父親の尋問調書

事件:平成15年(ワ)第2331号
期日:平成18年3月27日 午前10:00〜午後17時00分
東京地方裁判所 民事第35部 703号法廷

氏名 年齢 住所

裁判長(官)は、先生の趣旨を説明し、本人が虚偽の陳述をした場合の制裁を告げ、別紙宣誓書を読み上げさせてその誓いをさせた。

宣誓 良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。
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被告代理人(古谷和久弁護士)
乙A第1号証を示す
(古谷弁護士)これは慶応大学病院のカルテですが、27頁−3の真ん中からちょっと上のほうに「疎外感」と、「小学生から感じている/スケープゴート」「実際に疎外されていると思う」と。これは幸子さんの字ですか。

[父親]よく分かりません

(古谷弁護士)小学生のときから疎外感を感じているというのは、小学生の頃、お父さんはそういうことってありましたですか。

[父親]いや、そのようなことはないと思います。

(古谷弁護士)同じく36頁の真ん中ぐらいに、「自分は両親に大事にされず」、その下ですけど、「父親にもいつもがんばらされた、と思う。」という記載があるんですが、幸子さんについて、こういうことはあったんでしょうか。

[父親]いや。私は幸子を、バイオリンを習わせたり、いろいろなことを習わせてることはありましたが、大事にされていないということは、そんなことはないと思います。娘ともよく関係が、いい関係にあったと思います。

(古谷弁護士)お父さんのほうで幸子さんに期待を強く抱かれていたということはあるんですかね。

[父親]それはどの親でも私はあると思いますが。

(古谷弁護士)54頁の上から9行目ぐらいのところですけど、「元来、妹の方が自分より親(特に母親)にかわいがられていると思っており」というような記載があるんですが、こういうことはあったんですか。

[父親]これはそうういうことではなくて、妹が交通事故に遭ったりとかしまして、その間、母親が妹に付きっきりで看病したということがあったもんですから、その関係で妹のほうが母親に長く接してたということがありまして、それを言ってるんだと思います。

(古谷弁護士)幸子さんは人に弱みを見せない人だったと。

[父親]いや、それは弱みを見せるときもありますし、その時々だと思いますが。

(古谷弁護士)甲B第6号証を示す
これは妹さんの陳述書ですけど、8頁の上から10行目ぐらいのところに、「姉はもともと勝気なタイプで、人に弱みを見せようとはしませんでした。」というような記載があるんですけど、そのような方だったのでははいですか。

[父親]ですから、相手にもよりますし、その場その場で多少違うと思います。

(古谷弁護士)反抗期が幸子さんはなかったということは。

[父親]いや、それは、多少はやっぱりありましたし。

(古谷弁護士)同じく妹さんの陳述書の18頁を見ますと、下から4行目、「私は姉が反抗期もなく育ってきたと思っていました」という記載があるんですけど。

[父親]それは妹と比較してということですね。妹よりは非常に短かったと思います。

(古谷弁護士)乙A第1号証を示す
3頁、慶応大学病院に入院する前の年ですが、平成6年の真ん中、8月、括弧のところです、「この頃から死にたいと思う様になり」という記載があるんですが、こういうことはありましたか。

[父親]いや、私はそれを感じておりませんでした。

(古谷弁護士)その下の12月、「やっとサークルの幹事の任期が終わり、良くなるかと期待したものの、逆に更に悪化し、死にたいと思う気持ちが強くなり、薬をためこんで妹に見つかったり」と、こういうことがあったんでしょうか。

[父親]いや、私は知りません、それは。

(古谷弁護士)その次ですが、「H7.2.28にはスカーフで遊び半分で首をつりかけたりする様になる。」という記載があるんですが、こういうことがあったんでしょうか。

[父親]これも私は存じません。

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原告代理人(池原弁護士)
あなたは被告の桜井医師から、幸子さんの治療に関して、私が恋人役をやりますというようなことを聞いたことがありますか。

[父親]はい、あります。

(池原弁護士)いつ頃それをお聞きになりましたか。

[父親]それは、慶応大学病院に入院して、5月17日に幸子が千鳥ケ淵で事件を起こしますが、その後に私が、平日だと思うんですが、慶応大学病院に幸子の面会に行きました。面会中に桜井医師から呼び出されて、看護婦室のそばの小さな部屋だったと思うんですが、そこで椅子にかけながら、桜井医師も椅子にかけてましたけど、そこで多分そのときに、その17日の経緯とか病院側の対応とか、それから今後の治療方針みたいなことを話されていたと思います。

