苦情申し立ての決定に対する不服申し立てと再審査請求

 

日本●●学会 学会長 ●山● 様

同学会 倫理委員会 委員長 ●野●●郎 様

同学会 同委員会  副委員長 ●地● 様

 

 平成19年8月31日付倫理委員会の「決定通知」を拝受いたしました。

 幸子の死、裁判と判決によって、わたしたちは二度「殺された」と思っておりましたが、今回の「決定通知」で、幸子とともに三度「殺された」と受け止め、大きな精神的ダメージを受けました。

 そもそも今回の「苦情申し立て」をしたのは、専門家でもない法律家によって精神医療の問題について判断を下されてしまったことがきっかけです。

 また裁判の過程で、日本における医事裁判は、訴える患者や家族という被害者であり医療の素人である側が、自分たちの訴えについて全て根拠を挙げて証明をしていかねばならず、被害を受けた側、弱者の側に極めて理不尽な仕組みになっていることもわかりました。

 そのため、報道等で勝訴が伝えられているのは例外であり、実際にはほとんどの医事裁判では原告側が敗訴し、しかも、訴えるに至らず泣き寝入りになっている場合のほうが大多数である、ということもわかりました。

 そしてわれわれも当然のことながら敗訴いたしました。敗訴によって日本の医療裁判の現状がよくわかりました。しかしそれと同時に、精神療法・カウンセリングをめぐる医療裁判は、わたしたちのケースが日本初であるにもかかわらず、今後同様の訴訟はそう簡単にはおきないと確信しました。

 桜井昭彦氏の犯したのと同様のミスは、そもそも精神分析がヨーロッパで始まった直後から繰り返し発生しており、今日でも後を絶ちません。もちろん、近年のアメリカやヨーロッパでは、患者の権利が保障されているため、医師が訴訟に持ち込まれれば敗訴することもあると聞きます。

 しかし日本では、先に述べたような、被害者にとって理不尽な裁判制度であること、裁判所が被告側の医師の証言を必要以上に重視すること、原告に協力する医師がいないこと、そして、精神療法・カウンセリングが密室であり、患者側に証拠がないこと等々によって、精神療法・カウンセリングで被害を受けた患者が訴訟を起こすことがほとんど不可能になっています。

 しかも、法律では倫理を争点にできませんので、倫理のみを訴えれば、訴訟になるには至らないのです。わたしたちの場合は、偶然にも幸子が証拠を残していたこと、中久喜医師とZ医師が周囲の反対を押し切って協力したことによって、かろうじて訴訟を行うことができた、という極めて稀なケースです。

 また、幸子が遺言として訴訟をしてほしいと言っていたことも、わたしたちが極めて困難な訴訟を行ってきた大きな理由です。ただしそれは、悲しみにうちひしがれていたわたしたちが、幸子のために、という思いでなんとかやっていた、ということであるにすぎません。

 しかし通常は、以上述べたような様々な理由から、いわゆる精神科医やカウンセラーによるセクシャルハラスメントでさえも、患者が泣き寝入りしています。その上、患者が証拠を残しているようなわたしたちのケースでさえ、訴えは全て退けられてしまうのです。

 このように、裁判の過程で、被害を受けた患者もしくは原告に不利である法律上の枠組みがあることがわかりましたが、さらに、そもそも裁判というものは、損害賠償を目的として争うだけであり、わたしたち遺族が望んでいることを目的としていない、ということも明らかになりました。

 わたしたち遺族が望んでいるのは、

1)事実の調査

2)事故原因の解明

3)それらに基づく事故再発防止策の作成と実施

4)医師の謝罪

の4点です。しかし裁判というものがこれらを目的とした制度でない以上、わたしたちの願いはとうてい実現不可能であることがわかったのです。

 上告が可能であったにもかかわらず、それを断念したのは、以上のような多くの理由があったからです。

 しかし、それにしても裁判所の出した判決は、専門的な調査もなく、形式論に固執した、あまりにずさんなものであったと言わざるを得ませんでした。このような形式主義によって、精神医療と人間の生死を説明してもらいたくない、とわたしたちは考えました。わたしたちは、憤り悲しみました。そして、これで幸子は二度「殺された」と思ったのです。

