CUBA LIBRE
                      

             青沼 炎
          


              §1

 潮騒がロビ−のなかまで浸ってくる、そんな感じがするくらいだ
からホテルに出入りする混血娘(ムラ−タ)の喋りかたも浜辺の遊び
をひきずっている。
 彼女たちにとってここでの出来事はビジネスではなくプレイなの
かもしれない。ビジネス・ライクな笑顔もなければ、濡れたドル紙
幣が何枚も裸体にはりついた性の空しい響きも聞こえない。それは
このリゾ−ト地帯の明るすぎる太陽と陽気な住人たちが産みだす一
種のお祭りのような気分によるのだろう。
 ただ、旧式のエレベ−タ−のドアが閉まり、昇降音がロビ−に響
くときフロントに立っている支配人の視線がピンと引き締まる、そ
のときわずかにビジネスの臭いを感じるくらいである。
「メルシ−」
「ダンケ」 
 支配人の前をさまざまな混血娘が通りすぎ、さまざまな国のあり
がとうが、ちょっと翳りのある彼の口許から漏れた。この国にはめ
ずらしく無口な男だった。12才になる東洋系の面影をもつ娘とふ
たりで住んでいると言う。娘の名前はアヤ。無口な父親に似て、彼
女もどこか翳りのある微笑みを長い黒髪のなかから送り返してくる
ような少女だ。口数は極めて少ない。親娘はホテルから車で五分ほ
どの裏通りのアパ−トの三階に住んでいる。七年ほど前にふたりが
この街にやってきてからずっと同じ場所に住んでいるのである。し
かし、七年この街にいてもそれほど交友関係がひろがらないのは彼
らの無口な性格ばかりによるものではない、そんな印象を周囲にあ
たえるくらいには神秘的なところのある親娘であった。周囲との関
係を避けるわけではないが、積極的に関わろうとはしない。
 毎日顔をあわせているボ−イですら、支配人のプライベ−トとい
ったら、それくらいのことしか知らない。しかし、ボ−イはそんな
支配人を極めて好感度の高いまなざしで見上げていた。  
「満室ですね」 
 と、ボ−イが言った。
 支配人は答えなかった。
 ひとりの混血娘がホテルに入ってきた。フロントに向かってウイ
ンクすると、エレベ−タ−に乗り込んだ。
「はじめての顔ですね」
「‥‥‥」
 ボ−イはロビ−にある時計を見あげた。
「あと、1時間半で今年も終わりですね」
「はやいものだ」
 支配人は噛み締めるように言った。そして、突然、続けた。
「いろいろな娼婦がわたしのまえを素通りし、朝になると同じよう
にして出ていく。それだけのことのために、わたしは毎日こうして
フロントに立っている。そして、また一年がすぎていく」 
 支配人の言葉は彼の心のなかにとっても自然に落ちていく。
「初めてここに立ったときと随分、娼婦の顔ぶれも変わった」 
 支配人は饒舌になりすぎたのに気づいて、ボ−イのこころの動き
を覗った。支配人と視線が合うと、ボ−イは笑った。その笑いがホ
テル”CRIME”には不似合いな健康さを発散しているせいだろ 
うか、支配人は心持ち視線を伏せた。カリブから吹き寄せる風がボ
−イの笑顔を擦り抜けていく、そんな印象を支配人は抱いた。
「チャイナ・タウンでは新年を祝って町中で爆竹がならされるって
聞いたことがありますが、本当なんですか」
「ほんとうだ。中国の古い風習らしい」でも、中国の新年はわれわ
れと同じではない、と言い掛けて黙り込んだ。
「どんな意味があるんでしょう」
 支配人は笑いながら言った。
「きょうはもう終ろう。そろそろナイト・フロントが来る時間だ」
 支配人がカウンタ−のライトを絞ると、ホテル”CRIME”は 
真夜中を迎え、もうすぐ1980年は終ろうとしていた。
 
 309号室のドアは半開きであった。混血娘は部屋のなかを覗き
こみながら、ドアをかるくノックした。返事はなかった。約束の時
間に二時間ほど遅れている。混血娘を呼んだ男はベッドのうえで酔
いつぶれてでもいるのだろうか。二時間あればボトルの半分くらい
