師の立場であったなら、故人に「私は彼とあなたの関係を終結させるために彼の元に行くように勧めた。しかし、彼がそのように自分本位なことばかり言って、あなたを混乱させるとは知らなかった。彼のところに頻繁に行くことは、さらに傷つきを深めることになるから、もうやめた方がよい」と言ったであろう。
 一方、被告は当時、治療者であることをやめていたと主張している。たしかに一般の社会では、男女がしばしば自分のエゴをむき出しにして「自分にとって都合のよい関係を相手に強要する」ことも起きる。そうした関係の強要は犯罪ではないだろう。
 悲しむべきことは、被告がこの「自分にとって都合のよい関係を故人に強要している」という単純な現実に気づかず、自分が自己愛的に提案している関係が「美しく」「故人に利する関係」と陶酔的に信じ切っていたところにある。

第V章の結論
 1)被告の故人への治療は「境界型人格障害患者への治療」として不適切な部分を多々認める。
 2)特に「境界性人格障害患者への治療」において重要とされる「治療構造の維持」「治療的距離の確保」「患者の転移感情の把握と対処」「自らの逆転移感情の把握とその克服」という面で不適切であり、その結果、故人は著しく強い被告への転移感情を長期間にわたって持ち続け、故人のそれからの人生は被告の存在に翻弄されることになり、最終的な自殺既遂の誘因となった。


W.おわりに

 カルテを通読し、筆者は被告に次のように言いたい。
「あなたは自分の感情には正直であったかもしれない。しかし人間関係というものは、共に行動したり、生活したりする中で育っていくものです。あなたは面接室の中で、対話だけで、しかも自分のプライベートに障らない形で、故人との濃厚な関係を作ろうと夢見たようですが、それは不可能なことではないでしょうか。
 自分の恋愛感情を吐露した以上、あなたは治療者であることを完全にやめ、自分の人生を投入すべきでした。あなたは中久喜医師に頼ることをやめ、自分の足で喫茶店に行き、自分のお金でコーヒー代を払い、自分の妻にばれはしないかと冷や冷やしながら、故人と存分に対話し、行動すべきでした。そうふるまうことによって、二人の関係は良い関係に落ち着いたかもしれないし、お互いがどれほど自己愛的であるかを確認するハメに陥ったかもしれません。ですが、このようなドロドロしたものこそ、人生と呼ぶべきものです。
 ところがあなたは、病院の診察室というあなたにとってのみ安全な場所を使い、面接というあなたにとってのみ都合の良い場面に、故人をねじ込み、あなたにとってのみ心地よい関係を故人に強要し続けました。これはあなたが治療者というアドバンテージを利用した搾取にほかならないのです。
 よく考えてみてください。あなたが使用した病院や病室は、多くの医師や看護師や事務職員が、多くの患者さんたちのために身を粉にして働いているからこそ、維持されているのです。そして故人と故人の家族は毎回、診療費を払っていたのです」
 基本的に筆者は、精神病ではない患者の自殺は、個人の自由意志であるという立場をとるものであるが、この一連の治療において被告のなした過失はあまりにも多く、故人の自殺既遂の誘因となったことは明らかであるから、被告は何らかの責任をとるべきであると考える。


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