幸子のヨーロッパ旅行記:中久喜医師へのレポート その2

-----------------------------------------------------------------------

セッションの前に
Fri, 27 Aug 1999
From: 幸子


 中久喜先生、今135分です。吐き気をこらえて涙を溜めながらこのレポートを作成しています。

 この吐き気、幾度となく繰り返される吐き気はどこから来るのか、私は知っています。この現状(のわたし)の何と受け入れ難いものか!という事を。そして私は何物でもないという事を。何物にも属さない、正確には属せない理性を持つエイリアンだという事を。そして、それはとてもキツイけれども「楽になる」ことがどうしても出来ない私の規範、それがそうさせているのだという事を。

 そしてエイリアンは愛されない。何処に行っても私は何物でもないエイリアンです。
 こうして何事も成さず、無為に時間は流れて行きます。ただ消費するだけの私はバタイユの言う、呪われた部分しか持ち合わせていない人間なのでしょう。接骨院?無為な時間を塗りつぶしているだけで私の人生(の少なくとも本筋)ではありません。

-結局私の手の中には何も残らなかった。何も。


8/13
成田〜モスクワ


飛行機は定時に着くがパスポートコントロールが開かず5時間空港内で待たされる。なんとなく待っている人間間に親近感が生まれ、会話がはずむ。一ツ橋大の子だけが女の子一人旅で後は男か団体旅行の人々である。彼女は2週間ボランティアでポーランドに障害者の子供のためのキャンプに参加するという。空港内で働いている多くは女性でキビキビしていて迫力があり格好が良いからか?なぜか待たされたという怒りはない。何故か日本人で私だけが郊外のホテルに「連行」される。ホテルの部屋には大きなバスタブが付いていて、ゆっくり仮りの自由を満喫する。

8/14モスクワ-ジュネーブ-ローザンヌ-ベルン-ルチェルン

朝の空港には昨日の人々が何人かたむろしていた。テレビの影響か無茶な旅行を企てる人間が多い。

A:フィンランドに行こうと思っているんですけど
...

私:あぁ、フィンランド語が話せるんだ。
A:いやぁ、全然!
私:でもきっと英語が通じるから大丈夫だね。
A:いやぁ、英語も全然話せないんですよ。(何故か誇らしげである)それより、10万円で20日間で電車でロンドンまでたどり着けますかね?
私:ユーレイルパス買ってある?あれでどうにか追加料金がかからないのに乗れば...難しいな...
A:それって、なんですか?買えますか?
私:ユーロ圏内乗り放題のチケットなんだけど、ユーロ国内では買えないよ。

居合わせた人間達が彼の安否を心配する。けれども他の人も電車の接続などのスケジューリングをしていないので、私の持っているトーマス・クックが奪いあいになる。いろいろな人がいる。マケドニアに行くひと、プラハに行くひと。フィンランドに行く少年を私は密かに「雷波少年」と名付けた。

in Bern

ここの美術館のクレーコレクションは世界最大。私はいつかここに行きたかった。トランクを転がしながら、やっとたどり着くと、何と改装中。縮小されてはいるが見ることはできた。どうも心に響かないので、何のための旅行なのだろう?と思う。館内のひとつの絵の前で結婚式のカップルと親族達が学芸員の解説に聞き入っている。ベルンの花嫁さんは幸せだ。絵が見られないので絵葉書を大量に買う。

in Luzern

今日からルチェルン音楽祭。観光案内所で宿を取り、23時からのミッドナイトコンサートの当日券がどうやら手に入りそうなので、それまで旧市街を散策。湖畔に古い木の橋がある美しい町である。教会に入るとミサが行われるところだった。言葉は違うがやり取りは同じだがドイツ語のわからなさに、途中で出てきてしまった。出るとやっと暗くなっている。そして、時計は21時をまわっていた!こっちは夜が遅いのだ。というわけで、宿へ戻って、シャワーを浴びてコンサートの為にドレスアップする。

クロノス・カルテットは現代ものやクロスオーバーもので有名なカルテット。前から4列目の席で乗りのよいライブを楽しむ。特にヴィオラの音色にゾクゾクする。何曲ものアンコールは”Gloomy Sunday”で終わる。(もう12時を回っていたのだ)ホテルの鍵が開かない!ので通りすがりの人達に助けてもらい何とか部屋に戻る。