は空けられる。男はフォァ・ロゼズを半分空けたに違いない。ぎこ
ちない英語で混血娘はそう考えた。しかし、男の姿はなかった。部
屋を見回したが、どこにも人影はない。 
 混血娘はベッドのうえに腰掛けた。ハッカ煙草を乱暴に揉み消す
と、受話器をとりあげた。帰支度をしていたボ−イがでた。
「この部屋にいたお客は外室したの」
「何号室でしょうか」
「309よ」
「どこにも出掛けられてはいませんが」
「でも、いないわよ」
「そうですか。それならしばらくお待ちしてはいかがでしょうか。
すぐに戻ると思いますよ」
 長時間の外室ならばフロントに鍵を預けていくはずだ。鍵はなか
った。帰支度の途中だったボ−イは早く電話を切り上げたかった。
あと一時間とすこしであたらしい年になる。女友達とドライブにい
く約束がある。
「しばらく待てって言ったって、ほんとうに戻ってくるの」
「ええ、戻りますよ。きっと」
「そう」
「ええ」
 支配人は怪訝そうにその会話を聞いていたが、ボ−イが受話器を
置くとどうしたのかと尋ねた。309号室の男がいないらしくて、
さっき入ってきた混血娘から、どうしたのかって電話があったんで
す。そうか、と呟くように言うとぶっきらぼうに支配人は椅子に座
った。どうしたんですか、とボ−イが聞くと何でもないと言うよう
に手を振りながら、もう帰ってもいいよ、と言った。
 ボ−イは帰っていった。
 支配人は椅子に座ったまま、考え事をしていた。
 十分ほどして、また電話がなった。混血娘からだった。
「来ないじゃない」
「そうですか」
「手ぶらじゃ帰れないわ」
 混血娘の声が沈むように震えている。
 支配人はその理由を理解していた。混血娘は”CUBA LIB
RE”という売春組織から送りこまれている。手ぶらじゃぁ帰れな
いのは彼女が組織のル−ルを破ったように疑われるからだ。
 ”CUBA LIBRE”は売春だけではなくこの地域一帯を牛
耳っているシンジケ−トでもあった。麻薬が主な資金源であったが、
ある土着の宗教とも密接な関連があると噂された。ブ−ドゥ教のよ
うなちょっと危険な臭いのする宗教だとも言われているがそれらの
教義や儀式が表立って人前に現われることはない。そんな秘密めい
た部分が一層”CUBA LIBRE”を怖れさせる原因になって
いた。
「お客がいない、と”CUBA LIBRE”に連絡しとけばいい
じゃないか。簡単なことだ」
「それができないのよ」
「なぜ」
「約束の時間に遅れているからよ」
「どのくらい」
「二時間」
「二時間か」
「どうしても手が放せない用があったのよ。ほんとうよ」
「わたしに言い訳しても何の解決にもならない」
「どうしよう」
「簡単なことだ。君が稼いだ金を持って”CUBA LIBRE”
に帰ることさ」
「そんなお金もってないわ」
「わたしには何もできない」
「殺されるわ」
「そこまではしないだろう」
「組織のお金を使い込んだことになるのよ」
 何もできないよ。わたしはただ通りすぎていくものを見ているだ
けの役割しか与えられてはいないんだから、と支配人は心のなかで
呟いた。
「どうしよう」
 支配人は黙っていた。
 そのとき二人の警官が入ってきた。支配人は受話器を持ったまま
警官に、どうかしましたか、と聞いた。手配中の男がこの近辺に逃
げ込んだ、と手配の男の写った写真のコピ−を見せながら背の低い
ほうの警官が言った。
 泊まり客のひとりに人相が似ている、と思いながらも支配人は口
には出さなかった。警官たちは、何かあったら連絡してくれ、と言
い残して出ていった。支配人は黙って頷きながら、警官たちをカウ
ンタ−のなかから見送った。警官たちの姿が消えてから、手にして
いた受話器に気づいて、もしもし、と言った。返事はなかったが、
電話は切れてはいなかった。しばらくして切ろうとしたときに、声
が聞こえた。なにか、言い争っている。そんな感じだ。しかし、声