 桜井昭彦氏が法廷で見せた態度には、それ以上に憤りの感情を覚えました。彼は自らの非を一切認めないばかりか、上級の医師である中久喜雅文医師を法廷で嘲笑し、さらに幸子と遺族の名誉を傷つける発言を繰り返しました。桜井氏のこのような品位のない態度は、医師としても人間としてもとうてい許せるものではありませんでした。わたしたちは何を言われてもかまいませんが、死者であり、もはや反論ができない幸子が、あのように侮辱されることだけは許せませんでした。

 裁判所によって二度「殺された」という感覚にとらわれて落胆しているわたしたちに苦情申し立てを勧めたのは、貴学会のあるメンバーでした。その人物は、わたしたちの話を聞き、さらにカルテを精査し、裁判では全く明らかにされなかった桜井昭彦氏の治療についての問題点を指摘されました。そして、その人物の意見に依拠した苦情申立書を書いたのです。

 この人物の専門家としての真摯な態度やアドバイスを聞き、また、幸子の最後の主治医である中久喜医師や裁判でお世話になったZ医師からも意見を聞き、彼らのようなメンバーがいるのであれば、貴学会、さらに貴倫理委員会は、わたしたちが苦情申し立てをせざるをえない深刻さを受け止め、法律家とは異なる独自の判断をするであろう、とわたしたちは考えました。

 また、そもそも倫理委員会なるものを設置しているからには、法律以外の評価軸に従った判断を行うであろうし、そのためには独自の調査を実施するであろうと考えました。そのためには、カルテを精査し、わたしたちや桜井氏に対する聴き取り調査も実施するであろうと考えました。以上の考えは、貴学会員の意見でもありました。

 しかしながら、苦情申し立てをした当初から、貴学会倫理委員長の●野●●郎氏による取り運びは、極めて大きな問題を孕んでいました。

 ●野委員長によって、倫理委員会の規定は極めて恣意的に運用され、ただでさえ一人の大切な人間の死によって傷ついている遺族の神経を逆なでにし、その上、極めて場当たり的としか言いようのない対応が続きました。

 申し立ての審査段階で、すでにわたしたちに対して甚大なる精神的ダメージを与えた●野委員長の対応は、貴学会の倫理を担う組織の長としての対応として不適切である、と言わざるを得ません。

 しかしそれら種々の問題点以上に、わたしたちが納得できないのは、今回の「決定通知」の内容です。

 なぜならこの文書は、裁判所の「判決文」にのみ依拠したものであり、そこには精神分析学の知見が一切示されていないからです。しかも、倫理的観点から検討した形跡も一切ありません。当事者のわたしたち遺族に対する聞き取り調査も一切ありませんでした。これは、一学術団体が示す公式見解として、極めて異常かつ非常識な内容です。

 わたしたちは、苦情申し立てを開始して以来、●野委員長による無神経な対応や取り運びに対して不満も申し上げないまま、ひたすら耐え続けました。しかしそれは、このような裁判所の判決文を丸写ししたような文章を作成していただくためではありませんでした。わたしたちが、期待と不安を持って半年間も待ったのは、このようなずさんかつ稚拙な内容の「決定通知」を見るためではなかったのです。

 以上述べたような、●野委員長の非倫理的な取り運び、及び今回の「決定通知」は、貴倫理委員会のみならず貴学会全体が学術組織として公式に存立しているという事実と大きく矛盾するものであるばかりでなく、貴学会がおよそ学術団体として存立することを脅かす、極めて自己欺瞞的なものであると言わざるを得ません。

 わたしたちは、貴学会の学術団体としての良心に訴えます。そして、貴学会倫理委員会による「決定」に対して不服を申し立て、以下三点にわたるお願いとともに再審査を請求いたします。

 

1、わたしたちは、日本●●学会倫理委員会が、学術団体および専門家集団としての見識と責任に基づいた調査と審査を行うことを求めます。

 そもそも、わたしたちは、裁判所の調査と判断に疑問と不満を持ち、そのような判断ではないものを期待していたからこそ、貴倫理委員会に苦情を申し立てたのです。

 わたしたちは、貴学会が司法・行政・立法機関とは切り離された、一つの独立した学術団体であり、また、貴学会が司法機関とは異なる評価軸によって医療や臨床に携わっていることが、貴学会の公式見解、貴学会の倫理規定等々から明らかに判断できるからこそ、今回、貴委員会への苦情申し立てをしたのです。