8/15 チューリッヒ-ルチェルン-パリ

in Zurich

荷物をロッカーに入れ、トラムに乗って、美術館に行く。退廃的な香りのベックリンの作品などなど。ここはルーサロメがユングとザビーナ・シュピールラインが学んだ街。しかし、現在では、彼女達の感じた自由な空気は感じられない。普通の町である。二つの大教会のステンドガラスはシャガールとジャコメッティがデザインした、うつくしいものだ。ポーランド人が四季を道端で弾いているので、少し弾かせてもらった。一ヵ月弾いていないヴァイオリンはやはり下手であった。そして、私は旅行の最後までトラムはただで乗った。

in Luzern

カルミナカルテットを聴くため一旦戻る。演奏はまあまあ。時計をおみやげに買おうと時計屋に入るが、店の親父はアル中なのか手が震えて、電池交換ができない。(ので買わずに帰る)

in  Zurich再び

駅の中にシャワー室があるのでシャワーを浴び、夜行に乗る。クシェットを予約してなかったので、(そしてキャッシュもない)ひやひやしたが、偶然乗り合わせた日本人の女の子とお金を出し合い何とか寝る。彼女はあまり話せないが旅慣れていて、コミニュケーションがうまい。

8/17 パリ

645に到着。とりあえずホテルを決めて荷物を置いて、蚤の市に行くがどこも閉まっている。ふと通りの名前をみるとジネット・ヌヴーと書いてある。私の好きなヴァイオリニストの名前だ。

パリは京都のような所。観光で食べてる癖に不親切で閉鎖的。物価も高い。お目当ての店は大抵休み。しかし、ピカソ美術館は気持ちのよい空間。ピカソはエリュアールのように、自然で自由、そして愛がある。泣くドラ=マールの絵。彼女はピカソの愛人のひとり。知性的で自尊心が高い彼女も泣いた。メトロに乗りコンコルド駅で強い吐き気がする。なぜこんな所で涙を流して吐かなくてはならないのか?(吐く時にのみ私は涙を流す)めげずに、ルーブルへ、しかし、大作が部屋中ところせましと置いてある部屋で、また吐き気がする。これに耐えられる民族?はきっと肉ばかり食べているのだろう。

とても疲れるし、ついていけない。ルーブルの案内をしているJaque氏に話しかけられる。彼は日本でこれから働く予定だという。私はフランスと日本の文化的な差異について話す。アドレスを交換、夕食に誘われる。しかし、約束の時間に間に合わず、留守電に謝りを入れる。ここは合わない。パリ脱出を決める。

8/18 パリ

教会めぐり。素晴しいステンドグラスの数々。オルセーはまたしても人が多く、早々に出る。プチパレ美術館が規模も雰囲気も好み。今夜の夜行を予約して、荷物をロッカーに預け、パリをふらふらさまよう。ジーンズ姿でサンノトレやヴァンドームの高級店内に平気で入るのは日本にいるときと同じ。朝からJaque氏から何度も電話がかかり、今度こそということで、630にオペラ座で待ち合わせ。何を見てない?シャンゼリゼ?エッフェル塔?お互いどっちも行っていないのはエッフェル塔なので、エッフェル塔に行くことにする。塔は足で登った!映画の話。日本映画に詳しい彼とフランス映画が好きな私。銭湯の話など。夕飯を食べた後、彼は口説きだした!どこでも男というものは酒が入ると口説きたくなるものなのか?しかし私は5.6時間話しただけで愛を語られたくない。口論している内に電車を逃してしまう。なんてこった!さらに口論になり、母に買ってもらった警笛を吹くはめになる。何なんだ!

8/19 パリ-アムステルダム-ライデン-ハーグ

朝一のタリスでアムステルダムへ向かう。本当はベルギーに行く筈だったが途中下車する元気もない。ライデンのFに会って慰めてもらおうと心に決める。アムステルダム駅にはいかにも目つきが変なひとがうろついている、さすがドラッグO.K.の国だなと感心するより、治安が悪いのでは?と早くも拒否反応がでる。早速ライデンに行くことにする。電車に乗っていると、やけにひとがいない。しばらくすると止まってしまう。列車のなかに人がいたので聞くと、これは車庫に入っているとのこと。あと5時間したら動くと言われても...ということで、何とか駅員さんとかけあって、プラットホームをはしごして、すぐ動く列車に乗せてもらう。ライデン着。しかし、Fはそこにはいなかったことが判明しただけでくたびれ損。きっと疲れているからゆっくりしようとハーグに2泊することにする。安いのにきれいなホテル。少々脱水状態と疲労でひたすら寝る。Jaque氏が言ったこと「好きな子がいたら、さわったり、キスしたくなるのは、男性としてナチュラルなことでしょ!」桜井Dr.は私を見て何を感じていたのだろう。私は愛されていたのだろうか?ベッドのなかで初めてこの「わたしたちふたり」の関係のために泣く。

