原 告 (最 終)準 備 書 面
平成18年6月14日
東京地方裁判所民事第35部合議 係 御中
原告ら訴訟代理人弁護士 池原毅和
同 杉浦ひとみ
1 本件の争点
被告は、故幸子の被告に対する転移が平成7年8月頃から生じており、その転移の状態は被告が故幸子に対して拒絶的な態度を示すと自殺企図を惹起するような危険なものであったことを認めている(被告準備書面(2)11頁、同準備書面(4)4頁、被告尋問調書8頁)。
それにも関わらず、故幸子の自殺の結果について被告に損害賠償責任が生じないとする理由として被告は、@故幸子には重度の人格障害が認められ、故幸子の被告に対する転移が生じていなくても、もともと故幸子自身に自殺のリスクが高かったこと、A被告は故幸子の人格障害と被告に対する転移の解消のための治療を適切に行っていたこと、B平成12年3月頃までには故幸子の被告に対する転移は解消しており、かつ、故幸子には同年5月2日の自殺敢行について結婚を前にした不安などいくつかの生活上の要因が存在していたことを主張している。
上記@及びAは、故幸子の被告に対する転移が故幸子の自殺の原因となるものではなかったこと、また、Bは被告が医師として相当な治療を行っていたもので過失がなかったことを論じるものと解される。
本件は、被告の精神療法によって故幸子にもたらされた被告に対する転移の状態が自殺を惹起しやすい危険な状態であったことについては当事者間の認識は一致している(それゆえ被告は故幸子との関係を安易に断ち切れなかったと力説している)。従って、故幸子の自殺についてより有力な原因が他に認められず、自殺惹起の危険性の高い転移の状態が最終自殺時点まで残存していたことが認められれば、故幸子の被告に対する転移と自殺の敢行は相当因果関係を有すると認めることができる。
また、転移の対象となった被告の故幸子に対する対処が精神療法としての相当な治療技法を用いたものではなく、相当な治療技法が選択されていれば自殺惹起の危険性の高い転移の状態を解消ないし自殺の敢行に至らない程度まで軽減できたと認められれば被告の過失を認めることができると考えられる。
そこで以下では故幸子の被告に対する転移状態が故幸子の最終自殺の原因と認められるかという点と転移解消に向けた被告の治療が相当性を欠くものであったか否かについて論じる。
2 故幸子の被告に対する転移と自殺敢行の相当因果関係
(1) 故幸子の被告に対する転移が故幸子の自殺の危険性を飛躍的に高めていたこと
被告は、人格障害を有する者の10%程度の者は自殺を敢行してしまうことがあること、故幸子の人格障害は重篤なものであり、故幸子自身に被告に対する転移を生じる以前から自殺未遂歴があり、また、被告との直接的な関与がなかった時期においても自殺企図が認められることなどから、故幸子には、被告に対する転移とは別個にもともと自殺の原因があったものとして、故幸子の被告に対する転移は自殺の原因とはならないと主張している。
しかし、人格障害を有する者の10%程度が自殺を敢行するという資料自体が十分な疫学的、統計学的調査に基づく資料とは認められず、計測期間も調査対象者の生涯にわたるものであるのか、数年間のスパンで調査した結果なのかも不明であって、統計的に信頼しうる資料とは認められない。また、それに基づいても90%以上の人格障害者は自殺に至らずに生涯を送るのであるから、自殺敢行に至る10%の群の特徴が示された上で、故幸子がその群の特徴を有していることが立証されなければ、故幸子が自殺敢行に至る危険性のあった人格障害を有していたことは何ら立証されたことにはならない。従って、このような統計によって故幸子に被告に対する転移とは別個に自殺の原因があったとすることはできない。
次に被告は故幸子の人格障害の重篤性をあげる。しかし、Z医師意見書(甲B4)が明確に説明しているように、故幸子の人格障害は慶応大学病院入院当初は神経症水準の人格障害であり、臨床上の目安とされる人格障害のレベルとしては最も軽症の水準にある状態であった(同意見書3ないし6頁)。また、人格障害の重篤性と自殺の危険性の関連性は医学的に示されていない(例えば被告のしばしば示す人格障害の自殺敢行に至る10%の群が重篤症例群であったことを示す資料はない)。従って、故幸子が重篤な人格障害に罹患していたと認めることはできず、また、人格障害が重篤であったからといってそれを独立の自殺の原因とすることもできない。