(池原弁護士)5月17日の事件、千鳥ケ淵での自殺未遂的な出来事の後に、病院に行った際に話を聞いたことがあるということですね。

[父親]はい。

(池原弁護士)そのとき最初の話は、最初から恋人役をやりますという話ではなかったと。

[父親]はい。

(池原弁護士)むしろ17日の出来事とか今後の治療のことについての話を聞いたんですね。

[父親]はい、そうでございます。

(池原弁護士)それがどうして恋人役という話に移っていったんでしょうか。

[父親]それは、その経緯を話されて、話が終わった後で、私が椅子から立ち上がって桜井医師も立ち上がる、一緒に立ち上がるような感じの立ち上がったときに、お父さん、私が幸子さんの恋人役をやりますということを言われました。

(池原弁護士)そういう言葉でしゃべられたと。

[父親]はい。

(池原弁護士)あなたは何かそれに対して質問したり応答したりしたのですか。

[父親]はい。それで私はびっくりしまして、そんなことができるんですかと聞きました。そうしましたら桜井医師が、はい、できます、私、元演劇部でしたからというようなことを言われました。私はびっくりしたんですが、頭が混乱してましたが、もう話が終わって部屋から出るようなときでしたんで、はい、そうですかというふうに返事をして帰ってきたんですが。

(池原弁護士)そのときは、恋人役をやるということについては少しびっくりされたと。

[父親]はい。

(池原弁護士)しかし、そういう治療法について疑いとかは持たれなかったですか。

[父親]いや、私はちょっと違和感を覚えました。というのは、幸子をだますような、そういうあれはいいんだろうかっていうことをちょっと思ったんですね。

(家k原弁護士)特にその後は、そのことについて抗議をしたということはないですか。

[父親]それはありません。

(池原弁護士)大分後になって、秋口の11月頃になって、慶応大学病院の婦長さんに何かお父さんのほうから申入れをしたことはないですか。

[父親]はい、あります。

(池原弁護士)それはいつ頃のことだか覚えてますか。

[父親]それは、私が覚えてるのは10月の終わり頃だったと思うんですが。

(池原弁護士)乙A第1号証を示す
237頁、「11/8」という記載があって、「父母がDr(S)」、これは桜井医師のことを言ってるんでしょうね。

[父親]と思います。

(池原弁護士)「婦長で面接」と書いてあるんでしょうかね。このときのことでしょうかね。

[父親]そうですね、このときだと思います。

(池原弁護士)このときに、どういう動機で、あるいはどういう目的で、あなたは病院の婦長さんに面接を申し入れたんですか。

[父親]私は、恋人役ということをおっしゃってから、だんだんだんだん幸子が私との関係が悪くなっていきまして、8月の頃になると私とほとんど話をしなくなりました。それから、○○君とのお別れのということで、8月の13日にお別れをしたんですが、その後、さらにだんだんだんだん悪くなってったんですね、わがままになったりとかですね。そういうふうに桜井先生に執着するようになりまして。

(池原弁護士)今おっしゃったのは、恋人役をやりますよという話の後、月単位で見ていくぐらいの長さでいうと、親との関係がだんだん離れていったり、わがままになたり、あるいは桜井医師に執着していくというような関係になっていたということでいいですか。

[父親]はい。

(池原弁護士)それが、どうもこのままではいかんなと思い始めたのはいつ頃なんでしょうか。

[父親]それは、9月に入って、終わり頃だと思うんですが、妻が桜井医師から言われたということで、妻が、桜井医師が幸子の治療に、どうしたらいいか分からないんだということを言っているというのを聞きまして、私も大変不安になりました。

(池原弁護士)それが9月頃ですね。

[父親]はい、9月頃ですね。それから、その後、またさらに桜井医師に対しての執着がひどくなりまして、ナースコールを何回も鳴らして面接を要求する、それで、ほかの患者さんが面接中であるという看護婦さんの制止も聞かずにさらに要求するとか、それから、非常に金銭的に浪費をするとか、タクシーを頻繁に使うとか、もう性格が非常に変わってしまったような感じになりましたので。

(池原弁護士)そういうことがあったので、11月の初めになって、どういうふうな治療をしてるのかということを確認しに行ったということなんでしょうか。

[父親]いや、そうではなくて、そういう状態を解消していただきたいということで婦長さんに、桜井医師が恋人役をやってて、こういうふうに悪くなってきてるんで、何とかその改善をお願いしたいということで、一種の抗議をしました。

(池原弁護士)乙A1号証の237頁の「方針」の@というところに、「Drの面接3/w?」と書いてあるのは週3回、前田、それから「2/w」と書いてあるのは週2回、ちょっとその後の字が読めませんが、これは桜井医師の意味なんでしょうかね。分かりますか、分かりませんか。

[父親]桜井だと思いますがね。

(池原弁護士)つまり、このときに面接の仕方を変えたわけですね。

[父親]そうですね。婦長さんからそのときに、グループで診るというような話をしておりました。

(池原弁護士)その2行目のところに「その分スタッフで関わる。」と書いてあるのは、要するに、桜井医師個人で幸子さんとかかわるのではなくて、スタッフでかかわりにしていこうという方針を決めたということになるんでしょうか。

