裁判についての精神科医たちからのコメント(3)
ある精神科医からの書簡(2006年6月)
お手紙と資料たしかに拝読いたしました。大切な方を自殺という形でなくされたご家族のお気持ちは当事者でなければ決してわからぬ痛切なお気持ちであろうと存じます。
私自身BPDの患者さんを比較的多数診てきた医師の一人であり(決して第一人者ではありませんが)、現在も何人かの方を診療していますので、資料にあるようなことは決して他人事ではないと思われました。私の患者さんの中には私の力が及ばず自殺に至った方もありますし、転移制の恋愛が生じて患者さんも苦しみ、私も大変困惑したこともあります。
Z医師の意見書と再意見書およびH医師とK医師の意見書を読む過程で、私の気持ちもさまざまに揺れ動きました。Z医師は私もよく存じ上げている方で、誠実なよい治療者です。その意見にはおおむね同意できます(ただし特に一回目の意見書ではやや主観的、情緒的なところがあるように感じられました)が、この意見は個人精神療法が可能なレベルの患者さんに対する、ある意味では理想を述べたものだという気がいたします。現実にはなかなかこのようにはできないこともあるという気がします。私自身の治療を振り返ってみても転移性恋愛に対する態度の取り方はきわめて難しいものでした。被告医師の苦渋もある程度わかる気もするのです。両者の意見書に対して第三者の立場からコメントすることはいまの私には困難だと感じました。
私はこの裁判の経過と報道のされ方が今後のわが国のBPD治療に及ぼす影響について二つあると考えます。一つは、治療者があらためてえりを正し患者さんや家族の気持ちを思いやり、自らの治療技術の向上をはかるようになって、不幸な経過をたどる患者さんの減少することが期待されます。しかし他方、患者さんが自殺をすれば、その家族から訴えられる、しかも敗訴することもありうる、という形で受けとられると、BPDの治療に取り組む医師の数が激減する恐れがあるように思います。すでに現在でも、感情的負担やトラブルをおそれてBPDの治療を引き受けない医師もあるからです。
この裁判が前者のように作用することを願っています。
明確なコメントをすることができず、揺れ動く私の気持ちをつづっただけになってしまいました。どうぞご容赦ください。
資料はお返しすべきものかとも思いましたが、もう少し読み込んで考えてみたいと思いますので、私の手元に置かせていただきます。もちろん私以外の人物の目に触れることのないようにいたします。
最後になりましたが幸子様のご冥福をお祈りするとともに、裁判の経過を通してご家族の心にいくばくなりと平安が訪れますことを祈念します。
-------------------------------------------------------
東京都内のある精神科医からの書簡より抜粋・一部改変(2006年5月)
このような係争事件での発言は控えるべき立場にあり(様々な意見がある中で話が進んでいるという意味で)、意見を述べることができないことをご理解賜りたいと存じます。
・・・
問題は、境界性人格障害には自傷願望、自殺願望は付きもので、自傷・自殺願望そのものが治療によって生じたのではなく、治療がそうした危険な症状を悪化させ、自殺の成功に至らせるのに役割を果たしたかどうか、ということでしょうね。自殺の文献が引用されていますが、そこで述べている親子関係で悪循環が生じて自殺を成功させる過程は、この例では被告医師と幸子さんの関係で悪循環が生じていたかどうかに相当しましょう。治療環境ないしは生活環境がマイナスにはたらくという意味です。幸子さんの場合、恋愛などの言葉がやりとりされた状況を考えると、生活環境と治療環境とが混同していた可能性はあるかに感じます。
それとZ医師意見書に対する反論者として、H医師・K医師という、被告と同じ、A大学医学部精神神経科の同門の方が立たれるのは公正中立とは言えないのかもしれません。大学医学部の各教室の同門意識は強く、一般に仲間内と考えられがちだからです。
私が、現在、言えることは以上の程度です。ご期待に応えることができず申し訳ありませんが、これをもちましてわたくしのご返事とさせていただきます。なお書類は別便で返送します。
-------------------------------------------------------
東京都内のある精神科医からの書簡より(2006年6月)
資料を拝読しました。訴訟資料すべてが記載されていませんので、全貌はわかりませんが、私なりの意見を申し上げます。
まず、ご指摘の論文が発表された当時、患者さんを抱える、無限受容をする、24時間態勢で支える、理想的母親役を引き受ける、友人役を引き受けるという治療が優勢でした。外国の文献もおおむねそうした方法を支持する趨勢であったと思います。
その結果治療状況は収拾のつかない混乱を招き、患者さんの対人操作に巻き込まれ、治療者の逆転医を引き起こし、ついには患者さんを放り出すまでにいたり、もっとも信頼する対象から見捨てられるという現実の前で患者さんに自殺されるということが私の周囲にもありました。今日、私の方法は臨床現場で支持され、多くの臨床実践の中でその有効性が確かめられていると自負しています。