 ところが、貴倫理委員会がわたしたちに一方的に送付した「決定通知」には、専門家としての見識や判断は一切示されず、その内容は、裁判所の「判決」のみに基づいた極めてずさんなものです。

 もし貴委員会が司法機関に従属する組織であるならば、あるいは、法務省や厚生労働省など司法・行政組織の下部機関でしかない、ということならば、最初から苦情申し立てなどいたしませんでした。なぜなら、それら司法及び行政組織の下部に属するのであれば、それら機関の判断にのみ従属するからです。すでに裁判所の判断を見ているわたしたちにとって、それに従属した機関による同じ判断など、最初から不要です。

 しかしながら、およそ学術団体として存立し、学会を運営し、精神分析に関する資格審査を行っている限りは、客観的に見れば、貴学会が精神分析について独自の見識と権威を持ち、自らの専門性に基づいた独自の活動と判断を行っている組織であり、貴学会のアイデンティティはまさにそこにあると考えざるをえません。

 また、貴学会が公表している様々な見解にも、わたしたちが複数の貴学会員から受けた説明にも、貴学会の判断が司法や行政の判断に従属する、などと考えられる事実は一切ありませんでした。

 そもそも一定の専門性と権威を持った学術団体が、司法や行政にのみ従属した判断を下す、などということは、国際的な常識から考えても、日本国内におけるあらゆるアカデミックな組織のレベルで考えても考えられない異常な事態です。

 学会というものは、たとえ司法や行政の判断あるいは、政府や議会での決定と対立しようとも、自らの学術領域における独自の調査や基準に基づく判断・評価を、それら行政や司法の判断、国家レベルの判断に自動的に従属させようとは考えません。それが学術団体としての使命であり存在理由だからです。

[中略]

 そもそも、研究者という職業は一般に、専門家としての独自の調査と、その調査に基づく事実の認識、そしてその認識に基づく判断をすることにその存在理由があり、その社会的責任があるのです。これら調査、認識、判断を行政や司法に委ねればよいのだ、というのであれば、そもそも研究に従事する意味などないはずです。

 したがって、自らの判断が司法・行政・立法の判断と一致するか否か、などということは、研究者にとっての判断基準ではないのです。そのようなことは、いかなる領域の研究者であっても、よく自覚していることです。

 およそ学術・科学を標榜する限り、個人であれ団体であれ、以上述べたことは常識です。

 公害、薬害、飛行機事故、列車事故などについても、研究者は独自の調査と判断に基づき、時には国家やそれに従属する機関、司法機関などと鋭く対立してきています。その背景にあるのは、学術団体あるいは研究者個々人が、自らの研究に誇りを持ち、科学の普遍性と客観性を信じ、日々研鑽を重ねているからにほかなりません。学問や科学を標榜する学術団体の存在意義もまたそこにあるのです。

 しかも、研究者の独自の営為は、多くの人々の幸福に寄与することも目指しており、それは水俣病の事例で明らかです。水俣病の原因究明と被害者の救済が今日の状態にまで至っているのは、研究者たちが、国家や企業の公式見解に対して疑問を持ち、それらの見解を受け入れず、そして、独自の調査と判断を下し、いかなる圧力にも屈せず、自らの学問の優位を信じ続けたからにほかなりません。

 したがって、繰り返せば、専門家を名乗り、学会という独自の機関を名乗るのであれば、専門家という独自の観点から独自の調査に基づく事実の解明があってしかるべきなのです。そして、たとえ裁判所や政府などと異なる結論が導き出されても、それが学会として独自の判断に基づく、学術的に正統なものであると考えられるのであれば、何ら問題はなく堂々と主張すべきことなのです。

 実際、医事裁判の判決と、病院や自治体が組織する第三者機関との判断にズレが生じるのは、今や常識であり、これは、鉄道事故、航空機事故、あるいは薬害事故や公害などについても同様です。

