幸子の父の「陳述書」に関してある医師から聴取した意見に基づく治療経過の時期区分(弁護士によるまとめ):
以下は、幸子の父親の陳述書についてある医師から聴取した意見にそって、桜井医師の幸子に対する医療過誤の経過を、時期ごとに要約したものであり、構成は以下のとおりである。
第1期、悪化の基盤形成期:95年5月17日〜11月8日
第2期、主治医交代期:95年11月8日〜95年12月1日; 第3期、桜井医師が治療を引き受けたこと等によって病状の悪化と自殺企図を引き起こした時期(その1):95年12月〜96年1月初旬
第4期、桜井医師が治療を引き受けたこと等によって病状の悪化と自殺企図を引き起こした時期(その2):96年2月28日〜96年11月28日
第5期、桜井医師が治療を引き受けたこと等によって病状の悪化と自殺企図を引き起こした時期(その3):済生会中央病院第二セッション:97年11月〜99年4月初頭
第6期、桜井医師が治療を引き受けたこと等によって病状の悪化と自殺企図を引き起こした時期(その4):2000年1月中旬〜2000年5月2日
【全6期の要約】
第1期は、@桜井医師の不適切な治療方針A桜井医師の治療構造を無視した無原則な面接B桜井医師の逆転移に基づく曖昧で「思わせぶりな」言動等のために、その後の幸子の自死の基盤となる病的な治療者−患者関係が形成された時期である。
第2期は、そうした異常な治療者−患者関係に家族が気づき抗議した結果、主治医が前田医師に交代するなどチームとしての新たな対応が模索されたが、その一方で引きつづき桜井医師が無原則な対応を続けたため、幸子の行動化が続き、深刻な行動化のために強制退院になった時期である。
第3〜第6期は、それぞれ桜井医師が治療を中断したり、治療依頼を断るなどの契機があったにもかかわらず、桜井医師が幸子に関わり続けた結果、病状をくり返し悪化させた時期である。第4期には無原則な電話での対応のため、軽井沢での自殺企図が起き、第5期には、幸子に対して「恋人にはならないが恋愛感情がある」という内容の誘惑的な発言をくり返し、不安定な幸子をいっそう混乱させ、幸子の自殺企図を誘発した。
第6期には、中久喜医師と幸子の要請で、「それまでに形成された軋轢を解消する」という利己的な理由で関係を再開するが、再開後もこれまでと同様、無原則な電話やメールで「思わせぶり」で「誘惑的な」発言を続けた。最終的に、電話での不適切な対応が繰り返される事態を招来させ、希死念慮を表明している幸子に対して、「あなたの死を止めることはできない」と回答し、その結果、幸子は自死した。
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