が受話器から遠いせいか、なにを言っているのかは解らなかった。
ただ、女の悲鳴にも似た声が誰かにむかって叫んでいる。ホテル
”CRIME”ではよくあることだったが、支配人はどうしたもの
かと思った。遅れてきた混血娘を待っていた男が、なじっているん
だろうか、とも思ったが、それにしてはちょっと険悪すぎる。だか
らといって309号室まで押しかけていって、どうしたのか聞く訳
にはいかない。
「黙っていろ。舐めた真似すんじゃねぇ」 
という男の声がかろうじて聞き取れた。
 それから、しばらくの沈黙が生れたあとで、殺さないで、と哀願
する混血娘の声が響いた。支配人はただならぬことが309号室で
起こっていることに動揺しながらも、成り行きを受話器越しに聞い
ていた。ひょっとしたら手配の人物が309号室を借りた男だった
かも知れない。二分ほどしたあとで、別の電話器で警察に通報した。
警官がやってきた。
「間違いかもしれないんで通報しようかどうか迷ったんですが」  
と、いいながら受話器を警官に渡した。
 しばらく309号室の案配を聞いていた警官が、別の警官に目配
せすると応援の警官たちがやってきた。支配人は指揮官にホテルの
なかのレイアウトを聞かれた。309号室は三階の角にある。どう
やら突入するらしい。
「満室なんですよ」
と、支配人は言った。
 しかし、混血娘が”CUBA LIBRE”からやってきた娼婦
であることは黙っていた。
「凶器は持っているんでしょうかね」
「もちろん」
「このホテルには十分すぎるほど天使たちがかょってくる。もう、
これ以上天使は必要ない」
「ええ、わかりますよ」 
「だから強引な真似だけはやめてもらいたい」
 指揮にあたっている警官は黙って笑うと、支配人の肩をポンとた
たいて、部下たちと話しはじめた。支配人はぼんやり警官たちを眺
めていた。相手は凶悪犯だ十分注意しろ、と指揮官が言うと、まわ
りの警官たちの目が一瞬するどく静止した。
「このホテルにはエンジェル・リングの予備はない」
 支配人がちいさく叫んだ。声は警官たちの機敏な動きにかき消さ
れた。
 すると、受話器で309号室の様子を覗っていた警官が、気づか
れたようです、と言った。
「まずいな」
「説得工作に入りましょうか」
「無理だろう」
 と、突然、警官たちの頭上で銃声が響いた。
「殺し合いだけはやめてもらいたいんですよ」
 警官たちのからだがぴくりと硬直すると、つぎの瞬間には散り散
りに物影に身を隠していた。ロビ−のなかは一見すると不断と変わ
らない状態に戻った。フロントのカウンタ−には支配人がひとりで
立っている。あちこちの物影からは警官たちの構える銃口がエレベ
−タ−に向けられている。 
 支配人はかなり平静に状況を観察できるくらいの余裕があること
に気づくと、物影の警官たちをいちいち見回した後で、警官たちと
同じようにエレベ−タ−に視線を移した。チンと音がすると、エレ
ベ−タ−の扉が開き、手配の男と顳にリボルバ−を突き付けられた
混血娘が降りてきた。男は混血娘を盾にしながら、周囲を見回すと
フロントに立っている支配人を見つけた。
「警察を呼びやがったな」
 そう言って男はフロントにむけて発射した。弾丸は支配人をかす
った。警官が物影に隠れろ、と合図しているが支配人はそのままだ
った。不思議なことに怖いという感情すらなかった。ひょっとした
ら次ぎの発砲で、自分の体を弾丸が貫通するかも知れないとすら考
えなかった。映画のなかのワン・シ−ンを観るようだとは思わなか
ったが、カフェのなかから外部の通行人を眺めているくらいの感じ
はあった。この男、どんな罪を犯したのだろう、ふと、そんな疑問
が支配人の頭をよぎった。”CUBA LIBRE”の手先ではな
いだろう。司直と”CUBA LIBRE”が反目しあうようなこ
とはまずありえないし、むしろ協力関係にあるから、きっとこの男
は”CUBA LIBRE”と敵対するようなことをしでかしたの
であろう。麻薬がらみか。あるいは?