 それは、裁判所が法律のみによって判断し、その目的が極めて限定的であるのに対して、各種第三者機関や事故調査委員会が、独自の評価軸に基づく独自の検討と判断を行うからであり、そしてこれらの機関の目的が、裁判所とは大きく異なり、なによりも事故の原因究明と再発防止であるからにほかなりません。

 以上述べてきたような、研究についての常識、研究者もしくは専門家および彼らが構成する学術団体に関する常識から判断すれば、貴学会、及び貴倫理委員会には、司法や行政とは独立した評価基準があり、そのため、貴倫理委員会は、その評価基準に基づいた判断を下すであろう、あるいは、評価の結果はどうであれ、独自の調査を実施するであろう、と考えざるをえません。

 さらに、貴学会が標榜する精神分析は、国家や司法、さらには既存の学術組織から独立したところから出発した苦難の歴史を歩んできています。フロイトら創始者たちの多くが、国家や社会的多数派によって差別・抑圧されるユダヤ人という少数派であったということ、ナチスによってフロイトの著作が焚書にあった、ということ、ナチスの迫害によって精神分析家の多くが亡命し、あるいは亡命できなかった人々が迫害の犠牲になった、という事実を考えれば、精神分析とは、抑圧と差別という苦難の中で、独自の学問的営為によって立ち上がった科学であると言えましょう。そのような独立独歩の歴史を持つ科学に依拠した貴学会が、国家や司法の判断に絶対的に従属するなどということは、あってはならないことなのです。 

 あるいは、ナチス時代には、多くの精神科医が、自らの学問的独立性を放棄し、ナチスのイデオロギーを支持し、精神障害者や身体障害者のガス殺に荷担し、強制収容所において多くのユダヤ人、ジプシー、同性愛者などの殺害に荷担したのは周知の事実です。彼らは、●野委員長と同様、ただ法律と司法機関が認めた事実に従っただけです。そして彼らは、国家の判断に従い、そのような殺人行為を粛々と実行したのです。そして、その結果は恐るべきものでした。

 今日の精神医学は、このような負の遺産を引き継いだ上で、自らの過去を反省的に見つめ、同じ過ちを二度と繰り返してはならない、という認識の上に成立しているはずです。そして、そのような認識の基礎には、国家や司法の判断のみに依拠せず、自らの学問領域の独自性に基づく研究と判断を行っていかねばならないのだ、という自覚があるはずなのです。

 逆に、かりに百歩譲って今回の倫理委員会の判断が正しいというのであれば、精神分析家の判断は司法的判断に完全に従属する、ということになります。そうだとすれば、そもそも精神分析は、医師や精神分析家ではなく、法律家に任せればよいのです。治療も診断も、全て法律家に委ねればよいのであり、精神分析や医療に従事する人々は、行政や司法の命令に従って行動すればよいのです。

 今回、司法の判断を全面的に認めた倫理委員会の判断は、ナチスに荷担した精神科医と同じレベルにある犯罪性を孕んでいると指摘せざるを得ません。自らの専門性と責任を放棄し、国家と司法に絶対的に従属すれば、そこには学問も科学も存在しないばかりか、それは極めて非倫理的な状態なのであり、さらに、そのような状態は必ずや、ナチスの殺人と同様の非倫理的な結果をもたらすのです。日本●●学会という学術団体、そして専門家集団に所属するあなたたちが、そのような状態に甘んじ、そのような結果をもたらすことを受け入れるような、そこまで堕落した人々だとは思いたくありません。

 わたしたちは、●山●学会長、●野委員長、●地副委員長、さらには学会の全メンバーの、研究者として、臨床家として、医師として、そして精神分析家としての良心に訴えます。そして、以上述べたことを前提にした再調査を実施し、再審査を行うことをお願いしたいと思います。

 そのためには、まずわたしたちが提出した苦情申し立ての文書を出発点としてください。また、あらゆる事実については、カルテを精査して事実関係を確認してください。同時に、最低限、当事者であるわたしたち、および桜井氏から聞き取り調査を実施してください。それに加えて、幸子の最後の主治医であり、貴学会のメンバーである中久喜雅文医師、さらには、全てのカルテに目を通して意見書を作成した、同じく貴学会のメンバーであるZ医師からも聴き取り調査を実施してください。広い意味では、彼らもこの苦情申し立てに分かちがたく結びついているからです。