[父親]はい、そうです。と思います。

(池原弁護士)これは、あなた自身の要望を病院側が入れたという形になっているんですね。

[父親]はい、そういうふうに解釈しました。

(池原弁護士)あなた自身は大野医師という慶応大学病院の先生はご存じですか。

[父親]はい。

(池原弁護士)乙A1号証の240頁は11月10日の記述ですけれども、この頁の真ん中あたりに(大野)というところが出てきて「<桜井Drにだけ頼り、他の援助を受けないという(コミュニケーションの様式)が問題であること。今後治療を病棟で続けるに当っては、11/8(水)に決めたことの確認が必要であること、>を伝える。」と書いてありますね。

[父親]はい。

(池原弁護士)これも、あなたの訴えを聞いて病院側が考えたということになるんでしょうか。

[父親]はい、そういうことです。

(池原弁護士)乙A第2号証を示す
22頁、年が明けて1月になって、幸子さんが自殺未遂をしたことがありますよね。

[父親]はい。

(池原弁護士)その後、東京女子医大に入院されたんでしょうか。

[父親]はい、そうです。

(池原弁護士)体のけがのことで。

[父親]はい。

(池原弁護士)22頁の真ん中あたりの「11AM」、午前11時と書いてあるところの記載ですが、「父母ともにDr(桜井)との関係を切りたいと望んでいる。」という記載があったり、それからその5行ぐらい下に、「DrからPt」、つまり患者「との関係を切ってほしいとのこと」というふうに書いてあるんですが、ここに書いてあるドクターというのはだれのことだか分かりますか。

[父親]被告だと思います。

(池原弁護士)これは、桜井医師との関係を切ったほうがいいですよというふうにだれかからアドバイスをされたんですか。

[父親]はい、東京女子医大の女の先生からそういうふうに言われました。

(池原弁護士)つまり、1月の自殺の件を通じて、桜井医師との関係を切ったほうがいいということを東京女子医大の先生から聞いたと。

[父親]はい。

(池原弁護士)それで、あなた方ご両親としてはドクター(被告)との関係を切ってもらいたいというふうに言ったという経緯になるんですか。

[父親]はい、そうですね。

(池原弁護士)そのときの自殺の原因というのは、やはり桜井医師との関係というのはかなり直接的な引き金になっていたという認識なんでしょうか。

[父親]はい、そのとおりです。
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裁判官(坂庭)
陳述書を拝見いたしますと、慶応大学病院入院中には、幸子さんの病気がどういうものかという傷病名についての説明、告知されなかったということなんですけれども、それは間違いないでしょうか。

[父親]はい。

[裁判官・坂庭]乙A第1号証を示す
69頁、5月20日のところ、真ん中辺なんですけども、「父来院」と書いてありまして、これは慶応大学病院のカルテなんですけれども、下から6行目のあたりのところに「母へのMTのくり返し」という記載があるのは分かりますでしょうか。

[父親]はい。

[裁判官・坂庭]その@のところに「病気としてのうつ病は改善している。」という記載があるんですけれども、このような説明があったという心当たりはないでしょうか。

[父親]私は覚えておりません。

[裁判官・坂庭]先程、桜井医師から私が恋人役をやりますというお話があったということなんですけれども、それに先立ちまして、幸子さんには恋人役が必要なんだというような説明というものはあったんでしょうか。それとも唐突に恋人役をやりますという話が出てきたんでしょうか。

[父親]はい、そうです。唐突です。

[裁判官・坂庭]その後、桜井医師のほうから、もう恋人役はやらないですとか、あるいは恋人のように思われては困るんだというようなお話というのはあったんでしょうか、それともなかったんでしょうか。

[父親]恋人役を私がやったということは言ってないというような意味のことはあったと思いますが。

[裁判官・坂庭]それはいつ頃のことになりますでしょうか。

[父親]それはもうずっと後ですね。

[裁判官・坂庭]どれくらい後か、覚えていらっしゃいますか。

[父親]それは済世会中央病院のときの話だと思います。慶応大学病院のときじゃないですね。

[裁判官・坂庭]その頃は中久喜医師の治療も始まった頃でしょうか。

[父親]ちょっとはっきりは、正確にはできませんが。

[裁判官・坂庭]甲A第1号証の1を示す
90頁、こちらが1998年ですから、平成10年1月31日の中久喜医師の診療の際のカルテなんですけれども、ここに幸子さんは中久喜医師に語った内容として記録されていることなんですけれども、真ん中辺ですが、それでいてということで始まる行があると思うんですけど、見つかりましたでしょうか。

[父親]はい。

[裁判官・坂庭]これは幸子さんの説明だと思いますけど、「それでいて父に、幸子さんはdateのようなつもりで面接にきている」批判したというような記載がるんですけれども、済世会中央病院の治療の際に、桜井医師からデートのようなつもりで診察に来てもらっては困るんだよというようなお話というのはあったんでしょうか。

[父親]いや、分かりません。
以上

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