平成18年8月30日判決言渡 同日原本領収

裁判所書記官 長門久美子

平成15 年 ( ワ ) 第 2331 号 損害賠償請求事件

口頭弁論終結日 平成 18 年 5 月 24 日

判 決

住所 省略
原告 昭彦
同所
原告 久美子
原告ら訴訟代理人弁護士 池原毅和 杉浦ひとみ


(就業場所)東京都新宿区中落合 2 丁目 5 番1号 聖母病院
被告 櫻井昭彦

同訴訟代理人弁護士 古谷和久 池尾奏

主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第 1 請求
被告は,原告らに対し,それぞれ4179万1653円及びこれらに対する平成 12 年 5 月 4 日から支払済みまで年5 分の割合による金員を支払え。

第 2 事案の概要

 本件はうつ病及び境界性人格障害を併発し平成7年 3 月から断続的に被告の診療を受け平成12 年 5 月 2 日に自殺を図り同月 3 日に死亡した訴外幸子(以下「本件患者」という。)の両親である
原告らが,@被告が本件患者との間に不適切な治療関係を形成し,Aその後,本件患者の診療に関与し続けたことにより同人の症状を悪化させ,B平成12年5月2日本件患者からの電話に対して不適切な対応をし,また当時主治医であった訴外中久喜雅文医師(以下「中久喜医師」という。)に対する連絡を怠ったことにより,本件患者を自殺に至らしめたと主張して,不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する不法行為後の日(本件患者の死亡の翌日)から支払済みまでの民法所定の年5 分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。


1 診療経過の概略 (証拠を掲げていない事実は,当事者間に争いのない事実である。)

 本件患者は,昭和 48 年 4月 19 日生まれの女性であり(乙 A1 の 1),平成 12 年 5 月 2 日首を吊って自殺を図り,同月3日死亡した。原告昭彦(以下「原告昭彦」という。)は本件患者の父,原告久美子(以下「原告久美子という。)は本件患者の母であり,原告らは本件患者の相続人である。
  被告は,昭和60年6月医師免許を取得した精神科医であり(乙B 6),平成 7 年 3 月から平成 8 年 3 月までの間慶応義塾大学病院(以下「慶応病院」という。)において,同年4 月以降東京都済生会中央病院(以下「済生会病院」という)において,断続的に本件患者の診療に携わった。
  その診療経過の概略は,次のとおりである

(1) 慶応病院における診療等
   本件患者は,入眠困難,不安及び食欲不振等の症状を訴え,平成6 年 9 月から東京女子医科大学病院に通院していたが,平成7 年 1 月ころから希死念慮が強くなり,同病院の医師から入院を勧められたのを契機に,治療環境を見直し,精神療法の専門家の診察を受けたいと希望して,桜ケ丘記念病院の水島広子医師から慶応病院を紹介された(乙A2)。
  本件患者は,同年 3 月 3 日,慶応病院精神・神経科外来において大野裕医師の診察を受けて,うつ病と診断され,同月4 日同病院に入院した(乙 A1,2)。本件患者は,この当時から,境界件人格障害の症状を呈していた(甲B3,4,乙B 8)。
  慶応病院入院当初は,被告及び当時研修医であった山田医師の2 名が本件患者の主治医となり,山田医師を中心に本件患者に対する診療が行われたが,同年5月17日本件患者が病棟を抜け出して自殺を試みたことを契機に,被告を中心とした診療が行われるようになり,以来,被告は週4回程度本件患者に対しておおむね自由連想法(患者はどのようなことでも頭に浮かぶことをすべて批判や検閲なしに話すことを求められ,治療者は受動性,中立性を守りつつ,その連想材料に傾聴し,適切な折にその連想の背後に動く無意識を解釈してゆく技法(乙B 4))に従った精神療法を実施した(乙A 1,乙B6,被告本人)。その後,本件患者が,被告のみを頼り,家族やほかの治療者からの援助を受けない姿勢を顕著に示すようになり,これを改善するため,同年11 月ころから,被告による面接の回数が週 2回に減らされ,また,被告に加えて当時研修医であった前田医師も本件患者の主治医になった(乙A1,乙B 6)。
  同年 11 月 29 日本件患者が病棟から抜け出すためにガラス箱を割って非常用の鍵を取り出そうとしたことから被告は,同月30日,原告らに対し,本件患者の診療を開放病棟で継続することは困難であると告げ,閉鎖病棟のある病院への入院を勧めた(甲B13,乙 A 1,乙 B 6)。しかし,本件患者及び原告らは被告の勧めを断り,本件患者は同年 12 月 1 日慶応病院を退院した(乙 A 1,乙 B 6)。

(2) 長谷川病院における診療等
  本件患者は,慶応病院退院後平成 8 年 1月 5 日までの間,慶応病院精神・神経科外来に通院して被告の診療を受けた(乙A 2)。同日,本件患者が被告に対して「先生は私のことをどう思っているのか,個人的に好きになることがあるのか」と尋ねたのに対して,被告は,「内心はともかく,個人的な関係になることはない」と告げた(乙A2)。翌 6 日本件患者が大量服薬して自殺を図り東京女子医科大学病院に搬送される事態が起こり,原告らが被告による診療の継続を望まなかったために,被告による診療は中断され,本件患者は,東京女子医科大学病院の医師の紹介により,医療法人社団碧水会長谷川病院精神科(以下「長谷川病院」という。)において診療を受けることになった(甲B 1 の I,甲 B 9,乙 A2)。
  本件患者は,同年 1 月から約 2か月間長谷川病院に入院し,退院後も同病院に通院して同病院の原医師の診療を受けたが,同年2 月 28 日からは,原医師の提案により,長谷川病院での診療と並行して,慶応病院精神・神経科外来において被告の診療を受けた(乙A2,15)。また,同年 4 月に被告が済生会病院に勤務するようになった後も,本件患者は,長谷川病院での診療と並行して,同年8 月 7 日まで済生会病院で被告の診療を受けたが,同日を最後に被告による診療は中断した(乙A2,7,15)。
  本件患者は,同年 8 月末ころから同年 11月 27 日まで長谷川病院に入院した( 甲A1 の 1,甲 B 1 の 1,甲 B 5,乙 A 15)。本件患者は,同病院退院後,軽井沢で服薬自殺を図り,同月29 日軽井沢病院に入院したが,その後,田園都市厚生病院に転院した(甲 A 1 の 1,甲 B 1 の 1)。

3) 中久喜医師による診療等
  本件患者は,田園都市厚生病院退院後,平成9 年 2 月 7 日から,東京サイコセラピーセンター(以下「サイコセラピーセンター」という。)において中久喜医師のカウンセリングを受けるようになり,これ以降は,本件患者が死亡するまで,同医師が本件患者の主治医であった(甲A1 の 1,甲 B 1 の 1,甲 B 5,6、乙 A 7)。中久喜医師は,昭和28 年東京大学医学部を卒業し,昭和 34 年同大学から医学博士の学位の授与を受けた,日本国内及び米国において多年にわたり診療を行った経験を有する精神科医・精神療法家である(乙B 6,証人中久喜)。
   本件患者は,平成 9 年 4 月 13 日夜から翌14 日朝にかけて服薬自殺を図り,聖マリアンナ医科大学東横病院に入院した(甲A 1 の 1)。同病院の古賀医師は,中久喜医師に対し,本件患者を同病院に入院させ続けることは困難であり,転院先となる精神科病院を探してほしいと同月15日,伝えたが,本件患者は精神科病院に転院することなく,聖マリアンナ医科大学東横病院を退院した(甲A1 の 1,弁論の全趣旨)。
   本件患者は,サイコセラピーセンターでのカウンセリングと並行して,同年6 月 4 日から武田病院外来において主に中久喜医師の診療を受けるようになった(甲A1 の 1,乙 A15)。
   原告らは,同年10 月15日,武田病院に中久喜医師を訪ね,本件患者の希死念慮が強く危険な状態であると告げた(甲A1 の 1,乙 A15)。中久喜医師は,同日,原告らに飛鳥病院を紹介し,原告らは本件患者を同病院に入院させた(乙A15)。しかし,原告らは,飛鳥病院の治療方針に疑問を感じ,同月19 日までには本件患者を同病院から退院させた(甲A1の 1) 。

(4) 被告による並行診療等
   中久喜医師は,平成 9 年 11 月 2 日,本件患者に被告との「治療終結」作業をさせることを決し,本件患者は,中久喜医師の診療と並行して,同月12 日から済生会病院において被告の診療を受けるようになった(甲 A1の 1,乙 A7,15)。
   しかし,この「治療終結」作業は,本件患者が被告宅に電話を架け,被告の家族を脅すなどしたため,平成11 年 4 月 3 日の面接を最後に中止された(甲A1 の 1,乙 A 7、乙 B 6)。
   本件患者は,その後もサイコセラピーセンター及び武田病院において中久喜医師の診療を受けた(甲A1 の 1,乙 A15)。

(5) 被告との電話等の再開等
 本件患者は,平成 12 年 1 月初旬,大阪市に転居して婚約者である訴外M(以下「M」という。)と同居を開始した(なお,その後,同年5 月 13 日に結婚式及び披露パーティーを開催する予定が立てられた。)が,その後も中久喜医師の診療を受け続けた(甲A2,甲B 7,乙A15、16)。
 本件患者は,同年 3 月 28 日,中久喜医師に対し,被告との関係を再開するための仲介を依頼し,同医師は,同月30日ころ,被告に本件患者の希望を伝えた(甲A2,乙B 6)。被告は,同月 31 日,本件患者と電話で話をし,それ以降,電話や電子メールを用いて世間話などをするようになり,同年4 月中旬ころには,済生会病院を訪ねた本件患者と短時間の面談をしたりもした(甲 A2,乙 A7,乙 B 6, 被告本人 )。

(6)自殺前の本件患者の行動等
  平成 12 年 4 月 30日,本件患者は,被告に対して,「最後に好いお天気の日にお会いできたことを神さまに感謝します。」「最後までわたしを支えてくださってどうも有難うございました。色々書きたいこともありましたが,机に座るのも限界なので,もう書けません。ごめんなさい。」などの文章を電子メールにより送信した(甲 A 2) 。
  同年 5 月 1 日,被告は,本件患者に対して「また明日」「お電話させていただこうと思います」「明日お話できることを切に希望します」などの文章を電子メールにより送信した(甲A 2)。本件患者は,同日,大量販薬をし,また,注射器をけい動脈に刺す方法により自殺を図った(甲B 7)。Mは,同日,被告の自宅に電話を架け,被告が本件患者にメールを頻繁に送らないことが今回の自殺未遂の原因であるなどと述べた(甲B 7,乙 B 6)。被告は,同日,本件患者に対し,「ご主人からご連絡をいただきました。とても残念です。わたしは当分あなたには近づかない方がよいと思います」などの文章を電子メールにより送信した(甲A2,乙A 7)。
  同年 5 月 2 日午前 9 時 47 分ころ,被告は,中久喜医師に対し,本件患者が「昨日自殺企図をおこされたということを」「伺いました。わたしとの関係は結局彼女のつらさを強めたようです。わたしとしては,距離をとらせていただいた方がよいと考えています。少し話し合わせていただいた方がよいと思いますので,ご連絡を頂けましたら幸いです」などと記した書面をフアックスにより送信した(甲A 2,乙 A7)。本件患者は,同日午前 11 時44 分ころ中久喜医師に対して,「桜井 D r .はMが自宅に電話したことをどうもお怒りの様子です。そして,彼の本質的なところ(責任逃れ/ 誠意が感じられない)は前回と変わらないような気がします。しかし,今回の自殺未遂ははっきり言って全く彼には関係がないのです」,「どちらかというと,最後のメールに私は非常に傷つきました。(今もその状態が続いています。)これからどうなるか分かりません」などの文章を電子メールにより送信した(甲A2)。中久喜医師は,同日正午すぎころ,被告が同医師に送信した上記ファックスを,被告の確認をとることなく本件患者に転送し,その後も被告と連絡をとらなかった(甲A2)。本件患者は,同日夕方,電話で被告と話をし,次いで中久喜医師と電話で話をし,その後再度被告と電話で話をした(甲A29甲 B 3,甲 B 7,乙 B 6)。
  Mは,同年 5 月 2 日午後 10 時 40 分ころ,本件患者が自宅のクローゼットの中で首を吊っているのを発見した(甲B 7)。本件患者は,同月 3 日午後 12 時 20分ころ医真会八尾病院において死亡した(甲B 8)。