 以上のような独自の調査を実施し、独自の判断基準から独自の結論を導き出す、という、学術団体にふさわしい調査プロセスを経た上で、学術的に何ら恥じることのない判断を下していただきたいと思います。その際に●山●学会長、●野●●郎倫理委員長、●地●倫理副委員長におかれましては、桜井氏が慶応大学医学部精神神経科の研究室出身であり、故小此木敬吾氏のお弟子さんである、などという極めて個人的で些末な問題は厳格に排除していただいた上で、精神分析家としての良心とプライドに賭けて再調査と再審査をしていただくことをお願いいたします。

 

2、わたしたちは、公正で透明性のある手続きを実施することを求めます。

 ●野委員長は、わたしたちが苦情申立書を送った際に、申し立てを受け入れるか受け入れないかについて、委員会のメンバーが判断をする上で、私が●野委員長に個人的に送付していた裁判の資料をメンバーに配付して良いか、という問い合わせをしてきました。

 その問い合わせについて、わたしたちは、ほぼ以下のように回答しました。まだ伝えていないことであったが、実はすでにわたしたちの訴えは棄却され、原告敗訴の判決が出ている。つまり、これは司法の領域では判断が下された問題である。しかし、倫理委員会は独自の学術機関であるから、司法的判断とは切り離して、高度な専門性に依拠した独自の判断を下してもらいたい。そのために、資料を参考にすることについてはかまわない、と。

 これに対して●野委員長は以下のように回答してきました。「裁判が敗訴であったという結果を前提にした審査」になるが、それでもかまわないか、と。

 このように、●野委員長は、申し立てをした段階では、「敗訴」を「前提」にする、などということを伝えないままで、裁判の資料を参考にして良いか、とだけ問いかけてきただけでした。ところが、わたしたちが裁判の結果を明らかにするやいなや、「これは裁判の結果を前提とした審査である」という回答を送りつけてきたのです。これは極めて場当たり的かつ無原則な対応と言わざるを得ません。

 なぜなら、もし最初からそのように告げられていれば、わたしたちは申し立てを断念するか、再検討していたからです。もちろん、すでに述べたように、一学術団体としてあるまじき判断基準を示されたことについては、大変とまどうとともに抗議もしたと思います。それは、貴倫理委員会に苦情申し立てをするように勧めた貴学会メンバーも同様であったと思います。上述したように、貴学会の、学術団体としての存立が危機に瀕するからです。

 しかし、そのような基準を最初に告げないばかりか、●野委員長のやり方は、いわばこちらがカードを切るのを待って、そのカードを見て、こちらの内情を熟知した上で、学術団体や倫理委員会の精神に反する判断基準を、場当たり的に作成した、というものだったのです。

 倫理委員会の規定にもない「裁判で認められた事実だけを前提にする」などという原則を、わたしたちから「裁判では敗訴している」という話があった後に突如として持ち出す●野委員長やり方は、恣意的で無原則、かつ極めて非倫理的です。インフォームドコンセントもなく、患者の合意を得ないまま、勝手に治療を行っているのと同じことです。このようなやり方をとったことにより、貴倫理委員会の倫理ばかりか貴学会の倫理はおとしめられているのです。

 さらに●野委員長は、Mと幸子の妹が幸子とどのような関係にあったのかを裏付ける資料を提出せよと要求してきました。しかしながら、わたしたちと幸子との関係性については、すでに「裁判で認められた事実」なのです。それにもかかわらず、申し立てを受理するかしないかを決定する以前に、わたしたちに対して身分の確認をすることは、前回と同様、極めて無原則かつ場当たり的なのは明らかです。

 「故人との関係を証明する書類を提出せよ」とは、裁判所からさえなかった指示です。いったい何の権利があって、そのような指示を出せるのでしょうか。●野委員長が自ら場当たり的に作り上げた、「裁判で明らかになった事実」が前提である、という原則は、どこに行ったのでしょうか。

