医師が患者を狂わせるとき(医原性境界性人格障害について)
『精神科治療学』というわりと高価ですが、参考になる論文が多く掲載されている雑誌があります。今年6月号の特集は、境界性人格障害。そうです、幸子の病名。そこに掲載されていた以下の論文で、加藤敏氏(自治医科大学精神医学教室)は、境界性人格障害の患者が悪性転移をきたす原因が、医師の不適切な治療にある、と指摘しています。
これが大体ここ15年ぐらいの、学会やら精神医療全般での、常識と考えればよいと思いますが、それでもまだこういうことを書かないといけない、ということは、まだまだおかしなことする医師が多い、ということでしょう。
ただし、注意しないといけないのは、加藤氏が「愛」という言葉を、かなりあいまいに使っている、という点です。医師の側に生じるのも、確かに「幻想」としての「愛」かもしれませんが、客観的にみれば、それは、相手を自分の思うままにしたい、という「欲望」であり、それは「自己愛」とか「エゴイズム」とか、「支配欲」と言った方がよいものです。
本来、愛とは利他的なものであり、相手にとって一番よいことを望むことにほかなりませんからね。患者の病気を悪化させる、とわかっていながら不適切な治療を患者にし続けたら、それは「愛」ではなくて、自分勝手な欲望でしかない、ということです。加藤氏には、もうちょっとその点を明記してもらいたかったですね。
以下、抜粋:
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加藤敏「転移の諸相をふまえた境界性人格障害の治療的対応−治療者の欲望と転移性外傷」『精神科治療学』(特集 境界性人格障害−治療技法の洗練−)Vol.19, No.6 Jun. 2004, 719-728ページより、一部抜粋
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・・・概して悪性転移をきたしやすいのは、境界性人格障害の病態に関心を持ち、熱心に治療に取り組もうとする志をもった比較的若い医師や臨床心理士が治療を担当するときに多い。[中略]性の組合せとしては、男性治療者−女性患者、女性治療者−男性患者といったように男性−女性の組合せが多い。
[中略]治療者の誠実な態度と熱い欲望に触発されて、患者の無意識の力動の舞台で治療者への愛の感情が芽生え、「全面的に支えてくれる人」に出会ったという確信が出現するに至ってしまう。
[中略]かなり長い期間、さまざまな行動化を繰り広げながら、治療者に対する怒りを爆発させたある患者は、次のような意味深い言葉を担当医に述べる。「あんたは何をしたいの、私を引っ掻き回したいの」。
この言葉に、われわれは、患者に対する治療者の欲望により、最終的に混乱させられたという患者の洞察をうかがうことができる。このように、境界性人格障害において、患者に向けられた治療者の欲望は患者にとり現実の愛の形をもって現れる傾向を持つ。
境界性人格障害患者のことを知りたい、治したいという欲望自体、突き詰めれば、治療者の無意識の力動に根を張っていると思われる。担当患者が境界性人格障害となると、急に目を輝かせ、他の患者に比べ長い時間の面接を頻回に行う治療者が時々いる。そこに、治療者に対し愛の感情を抱く患者と同様、患者に対し治療者がもつ当人自身気づいていない欲望をみてとることができる。この現象は精神分析で言う陽性の逆転移にあたることは言うまでもない。
[中略]そうすると、境界性人格障害の患者を前にして治療者が心掛けるべき指針は、患者に対する治療者の欲望を制御し、「全面的に支えてくれる人」に出会ったような愛の幻想の現実化を、患者に引き起こさないようにすることである。長い時間の、また頻回の面接を控える、病院外で患者と2人だけで会わない、あまり派手ないでたちはしない、などが具体的な注意事項となる由縁である。患者からの心づくしのプレゼントをもらうことも慎重になった方がよい。これを受け取ることは、患者に「全面的に支えてくれる」治療者の愛の現実化を意味することになりかねないからである。
要は、治療者による患者に対する誘惑の幻想をいたずらに賦活しないように心掛けることである。治療者の欲望に触発される形で境界性人格障害が事例化する可能性を考慮するなら、境界性人格障害と診断される事例の少なくとも一部は、[中略]治療者の不適切な対応による転移性精神障害、つまり医療性の人格障害であるという見方も成り立つ。確かに筆者はこのような事例を何例か知っている。
恋愛、なかんづく一目惚れは、さらに踏み込んで考えるなら、当人が自分の魅惑された相手に自分の「行為の決定」、つまり相手からの権力の行使、およびこれによる支配をされるという契機を持っている点で、外傷性の要素を内蔵している。これと類比的に、われわれは治療者を前にした、とりわけ一目惚れの性格を帯びた激しい陽性転移の出来事について外傷性の側面を問題にできる。この見地からは、境界性人格障害における悪性転移は転移性外傷によって生じていると言える。
[中略]筆者は、境界性人格障害については、一定の時点で担当医による治療を完全に打ち切ることが最も適切な対応と考える。患者の状態が、例えば軽度の摂食障害や気分の不安定といった多少の問題を残そうとも、主観的にも客観的にも明らかな改善をみせ、患者の方から担当医の治療はもう受けたくない、あるいは治療を受ける必要がないと言い出したときなどはその好機である。[中略]患者によるこのような治療打ち切りも、医師は患者の自主的な行為と受け取り尊重すべきで、もっと治療が必要だから受診しなさいといったことは言うべきではないだろう。この振る舞いはもはや不要な、患者に対する再度の精神医学化(psychiatrisation)の試みで、医師の権利乱用のそしりを免れないことを述べておかねばならない。
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