2 争点
 本件の争点は,弁論準備手続の結果(特に,第14 回弁論準備手続期日における原告らの陳述)等に基づくと,次の5 点である。

(1) 被告が本件患者と不適切な治療関係を形成したか否か。
(2) 被告が本件患者の診療を継続したことが不適切であったか否か。
(3) 平成 12 年 5 月 2 日の本件患者からの電話に対する被告の対応が不適切であったか否か。
(4) 被告による診療行為と本件患者の自殺との間の因果関係の存否 (5)損害の有無及び額

3 争点に関する当事者の主張
(1) 被告が本件患者と不適切な治療関係を形成したか否か(争点(1))。
(原告らの主張)
被告は,平成 7 年 5 月 17 日ころから同年11 月 8 日ころまでの間, 本件患者に対して不適切な診療を行い,これによって,本件患者の被告に対すと恋愛性転移(病的依存)が形成・維持され,悪化した。
  被告の診療は次の点で不適切であった。
ア 被告が示した治療方針は, @それまで父親(原告昭彦)主導であった家族関係を母親 (原告久美子)主導にし,本件患者が母親に甘えられるようにする,A本件患者のわがままを両親 (原告ら)が許していく,B被告が本件患者の「恋人役」をするなどの点から構成されており,これらは,それぞれ,@家族の分断を招く,A治療構造が破壊されやすくなる,B治療者が積極的に自ら転移・病的依存の対象となる点で不適切である。また,母親に甘えるようにすることと「恋人役」に依存することは両立しないものであり,@とBを同時に行えば患者を混乱させることになる。
 イ 境界性人格障害の治療に際しては, 治療構造を設定してこれを遵守することが必要であるが,被告は,治療構造を設定せず,長時間の面接を行つたり,頻繁に面接するなど無原則な対応をした。
   すなわち,精神療法を行うに際しては,通常週1 回程度,多くても週 2,3 回の頻度で,1 回につき30 分ないし 50 分の面接を行うのが通常である。しかし,被告は,これを超える頻度で面接を行い,また,個々の面接に長時間を費やしたり,1時間程度の個別面接を1 日に複数回実施した。具体的には,被告は,平成7 年 6 月 13 日に 2 回,同月 27 日に 2 回,同月 28 日に 3 回 ,同年 9 月 8 日に 2回の面接を行っており,また,同年 7月 4 日の面接時間は2 時間,同年 9 月 6 日の面接時間は 3 時間であった。
 ウ 平成 7 年 6 月ころには, 本件患者の被告に対する恋愛性転移・病的依存が生じ,これが外部から観察できる状態になっていた。被告は,この時点で,主治医が患者と現実的な恋愛関係になることがないことを明確にし,転移・病的依存を解消するための措置をとるべきであった。しかし被告は,本件患者に対してあいまいで思わせぶりな態度をとり,本件患者の被告に対する転移・病的依存を悪化させた。また,原告は,本件患者の「恋人役」を引き受けるなど,意図的に本件患者の被告に対する転移・病的依存を形成・強化した。
  エ 被告が上記のような不適切な治療行為をした背景事情として,被告に本件患者に対する恋愛性の逆転移及び「非常に死んでしまいそうな人に死なれたくない,という保護欲求による逆転移」が生じていたことが挙げられる。逆転移が生じた場合,医師はそれが解消されない限り当該患者に対する診療を回避すべきである。しかし,被告は,本件患者に対する逆転移を解消することなく,本件患者に対する診療を継続した。

( 被告の主張 )
 ア 被告ら慶応病院のスタッフは, @本件患者が家族とうまく意思疎通できていないことを問題視し,それを改善するために,当時家族の中で自由に発言することができなかった原告久美子が意見を言える環境を整え,本件患者が原告久美子と信頼し合えるようにすることが重要であると考えた。また,A本件患者は,他人を信頼せず,情緒を抑圧して,ときにそれを突然噴出させて自殺等の危険な行動に走る傾向があった。そこで,被告らは,本件患者の「悪い子の自分はいてはいけない」という意識に対し,「悪い子の部分を出しても」,また,「ある程度踏み込んでも」,「人間関係が損なわれない」という経験をさせるために危険でない行為については,一定の自由を付与した。しかし,B被告が恋人役をするという治療方針を示したことはない。なお,恋愛性転移と病的依存を同等に論じるのは適切ではない。

 イ 本件患者の慶応病院入院当時,同病院では,一般的に1回 60分程度の面接を週 4 回実施していた。そして,当時最も広く行われていた精神分析療法において標準とされる面接の時間及び頻度は,1回 45 分ないし 50分の面接を週 3 ないし 5回行うというもので,被告ら慶応病院のスタッフが行った面接はこれにのっとったものであった。被告は本件患者に対する面接の時間を延長したこともあるが,それは本件患者の希死念慮が強く,面接を打ち切ると直ちに自殺に走る危険性があると思われる場合に限られていた。また,被告は,精神分析療法のための面接は1 日 1 回までしか行っていない。同一の日に2 回以上の診療が行われることがあったのは,精神分析療法のための面接のほかに,本件患者の担当医として対応しなければならない事柄があったためである。

 ウ 平成 7 年 6 月当時は,本件患者の被告に対する恋愛性転移は確認されていなかった。この当時確認されていたのは,「依存心」と「期待」のみであり,本件患者の被告に対する恋愛性転移が明確になったのは同年9 月になってからである。本件患者の恋愛性転移に気づいた被告は,医師と患者が恋愛関係になることはないことを本件患者に納得させるよう努力をしており,意図的に転移を形成・強化したことはない。しかし,本件患者は「誰も自分を助けてくれない」との思いを強く持っていた一方で,被告に対しては強い信頼を寄せていたために,もしも被告に対する信頼を失えば,自殺を試みる可能性が高く,被告は慎重に言葉を選びながら本件患者の恋愛性転移を扱わなければならなかった。

 エ 被告に本件患者に対する恋愛性の逆転移が生じたことはない。また,「非常に死んでしまいそうな人に死なれたくない」という意識を持つのは医師として当然であり,これを逆転移と考えるのは誤りである。

(2)被告が本件患者の診療を継続したことが不適切であったか否か(争点(2))。

(原告らの主張)

 ア 被告は,本件患者の慶応病院退院後,自身との面接が本件患者の自殺企図を引き起こすことを認識しながら本件患者に対する外来診療を継続し,また,平成8 年 1 月 5 日に「内心はともかく個人的な関係になることにない」と述べるなどそれまでと同様にあいまいな言動をした。
   原医師が長谷川病院での診療と並行して被告の診療を再開することを提案したこと(前記診療経過の概略(2)参照)に対しても,被告は,自らの診療が本件患者の状態を悪化させたことを踏まえ,本件患者に対する診療を再開すべきでなかった。しかし,被告は,漫然と本件患者に対する診療を継続し,さらに,電話によるカウンセリングをするなど治療構造を破壊し,また,本件患者に対してあいまいな態度をとり続けることによって,本件患者の被告に対する転移・病的依存を悪化させた。
   さらに,被告は,本件患者が平成 8 年11 月 28 日被告に電話をしたときには,「声を聞ければよかったのだろう」などと冷淡な対応をし,このために,本件患者は,見捨てられ感に見舞われ,自殺を図った。

 イ 被告は,平成 9 年 11 月中久喜医師の要請
(前記診療経過の概略(4)参照 )に対しでも本件患者に対する診療を再開すべきではなかった。しかし,被告は,漫然と本件患者に対する診療を再開し,さらに,一方で本件患者に対して恋愛感情を告白しながら他方で恋人になったり結婚することを拒否したり,治療方針を立てずに,また,治療構造を無視して,頻繁な面接,夜間の面接,電話による面接,診察室内での飲食並びに電子メール,絵はがき及びプレゼントの交換等を行い,本件患者の被告に対する転移・病的依存を維持・強化した。


 ウ 被告は,平成 12 年 1 月に本件患者の要請にこたえて同人に手紙を送っているが,これは不適切な対応である。
   平成 12 年 3 月についても,従前の経緯を踏まえれば,本件患者の面接の要請に被告がこたえれば本件患者が自殺等を繰り返すことが予想されたのであり,被告は本件患者との関係再開に応じるべきではなかった。また,被告は,関係再開後も,週1 回電話で世間話をするという治療構造を遵守せずに,電話や電子メールで頗繁に本件患者と連絡をとるなどして,本件患者の被告に対する転移・病的依存を強化した。

( 被告の主張 )
  ア 慶応病院退院時に本件患者が最も信頼を寄せていたのは被告であったことや,治療者が次々に代わることは境界性人格障害の患者には外傷体験になることを考慮すれば,慶応病院退院後も被告が本件患者の診療を継続したことは正しい判断であった。
   被告が長谷川病院の原医師と並行して本件患者に対する診療を行ったのは,同医師の判断でもあったのであり,当時は,被告による面接の継続が望ましい状況であった。
   このころの面接は,週 1 回 50 分程度のものであり,被告は,本件患者が危険な状況にあるときを除いて,この治療構造を守っていた。そして,本件患者に対しては,引き続き,交際はできないことを説明したが,「心の中にも恋愛感情は一切ありません」と断定することは,当時の本件患者の状況からみて危険であった。また,電話による面接については,本件患者が被告に電話で助けを求めてきたときにこれに応じたことはあるが,このような対応は適切である。
   平成 8 年 11 月 28 日本件患者から被告に「声が聞きたかったので」という電話が架かってきたので,被告は普通に挨拶をして電話を切った。被告が「声が聞ければよかったのだろう」と冷淡に対応したという事実はない。被告は,本件患者が長谷川病院を退院したことを知らなかったし,本件患者は自殺をにおわせる発言もしなかった。
 イ 被告が平成 9 年 11 月本件患者に対する診療を再開したのは,中久喜医師からの強い要請によるものである。
   当時, 本件患者は希死念慮が強く,また,長谷川病院通院時とは異なり緊急時に閉鎖病棟に入院させることができるといった安全網も存在しなかったために,被告は,言葉によって本件患者に自殺を思いとどまらせなければならなかった。被告が面接時間を延長したり,頻繁に面接及び電話をしたのはそのためであった。これらの頻繁な面接及び電話は,中久喜医師の了解の下に行われたものである。また,診療再開後本件患者が被告に対して「私を愛してくれないなら死ぬ」などと述べるようになったため被告は,本件患者に対して,自殺を思いとどまらせるために,被告が本件患者のことを心配しており,本件患者に(親の愛情や人間愛を含む広い意味での )「愛情」を感じていることを理解させようとしたが,恋愛という言葉は極力避けた。被告は,この間,中久喜医師と面接の中止や本件患者を入院させることについて話し合ったが,同医師はこれらの提案を受け入れなかった。
   なお,被告は,中久喜医師に対して,本件患者との面接の内容をフアツクスで報告していたが,被告が送信した報告を本件患者が閲覧することが予定されていたために,本件患者が納得するような表現を用いて中久喜医師に対し報告しなければならなかった。
   被告が本件患者に贈ったプレゼントは, 本件患者からのプレゼントに対するお返しであり,これを怠れば本件患者は見捨てられたと感じてしまう危険があったし,プレゼントを渡すことには,治療者がそばにいないときにも患者が治療者とのつながりを実感することができるなどの効果もある。また,被告は,本件患者との面接終了に際し,一度休憩のために飲物を飲む時間をもうけ,最後に落ち着いてまとめの時間をつくることがあったが,これも妥当な措置であった。