 要するに、●野委員長は、自ら設定した原則を自ら逸脱しているのであり、つまりは、倫理委員会には規約はあるが、それは名目上であり、実際の申し立ての手続きは、委員長が規約を極めて恣意的に運用することだけに委ねられている、ということがここで明らかになったのです。

 その上、「故人との関係を証明する書類」を出せ、という指示は、裁判ですでに傷ついている遺族の神経を逆なですることです。裁判までしているわたしたちが、幸子と無関係ではないかとあらぬ疑いをかけられているからです。これはわたしたちばかりか幸子に対する侮辱です。 

 しかしわたしたちは、「申し立ての拒絶」を前にしておびえ、「それは原則を逸脱している」と言えない状況に置かれていました。●野委員長の無原則な指示はそのようなわたしたちの心を見透かすような極めて非倫理的なやり口です。心理学では、こういう虐待が起きている状況を「ダブルバインド」と呼ぶそうですが、倫理委員長である●野力八郎氏がわれわれに対して行ったのは、まさにそれです。

 人間の魂の問題を考えるのが仕事であるにもかかわらず、そのようなことを想像もできない人物によって「倫理」を検討することができるのでしょうか。

 さらに、●野委員長が「決定通知」とともに送付してきた、幸子の遺族宛の文書も極めて欺瞞的です。

 ●野委員長はその文書において、「こうした出来事から目を逸らすことなく」などと言い訳めいたことをお書きになっていますが、この「決定通知」そのものが、●野委員長が「事実」から目を逸らしていることを証明しているのです。

 したがって、●野委員長のお書きになっていることは極めて欺瞞的であり、わたしたちを愚弄しているのです。そもそも、自ら事実から目を逸らしているにもかかわらず、「目を逸らすことなく」などということを書いて恥ずかしくないのでしょうか。

 また●野委員長は、「この分野の専門家として」などとお書きになっていますが、今回送付された「決定通知」という素人でも作成できるこのような作文は、「専門家」の書いた文章とは言えません。この作文のどこにも、「この分野の専門家」の見解は示されていません。それにもかかわらず「専門家として」などと書けること自体、●野委員長が自らの欺瞞性に無自覚であることを明らかにしています。

 さらに●野委員長は、「おきた出来事にこれからも常に直面し精神分析的に考え抜く」「誰かが何かをしてくれるのを座して待つわけにはいかない」などとお書きになっています。専門家として原因を究明して再発防止に努めるという決意表明のおつもりでしょうか。

 しかし、●野委員長は「おきた出来事に直面」してなどいません。この「決定通知」のどこを読んでも「直面」した形跡はありません。そのような●野委員長には「精神分析的に考え抜く」などということができるかはなはだ疑問です。専門家としての責任を放棄しておいて大言壮語するのは見苦しい限りです。

 そもそも●野委員長は倫理委員長として、独自の観点から独自の評価をしようとは最初から考えず、苦情申し立ての受理を拒絶されはしないか、と恐れる遺族の弱みにつけ込み、次々に無原則かつ場当たり的な決定を突きつけてきました。あのような決定を次々に突きつけられた側が何を考えるかは「精神分析的に考え抜けば」明らかです。そのことをわかった上であのようなことをおやりになったわけです。

 つまり●野委員長は、苦情申し立てのプロセスの段階でわたしたちに精神的ダメージを与え、わたしたちの気力を奪い、「どのような決定が出ても文句を言えない」状況に追い込んだのです。そして今回の「決定通知」で、あらゆる「事実」を「なかったこと」にして、幸子とわたしたちを「殺した」のです。

 このようなことを無自覚になさってきた●野委員長に倫理を語る資格などないと思いますが、そういえば、今回の「決定」には、どこにも倫理的観点からの判断が示されていません。

 要するに●野委員長は、およそ研究者とか専門家という名に値しない、顔のない役人や事なかれ主義の官僚と同じような原則と態度を貫いているのです。ところが、愚かにも、そのことにご自身がまったく無自覚です。今回送付された書面を見れば、そのことがよくわかります。