さらに、被告は、意見書(乙B8,5〜7頁)において、故幸子の自殺企図が同人の被告に対する転移を生じる以前から認められ、また、転移を生じた後においても被告との直接的な接触のない時期において自殺企図が認められることから、故幸子の自殺傾向は同人の被告に対する転移とは別個に存在していた旨を述べる。
しかし、同意見書が「自殺未遂」として列記するエピソードを内容的に検討すると、故幸子の被告に対する転移との関連性が明確に認められる場合は、自殺企図の手段や態様が飛躍的に致命的であるのに対して、それ以外の場合には、そもそも自殺未遂と認められる事実があったのか客観的に確認できないものや、自殺企図の手段や態様が直接死に結びつくような致命的なものとなっていないものである。それらは青年期にありがちなメランコリーな自殺空想であったり致命的な手段とならない態様であって、同意見書が掲げる「自殺未遂」のエピソードから見ても、むしろ故幸子の被告に対する転移こそが、故幸子に死の具体的・現実的危険性のある自殺企図を惹起させたものであることがわかる。仮に故幸子にある程度の希死念慮のようなものが転移前から生じていたとしてもそれ自体は死の具体的・現実的危険性があるようなものではなく、転移がそれを致命性の高い自殺企図へと飛躍的に増悪させたことが明らかである。
すなわち、被告への転移が生じる前の時期であることに争いのない同意見書列記の@ないしCについて見ると、@についてはどのような薬をどの程度貯めていたのか不明であり、また、「未遂」という段階ではなく自殺の意図も明確でない。Aの薬の貯め込みも同様である。スカーフで首をつりかけたりしたというのも、頚部に発赤や索条痕などはまったく見られておらず、いかなる場所にどのような形態でスカーフをかけたのか、また、結局なぜそれは現実に敢行されなかったのかなどの客観的状況は語られていないもので、「未遂」というほどの状況ではなかったものと思われる。なお、これらについては故幸子の述懐として記録されているだけである。Bについても実際に紐などをどこかに架けて縊首しようとしていたわけではなく、病棟内を徘徊していたところを看護師に発見されたもので、発見さるべくして発見される態様の行動であり、「自殺未遂」にはなっていない。なお、精神保健福祉法36条によれば、入院患者に自殺企図などの危険性があり、生命・身体の安全を図る必要性がある場合には、隔離(保護室の使用)・拘束などの安全措置を採ることができることになっているが、この時そのような行動制限措置は採られていないことから見ても、このエピソードが深刻なものであったとは認められない。Cのエピソードは、故幸子が家族等にも告げずに無断離院し、一時行方不明になったことからショッキングなエピソードになった。故幸子は別かれた恋人との思い出の場所で首をつろうとすると考えていた様子であるが、離院後直ちに自殺行為へと走ろうとしているのではなく相当時間が経過していること、場所が散策やデートやジョギングなどに多くの人が利用する千鳥が淵であり容易に発見される可能性が高いこと、藤棚で首をつることを考えていたようであるが、通常藤棚の棚は竹などの素材で作られている場合が多く体重で崩落する可能性も少なくないこと、実際には紐等を藤棚に架ける行為にまでも至っておらず、家族と電話で話すなどしていることなどからすると、このエピソードも「自殺未遂」と認めることはできない。Dはすでに被告に対する転移的な感情が認められる(被告との面接後に苦しくなったと述べている、乙A−1、110頁)。ただし、行為態様は縊首の形態であるが致命性の高い行為とまでは言えないであろう。Eは父の面前で窓から飛び出そうとする素振りをしたのみで、直ちに静止されている。
以上に対してFは誰からも発見されにくい渋谷区内のホテル内で現実に大量服薬し昏睡状態に陥り、東京女子医大で治療を要したものであり、それまでのエピソードとは質的に明確に異なる明らかな自殺未遂であり、また、その原因も被告に対する恋愛性転移に基づくものと認められる(故幸子は当該行為のすぐ前に被告と個人的に好きになることはあるのかなどのやり取りをしている、乙A−2、19頁)。ここにおける自殺未遂が客観的にも死の具体的・現実的危険性の認められる「自殺未遂」であることは明らかであり、また、そのような危険性の飛躍的な高まりは故幸子の被告に対する転移によってもたらされていることも事件前の被告と故幸子のやり取りから明らかである。