 ウ 被告が平成 12 年 3 月に本件患者との面接等を再開したのは,M,原告久美子及び中久喜医師からの強い依頼があったからである。このときは,被告は本件患者に対して精神療法等の治療行為を行っていないし,診察料も受け取っていない。そして,被告と本件患者との電話の回数は週 1 回程度であった。
   また,同年 5 月の時点では,本件患者の被告に対する恋愛性転移はほぼ解消されていた。

(3) 平成 12 年 5 月 2 日の本件患者からの電話に対する被告の対応が不適切であったか否か (争点(3))。

  (原告らの主張)
  本件患者が自殺をした平成 12 年 5 月 2日当時本件患者の被告に対する転移・病的依存は解消されていなかった。にもかかわらず,被告は,同日,本件患者が継続的に面談等をして自殺を止めてほしいと要求した際に,なぜそのような気持ちになるのかを本件患者に問いかけるなどの治療的な対応をせずに,本件患者の要求を拒絶した。また,被告は,家族への連絡や入院の推奨などの自殺防止措置も講じなかった。そのために,本件患者は,衝動的に自殺を敢行した。

( 被告の主張 )
   被告は, 平成 12 年 5 月 2 日本件患者の危機に対応してもらうために,中久喜医師にファックスを送った。被告は,同日,本件患者に対して,中久喜医師と話合いをするよう促し,また,本件患者の自殺を思いとどまらせるために,同月7 日に話をする約束をとりつけた。

(4)被告による診療行為と本件患者の自殺との間の因果関係の存否(争点(4))
(原告らの主張)
   平成 12 年 5 月当時,被告によって形成,維持,強化された本件患者の被告に対する恋愛性転移・病的依存は解消されておらず,これが本件患者の自殺の原因となった。
( 被告の主張 )
  平成 12 年 5 月当時,本件患者の被告に対する恋愛性転移は解消していた。
  境界性人格障害の持つ精神病理は自殺と密に結びついており本件患者の自殺企図は,境界性人格障害の精神病理に基づくものである。
(5) 損害の有無及び額 ( 争点 (5))
  (原告らの主張)  被告の不法行為によって,本件患者は,逸失利益4858 万 3306 円及 び死亡慰謝料 2000万円,以上合計6858 万 3306 円の損害を被った。本件患者の両親である原告らは本件患者の被告に対する上記損害賠償請求権についてその2 分の 1 である 3429 万 1653 円ずつを相続した。
   また,原告らは,本件患者の死亡によって精神的損害を被っており,これを慰謝するのに必要な金額は,それぞれ 500万円を下らない。さらに ,原告らは,本訴追行に必要な弁護士費用相当額の損害として合計500万円の損害を被った。
第 3 当裁判所の判断
1 争点 (1)一被告が本件患者と不適切な治療関係を形成したか否かについて
  原告らは,慶応病院入院中における被告の診療行為に関し,(1)被告が立てた治療方針,(2) 面接の頻度及び時間等,(3)本件患者に生じた恋愛性転移の取扱いの3 点において,被告が本件患者と不適切な治療関係を形成した旨主張しているので,順次,検討する。
(1) 慶応病院入院中に被告が立てた治療方針の適否について
   原告らは,被告が立てた治療方針について,@原告昭彦主導であった本件患者の家族関係を原告久美子主導にし,本件患者が原告久美子に甘えられるようにする,A本件患者のわがままを原告らが許していく,B被告が本件患者の「恋人役」をするなどの点がいずれも不適切であったと主張する。
  このうち,@及びAについては,@被告が原告久美子と本件患者の関係を改善することを目指し,また,A本件患者に一定の枠内で自由を付与したことは,被告もおおむね認めるととろであるが,そのような治療方針が不適切であるとの医学的知見の存在を示す的確な証拠は本訴において提出されていない。この点について,Z医師の再意見書(甲 B 14)中には,境界性人格障害の患者が思いっ切り甘えれば,際限のない他者への依存が生じてしまうので,思いっ切り甘えることを許すとの治療方針は不適切であるとの指摘があるが,被告が採用した治療方針が一切の制約なしに甘えることまでも許容するものであったと認めるに足りる証拠はなく,上記指摘は前提を欠く。
   してみると,上記@及びAの治療方針が不適切であったとの原告らの主張は,採用できないので,以下,上記Bについて検討する。
  ア 原告らは,被告が「恋人役」をするとの治療方針を示したと主張する。ここにいう「恋人役」との語は,治療者である被告が意図的に本件患者の恋愛性転移の対象となることを指しているものと解される。なお,転移とは,患者の過去の人間関係が,治療者と患者との関係で再現されることをいう( 乙 B 1)。
    そして,原告昭彦は,本人尋問において,本件患者が平成7 年 5 月に自殺未遂をした後被告が原告昭彦に対して本件患者の「恋人役」をすると述べたと供述し,原告昭彦作成の陳述書(甲 B 5)にもこれに沿う記載がある。また,本件患者の妹である涼子 ( 以下「涼子 」という。)作成の陳述書(甲 B 6) にも ,同年6月後半から同年7月前半の間に被告から本件患者の「恋人役」という治療方針を伝え聞き,同年 9 月ころには慶応病院の婦長からも被告が「恋人役」をしている旨を聞いたと供述し, 原告久美子作成の陳述書(甲とB1 の 1) にも同年 7 月ころまでには原告昭彦及び涼子から「恋人役」という治療方針を伝え聞いたとの記載がある。

  イ ところで,慶応病院における本件患者の平成7 年 3 月 4 日から同年 12月 1 日までの聞の入院診療録(乙 A1)及び同人のサイコセラピーセンターにおける診療録(甲 A 1 の1)によれば,次の事実が認められる。
    本件患者は,同年 5 月 17 日,元恋人との思い出の場所である千鳥ケ淵において自殺未遂をし,同年8 月 11 日には元恋人と面会したが,拒絶の姿勢を示された。こうした経過の後に,同年9 月に入ったころから,被告に対して恋愛感情をあからさまに表現するようになり,それがかなえられないときには自殺をする旨をほのめかすようになった。
    これを具体的にみると,同年 9 月 3日,本件患者が治療が終わったら被告と個人的な関係を持ちたいと述べたのに対して,被告は,被告自身は治療のことを考えているが,本件患者が納得するまでつきあう考えである旨答えた。
    同月 6 日,本件患者が,被告を独占したい,一番大事にしてほしいと述べたのに対して,被告は,それは無理なところがあると告げ,とにかく本件患者が納得するまで,外来なら週1 回,おつきあいして本件患者が幸せになることを援助したい旨述べた。同月16 日,本件患者が,被告に対し,被告のことが好きだし,あきらめていないと話したのに対して,被告は,治療の中で本件患者とおつきあいしていると考えている旨伝えた。被告は,同月19 日,本件患者に対して ,同人とは医者としてのつきあいしかできない旨を告げ,そのことを本件患者同席の場で原告久美子に報告した。同月21 日,本件患者が被告に対して被告のことをあきらめないと述べたのに対して,被告は,同人が提供するものは治療であり,これは本件患者が求めているものと違うかもしれない旨告げた。同年10月 11 日,本件患者が被告のことをあきらめておらず治療が終わったら被告と個人的な関係に入りたい旨述べたのに対して,被告は,「こちらはそう思っていない。今はこの関係も仕方ないことであるが,他の人にも自分をわかってもらわなけなければ共倒れ」であると述べた。
 また,平成 8 年の済生会における通院治療の際には,被告は,原告昭彦に対し,本件患者が「dateの様なつもり面接にきている」と批判した。

  ウ そこで,前記イ認定事実に基づいて検討すると,仮に原告らが主張するように被告が本件患者の「恋人役」をするとの治療方針を立てていたのであれば,平成7 年 9 月に入ってからの本件患者の恋愛感情の表白に対する被告の対応は,前記イ認定のそれとは異なるものとなるのが通常であろう。しかるに,被告は,前記イ認定事実からも明らかなとおり,医師と患者という関係を堅持した対応に終始しているのである。
    こうしたこと及び前記イ認定の事実経過に加え,被告が本人尋問において原告昭彦又は涼子に対して本件患者の「恋人役」をすると述べたことはないと供述していることをも総合的に考察すれば,被告が「恋人役」をする旨を被告自身や慶応病院の婦長が述べた旨の原告昭彦の供述及び同人の陳述書中の記載,原告久美子の陳述書中の記載並びに涼子の陳述書中の記載(前記ア)はいずれも採用することができないというべきである。
    なお,被告は,その本人尋問において,同年9 月前後の本件患者の状況について,恋人に捨てられたため,死にたくなったり,具合が悪くなったりして被告にしがみつくようになった,そうした状態を治療者が恋人の代わりに支えている状態であったと説明している。原告らは本件患者がそうした状態にあるとの被告の説明を上記のとおり理解した可能性も考えられる。
  そして,他に,被告が「恋人役」をする旨を被告又は慶応病院の関係者が述べたことを認めるに足りる証拠はない。
また,原告久美子の陳述書 ( 甲 B 1 の 1)には,被告が本件患者に対して「幸子さん(本件患者 ) にプロポーズしたらご両親はびっくりするだろうな」と述べた旨を本件患者から聞いたとの記載があり,訴外Q( 以下「Q」という 。) 作成の陳述書( 甲B 9) にも,被告が本件患者に対して「お嬢さんを下さいって言ったらお父さん驚くかなあ」と述べた旨を本件患者から聞いたとの記載があるが,これら各記載に関しでも,前記イ認定の事実経過に徴すると,被告が本件患者に対して同人との結婚を望む旨の発言をしたと認めることはできない。

エ そして他に, 被告が意図的に本件患者の転移の対象になったと認めるに足りる証拠はない。
 してみると,被告が示した治療方針が不適切で、あったとの原告らの主張は,いずれも,前提となる事実を認めるととができないか,医学的知見の裏付けを欠くので,採用できない。

(2) 慶応病院入院中における面接の頻度及び時間等の適否について
原告らは,被告が本件患者の診療に際し治療構造を設定せず無原則」な対応をしたと主張しており,これは,面接の回数及び時間等を事前に設定し,事前に定めた回数及び時間からの逸脱を避けなければならないにもかかわらず,被告がこれを怠ったとの趣旨であると解される。また原告らは,被告による面接が,過度に頻回であったとも主張する。

ア 慶応病院の入院診療録( 乙 A1)に基づいて被告が本件患者と面接を行った曜日,時間帯及び面接時間等について検討すると平成7 年 5 月 17 日ころから同年 11 月 8 日ころまでの聞に被告が本件患者と面接をした日時等は,別紙慶応病院における面接経過一覧表のとおりであると認められる(同一覧表は被告による上記診療録への記載から,家族に対する病状説明についての記載,他の医師と共同して実施した面接についての記載及び投薬の記録,外出許可の記録等精神療法以外の事柄に専ら関係すると認められる記載を除いたものを列挙したものであり,同表記載のすべての機会において自由連想法等の精神療法が行われたことが認められるわけではない。)。
 これをまとめると, 被告による面接の回数は,同年5 月下旬ころから同年 7 月上旬ころまでは ,火曜日, 水曜日及び土曜日を中心に週 3 日程度,同月中旬ころから同年 8 月上旬ころまでは, 火曜日及び金曜日を中心に週 2 日程度 ,同月中旬ころから下旬ころまでは,週 4 日程度 ,同年 9 月 3 日から 9 日までの週及び同月10日から 16 日までの週はそれぞれ 5 日ずつ、その後は,火曜日,水曜日及び土曜日を中心に週 3 日程度であった。また,被告が面接を行った時間帯及び面接時間の長さについては,本件全証拠によっても詳細に認定することはできないが,上記期間中には,1時間を超える面接が2 回あり,1 日に複数回の個別面接を行ったと考えられる日が14 日ある。