8/19 ハーグ

久しぶりに朝食を取る。パッサージュでお買い物。美術館でモンドリアンの青い砂丘の絵に再会する。フェルメールの青いターバンの少女。この絵葉書に書いたことを桜井Dr.は気に入っていた...
”きょう二回も先生の声が聞けて嬉しかったです。また明日も...”トラムを乗りついで海をみる。海は風が強くて、何もできない。しかし、ヴァカンスとはかくあるべし。

8/20 ハーグ-アムステルダム

in Amsterdam

観光案内所で宿を取り、迷いながらも宿に着く。駅から離れた比較的安全なところ。偶然コンセルトヘボーを通りかかったら、何と今日もコンサートがあり、チケットも手に入った!とてもラッキーなこと。その後はお買い物。美術館は3個もあり、行きたい博物館もあった(ユダヤ人に興味があり、シナゴークへ行ってみたかった)のだが、もうコンサートを楽しみに、他は「宿題」とする。

コンサートは古楽器のグループ。席が隣りの同年代位のアジア人に中国人ですか?と話しかけたら、日本人であった。(彼は後で怒っていた)話していると、どうやら知り合いの知り合いらしい。コンサート後もう一人彼の知り合い(名乗らなかった)と食べて飲む。シシィの話[中略]など。また終電(トラム)を逃す。うまくタクシーがつかまり帰る。

8/22 アムステルダム-モスクワ

母へのおみやげなど、空港内でもおみやげを探す。

in Moskow

ヴァイオリンケースを持っているマダムに話かけたら、ホテルまで送ってくれるとの事。ありがたい申し出。しかし、ホテルで重大なことに気が付く。1ルーブルも持っていないのだ。先程のマダムに電話で相談。「ホテルでお金を借りるしかないわね」明日は果たして市内に出られるのだろうか??

8/23 モスクワ-東京

朝食で行きの便が同じだった日本人のカップルに話しかけられる。彼等は私を覚えているらしく、親切にもお金を貸して下さるという。モスクワの中心で彼等と別れ、100ルーブルを1コペイカを残して使い切る。プーシキン美術館。残念ながらクレムリン見学は行列ができていて諦める。モスクワのアイスクリームはおいしい。ホットドッグはスパイスがおもしろい味。ピロシキもおいしい。買い食いだからだろうか?ただ、ここでは全く英語もフランス語も通じない。文字を見てもオランダ語のように見当がつく訳でもない。ここでわかった事:ボディーランゲージでも喧嘩はできる。

-飛行機のなかで書いたメモ-

私たちがあんな形で出会わなければ、私はもっと素直になれたのに。再び会った時彼が結婚していなければ、素直に振る舞えたのに。9月になっても私は彼には、会いたくない。何故ならまだ(恐らく半永久的に)彼を愛しているので、会うわけにはいかないのだ。旅行中に、私は二人の為に何度か泣いた。彼は今のpositionと家庭の方が大切だったのだ。答えはもうでている。しかし、わたしは死ぬまであなたを愛するだろう。ただ好きという感情では言い表せられない何か。今でもあなたを殺したい位愛しているのだから。しかし、これから私は父の元に、Dr.BigOのところに戻るのだ。ヨーロッパで何度も襲った吐き気。現状を受け入れたくないの?

1045成田着

4時から仕事に復帰。

8/24

仕事の後で、Wさんにみやげものを渡す。

8/25
[中略]慶応大学病院が見え、気分が悪くなる。

以上です。8/28日 桜井医師の誕生日にお会いできるのを楽しみにしております。

幸子
--------------------------------------------------

母の陳述書パート8に続く

母の陳述書:目次

精神科医を訴えるTOP