 したがって、われわれの「苦労」を「わがこととして感じる努力」など●野委員長には無駄な努力であり、もし単にわれわれを「慰撫」して責任を果たしたというアリバイづくりをしたい、などという姑息な意図からそのようなことを書いたとすれば、それもまた無駄な努力であった、とお伝えしておきます。わたしたちは、委員長の文書によりさらに傷つけられたのです。他者の傷ついた心を理解する能力が●野委員長にあるなどとは、とうてい思えません。

 わたしたちは、倫理委員会委員長を名乗りながら、以上のような無責任かつ非倫理的な手続きを行い続けた●野委員長に抗議します。また、もし同委員長に専門家としての良心のかけらでも残されているのであれば、その意味で謝罪することを強く求めます。

 それとともに、貴学会、および貴倫理委員会におかれましては、以上のような恣意的かつ非倫理的な手続きではない、公正かつ透明性のある手続きによって、専門家として独自の再調査と再審査を行うことをお願いするものです。

 

3、わたしたちは、桜井昭彦氏が自らの非を認めていることを前提にした再調査と再審査を要求します。

 ●山●学会長、●野委員長、●地副委員長はじめ貴学会倫理委員会メンバー、そして貴学会員は、以下の点を確認していただきたいと思います。すなわち、私が裁判で提出した陳述書にその一部が引用されている桜井昭彦氏の発言の全貌をみれば、彼はすでに自らの非を認めている、という事実です。

 彼は200071日に、私に対して、自分が幸子に対する「加害者」であり、幸子に対して「土下座して懺悔している」、「申し訳ない」、「慶応の治療が終わったときから、この治療の失敗は問題になってきた」等々の発言をし、自らの非を認めています。

 わたしたちに苦情申し立てを勧めた貴学会員は、「調査が始まれば聞き取り調査が必ずあるはずだから、その段階で、桜井氏の発言について倫理委員会にお伝えすればよいでしょう」とわたしたちにアドバイスしました。その貴学会員の見解によれば、苦情申し立てで述べている事実だけでも、桜井氏による治療上の問題点は明らかだからです。したがって、苦情申し立てには、あえてこの事実には触れませんでした。

 しかし、事ここに至っては、この事実をお伝えするしかありません。苦情申し立ての出発点は、申し立ての文書とともに、この事実にあるのです。桜井氏ご本人が自らの「失敗」つまり自らの非を、裁判所の外側ではっきりと認めているにもかかわらず、その事実を無視して、裁判所が認めたことだけを「事実」とする、などというおかしな論理は成り立ちません。

 わたしたち宛に書いた文書において、●野委員長は、「精神分析的に考え抜くこと」をこれからの方針にされておられますが、まず同封のDVDに収められている録音をよく聞き、「精神分析的に考え抜いた」上で、私たちの要求する再調査と再審査を実現していただきたいと思います。なおその際には、桜井氏が慶応大学の同門である、という「非精神分析的」であることは一切排除して、ひたすら「精神分析的」にご検討いただきたいと思います。●地副委員長にも同様のお願いをいたします。

 また、これは学会全体に関わる問題であるため、●山●学会長もこの録音を聞いた上で、学会の長としての責任ある対応をお願いいたします。そのさいには、東京済生会中央病院の元同僚として桜井昭彦氏に対して抱かれる個人的な感情といった、およそ非学術的判断基準は、厳格に排除されるようお願い申し上げます。

 繰り返しますが、わたしたちは、貴学会の学術団体そして専門家集団としての良心に訴えています。形式主義、事なかれ主義、門閥主義を排除した上で、苦難の歴史を背負った精神分析を担う独立した専門家として、つまり、精神分析家・研究者として、わたしたちが提起している問題を深刻に受け止め、そして、自らの責任をきちんと果たしてください。

 

 以上整理すれば、1)学会独自の調査と判断を行うこと、2)公正で透明性のある手続きを実施すること、3)桜井氏自身が自らの非を認めていることを前提とした調査と審査を実施すること、という3点が、さきの「決定通知」を受けて、わたしたちが貴学会並びに貴倫理委員会にお願いすることです。以上3点をご確認の上で、わたしたちの不服申し立てと再審査請求をご検討の上、ご回答ください。


2007年9月30日
幸子の遺族
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