イ ところで,被告による面接に関して,Z医師の意見書( 甲 B 4) は , これを無原則な面接日,時間の設定であると評している。同意見書は,面接を行う日時は一定であるべきとの前提に立っているものと解される。また,同意見書には,5O分間を超える面接は有害であるとか,1 日に複数回の面接を行うことは精神療法の常識を逸脱しているなどの記載もある。
 しかし,前記ア認定のとおり,被告による面接は,とりわけ平成7 年 6月及び 7 月の聞は,その頻度等に緩やかな規則性が認められるのであって,全くの無原則なものであったとまでは認めることができない。そして,治療構造については,「わが国において治療構造論は,ある設定された治療構造,とりわけ ,その外的な構造を遵守すべしと主張する教義であるかのように誤解されてきた」( 乙 B 4),「「無構造 」な治療 ( 的なかかわり)というものは ,あり得ないのであ」って,「例えば,面接室や面接時間を定めない面接においては,“面接室や面接時間を定めない”という治療構造が設定されていると理解されなければならない」( 乙 B 4), 境界性人格障害の患者については治療構造を「最後まで保持できる事例は極端に少ない」,「治療構造をあらゆる手段によって強固に守り続けることによって,クライエントのなにかが圧殺され,傷つくことも予想される」( 乙 B3)とも指摘されているところである。こうしたことを総合的に考察すると,面接を行う日時や面接時間を事前に厳密に定めなければならないとも,定めた面接時間等をいかなる場合にも遵守しなければならないとも認めることはできないというべきであって,被告による面接の日時が厳密な規則性に貫かれていなかったことをもって,直ちに不適切であるということはできない。

ウ また ,面接の時間及び 1 日に行うべき面接の回数については,原告らが指摘するように,平成 7 年 7 月 4日実施の面接が 2 時間弱,同年 9 月 6 日実施の面接が約3 時間を要ーしたことは面接一覧表記載のとおりである。
 しかし, @慶応病院の入院診療録( 乙 A1)には,上記各日の面接について,同年7 月 4 日付けで「 2h r 弱を要してしまう 」,同年9 月 6 日付けで「 3h r を要した !!」との面接時間の長さを強調する記載があること,A上記各日以外の面接のうち,面接時間が入院診療録( 乙 A1)に記録されているものをみると,その面接時間は,それぞれ約2O 分間 ( 同年 5 月 18 日 ),約 3O 分間( 同月 24 日 ),約 1 時間 ( 同年 6 月27 日 ),約 3O 分間 ( 同年 7 月 11 日 ),約 45 分間 ( 同月 14 日 ), 約 5O 分間(同月 18 日 ), 約 55 分間 ( 同月 28 日), 約 5O 分間 ( 同年 8 月 8 日 ),約4O 分間 ( 同年 9 月 8 日 ), 約 2O 分間( 同月 9 日 ), 約 3O 分間 ( 月 12 日), 約 5O 分間 ( 同月 23 日 ), 約 1 時間( 同月 26 日 ), 約 2O分間 ( 前同日 ),約 1 時間 ( 同月 27 日 ), 約 25 分間 (同月 3O 日 ), 約 1 時間 ( 同年 1O 月 1 日 ), 約 1 時間 ( 同月 4 日 ), 約 6分間 ( 同月 6 日 ), 約 3O 分間 ( 前同日), 約 35 分間 ( 同月 1O 日 ), 約 5O分間 ( 同月 11 日 ), 約 45 分間 ( 同月17 日 ), 約 25 分間 ( 前同日 ), 約 55分間 ( 同 月 18 日 ), 約 3O 分間 ( 同月24 日 ), 中断を挟んで約 1 時間 ( 前同日), 約 1 時間 ( 同月 27 日 ), 約 1O 分間( 同年 11 月 4 日 ), 約 2O 分間 ( 同月5 日 )であり , 長いものでも約 1 時間に止まっていること,B被告がその本人尋問において, 慶応病院入院時代の面接の時間が1 回当たり 50分から 6O 分であると供述し,同人の陳述書( 乙 B 6) にも同旨の記載があることに徴すると,上記の同年7 月 4 日及び同年 9 月 6 日の面接は,例外的に長時間を要したものであったと認められる。
 そして,同年 7 月 4 日及び同年 9 月 6 日の両日に行われた面接が長時間を要した事情について検討すると,次のとおりである。まず ,同年 7 月 4日については,同月 3 日に本件患者が面会者の影響により不安定になっており,芳賀真理子医師が診療録に同日付けで「自殺にいたる可能性あり要注意!」と記載し,同日付けの看護記録にも「頻回に巡視する」との記載があるところ,同月4 日の面接の話題は, 専ら前日の出来事と関連するものであった(乙 A1,乙 A3 の 4)。同年 9 月 6 日についても,その前日(同月 5 日 ) に本件患者が大量の薬をため込んでいるのが発見されており,同月6 日の面接の話題はそのことに関するものであった( 乙 A1,乙A3 の 4) 。このような事情にかんがみると,同年7 月 4 日及び同年 9 月6 日の面接が長時間に及んだことについては,それなりに首肯できる理由があったというべきである。これに加えて,あらかじめ設定した面接時間等をいかなる場合にも遵守しなければならないと認めることはできないことは前記イ説示のとおりであって,これらの事情を総合的に考慮すると,被告の面接時間の長さが不適切であったと認めることはできない。
 1 日に行う面接の回数についても同様であり,これまで説示してきたところによれば,医師の患者との接触を1 日 1 固までに厳密に制限しなければならないと認めることはできないというべきであって,被告が本件患者と 1 日に複数回の面接を持ったこと自体が不適切であったと認めることはできない。

エ 面接の頻度についでは, 証人中久喜は,境界性人格障害の患者に対して週4 回もの精神療法をすることは禁忌とされていると証言する。しかし、乙B 1 に境界性人格障害の治療には週 2,3 回の積極的精神療法が必要であるとの記載があること(ただし ,同文献が指摘する積極的精神療法と被告が行った自由連想法による精神療法の異同に関しては具体的な主張・証拠がない。)のほか, Z医師作成の意見書(甲B 4)が逓に多数回の面接を行う「濃厚な精神療法面接」との手法を紹介していること,半田貴士及び久場川哲二両医師作成の意見書(乙 B 8)が被告の面接回数に不適切な点はないと指摘していること,被告本人が,英国流の精神分析では境界性人格障害の患者にも週4 回から 6 回の精神分析療法を行われており,それは日本でも同様であると供述し,同人作成の陳述書(乙B 6)にも同旨の記載があることにも徴すると,被告が本件患者に対して週約4 回の精神療法面接を行ったことをもって,直ちに不適切であったと認めることはできない。
 そして,他に被告の本件患者との面接が,規則性,頻度及び時間の点で不適切であったと認めるに足りる証拠はない。

(3)本件患者に生じた恋愛性転移の取扱いの適否について原告らは,@平成 7 年 6 月の時点で主治医が患者と現実的な恋愛関係になることがないことを明確にし,転移・病的依存を解消するための措置をとるべきであったにもかかわらず,被告が本件患者にあいまいで思わせぶりな態度をとったために,本件患者の被告に対する恋愛性転移が維持・強化されたと主張し,Aまた,被告が意図的に本件患者の転移の対象になったとも主張する。
 このうち,Aの主張を採用することができないことは,前記(1) 説示のとおりであるから,以下,上記@の主張について検討する。

ア 被告は,前記1(1)イ認定のとおり,平成7 年 9 月 3 日,同月 6 日及び同月 16 日に本件患者と被告との診療関係について「つきあう」「おつきあい」という表現を用いて本件患者と話をしている。
 また , 慶応病院の入院診療録( 乙 A1)によれば,被告は,同年6 月 24 日に被告を待っていたという本件患者に対して「現実的に待っているのと彼の代わりというのは両方あるだろう」、同月28 日に夏休み中に「私がいないと困るだろう」,同年7 月 5 日に被告に対する恋愛感情のようなものを持っていたが他の医師にそれはよくないといわれあきらめたと述べた本件患者に対して「そういう気持ちを持つこと自体がいけないのか」と述べたことが認められる(ただし同年 7 月 5 日には「実らないが心の支えにする」とも述べている 。)。
 さらに,被告は,その後も,同年 9 月 26日自分のことを気に入っているのかと問う本件患者に対して,「好ききらいということでは,相性というより趣味は合うようである」「それはともかく」被告が本件患者と「おつきあいする目的は治療のためである」と述べ,同年 10月 7 日被告が他の女性患者の診療に時間をかけたのを知って具合が悪くなったという本件患者に対して「そういう気分にさせたことについては,国会答弁でいえば ,遺憾 」であると述べた( 乙 A1)。
イ 前記ア認定の被告の本件患者に対する対応は,被告が本件患者に好意を持っていると本件患者に感じさせる余地があり得るものであったとも評し得る。しかし ,これらの各対応は飽くまで本件患者と被告との関係が治療者と患者の関係、であることを前提にしたものであると認められるし,また,被告は,前記(1)イ及びウ認定説示のとおり,同年9 月 19 日,同月 21 日及び同年1O 月 11 日に本件患者と個人的な関係に入ることを明確に否定しているのであって,被告は,一貫して,本件患者に対して,個人的な関係を形成する意思を有していないことを伝えようとしていたものと認められる。

ウ ところで,Z医師作成の意見書(甲 B 4)は,このような被告の言動について,言葉遣いが患者からみて誘惑的であり,また,本件患者が表明した被告と恋愛関係に入りたい旨の希望の拒絶の仕方があいまいであり,これらの点がいずれも不適切であると指摘する。また,同意見書は,主治医は治療を行うのであり,現実的な恋愛関係になることはあり得ないことなどについて本件患者が合意しない限りは,平成7 年 6 月の時点で,治療を中断するか,本件患者を転医させるべきであったとも指摘する 。
 しかし,「境界例の心理療法では,治療を中断ないし終了する場合,そのことについて,かなり長期間,話し続けていく必要がある」との指摘(乙B3)があること,長谷川病院の原医師が平成8 年 1 月 27 日本件患者と被告の心理的距離が近くなったことはどの治療者であっても起こることである旨述べていたこと(乙 A12),そして,原医師の提案により, 本件患者は同年2 月 28 日から長谷川病院の診療と並行して被告の診療を受けるようになったこと(前記診療経過の概略 (2)) 並びに半田及び久場川両医師作成の意見書( 乙 B 8)が,被告の言葉遣い及び被告と恋愛関係に入りたい旨の本件患者の要望を被告が拒絶した態様のいずれもが適切であったと指摘し治療の中断又は転医についても消極的な意見を述べていることを併せ考慮すると平成7 年当時患者が主治医に対して恋愛性転移を生じた場合について,主治医は治療を行うのであり現実的な恋愛関係になることはあり得ないことについて患者が合意しないときには治療を中断するか,患者を転医させるべきであるとの考え方が医療水準として確立していたと認めることはできないし,本件患者に関して,そのような対応が症状の改善あるいは増悪防止に資するものであったと認めることもできない。
 また ,そもそも , 平成 7 年 6 月の時点で本件患者が直接被告に対して恋愛関係に入ることを求めていたと認めるに足りる証拠はなく,このことに徴すれば,平成7 年 6 月の時点で,被告が直接本件患者に対して主治医が患者と現実的な恋愛関係になることはあり得ない旨を告げるべきであったとの原告らの主張は採用できないというべきである。
 そして,他に,本件患者に生じた恋愛性転移の取扱いについて被告に不適切な点があったことを認めるに足りる具体的な主張・立証はない。