Gも軽井沢のホテル内で大量服薬し救急搬送されて一命を取り留めた行為で、死の具体的・現実的危険性の高い行為であったが、故幸子は平成8年8月以降、被告との面接を中断され長谷川病院に3ヶ月間入院させられた後、退院となるとすぐに被告と電話で話し被告の対応に傷つけられて自殺企図に至っているもので、被告に対する転移が誘引となっていることは明らかである。
Hも大量服薬による昏睡状態で医師の治療を要する事態となったものであるが、直前に被告と電話でのやり取りがなされている(甲A−1、31〜32頁)。
このように被告に対する転移が形成されたことに争いのない平成7年秋以降、とりわけ慶応大学病院から退院させられたころからは明確に自殺企図と認められる行動が取られ、また、その行動の有する死の具体的・現時的危険性は客観的にも疑いのないものに変化し、飛躍的に危険なものになっている。
その余のエピソードについて、記録上詳細な記録がなされていないものもあるが、I、Jについては現実に縊首行為が行われるなどした事実は確認されておらず、傷跡や治療の必要性などは認められなかった。飛鳥病院においても自殺の危険性が高ければ医療保護入院(精神保健福祉法33条)、措置入院(同法29条)等の強制入院を行うべきはずであるが、その危険性が認められなかったので結果的に退院を認めることになっているものと認められる。なお、この時期は同意見書が指摘するとおり被告との関係は中断していた時期であり、それに対応して死の具体的・現実的危険性も低下している。これに対してKは、済世会中央病院での被告の下での並行診察が行われていた時期にあたり再び大量服薬となっている。故幸子は被告のことを思い出し人間不信になったなどとも述べている(甲A1−1、149頁)。Lも被告との並行治療関係が平成11年4月4日に断絶した後間もない時期であり、被告と電話で話しをし、大量服薬に至っている(甲A1−1、210頁)。M(甲A1−1、225頁)、N(乙A7、209頁)、O(甲A2、12頁)いずれも被告との電話での会話等、自殺企図の要因が被告に対する転移に基づくものであり、それ以外の原因によるものではないことが窺える。
このように故幸子に被告に対する転移が生じる以前においては青年期に生じがちな自殺空想とも呼ぶべき現象が認められたとしても致命的な行為は取られておらず遊戯的とも解しうる行動であったのに対して、被告に対する転移を生じた後においては、故幸子の自殺企図は客観的にも極めて致命性の高い危険な手段が選択されており、その内面的な意識においても被告に対する転移が強力な自殺誘因となっていたことがわかる。
自殺の内的な誘因についてみると、被告自身、「幸子の転移は、『振り向いてくれなければ死ぬ』『恋愛以外の人間関係は受け付けない、恋愛が成就されなければ死ぬ』という極めて危険な性質を持って」おり、被告が故幸子の信頼を断ち切るようなことをすれば、いきなり自殺企図に走る危険性があったと認めている(被告準備書面(2)11頁、同準備書面(4)4頁、被告尋問調書8頁)。すなわち、故幸子の被告に対する転移が自殺企図の強力な誘因となっていたことは被告自身が積極的に認めているところであり、被告はここで故幸子の人格障害それ自体が「恋愛が成就されなければ死ぬ」という定式化を持っていたとするのではなく、故幸子の被告に対する恋愛性転移が、「恋愛が成就されなければ死ぬ」という定式化された危険な性質を持っていたと自認しているのである。
この転移はまさに恋愛性転移の典型的な現象であり、被告自身の認めるところに従っても、単なる人格障害が故幸子の自殺の原因となったものではなく、故幸子の被告に対する恋愛性転移という状態が極めて危険な自殺企図の危険性を生じさせていたことが明らかである。
(2) 平成12年5月2日の自殺敢行の原因は故幸子の被告に対する転移に基づく自殺の危険性が顕在化したものであること
被告は、平成12年に被告が故幸子と再会した頃までには故幸子の被告に対する転移は解消していたこと、また、当時、故幸子は結婚を控えて生活上のストレス等があり、これらが自殺敢行の原因と考えられることなどと主張している。