「畜生」  
と男は舌うちした。
「運のいい野郎だぜ」
 支配人は微笑しながら答えた。
「チェック・アウトですか」
 混血娘は男の腕のなかで震えている。助けて、と哀願するように
身をよじらせると、支配人は目を伏せた。わたしには何もできない。
通話器での会話のときのように心のなかでそう呟いた。わたしにと
って君はただの通行人にすぎない。君らはいつもわたしのまえを素
通りするだけだ、それがル−ルだ。ル−ルを破ればお互いの関係は
破綻する。
「車を用意しろ」
 男が叫んだ。
「車かい。どんな車がいい」
 支配人はいままでとはうって変わったぶっきらぼうな口調で尋ね
た。
「ガソリンは満たんだ」
「だからどんな車だ」
「ここから逃げられればどんな車だっていい」
「それじゃわたしのミニ・ク−パ−を貸してあげよう」
「ミニだって。だめだ。もっとでかいのにしろ。あんなのはガキの
おもちゃだ」
「そんなに立派な車に心当りはないよ」
「警察に用意させりゃいいんだ」
「残念なことに、あんたと違ってわたしには警察にそんなに懇意な
友人なんかいないよ」 
 男は持っていたリボルボ−をあらためて支配人に向けた。
「解った。なんとかしてみよう」
と、支配人は頷いた。
「ああ、そのまえにここの料金を払っていってもらえるかな」
 男はほんのすこし、何のことやら考えたあとで、ふざけるなと言
いながら銃爪を引こうとしたそのとき、二三人の警官が物影から飛
び出し、一斉に乱射した。混血娘が悲鳴をあげながら蹲ると、蜂の
巣になった凶悪犯はエレベ−タ−のなかにふっとんだ。
 ひとりの警官が、倒れた男に何発もとどめを刺しながら近づいて
いく。しゃがみこんだままの混血娘に救急班が近づき、大丈夫かと
若い医療員が尋ねた。
 指揮官が支配人のところにやってくると、肩をすぼめながら、無
茶なひとだと言った。
「ホテルのなかでは殺し合いはしない約束だったじゃないか」
 無表情のまま支配人は言った。指揮官は両手を広げながら苦く笑
った。
「不思議なひとだ」
「わたしはこれからどうしたらいいんだろう」
「もう、今日はお引き取り頂いても結構です。このホテルのオ−ナ
−が来てくれるそうですから」
「しかし、このホテルの直接の責任者はわたしだ」
 支配人は深い意味もなく言い切った。
「ええ、たしかに。しかし、いまは違う。異常事態が発生した後な
んです。これから現場検証がはじまります。たぶん朝までかかるで
しょう。それまでお休みになったらどうでしょう。そのあとで、ご
協力頂きたいこともありますし。たぶん長時間おつきあい願うこと
になるはずですから」
「いや、そんなことを言っているんじゃない」
「じゃぁ、どんなことを」  
 支配人は首を振った。
「帰っていいんだろう」
「もちろんですとも」
 支配人はいつものようにロビ−の時計を見た。あたらしい年がも
う来ている。娘はすでに、ベッドのなかだろう。支配人は慌ただし
い自分の職場をでると、闇のなかに潮騒が浮かんでいた。振り返っ
てホテルを見た。闇のなかに一点だけこうこうと明るい。そのなか
でさまざまなひとが動き回っている。明日の朝のテレビ・ニュ−ス
にはきっとお喋りなオ−ナ−が登場しているだろう、支配人は小さ
く笑いながらどこか、ほんとうに遠いものを眺めるようにホテルに
頷くと駐車場のミニのドアを開けた。
「中国ではいまごろ数え切れない爆竹がけたたましく鳴り響いてい
なければならない」
 支配人がミニにキ−を差し込むと、潮騒につつまれた闇の一角に
唸るような軽いエンジン音が響いた。
「さて、と」
 自分のなかのル−ルを破ってしまったようなちょっとした後味の
悪さを持て余しながらアクセルをふかすと、ミニは海岸通りをよた
よたと走りだしていった。闇がミニにのしかかってくる、そんな感
じだった。
         

            §2