2 争点 (2)のアの主張関係−慶応病院退院後平成8 年 8 月までの診療行為の適否について

(1) 慶応病院外来における診療行為について
 慶応病院退院 ( 平成 7 年 12 月 1 日 )後から平成 8 年 1 月 5 日までの同病院外来における診療に関し原告らは,被告が本件患者の自殺企図の原因になっていることを認識しながら診療を継続したこと,被告が本件患者に対し て「内心はともかく,個人的な関係になることはない」などのあいまいな発言をしたことのいずれもが不適切で、あると主張する。
 しかし, 本件患者に対する診療を中断すべきであったとの主張を採用することができないことは,前記 1(3) で説示したのと同様である。また,「個人的な関係になることはない」と述べた際に「内心はともかく 」との留保を付したことについては,これが不適切で、あることを認めるに足りる証拠はない。

(2) 長谷川病院との並行診療期間について
 原告らは,長谷川病院における診療と並行してされた平成8 年 2 月 28 日から同年 8 月までの聞の慶応病院及び済生会病院外来における診療に関し,@面接を再開したことそれ自体が不適切であり,また , A電話によるカウンセリングを行うなど治療構造を破壊したこと, B被告との恋愛を望む本件患者に対してあいまいな態度をとり続けたことが不適切で、あったと主張する。

ア このうち , @の主張を採用することができないことは,診療の中断及び 中止に関して前記 1(3)で説示したところと同様である。

イ Aの主張については,済生会病院の診療録( 乙 A7) によれば , 被告が平成 8 年 5月 1 日本件患者に対して不安なときは電話をするように指示したこと,本件患者が同日,同月 4 日,同月 23 日,同月29 日及び同年 7月 11 日に被告に電話をし,被告がこれに応じたこと,このうち同年 5 月29日の通話が面接を欠席する旨の連絡であったことが認められる。
 ところで , Z医師作成の意見書(甲 B4)は,被告が本件患者に対して危ないときには電話をするよう指示をしたことが不適切であったと指摘する。しかし,半田及び久場川両医師作成の意見書( 乙 B 8) が患者に電話で連絡をとらせることは適切な措置であると指摘していること,中久喜医師も本件患者に電話番号を伝え,死にたいという気持ちが起こったときは連絡をするよう本件患者に約束させ,本件患者からの電話を受けていたこと( 甲 B3)などに徴すると被告が本件患者からの電話に応じたことをもって,直ちに不適切であると認めることはできない。
 そして,その他本件全証拠によっても,同年2 月 28 日から同年 8 月までの間の被告の診療が,治療構造を破壊する不適切なものであったと認めることはできない。

ウ Bの主張については,被告は,平成 8 年5 月 15 日,被告が飼い慣らしたのであるから責任をとってほしいと述べる本件患者に対し,納得するまで通ってもらいましようと述べでいる(乙 A7) が, 原告らは,このような被告の発言を捉えてあいまいであると主張するものと解される。
 しかし, 被告は,同年 5 月 1 日, 本件患者に対し,個人的な交際はできないことを告げ,また,同年6 月 4 日,本件患者とはバイオリンの稽古を通じての中学生時代からの知人であり,当時本件患者の世話をしていたQ(甲 B 9)に対して,治療の目的は,本件患者が被告を現実的に見られるようになり,それを通じて現実的になっていくことであるなどとも述べており(乙 A 7),これらの事実経過にかんがみれば,被告は,一貫して,本件患者に対して,個人的な関係に入ることがないことを伝えようとしていたというべきであって,このような被告の態度が不適切であると認めることができないことは,これまで説示したのと同様である。

(3)そして,他に,慶応病院退院後の平成 7年 12 月から平成 8 年 8 月までの間の被告による本件患者に対する診療行為が不適切であったと認めるに足りる証拠はない。

3 争点 (2)のイの主張関係一平成 9 年 11月から平成 11 年 4 月までの済担会病院における診療行為の適否について

 原告らは,中久喜医師の診療と並行してされた,平成9 年 11 月から平成 11 年 4 月までの間の済生会病院における被告の診療行為についても,まず,診療再開をしたことそれ自体が不適法であり,また, 診療行為の内容が本件患者の被告に対する転移を維持・強化するものであったと主張する。そこで, 以下検討する 。

(1) 平成 9 年 11 月以降の済生会病院における診療の概要証拠
( 甲 A1 の 1,2甲 B 3,9,乙 A7,15) 及び弁論の全趣旨によれば,前記診療経過の概略摘示の各事実に加えて,平成 9 年 11 月以降の済生会病院における診療に関して,次の事実が認められる。


ア 本件患者は, 平成 9 年 1O 月 19 日,サイコセラピーセンターにおいて中久喜医師の面接を受け,同医師が治療方針の1 つとして入院治療を提示したのに対して,否定的な回答をし,次回の面接までに今後の方針について考える旨話した。本件患者は,同月22 日, 武田病院において中久喜医師の面接を受け,うつ状態がひどく,毎日の生活が無意味であるなどと述べた。
 このころ,Qは,本件患者の被告に対する恋愛性転移が本件患者の強い希死念慮に結びついており,同人が病気を克服するには被告との決別作業が必要であると考え,中久喜医師に対し被告との面接の再開を提案し,被告にも診療の再開を要請した。これに対して,被告は,中久喜医師に対し,本件患者に対する診療の再開に疑問を呈しつつも,中久喜医師の判断に従う旨を伝え,併せて診療を再開する場合の調整を同医師に依頼した。
 中久喜医師は,同年 11 月 2 日,本件患者に対し,被告との関係にはよい面も悪い面もあった,これらに伴う感情を徹底操作する(workthrough)必要があると告げ,被告との面接を再開することを決めた。被告の面接については,短期間で終了させること,モーニングワーク(喪失の仕事: 愛着依存の対象から離脱していく営み )あるいは治療の終結を目的とすること, 被告が面接状況を中久喜医師に報告すること,面接の状況を中久喜医師と本件患者が振り返ることが予定された。

イ 被告は ,同年 11 月 12 日,本件患者との面接を再開した。被告は,同日,被告による診療が中断していた間の本件患者の状況を聞き,慶応病院入院初期の状況について本件患者と話をした。同日の面接を踏まえ,被告は,同人による治療が心理的外傷として問題になっていることを認めざるを得ない旨を中久喜医師に報告した。被告は,翌13日,中久喜医師に対して,原告久美子から連絡があり,本件患者が被告との決別のために面接を行うことについて不満を持っており,病院にはもう行かないと述べていると聞かされたことを報告した。中久喜医師は,同月17 日の本件患者との面接に際し,被告との面接について,治療の終結にはこだわらないこと,一応押し入れの中にしまっておいた被告との体験を始末することによって(被告に対する ) 感情を徹底操作する(workthrough)こと(これまでは感情が凍結 (freeze)されていたこと,被告との面接から何が発展するかわからないこと),面接の期間を限定しないことなどを提案し,本件患者もこれに同意した。その後,中久喜医師は,被告に電話をし,被告との面接に関して,人間的なところ,感情を共有するところがなかったと本件患者が評していたことを伝えた。
 本件患者は,同年 11 月 19 日の被告との面接の際に,今回で面接を最後にしてもよいかと尋ね」被告は,本件患者が自殺をほのめかしていると感じた。その後,本件患者は,被告に対し,Qと恋愛感情を伴わない性交渉を持つ計画があると告げ,被告は,好きでないならそのようなことはすべきではないと応じた。同日,本件患者に対し,慶応病院入院当初に「恋愛感情あるいはそれに近いもの」を感じていた旨を話した。本件患者は,同月21 日中久喜医師と面接じ,被告のことが好きであり,好きな感情を持ち続けるニとを許してほしいというメッセージを被告に出し続けているが,それが通じず拒絶された感じを受けるなどと述べた。また,本件患者は,被告が本件患者が柏木と性交渉を持っかどうかを気にしていたと述べ,被告も本件患者に恋愛感情を持っているのではないかと話した。中久喜医師は,本件患者が被告に拒絶されたと感じたとの点について,被告は鈍感であるからもっと直接的な表現をした方がよいと述べ,被告と本件患者とめ関係について,また同じことを繰り返しているのではない」かと評した。その後,中久喜医師は被告に電話をし,本件患者が被告に好きな感情を持つことを許してほしいと述べたことを伝えた。
 本件患者は,同年 11 月 26 日,被告に対し,被告が感情を口にはしているが,情緒が伝わってこない旨を話した。本件患者は,同月28 日中久喜医師との面接において,被告は言葉ではいろいろ言うが,情緒的には伝わってくるものがない旨述べた。本件患者は,翌29 日,被告に電話をし,本件患者は被告にとって「昔の患者 」にすぎず,被告との面接には意味がないのではないかなどと述べた。
 同年 12 月 3 日の面接において,本件患者が被告に対して同人の態度が慶応病院入院当初と変わったと指摘したのに対して,被告は, 自分の気持ちは変わっていないつもりである旨述べた。また,本件患者は,被告との関係について,比輸を用いて,被告の家に入れてもらい茶を出されてくつろいでいたところ,そこが精神科医の家の玄関先の応接間であることに気が付いた旨述べた。これに対して,被告は,本件患者は居間までは入っていると述べ,また,被告は本件患者の家に入れてもらえるのかを尋ねた。中久喜医師は,同月 5 日,本件患者との面接の際に,被告との面接の意義について,目標としては本件患者が治療で心に受けた(traumatizeされた)傷を癒すこと, 傷にふたがじてあるので本件患者の心の半分から上が死んでおり,それをときほどく作業が必要であると述べた。また,被告との面接について,面接が全体として表面的(superficial)である,被告と本件患者がお互いに家(private)への招待を出したが,これがどう展開するかが注目されると評した。
 本件患者は,同年 12 月 1O 日, 被告との面接の際に,最近見た夢の話をしたが,被告は,夢に関する話題に時間を割かなかった。被告は,そのことについて,中久喜医師に対して「夢の解釈は治療者っぽすぎると思った」旨を報告した。その後,本件患者は,もう被告との面接をしたくない旨述べ,また,家の比輸を用いて,被告との関係について,以前は地下室まで見せてくれたのに今回は応接間までであり,そうであれば被告との関係を欲しない旨を述べた。これに対して,被告は,「こちらから誘いすぎてはいけないかと思うけれど,どこでもあがってきてほしい」と述べた。本件患者は,同月 13 日,中久喜医師に対し,被告とのコミュニケーションにギャップがある旨延べ,被告が同医師に本件患者との面接状況を報告するために送信しているファックスを読んだ方がいいのかと尋ね、同医師は、そのことについて被告と相談ずるよう促した。中久喜医師は,翌14日, 被告と電話で話をし,被告と本件患者とのコミュニケーションギヤツプの存在を指摘し,加えて,被告が自由連想的に話すと本件患者が混乱する,治療の仕切直しをして,治療構造をしっかりさせること(firmにすること),リーダーシップを持つことなどを助言した。同月 15 日,本件患者は,被告に電話をし,被告が中久喜医師に送信しているファックスを読むことについて承諾を求め,被告はこれを承諾した。
 同年 12 月 17 日,被告は,本件患者と面接し,「私はものすごい力で幸子さんを下の方 ( 無意識の方 ) で引っ張っている。それなのに寄ってくるとバッシングする。まったく虐待であると思う 。申し訳ないと思う」などと述べた。また同日の面接の様子を中久喜医師に報告する書面に,被告は,個人としての立場と医者としての立場の折り合いが悪くなっているが,個人としての立場を面接の中で、守った方がよいと思う旨記載した。また,被告は,中久喜医師に送信した同月19 日付けの文書に,本件患者に対して「「正直に事実を,気持ちをオープンに話す」ということについては,(中久喜先生がどう思っているのかは桜井は正確に知らないにしても)わたしは中久喜先生からのメッセージとしてもらっている気がするしそれに納得している」と記載した。同月 2O 日,被告は,中久喜医師と電話をした際に,本件患者には慶応病院入院時より予測のできない危険な行動が見られ,現在もその傾向があるが,予測ができるようになってきたと話した。
 本件患者は,同年 12 月 22 日,被告に電話をし,非常に危険な状態にある旨述べた。被告は,同月 24 日本件患者と面接し,同月 25 ないし28 日の各日, 本件患者と電話で話をした。同月27日には本件患者が死にたい旨を述べ,通話は長時間に及んだ。
 平成 1O 年 1 月 7 日,被告は,本件患者と面接し,その後,電話で話をした。同月27 日には本件患者が死にたい旨を述べ ,その際に,本件患者が,被告にとって自分は邪魔者にすぎない旨近べたところ,被告はこれを否定し,本件患者に対し「「恋愛感情」( 非常に原初的な感情)」を持っている旨を告げた。このことについて,被告は,中久喜医師への報告書の中で、「双方向に恋愛(原初的ですごいエネルギーの)感情はある。現実の外側の世界ではそれは不可能。ということでそんな感情はなかったことに切り捨てる,ということを(私も幸子さんも )いつもしている 」と表現した。同報告書中の当該記載は,他の部分よりも大きな字で書かれている。
 中久喜医師は,同年 1 月 13 日,被告に電話をし,本件患者の感情の噴出は心理的に理解できないものがあり,体質的な問題が疑われる旨述べ,これに対し,被告は,そのようなことは慶応病院入院時にもよくあったと告げた。その後,中久喜医師は本件患者に電話をし,被告との面接について,被告の無意識的語りを少しずつ直面化していくことなどの方針を示した。
 同年 1 月 14 日,被告は本件患者と面接し,治療者としての立場ではなく,個人としての立場で本件患者と接するようになりつつある旨伝えた。同日16 日,本件患者は,被告に電話をした際に,被告との関係について,非売品のバイオリンがどうしても必要なのに盾主はそれを売ってくれないというたとえ話をした。これに対して被告は,それでも売ってくれない人に対してどうするかはバイオリンを欲しがっている人が決めることであると述べた。同日の通話を中久喜医師に報告する文書中に,被告は「恋愛的な感情という(揺れる ) 基盤の上にそれを見ない振りをしながら治療を一生懸命構築しでもうまく行かないのは当然だった,というのが私にやっとわかったことです」と記載した。同月 18 日,中久喜医師と被告は電話で話をし,中久喜医師は,被告に対して,個人対個人の関係は長続きしない,サイコロジストとして本件患者の成長を促すことはできる,選択肢としてはそれしかない旨を告げた。これに対して,被告は,自分としてはもう全部出してしまった,凍結されていた感情をオープンにした時点で,自分の感情が変わり始めた旨を述べた。その後,本件患者は,電話で話をし,被告が治療者でなくなることを聞いて安心した旨述べた。同日,中久喜医師と被告は再度電話で話をし,被告は,本件患者が個人対個人の関係を求め,2人の治療者はいらないと述べていること,被告自身も同様に考えていることなどを述べた。
 中久喜医師は,同年 1 月 21 日,本件患者に対し,被告と関係を続けることが本件患者の自我の成長に必要であるなどと述べた。本件患者は,同日,被告との面接の際に,治療関係を離れて被告と交際したいと述べたが,被告はこの申出を拒絶した。翌22 日,本件患者は被告に電話をし,再度交際を申し込んだが,被告は拒絶した。同月24 日,中久喜医師は本件患者と面接し,被告とのことはしばらく傍らにおいて様子を見てはどうかなどと述べた。