しかし、故幸子の当時の結婚等を控えた生活上のストレス等は誰にでもありうることで特別な出来事ではなく、確定的な死を目指した自殺行為にまで発展するほど厳しい状況があったとは言えない。当時の故幸子の日常生活上の諸事は、一般的に人が自殺に追い込まれるような過酷なものではなかった。また、人格障害を持つ患者がこうしたストレス等によって容易に自殺を図るという医学的知見は見あたらず、さらに、故幸子の生活環境の変化や生活上のストレスと自殺企図との関連性は従前の同人の自殺企図の経過からも観察されていない。故幸子の自殺企図と転移対象である被告の喪失との関係が「恋愛が成就されなければ死ぬ」という明瞭な定式化を持っているのに対して、最終的な自殺敢行の原因として被告が説明する要因は通常人の自殺の決意の理由としては十分に納得のできるものではなく、また、人格障害は統合失調症のようにストレスに対する脆弱性を基盤とする疾患ではないので、故幸子がストレス加重に耐えられず自殺したという説明は人格障害を有した同人の自殺の原因の説明としては当たらない。最終自殺の原因についての被告の説明は、故幸子の自殺の危険性についての被告の従前の説明とも符合しない木に竹を接いだような自殺原因論になっている。
そもそも故幸子の被告に対する転移が平成12年までに解消されていたのであるとしたら、故幸子はなぜあえて被告に再会して継続的な会話を交わす機会を作ろうとしたのであろうか。医師・患者関係において、かつて主治医であった医師に患者が婚約の報告や時節の挨拶をすることはあっても、世間話にせよ継続的に会話などの私的な交流を結ぶことを求めることは通常あり得ないであろう。あるいは、前年の故幸子が被告あるいはその家族に対する逸脱的な言動を謝罪する目的であれば、その意図を伝えて当事者の関係に最終的なけじめをつけてM氏との結婚に進めばよいはずであり、その後も異性である被告との関係や交流を医師・患者関係を越えて私的に続けようとする行動は恋愛性転移を前提にして初めて了解可能な行動である。恋愛性転移を取り去ってしまえば、被告と故幸子の関係は単なるかつての医師・患者の関係であり、治療関係が終了すれば社会的には他人の関係であって、友人でも恋人でも生命力を与える者でも何者でもない他人である。従って、平成12年当時、故幸子の恋愛性転移が解消されていれば、同人は通常の社会人同様に、かつての主治医であった被告に対して社交儀礼的に婚約と病状快癒の報告を一度するのが常識的なところであり、故幸子と同世代の若者のように、より割り切った考え方に立つならば、治療費を払って受けた治療関係であるから、あえて報告するにも及ばないとしてもさして無礼であるとは思われないであろう。故幸子が一度限りの近況報告ではなく、継続的な交流の再会を求めた事実は、同人の被告に対する恋愛性転移が残存していたことを除外して理解することはできない。
Z医師再意見書(甲B4、9頁以下)は、この経緯を詳細に分析しているが、平成12年になっても故幸子は「桜井Drを喪って私は生きていく目的や意味を失ってしまいました。(その実感はますます大きなものになっています。)ですから、この生きている意味が見いだせない状態で生き続けることは、私にとって苦痛以外の何物でもなく、かえって悪いことなのではないか?ということです。」(同年1月11日付中久喜医師宛のFAX)と述べ、転移の対象である被告を失っていることが苦痛で生きる意味や目的を失って苦しんでいることを告白している。これは被告が認める「恋愛が成就しなければ死ぬ」という自殺企図の定式化の告白である。同月12日の被告宛の手紙には診療室での被告との時間が「他の時間の枠を越えた甘美な時間」であり、故幸子はそれを「二人で過ごした時間」とも呼んでいる。そして「生きていて、こんなに幸せだったことはもうないでしょう。」と述べて、転移対象である被告を失ったことにより故幸子の人生全体の幸福が失われたかのように感じていることが述べられている。仮に故幸子が被告に対する転移から解放されていれば、故幸子にとって被告は一時精神的な支えを提供してくれた存在として振り返ることはあっても、被告なくしても自立できるようになった自分が示されるはずであり、被告とともにいた時点を至福の時と捉え、それを失った後を二度とそのような幸福を得られない、生きる意味を見失ったかのような状態であると絶対化することはないはずである。故幸子にとって被告は、この時点でも過去の一医療者ではなく、絶対的な転移の対象であった。
