(1) ● 男はモリに迷い込んだ。というよりも身体ごとモリに投げ込まれた。 ● モリは朽ち葉が発酵して土になる熱や,大樹の生々しい呼気に蒸されていた。キャラバン用の厚い靴底から も,その熱が感じられるほどだ。湿った柔らかい足許から蒸気が立つうえに,密生した葉叢が頭上を覆って 薄暗く,見通
しが利かない。 ● 男の身体からは汗が粒になって噴き出し,モリに滴り落ちた。彼は自分が独りきりで,どうやら抜き差しな らない状況にあるらしいことを悟った。 ● 彼は自分と,モリとの関係になんとか納まりをつけなければならないと考えた。絶えまなく汗を噴き出し ● 男は,モリの中にばたりとうつぶせに倒れた。故意にだったか,激しいめまいの故にか,自分にもわから ● 下腹部に違和感を覚え,その後に焼けつくような痛みが続いた。ハサミが男を傷つけていた。出血がにわ ● 彼は,草の葉をちぎって下腹部の傷口にそれを当てた。そして恋人のみやげであるなめし革の水筒から水 ● ポケットからデジタル・カメラを取り出し,仰向けになって紅い葉をファインダーから覗きシャッターを ● カメラのスティル画像を見ると,めまいを起こすような紅い葉がびっしりと写
し込まれていた。 ● もう一つの画面には,黒々とした朽ち葉のほか,何も写っていない。彼が予想したとおりだった。彼は自 ● 男は,どこにいるのか,まだ生きているのかどうかすら知れない恋人のことを思った。恋人は,その手か ● 恋人の手は,乾燥した,パウダーのような砂粒にまみれていた。そして清浄で,太陽の光に輝く無色透明 ● 「もうそろそろ」と恋人は言った。「もうそろそろ,いいころですよ」そして,コップを彼に手渡した。 ● 彼はなめし革の水筒が球状に膨らんでくるのに気づいた。それを自分の血がついたハサミで切り開き中の ● 男は起き上がり,血のついたハサミを右手に持って,モリの壁を切り裂くために歩き始めた。
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