ウ Qは,同年 1 月 26 日,中久喜医師に電話をし,本件患者の状態が非常に悪いので同人に電話をしてほしい旨依頼した。中久喜医師はまず被告に電話をした。その際,被告は,同医師に対し,本件患者と会うニーズが低下したこと,本件患者と会うとしたらその目的はセラピスト的なものになるであろうこと,本件患者に対する否定的な感情も生じてきたことなどを伝えた。その後,中久喜医師は本件患者に電話をした。本件患者が被告に拒絶されたことによる苦しみを表明したのに対し,中久喜医師はそれは一時的なものであり,しばらく聞をおいてからモーニングワークをすることを提案した。
 本件患者は,同年 1 月 31 日,中久喜医師との面接の際に,被告との面接を希望した。また,被告は,同日付けで中久喜医師に文書を送付し,本件患者との面接再開を提案した。同文書には「治療者は変わらず中久喜先生,で(いつもお世話になります)お願い申し上げます J との記載がある。
 被告は,同年 2 月 4 日以降,本件患者との面接を再開し,おおよそ週1回の割合で面接を行い,同年 6 月末ころからは,週2 回程度面接を行うようになった。また,被告は,同年2 月ころから,本件患者と頻繁に電話をするようになり,平成11 年 4 月までの間,面接に加えて,週に 3回程度電話をしていた。そして,被告は,平成 1O 年 7 月ころまでには,本件患者と電子メールの交換も行うようになった。上記期間中,被告は,@同年5 月 27 日,原告久美子に対し,本件患者の病状は本人によく聞き,医者への質問は中久喜医師にするようにと告げ,A同年6 月 13 日,本件患者に対し,「あなたのことは好きだ,が,実際に恋人としてあなたを選ぶことはしません。今回のセッションは,恋愛を現実化するためよりは,私とあなたの成長を(少なくとも意識的な)目標としてやっています。桜井も患者のつもり」と述べ,また,B平成11 年 1 月 6 日の面接について中久喜医師に対して「今日はとてもはっきりした自殺したいという表明があったので,主治医ではないが緊急避難として精神科医としての対処をした」と報告するなど,医師としての立場を離れて本件患者と接していることをうかがわせる言動をした。しかし,被告は,本件患者と病院の外で会わないこと,本件患者の身体と接触を持たないことという点では一貫していた。本件患者は,この間断続的に,被告に対し,現実の恋愛関係に入ることや身体的接触を持つことを求め,これらの希望が受け入れないことなどを理由にして希死念慮を訴えた。
 このような被告と本件患者との面接状況について,被告は,中久喜医師に書面で頻繁に報告していた。また,中久喜医師は,@平成1O 年 5 月16 日及び同年 12 月 15 日,被告との面接を中止したいと述べる本件患者に対して,面接を続けるよう説得し,A同年5 月 3O 日,被告に電話をし,本件患者の状態が悪く,援助が必要なことを通知し,B同年6 月26 日,被告に抱かれたい欲求があると述べる本件患者に対して,それを被告に伝えたらどうか,自分の気持ちを表現することは心を復活させる意味で大切であると告げ,C同年7 月 25 日,中久喜医師の夏休み中に危機が訪れたときには,主治医としてではなく友人として被告を呼んではどうかと本件患者に提案し,D同年8 月 1 日,中久喜医師の夏休み中も被告とそれまでと同様の関係を維持するよう本件患者に指示し,E同年9月 12 日,本件患者に対し,被告との面接の中で自分のフラストレーションを言葉で被告に表現し,面接外で行動化しないことを指示した。

エ 平成 11 年 1 月 21 日,被告は,中久喜医師と電話をし,本件患者の希死念慮がどうしても消えない,自分としては疲れた,本件患者が死んだら自分にとってはひどい心理的外傷になるなどと述べた。同月23 日,中久喜医師は,被告と恋愛関係に入ることができず過去1 年間の被告との面接は無駄であった旨を述べる本件患者に対し,人間関係にはいろいろあり,被告との面接等は本件患者の自我の成長に貢献したと指摘した。
 本件患者は,同年 2 月 2O 日,中久喜医師との面接において,被告との関係は断念する旨述べ,また,モーニングワークのために中久喜医師,被告及び本件患者の3 者による面接を実施することを希望した。中久喜医師は同月 27 日の面接において,本件患者に対し,恋人関係を求めるのであれば被告は応じられないと思う旨述べた。
 同年 2 月 28 日,中久喜医師,被告及び本件患者の3 名が同時面接を行い,以後の被告と本件患者との関係について,@週1 回の面接を持ち,本件患者は自分の気持ちを言葉で表現し,被告はそれに個人として反応する,A面接以外の日には電話で世間話をして心のつながりを続ける,B3者の面接は必要に応じですることなどを確認した。

 本件患者は,同年 3 月 13 日,中久喜医師と電話で話をし,被告と恋愛関係に入れないことについて97% は受け入れることができたが ,3% 受け入れられないと述べ,これに対し 中久喜医師は,その 3% をどう扱うかについて被告を交えた合同面接をすることを提案した。同月21 日,中久喜医師,被告及び本件患者の合同面接が行われた。
 被告は,同年 4 月 3 日付けで,本件患者に対し,本件患者のニーズが被告と恋愛関係に入ること以外にないことを100% 理解したこと,そのニーズにはこたえられないこと,本件患者が被告及びその家族に対し脅迫をしたことを理由に,本件患者との接触を断つ旨を伝えた。

(2) 被告による診療行為の適否について
 以上の認定事実を前提にして,被告による診療行為の適否について検討する。

ア 原告らは,まず,被告が診療を再開したことそれ自体が不適切であると主張する。
 この点について ,半田及び久場川両医師の意見書( 乙 B 8) は,モーグワークは中久喜医師が行うべきであり,被告がこれを行うことは喪失したしたものを取り戻そうとする気持ちを強化する機会になりかねないとして,被告にモーニングワークを担当させようとした中久喜医師の判断に疑問を呈している。しかし,同意見書が,結論としては,被告が診療再開を選択したことが誤りとはえないと述べており,Z医師の意見書( 甲 B4)も被告が平成 8 年 11 月に診療を再開したこと自体が不適切であるとは指摘していないことに徴すると,被告が診療を再開したことそれ自体が不適切であるとの原告らの主張は採用できない。