問題は事件当時に私のような治療アプローチが、「周知の事実」「精神医学界の常識」であったかというと、そうではありません。むしろきわめて少数意見であったと思います。現在もその事態は大きくは変わっていません。境界性パーソナリティ障害の治療ガイドラインが作成中ということですが、訴状で述べられている、被告医師のような治療方法をとっておられる医師がいるため、ガイドラインはまだ合意に達していないということで、これが現実です。
精神療法は密室で行われること、治療者の世界観や固有の価値観の影響が避けられないこと、そして何よりほかの領域で行われている比較研究(そのアプローチが有効であるか、多くの症例を集めて統計処理をして、勝ち負けを検定すること)がなされにくいことが関係しています。また精神分析学派、認知療法学派、森田療法学派、etc.・・・・、さらに精神分析学派はそれぞれの理論的立場からいくつにも細分化され、「家元制」のような様相を示していることも閉鎖性をいっそう高めていると私は批判しています。しかし、これが現実です。治療者は例外を除き、すべて信念に基づき、善意で行っているでしょうから、訴訟で勝利を獲得するのは大変困難であるかと思います。 お力になって差し上げられないのは心苦しい次第ですが、判決の判断は、「当時の医学的水準で」過誤があったのかどうかが争われるはずですので、かなり難しいものになりそうだと私は思っています。
-------------------------------------------------------
東京都内のある精神科医からの書簡(2006年7月)
7月2日付のお手紙と裁判にかかわる資料確かに拝受致しました。ご返事が遅れ申し訳ございません。
簡単なコメントをというご依頼ですが、率直に申し上げてコメントするかどうか、ずいぶん考えました。精神療法が医療という社会的活動として実践されており、しかも私自身が我が国のそうした分野において指導的立場にある限り、精神療法における医療過誤という問題から目を背けるべきではないとも考えました。しかし、同時に私が精神分析の専門家として責任を持ってコメントできるのは私自身が関与している臨床場面からだけであるとも考えています。このようなことを考えながらも、とにもかくにもご返事を差し上げようとの思いを止めることはできませんでした。それは、お手紙を通して、治療過程における幸子様の自殺という悲しい事実そしてご家族の方々の苦悩や悲しみに直面したからです。心よりお悔やみ申し上げます。
すでに申し上げましたように、本件そのものについてのコメントは差し控えたいと考えますが、本件の経緯につきましては、精神療法における治療構造の意義を提唱してきた私としては深い関心を抱かざるを得ません。このような裁判は、精神療法がマイナーな時代にあっては決して起きなかったことであろうと思います。その意味で、精神療法の専門家である私たちは、今回の裁判の結果だけでなくそこに至った経緯やご家族の決意を厳粛に受け止めるべきだろうと考えます。
私自身にとっても、精神療法における治療構造や倫理あるいは精神療法中の自殺は大変大きな課題ですので、今後も臨床の場面から取り組み、そうした立場から発言を続けていく所存です。
重ねて幸子様のご不幸とご家族のみなさまの苦痛に接し哀悼の意を表したいと思います。
簡単ではございますがご返事とさせていただきます。
-------------------------------------------------------
ある精神科医からの書簡(2006年9月)
裁判の結果がどのようになるにせよ、この裁判が精神医療に、とくに心理療法にたずさわる者にとって大きな意味をもつことはまちがいないと思います。私自身、お送りいただいた資料を読みつつ、、自分の仕事のむずかしさ 厳しさをあらためて感じました。この裁判に直接かかわった臨床家はもちろんのこと、多少とも事情を知りえた臨床家は、自分の仕事について深く考えさせられ、えりを正すことになるだろうと存じます。そういう意味でご家族のなさったことには大きな意味があると思います。
現在 境界性パーソナリティ障害の治療についてガイドラインを作成する努力がなされていると聞きます。すでに他の疾患については米国にもわが国にもいくつかガイドラインがありますが、境界性パーソナリティ障害については、米国にはガイドラインあるいはクリニカルガイドがありますが、わが国にはまだありません。現在作成中のものが一つのたたき台になることで治療への関心が高まることを願っています。ただし、手術手段や薬物の選択とちがって心理療法について具体的に示すことは極めて困難で大まかな方向性を示すものにとどまりそうだということです。
この作成の過程で送っていただいた資料を拝見し、精神科医としての仕事のむずかしさを痛感するとともに今後も誠実にとりくんでゆきたいという決意を新たにしています。
亡くなられた方のご冥福と御家族の心に平安の訪れる日のくることを願って筆をおきます。
精神科医を訴えるTOP