精神療法・カウンセリングが作り出す医原病/患者の自殺−サールズの見解を手がかりにしてS医師が幸子を医原病にしたメカニズムを考える−
S医師が幸子を医原性境界性人格障害にした要因について、ハロルド・サールズの見解に依拠して検討すれば、以下のように説明できる。
【参考文献】ハロルド・F・サールズ/松本雅彦他訳『逆転移』1、みすず書房、1991年(Harold F. Searles, Countertransference and Related Subjects, 1979)より
1、「罪の意識」を持つ精神科医は、患者に妄想を作り出して追いつめる
・・・罪の意識を持った分析家は、患者が途方もない要求をしてきても、意識の上では患者を「治療し続けよう」とする。しかし、甘やかしたりごまかしたり、追求したり熱心に接したりといった態度(怒り・拒絶に対する反動形成である)をとることによって、無意識には、患者の妄想的な恐怖を引き起こし、患者を恐がらせて治療から逃げ出させようとしているのである・・・(サールズ「精神分析家の罪責感」前掲書所収)。
以上のサールズの見解に基づいて推測すれば、次のように説明できる。
S医師は、何らかの「罪の意識」を持っていたため、「治療し続けよう」とした結果、幸子からの「途方もない要求」に応じ続け、「甘やかしたりごまかしたり」といった態度で接し続けた。
その結果、幸子の側に「恐怖」を作り出した。幸子は治療から逃げだそうとして、しばしば病棟を抜け出そうとした。
この場合、S医師の「罪の意識」が何であるかは、推測するしかないが、自分の母親が自殺未遂をしたか、あるいは自殺をした、という幼少期、もしくは青年期における事件から受けた精神的外傷に起因しているという可能性がある。
自分が母親を「殺した」という「罪の意識」を抱いている、という可能性である。
S医師が公的な場で、「母親殺し」をモチーフにした「阿闍世コンプレックス」についてしばしば言及していたことが、以上の推測の論拠である。
2、「献身的医師」は、自殺をしようとする患者に殺意を抱いて、患者を自殺に追いやる
・・・一般に、もし患者の病気が患者よりも治療者を悩ませているなら、何かが間違っているはずである。・・・
・・・多くの分裂病患者の治療で、われわれ治療者は、・・・自分がまるで彼らの生きた蝶のコレクションの中に身もだえしながら針で止められるように感じがちである。しかし、治療者の手足を切って動けないようにし、また治療関係を行き詰まらせ断たせるものは、何にもまして治療者の自分に対する全能的な期待である。・・・
・・・自殺を繰り返す患者は、自殺という罪責感と不安とを引き起こす脅威を通して、治療者の中に殺意の感情までも引き起こすはずであるが、その殺意に治療者が気づいていないことを知ると、ますますその治療者によって、まさに自殺にまで、追いつめていくように感じるのだ。一方、治療者の方は、自分の無意識にある患者を殺したいという強烈な願望に対する反動形成から、いっそう「保護的」になって患者にまとわりつき、全能に裏付けられた医師のように患者を気遣うようになってしまうのである。それゆえ、逆説的に言えば、患者を生き続けさせようと望んでいるその医師は、無意識のレベルでは、患者を、その残されたたった一つの自主的な行動−つまり自殺−に強く追いやる傾向にある(サールズ「精神療法・精神分析領域における「献身的医師」について」前掲書所収)。
以上の見解に基づけば、S医師は、無意識のレベルで殺意を抱き、幸子を自殺に追いやった、ということになる。
たしかに、同医師が陳述するところでは、そしてカルテによれば、同医師は、幸子から「自分の自殺を止めなさい」と言われた際、幸子に対して、「あなたの自殺を止めることはできない」と言い放っている。そして、これを聞いて数時間後、幸子は自殺を決行している。
サールズの見解に基づけば、S医師の「殺意」が幸子を殺した、ということになる。
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