イ 次いで,被告による面接の内容について検討する。
 この点について,Z医師の意見書 ( 甲 B4) は,平成 9 年 11 月か色平成 11 年 4 月までの被告の診療に関し,「「病者に対して治療的に振る舞う」ことと「自分の感情に正直」になることは全く別のことである」,「中久喜医師の狙いが「モーニングワーク」にあることは明瞭なのだから,ここで被告のとるべき態度は,「かつては恋愛感情があり,そのために故人を混乱させた。申し訳ない」と謝罪した上で,自分の逆転移感情を抑えて「現在は恋愛感情はなく,あなたと個人的につきあうつもりはない」と明言し, 徐々に面接頻度を落とすなど,心理的距離を遠ざける方向で振る舞うべきであった」が,被告の実際の対応は,恋愛性転移を再燃激化させるものであったと指摘する。また,証人中久喜は,被告が本件患者に恋愛感情を告白したためにモーニングワークを3 か月で終結させることが不可能になった旨供述し,同人の陳述書(甲B 3)にも,被告が恋愛感情を告白したことが治療関係終結のためのモーニングワークに逆効果をもたらしたとの記載がある。
 しかし ,前記 (1)認定事実によれば,中久喜医師は,平成9 年 11 月17 日には,被告による面接の位置付けを変更し,モーニングワークを行うことを先送りしたと認められるところ,被告による診療再開から同日までの間に被告が本件患者に対して,恋愛感情又はそれに類似したものを有してること又は有していたことを告げたことを認めるに足りる証拠はない。かえって,前記(1)認定の事実経過によれば,被告が本件患者に対して恋愛感情あるいはそれに近い感情を有していたことを平成9 年 11 月の診療再開後初めて述べたのは,中久喜医師による方針変更後の同月19日であると認められ,また, 診療再開後初めて伝えたのは,そのような感情を現に有していることをその同年12 月 3 日の自分の気持ちは変わっていないつもりである旨の発言によってであると認められる。
 また,中久喜医師は,被告に対し,@同年11 月 17 日,本件患者が被告との面接について,人間的なところ,感情を共有するところがなかったと評したことを伝え,また,A同月21 日の本件患者との面接後に本件患者が被告に対して好きな気持ちを持つことを許してほしいと述べたことを云えているところ,中久喜医師のこれらの発言は,単に本件患者の様子を伝えるだけでなく,被告に対して「自分の感情に正直になること」を促すものであったとも解し得る。そして,被告は,中久喜医師に対して,同年12月19日付けで「「正直に事実を,気持ちをオープンに,話す」ということについては,(中久喜先生がどう思っているのかは桜井には正確に知らないにしても)わたしは中久喜先生からのメッセージとしてもらっている気がするしそれに納得している」と報告しているところ,中久喜医師は,被告に対して,「治療構造をしっかりさせること」とか「サイ コロジストとして本件患者の成長を促すことはできる」などの助言をしてはいるが,感情を表現することが求められているとの被告の認識を改めさせようとしたことを認めることはできない。かえって,中久喜医師は,同年12月5日には,被告と本件患者の面接について,お互いに家(private)への招待状をだした,これがどう発展するか注目されると評し,また,平成11 年 2 月 28 日に実施された中久喜医師,被告及び本件患者の合同面接の際には,被告と本件患者との面接の在り方について,本件患者は自分の気持ちを言葉で表現し,被告はそれに個人として反応することとの指示を与えている。このような事実経過に照らせば,被告が本件患者との関係で「自分の感情に正直になること」については,平成 9 年 11 月末ごろまでには,被告と中久喜医師との間に合意ができていたものと認められる。こうしたことに,前記(1) 認定のとおり,中久喜医師は,被告と本件患者との上記各面接等について被告から文書等によりその報告を受けており,その面接の継続が危ぶまれる状況になった際にその面接作業の意義を説いて継続させる方向で対処していたことも併せ考慮すると,上記認定の平成9 年 11 月から平成 11 年 4 月までの間の 被告による診療の内容は,中久喜医師の治療方針におおむね沿うものであったというべきである。
 以上の事情にかんがみると,Z医師の意見書中の「中久喜医師の狙いが「モーニングワーク」にあることは明瞭なのだから,ここで被告のとるべき態度は,「かつては恋愛感情があり,そのために故人を混乱させた。申し訳ない」と謝罪した上で,自分の逆転移感情を抑えて「現在は恋愛感情はなく,あなたと個人的につきあうつもりはない」と明言し, 徐々に面接頻度を落とすなど,心理的距離を遠ざける方向で振る舞うべきであった」との指摘は前提を欠くものというべきである。
 また,証人中久喜は,平成 9 年 11 月以降に被告が本件患者に対して自己の感情を表明したことは,反治療的であった旨証言する。 しかしながら,同証人は,他方において,本音,本心の開示を続けることが本件患者にとっていいことだと確信していた,本当のことがいえないということ自体がとても問題だった,全面的に本当のことを話した方が治療にはよかった,被告と本件患者との面接について治療的な範囲内で被告が感情を出すことを予定していた,被告は本件患者に恋愛感情を持っていたのであるからそれをはっきりいうべきであった,全面的に本当のことをいった方がよかったなどと上記証言に抵触する証言をしており,同人の上記証言は採用できない。

ウ 以上認定説示のとおり,平成 9 年 11月から平成 11 年 4 月までの間の被告による面接は中久喜医師の治療方針におおむね沿うものであったとし可うべきであるが,原告らの主張は,中久喜医師の方針自体が不適切であり,それに従った被告の診療もまた不適切であるとの趣旨を含むものであるとも解し得るので,以下この点について補足する。
 Z医師の意見書(甲 B 4)が,被告の対応を恋愛性転移を再燃激化させるものであったと指弾していることは,前記イ説示のとおりであり,これに対し,被告は,当時,本件患者の希死念慮が強く,自殺を思いとどまらせるためには,被告が本件患者に対して愛情を持っていることを伝える必要があったと主張しており,被告作成の陳述書( 乙 B 6)及び半田及び久場川両医師の意見書(乙B 8)には ,自殺企図を避けるために,支持的な対応をする必要があった旨の記載がある。この点に関連して,Z医師の再意見書(甲B 14)には,境界性人格障害の治療には,支持的な対応をするだけでなく,患者の行動の特徴を患者に直面させて,病気についての自己理解を深めさせ,患者が自らそうした病的な行動をとらないようにし向けていくこと(直面化 )が必要であり,被告の対応は,支持的なものに偏っていたと指摘する。
 しかし,平成 9 年 11 月から平成 11 年 4月までの間の被告の診療は,前記イ認定のとおり,基本的に中久喜医師の治療方針に従ったものであり,また,この期間中の被告の面接等は,その結果が逐次中久喜医師に対し報告されるとともに,同医師による面接と並行して行われていたのであから,支持的な対応と直面化の調和が図れていたか否かという観点から診療行為の適否を判断するためには,中久喜医師による診療と被告による診療を一体として捉えて検討する必要があり,被告による診療行為のみを取り出してその当否を判断することは相当ではない。しかし,本件においては,中久喜医師の診療行為も含めた平成9 年 11 月から平成 11 年 4 月での本件患者に対する診療行為が不適切であったことを認めるに足りる証拠はない。


エ その他,本件全証拠によっても,平成 9年 11 月から平成 11 年 4 月での被告による診療行為が不適切であったと認めることはできない。

4 争点 (2) ウの主張関係一平成 12 年 1月以降の被告の行為の適否について

(1) 平成 12 年 1 月に手紙を送付したことの適否について
 原告らは,被告が平成 12 年 1 月に本件患者に手紙を送付したことが不切であったと主張する。
 証拠 ( 甲 A2,甲 B 7F乙 A7,乙 B 6) によれば,本件患者が平成 12年 1 月 12 日ころ被告に電話をしたこと,被告がその際に「ご自愛下さい」と述べたことなどについて,本件患者が被告の態度が他人行儀で冷淡であると感じ,被告に抗議をすることをMに依頼して同人が被告に電話をしたこと,そして,それを受けて,被告が同月25 日付けで本件患者の存在を現在も感じており,本件患者の無事と幸福を祈っているなどの内容の手紙を本件患者に送付したことが認められる。

 そして ,このような経緯で本件患者に手紙を送付したこと及び送付した手紙の内容については,これらが社会的にみて不適切であると認めることはできないし,医学的見地に照らして不適切であると認めるに足りる証拠もない。

(2) 平成 l 2 年 3 月末に被告が本件患者と電話等による関係を再開したこと等の適否について

ア 平成 12 年 3 月末の電話等による関係の再開の経緯は,前記診療経過の概略(5)認定のとおりである。すなわち,本件患者が,同月28 日,中久喜医師に対し,被告との関係を再開するための仲介を依頼し,同医師は,同月3O 日ころ,被告に本件患者の希望を伝えたことが契機となったものであり,これを受けて,被告は,同月31 日,本件患者と電話で話をし,それ以降,電話や電子メールを用いで世間話などをするようになり,また,同年4 月中旬ころには,済生会病院を訪ねた本件患者と短時間の面接をしたりもした。そして,証拠(甲 A2,甲 B 72乙 A7,乙 B 6)によれば,上記関係の再開に当たっては,中久喜医師,本件患者及び被告の聞において,本件患者の主治医は中久喜医師であり,被告は友人として本件患者と接し,被告と・本件患者との関係を中久喜医師を交えて定期的に再評価することが確認されており,被告は,本件患者に診療報酬等を請求していないことが認められる。
イ ところで,原告らは,被告が本件患者との関係を再開したことが不適切であったと主張する。しかしながら,前記ア認定事実に加え,被告が平成11年 4 月以降本件患者の診療から離れており,当時,本件患者の状況を正確には知り得る立場になかったと認められることに徴すると,当時本件患者の主治医であった中久喜医師の仲介により本件患者との関係を再開したことが,社会的にみて不適切であると認めることはできないし,医学的見地に照らして不適切であったと認めるに足りる証拠もない。

ウ 原告らは,被告が電話や電子メールで頻繁に連絡をとるなど治療構造を遵守しなかったとも主張する。
 しかしながら,もともとこれらのやり取りは前記ア認定の枠組みの下でされていたものであり,そこでは,本件患者の主治医は飽くまでも中久喜医師であり,被告は友人として本件患者と接するものであること,そして,被告と本件患者との関係については,中久喜医師を交えて定期的に再評価することが想定されていたのである。こうしたことに照らして,平成12年 3 月末以降の被告の行為を通観すると,それが上記枠組みから著しく逸脱しており,社会的,医学的見地からみて不相当であったと評価すべき点は格別見出せない(この点について具体的な主張・立証もない。)。なお,Z医師の再意見書(甲 B 14)には,平成 12 年 1 月以降の被告の本件患者に対する対応について,本件患者が穏やかな状態を呈しているときのそれが誘惑的であったと指摘するが,それが,前記(1)の経緯及び前記アの枠組みの下でされていたものであることにかんがみると,具体性を欠き直ちには採用できない。

(3) 小括
 そして ,その他本件全証拠によっても,平成12 年 1 月から同年 4 月までの被告の行為が不適切なものであったと認めることはできない。

5 争点 (3)−平成 12 年 5 月 2 日の被告の対応の適否について
 原告らの主張は,要するに,被告が,安全措置を講ずることなく本件患者の要求を拒絶したことが,自殺の引き金になったということに帰するので以下,この点について検討する。

(1)本件患者の自殺前の被告とのやり取り等は,前記診療経過の概略(6)認定のとおりであり,これによれば,次のことが明らかである。被告は,平成12 年 4 月 3O 日の本件患者からの「最後に好いお天気の日」にお会いできたことを神さまに感謝します。」「最後までわたしを支えでくださってどうも有難うございました。色々書きたいこともありましたが,机に座るのも限界なので,もう書けません。ごめんなさい。」などの内容の電子メールに対し,翌5 月 1 日,「また明日」「お電話させていただこうと思います」,「明日お話できることを切に希望します」などの文章を電子メールにより送信し,Mから本件患者が自殺を図ったことを電話で知らされた後に,「ご主人からご連絡をいただきました。とても残念です。また,同日,わたしは当分あなたには近づかない方がよいと思います」などの文章を電子メールにより送信した。
 そして,被告は,翌 5 月 2 日午前 9 時 47分ころ,主治医である中久喜医師に対し, 本件患者が「昨日自殺企図をおこされたということを」「伺いました。わたしとの関係は結局彼女のつらさを強めたようです。わたしとしては,距離をとらせていただいた方がよいと考えています。少し話し合わせていただいた方がよいと思いますので,ご連絡を頂けましたら幸いです」などと記した書面をファックスにより送信した。他方,本件患者は,同日午前 11 時 44 分ころ中久喜医師に対して,「桜井D r. はMが自宅に電話したことをどうもお怒りの様子です。そして,彼の本質的なところ( 責任逃れ / 誠意が感じられない) は前回と変わらないような気がします。しかし,今回の自殺未遂ははっきり言って全く彼には関係がないのです」,「どちらかというと, 最後のメールに私は非常に傷つきました。(今もその状態が続いています。)これからどうなるか分かりません」などの文章を電子メールにより送信した。これを受けて,中久喜医師は,同日正午すぎころ,被告から送信された上記ファックスを,被告の確認をとることなく本件患者に転送し,その後も被告とは連絡をとらなかった。本件患者は,同日夕方,電話で被告と話をし,次いで,中久喜医師と電話で話をし,その後再度被告と電話で話をした。本件患者は,同日午後1O 時 4O 分ころ,自宅のクローゼットの中で首を吊っているのをMにより発見され,翌3 日午後 12 時 2O 分ころ医真会八尾病院において死亡した。
 そして,上記のとおり,本件患者は,自殺を図る直前の同月2 日の夕方以降被告との間で 2 回にわたり電話で会話をしているが,その内容については,証拠(甲A2,甲 B 7F乙 A7,乙 B 6)によれば ,いずれも,おおむね友人としで定期的に面談して自殺を止めることを求める本件患者に対して,被告が医師と患者との関係を離れて定期的に面談をすることはできないと答えるものであったと認められる(もっとも,その具体的な内容については,本件全証拠によっても詳らかにすることができない。)。