故幸子は同日友人にも「今も心の中を占めているあの人」と述べて、まさに恋愛性転移の対象としての被告が故幸子の心の中を専有していることを告白し、その被告と別れた結果「いつ自死してもおかしくない私」と述べて、転移対象である被告を失っていることが、自殺への強い誘因となっていることも告白している。さらに、「今でも私は彼の差し伸べる手があったとしたら、ためらわずつかむでしょう。どんな非難も気にしません。」とも述べて、被告が故幸子を少しでも受け入れる姿勢を示せば、堰を切ったように被告への恋愛性転移が強力に賦活される心理状態を告白している。ここで、故幸子の心裡において婚約者との関係が被告に対する恋愛性転移を整理解消したうえで成立しているものではないこと、恋愛性転移による被告に対する強度の依存性は健全な社会生活における婚約者との関係をも凌駕する力を有していたことが見て取れる。
平成12年1月において明確に認められる故幸子の被告に対する恋愛性転移は、その後解消されることもなく、むしろ被告との再会と継続的な交流関係の再開という現実的な行動に発展していった。故幸子は中久喜医師が被告との関係再開に消極的な姿勢を示すと主治医を変えると言い出すほどの思い入れで、被告との関係再開に進んでいく。当時の転移の状態は被告に対する関係を再開していくためなら、主治医との関係も婚約者との関係も犠牲にすることをいとわないほどの強力な力を持っていたことが窺われる。
故幸子は自殺直前の5月2日にも被告と電話で話し、今後も故幸子の生命を救うのが被告の義務であると述べて以後の交流を要求し、被告からすぐにメールの返事が来なかったことから自殺企図を起こしたこと、被告との関係が生きるために必要であるから一回一回次回まで生きてくれるように被告が故幸子にコミットするように述べている(甲B7、47頁、48頁)。
以上のように故幸子の被告に対する恋愛性転移は平成12年にいたっても根深く残存しており、最終の自殺に至るまで脈々と引き継がれ、故幸子の生死を決する最も大きく最も持続的に作用した原因と見なければならない。これ以外の散発的な要素は通常人においても人格障害のある者一般においても故幸子のそれまでの生活暦ないし自殺企図の傾向を見ても、それがなければ故幸子が自殺に追いやられることはなかったと考えられるような重要かつ決定的な要素ではなかった。
(3) 以上から、故幸子の被告に対する恋愛性転移が有する被告との「恋愛が成就しなければ死ぬ」あるいは被告を転移の対象として失うことが故幸子の自殺の原因となっていたことは明らかである。
3 被告の故幸子に対する「治療」の不相当性
被告の故幸子に対する治療のあり方が精神療法の標準的な基準を逸脱するものであり、被告によって慶応大学病院時代に形成された被告に対する恋愛性転移は被告によって適切に解消軽減されることなく、むしろ遷延・強化され故幸子は最終の自殺へと追い込まれた。
被告が精神療法において基本的に必要とされる治療構造をないがしろにし、曖昧で誘惑的に認識される言動によって故幸子の恋愛性転移を遷延させ続けたことはZ医師意見書(甲B4)、同再意見書(甲B14)に詳述されているとおりである。
Z医師意見はまず人格障害の治療について平成7年当時の専門の精神科医の間での最低限の合意事項を確認し(甲B4、6頁)、これに照らして被告の治療のあり方を評価検討して、治療が不適切であり、特に治療構造の維持、治療的距離の確保、転移感情の把握と対処、逆転移感情の把握と克服のいずれにおいても不適切で、その結果、故幸子が被告に対して著しく強い転移感情を長期にわたって持ち続けることになったと結論づけている(同6頁以下)。
これに対して半田・久場川意見書(乙B8)は、評価の前提となる基本的な合意事項の第1項については承認できるが、第2項については合意がないとして、臨床心理士、ソーシャルワーカーなどの精神科医以外のメディカルスタッフ向けの文献を引用して批判している。しかし、Z医師氏は再意見書(甲B14、20頁)で、精神科医を対象とした文献(「精神医学レビュー」)において「『受容的』に接することは混乱を招く」ことを注意する医学文献を引用して反駁しており、これに対してHK再意見書(乙B10)は再反論ができていない。また、半田・久場川意見書はZ医師氏の立場をマスターソン等の輸入文化による建前論で、わが国の臨床にはギャップがあると指摘しながらZ医師氏が指摘する合意事項3Aを批判するに当たってマスターソンの著書を引用して批判するという場当たり的で矛盾した批判を展開しており(乙B8、16頁)、被告の立場を守らんがための論理としか見られない。