「おはよう」とアヤは言った。14インチのテレビでは昨夜のホテル
”CRI−ME”での事件を報じている。支配人はテレビの画面を見
つめながら、おはようと答えた。
「夕べは大変だったの?」
 十二歳の少女にしては物静かな言いまわしでアヤが言うと、支配
人はちいさく笑いながら「かもしれない」と答えた。あやはそれ以
上のことは聞かなかった。食卓の前に坐っている支配人を見れば、
それですべては理解できる、それでじゅうぶんじゃない。そんな
感じを抱いているようであった。
 事件の犯人は射殺されたとはいえ、ホテルの従業員や他の客に危
害を加えたわけではないし、現に、テレビを見ながらコ−ヒ−を啜
っている支配人を見れば、事件の主役は、犯人と警察であり、ホテ
ルはあくまで彼らの活躍する舞台にすぎなかったのだ、とアヤは納
得しているはずだ。
 支配人はそんなアヤの納得に満足していた。
 それにしても、と思う。
 アヤのなかでゆかりの面影が日ごとに増大してくるようなそんな
気がしたからである。今回の事件の納得の仕方にしても、母親であ
るゆかりそっくりの処理の仕方である。とりたてて細部を詮索しな
くても充分、当事者が元気な姿で目の前にいるなら、それ以上何を
問いかける必要があるのか、とでも言いたげな態度は無口な支配人
には居心地がよかった。
 ゆかりが失踪してから八年がたつ。
 ゆかりが失踪してしばらくすると、仕事を止めてゆかりを探しま
わった。一年ほどそんな生活がつづいた。しかし、ゆかりの行方は
まったく不明だった。何の手がかりも残さないままあっそりとゆか
りは消えてしまったのである。
 その後、幼いアヤを連れて、このリゾ−ト地にやってきたのだが、
このごろではいつかゆかりが戻ってくるというような幻想はまった
く抱かなくなっていた。アヤのなかにゆかり以上のゆかりを感じな
がら、それがすべてだ、と思えるようになったからだ、とは思わな
かったが、アヤの成長は支配人を支えた。
 
 電話が入った。 
「警察からよ」とアヤが言った。
 支配人はアヤから受話器を受け取ると、「ハロ−」と言った。
 電話の内容は三十分後に署の方に来てくれ、と言うものだった。
「OK」と答えると電話を切った。
 昨夜の犯人は何らかのかたちで”CUBA LIBRE”の利害
と対立した。そして、”CUBA LIBRE”と密接な関係を保
つ警察の力で合法的に始末された。ホテルでの事件の真相はたぶん
そんなところであろう。しかし、それは口に出してはいけないこと
だった。このリゾ−ト地の誰もが知っていながら、誰もが口にしな
い真相であった。14インチのテレビのなかではレポ−ターにマイ
クを向けられたホテルのオ−ナ−がいつもとは違うちょっと神妙な
感じでしゃべっていた。
 オ−ナ−らしくないな、と支配人は思った。緊張しているのかな、
しかし、オ−ナ−がテレビ・カメラを前にして緊張するようなタマ
でないことは支配人が一番心得ていた。
「何かあったのかな」
 支配人の視線は浮きあがった一点の不安を捉えた。大した事がな
ければいいが。それにしても、オ−ナ−のあの態度は気がかりだ。
”CUBA LIBRE”ともそれほど密接ではないにしても、関
係を持っているオ−ナ−のことだから、”CUBA LIBRE”
サイドから何か気がかりな情報でも入ったのだろうか。いや、それ
くらいのことだったらオ−ナ−のあの緊張した真顔をブラウン管の
なかに見つけることは無かったであろう。脅されたか。たぶん、オ
−ナ−は”CUBA LIBRE”から何らかの圧力を受けたので
あろう。それがどんなことなのかは解らないが、今回の事件がひょ
っとすると半端じゃない背後を持っていることだけは推察できた。
 コ−ヒ−を空けると支配人は「でかけてくる」と言った。
 アヤは黙って頷いた。
「遅くなるかもしれない」
 アヤはもう一度頷いた。