(2) ところで,原告らは,被告が,安全措置を講ずることなく本件患者の要求を拒絶したとして被告の対応を非難する 。
 しかしながら,前記 (1) 摘示の事実を総合的に考察すれば,前記経緯の下で,被告が前記のような対応をしたこと自体が,社会的あるいは医学的にみて不適切であったと認めることはできないというべきである。この点について,証人中久喜は,平成 12 年 5 月 2 日に本件患者が被告とした 2 回目の電話が自殺の引き金となった可能性が大きい旨の供述をし,同人の陳述書( 甲 B 3) にも同旨の記載がある。しかし,同人の供述等は,要するに,同人が同日本件患者と話をしたときには,本件患者の状態が落ち着いており,そうであればその後の被告との電話が自殺の引き金になったと考えられるという趣旨のものであり,必ずしも客観的な根拠に基づくものではない。そして,当時,本件患者は,同月13 日に控えたMとの結婚式や,信頼していた知人であるQらとの人間関係などの面においてもストレスを抱いていた(甲B 7,証人中久喜,被告本人 ) 。
 また,本件患者が自殺を図る直前の 2 回にわたる被告との間の電話のやり取りは,前記(1)認定のとおりであって,そこでの被告の対応が,社会的あるいは医学的にみて不適切であったと認めることはできないというべきである。こうした事情にかんがみると,上記証人中久喜の供述等は,直ちには採用できない。
 なお,危険防止の措置について付言すると,前記(1) 摘示のとおり,被告は,平成 12 年 4月 3O 日の本件患者からの電子メールを受けて,翌5 月1日「明日お話できることを切に希望します」との文章を電子メールにより送信し,また,翌5 月 2 日,当時本件患者の主治医であった中久喜医師に対して,本件患者が同月1 日に自殺企図をしたことをファックスで伝え,中久喜医師に連絡を求めている。このような状況の下で,本件患者の自殺回避のためにどのような措置をとるべきかについては,そもそも,主治医である中久喜医師を中核として,本件患者はもとよりその家族,その他の関係者が協議をするなどして,叡智を集めて検討すべき事柄であったというべきところ,現に,被告は,上記のとおり中久喜医師に対して本件患者に関する情報を伝え,連絡を求めており,また,中久喜医師も,本件患者と連絡をとっているのである。こうしたことにかんがみると,被告は,本件患者の自殺回避に向けて相応の措置をとっていたというべきである。
 そして,他に,同年 5 月 2 日の被告の言動が不適切なものであったと認めるに足りる的確な証拠はない。

6 以上によれば ,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がない。

 よって ,主文のとおり判決する 。

東京地方裁判所民事第 35 部
裁判長 裁判官 金井康雄
裁判官 坂庭正将
裁判官 小川卓逸は,海外出張の ため署名押印できない。
裁判長 裁判官 金井康雄

( 別紙 )

慶応病院における面接経過一覧表(いずれも平成7年である。)

○ 5月17日〜20日
・18 日(木):午後7時40分ころから約20分間
・20日(土):
1回目・面接時間等不明
2回目・午後7時から,面接時間不明,本件患者の希望による。同人は,具合が悪く自殺企図の時のようになりそうだと訴えていた。

○5 月 21 日 〜27 日
・23 日(火):面接時間等不明
・24 日(水):午後10時ころから約30分間
・26 日(金):午後7 時 3O 分ころから ,面接時間不明
・27 日( 土 ): 午後 3 時ころから ,面接時間不明

○5 月 28 日 〜6 月 3 日
・3O 日( 火 ): 面接時間等不明
・31 日( 水 ): 面接時間等不明
・3 日( 土 ): 午後 3 時ころから,面接時間不明

○6 月 4 日 〜1O 日
・6 日( 火 ): 面接時間等不明
・7 日( 水 ): 面接時間等不明
・1O 日( 土 ): 面接時間等不明

○6 月 11 日 〜17 日
・13 日( 火 ):
1 回目・面接時間等不明
2 回目・午後 8 時 5O 分ころから ,面接時間不明。本件患者の希望による,本件患者は死にたいと訴えていた。
・14 日( 水 ):
1 回目・午前 11 時ころから ,面接時間不明
2 回目・午後 4 時 15 分ころから ,面接時間不明。本件患者は死にたいと訴えていた。
・17 日( 土 ): 面接時間等不明

○6 月 18 日 〜24 日
・20 日( 火 ): 面接時間等不明
・23 日( 金 ): 午後 7 時 3O 分ころから ,面接時間不明
・24 日( 土 ): 午後 7 時 3O 分ころから ,面接時間不明

○6 月 25 日 〜7 月 1 日
・27 日( 火 ):
1 回目・午後 3 時ころから約 1 時間
2 回目・午後 7 時 3O 分から ,面接時間不明。本件患者は死にた
いと訴えていた。
・28 日( 水 ): 面接時間等不明
・1 日( 土 ): 面接時間等不明

○7 月 2 日 〜8 日
・4 日( 火 ): 夕方以降 ,2 時間弱。なお,入院診療録には,同月3 日付けで「自殺にいたる可能性あり,要注意」との記載がある 。
・5 日( 水 ):
1 回目・午後 4 時台から,面接時間不明
2 回目・午後 7 時 5O 分ころから ,面接時間不明
・8 日( 土 ): 午後 9 時ころから ,面接時間不明

○7 月 9 日 〜15 日
・9 日( 日 ): 午後 6 時ころから ,面接持間不明,
・11 日( 火 ): 午後 11 時 3O 分ころから約3O 分間
・12 日( 水 ): 午後 3 時ころから ,面接時間不明
・14 日( 金 ): 午前 11 時 15 分ころから約45 分間

○7 月 16 日 〜22 日
・18 日( 火 ): 午前 11 時ころから約 5O分間
・21 日( 金 ): 面接時間等不明

○7 月 23 日 〜29 日
・28 日( 金 ): 午前 11 時 2O 分ころから約55 分間

○7 月 3O 日 〜8 月 5 日
・1 日( 火 ): 面接待問等不明
・4 日( 金 ): 午前 11 時 1O 分ころから, 面接時間不明

○8 月 6 日 〜12 日
・8 日( 火 ): 午後 7 時 25 分ころから約5O 分間
・9 日( 水 ): 午後 4 時ころから ,面接時間不明
・11 日 ( 金 ):
1 回目・午後 2 時ころから , 面接時間不明
2 回目・午後 7 時ころから ,面接時間不明,本件患者が元恋人に
電話を架ける前
3 回目・午後 9 時 4O 分ころから ,本件患者が元恋人に電話を架けた後
・12 日:( 土 ): 面接時間等不明

○8 月 13 日 〜19 日
・13 日( 日 ):
1 回目・午後 1 時ころから,面接時間不明
2 回目・午後 6 時ころから ,面接時間不明,本件患者の元恋人との面会後
・15 日( 火 ): 午前 1O 時ころから ,面接時間不明
・18 日( 金 ): 面接時間等不明
・19 日( 土 ): 午後 3 時 3O 分ころから,面接時間不明

○8 月 2O 日 〜26 日
・22 日( 火 ): 面接時間等不明
・23 日( 水 ): 午後 8 時ころから ,面接時間不明
・26 日( 土 ): 午後 8 時ころから , 面接時間不明

○8 月 27 日 〜9 月 2 日
・29 日( 火 ):
1 回目・午前 9 時ころから ,面接時間不明
2 回目・午後 4 時ころから ,面接時間不明。本件患者は死にたいと訴えていた。
・3O 日( 水 ): 面接時間等不明 ・1 日(金 ): 面接時間等不明
・2 日( 土 ): 面接時間等不明

○9 月 3 日 〜9 日
・3 日( 日 ): 午前 11 時 3O 分ころから,面接時間不明
・5 日( 火 ): 面接時間等不明。本件患者が大量の薬をため込んでいるのが発見された。
・6 日( 水 ):
1 回目・面接時間等不明
2 回目・午後 7 時 3O 分ころから約 3 時間
・8 日( 金 ):
1 回目・午前 11 時 15 分ころから約 4O 分間
2 回目・午後 7 時ころから ,面接時間不明
・9 日( 土 ): 午後 8 時 15 分ころから約2 O 分間

O 9 月 1O 日 〜16 日
・1O 日( 日 ): 面接時間等不明
・12 日〈火 ): 午後 4 時 25 分ころから約3O 分間
・13 日( 水 ):
1 回目・面接時間等不明
2 回目・午後 9 時ころから ,面接時間不明。なお,本件患者は ,病棟を抜け出そうとしたところを制止された。
16 日( 土 ): 面接時間等不明

○9 月 17 日 〜23 日
・19 日( 火 ): 午前 1O 時ころから ,面接時間不明
・21 日( 木 ): 午前中 ,面接時間不明
・23 日( 土 ): 午後 2 時 2O 分ころから約5O 分間

○9 月 24 日 〜3O 日
・26 日( 火 ):
1 回目・午後 2 時 35 分ころから約 1 時間
2 回目・午後 7 時 5 分ころから約 2O 分間。本件患者は希死念慮を訴えていた。
・27 日( 水 ): 午前 1O 時 3O 分ころから約1 時間
・3O 日( 土 ): 午後 5 時 3O 分ころから約25 分間

○1O 月 1 日 〜7 日
・3 日( 火 ): 午後 8 時 3O 分ころから約1 時間
・4 日( 水 ):
1 回目・面接時間等不明。本件患者は,多いと訴えていた。
2 回目・午後 7 時ころから約 1 時間
・7 日( 土 ): 午前 8 時 37 分ころから約6 分間
午後 3 時 3O 分ころから約 3O 分間

○1O 月 8 日 〜14 日
・1O 日( 火 ): 午後 1 時 5 分ころから約35 分間
・11 日( 水 ): 午前 11 時ころから約 5O分間
・13 日( 金 ): 面接待問等不明

○1O 月 15 日 〜21 日
・15 日( 日 ): 午後 7 時ころから ,面接時間不明
・17 日( 火 ):
1 回目・午前 1O 時 45 分ころから約 45 分間
2 回目・午後 7 時 5O 分ころから約 25 分間
・18 日( 水 ): 午前 1O 時 35 分ころから約55 分間
・21 日( 土 ): 面接時間等不明

○1O 月 22 日 〜28 日
・24 日( 火 ):
1 回目・日中 , 約 3O 分間
2 回目・午後 8 時 3O 分ころから中断を挟んで約1 時間。本件患者は死にたいと訴えていた。
・25 日( 水 ): 午前 11 時 15 分ころから約1 時間
・27 日( 金 ):
1 回目・面接時間等不明
2 回目・午後 8 時ころから ,面接時間不明
・28 日( 士 ): 面接時間等不明

○1O 月 29 日 〜11 月 4 日
・29 日( 日 ): 面接時間等不明
・31 日( 火 ): 面接時間等不明
・1 日( 水 ): 午後 7 時ころから ,面接時間不明
・4 日( 土 ): 約 1O 分間 ,開始時間不明

○11 月 5 日 〜8 日
・5 日( 日 ): 午後 12 時 4O 分ころから約2O 分間
・8 日( 水 ):5 ないし 1O 分間 ,開始時間不明

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