合意事項3@については、半田・久場川意見も「叩き台」としての役割を承認しており、治療構造について約束を厳密に取り交わし逸脱に注意をすることは、「叩き台」を形成してそれが守られるように注意することであろうから、この点では両意見に実質的な対立はないといえよう。また、この点に関するZ医師意見は同氏が引用する「パーソナリティー障害―境界性人格障害の治療技法―」(甲B14、21頁)に一致しており、合意事項の存在は肯定できる。合意事項3Bについては半田・久場川意見は自らが批判する輸入文化の産物を用いての批判である。Z医師再意見は「巻き込まれないようにする」を「巻き込まれたことに治療者が気づき、治療者自身を立て直してゆく」とHK意見を受け容れているが、Z医師意見はもともと被告が巻き込まれたこと自体を不適切であるとしているのではなく、その後の対処の不適切さを批判しているので、これによって被告の治療についての評価が変わることはない。
次に、Z医師意見は上記の合意事項から導かれる具体的な治療態度として6項目を掲げ(甲B4、6頁)、これを評価基準として被告の治療を評定してゆくもので合理的かつ妥当な分析である。これに対して半田・久場川意見書は各項目に批判を加えている。第一の治療目的の明確化については、慶応大学病院入院当時の治療目的が治療関係の安定と現実的な適応を図ることにあるべきであったことで両者は一致している。そして、それに照らしてみたとき、慶応大学病院における被告の治療では患者・家族に当該治療目的は明示されたことがなかった。また、半田・久場川意見では、治療目標の議論の中に生命を大切にするというごく一般的な医療者の「目標」や「言葉にするのが大事」というような治療の手段についての問題が混在化されており、適切な批判となっていない。この指摘に対して同意見は再反論ができていない。
第二の面接の頻度・曜日・開始時間・面接時間をきちんと設定しそれを守るという点については、これを準則とすることに半田・久場川意見も同意している。Z医師意見書(甲B4、9頁)が指摘するように無原則な面接日・時間の設定、面接時間の長さ、夜間の面接など、被告の面接が上記の準則に依拠していたものとはとても認められない。
第三の逸脱行為があった場合の対応方法等の明示については、半田・久場川意見は、パターン化していない問題行動には有効でなく自殺企図をしたら閉鎖病棟を使用することを伝えることが見捨てられ不安や脅威を与える可能性があるとする。これらは同氏らの個人的感想であるのに対して、Z医師再意見は市橋氏の著作にかかる文献を根拠に示しており、客観性と説得力を持っている。また、自殺企図を防ぐために閉鎖病棟を使用することを説明することは、患者の懲らしめのために用いるのではなく、患者の命を最も大切に考えている医療者の基本的姿勢を説明することが前提であり、そのことにより見捨てられ不安が生じると考えることは合理的ではない。
第四の恋愛性転移が生じた場合に可能な限り早期に治療目的を明示して恋愛関係にはないことをはっきり告げる点について、半田・久場川意見は「可能な限り早期に」という点について揚げ足取り的な批判をしているが本質的な反対はなく、事実認定の問題として被告は故幸子に「恋愛関係にならない」ことを繰り返し伝えているとしている。しかし、同意見は「治療目的の明示」という点については、この準則に関連して分析していない。被告の治療目的の提示は慶応大学病院時代においても極めて不明瞭で曖昧であった(甲4、8頁)であったが、済世会中央病院でのセッション及び平成12年の再会の際も治療目的は明示されず、事後的にカルテ等を見てもどこに目標が置かれていたのか理解できない。確かに、被告は恋愛関係にならないことをやんわりと告げている場面もあるが、他方で、被告の言葉は故幸子から見れば誘惑的であった場合が多く、治療関係であるのに「おつきあいする」などと表現したり、ほぼ毎日の電話での会話、メール、絵葉書、プレゼントの交換、深夜までの面接など、被告の言動は言葉の上での「恋愛」の否定にもかかわらず、被告の故幸子に対する恋愛感情や少なくとも同人を医師・患者関係を超えた特別な存在と位置づけられていることを暗示・示唆する言動であった。
第五準則は半田・久場川意見も同意するところであるが、「患者の防衛機制や行動化を解釈・直面化し、より正常な対応をするよう働きかけていく」という第6準則については同意見書は真っ向から反対している。そして、「直面化は、・・・安定した基盤のないところでは危機を増やすだけのことになりかねない。」と述べている(乙B8、19頁)。しかし、HK再意見書では、直面化について、「被告は終始、繰り返し、幸子さんに対し『恋愛関係にはなりえない』ということを伝えている。この指摘こそ、Z医師の言う『直面化』であろう。」と述べ、さらに、故幸子が被告の家族に対して逸脱行動を取った際に、治療関係を断るというまさに最大級の「直面化」を行っていると述べている(乙B10、6頁)。しかし、故幸子が被告の家族に対して逸脱行動をとった時「安定した基盤」があったとは言えないし、被告が「終始繰り返し」恋愛関係を否定するという直面化を取ったというのは、「安定した基盤のないところでは危機を増やす」という前意見書での直面化についての否定的とも解しうる限定的な姿勢とは矛盾した解説である。このように半田・久場川意見の論述は一貫性がなく場当たり的で矛盾を含む論述になっている。
Z医師意見が分析しているように、被告の故幸子に対する「治療」は、平成7年頃すでに形成されていた精神科医の間での人格障害の治療の基本的合意事項とそれに基づく治療態度の準則から逸脱し、故幸子が恋愛関係になることを要求するとやんわりと拒絶し、それでは関係を断ち切るというと引きとめ、恋人でも親子でもないような深い愛情関係がありうるとか、その関係を維持することが故幸子のためにもなるという医学的根拠のないことを言って、関係を維持させようとする被告自身にとってのみ都合のよい対応をとっていた(甲B4、14頁)。こうした被告の対応は、故幸子の転移を解消させるどころか遷延・強化し、同人を最終自殺へと追いやったものである。
そして被告自身、故幸子に対する対応が誤りであったことを認めている。「私としてはやはり治療のトラウマが問題だと認めざるを得ません。」(乙A7、46頁)、「私はものすごい力で三浦さんを下の方(無意識の方)で引っ張っている。それなのに寄ってくるとバッシングする。(これが非常に重要なことだと感じています)まったく虐待であると思う。申し訳ないと思う。」(同68頁)と述べて、上記Z医師意見の分析と同一の認識を示している。「恋愛的な感情という(揺れる)基盤の上に、それを見ない振りをしながら治療を一所懸命構築してもうまくいかないのは当然だった、というのが私にわかったことです。(このことは、もちろん、治療者としての私が幸子さんにどうお詫びしても足りないことです。)」(同87頁)とも認めている。被告は中久喜医師を通じて被告の記載したことが故幸子に読まれるので、内心に反して恋愛感情があったことを認めないと同人に自殺の危機を生じさせることを気遣ったという弁解をしているが、上記の記述はそのような気遣いの不要な記述であり、あえて内心に反して述べなければならない事項ではなく、被告は当時真にそのように考えていたものと認められる。
以上のように、被告は故幸子に生じた恋愛性転移を適切に解消・軽減させず、かえって不適切な言動によってそれを遷延・強化したものであり、被告の治療は精神科医として相当な行為ではなく過失があったと言うべきである。
4 半田・久場川意見及び被告の示す医学的見解について
被告は、自ら医師として準備書面等に医学文献を引用して医学的知見を披瀝しているが、その引用は断章主義的で文献本来の意図を歪め正確性を欠いた解説となっている。
その詳細は別表のとおりである。
また、半田・久場川医師はいずれも被告が卒業し勤務していた慶応大学医学部の同窓生であり、半田医師は済世会中央病院における被告の上司ともなる地位にあった者である。従って、中立・公正な立場から客観的に意見を展開していると見ることには問題があり、その証拠評価には十分な慎重さが求められる。これに対してZ医師は原告ら家族とも被告ともまったく関係のない第三者的立場の医師であり、特に原告らの立場に立って意見を展開しなければならないような事情はまったく認められない医師である。同医師は関連資料を精査し見解を述べておられるもので、十分に信用に値する意見である考えられる。本件で顕出された医師諸家の意見の評価については、その客観性を吟味し慎重な評価をお願いしたい。
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