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boogiewoogie
ブギウギ 桐生かずゆき
1
A「ここにはなにもない!」
B「ここにはなにもない!」
A「ああ、ほんとうになにひとつない」
B「ああ、ほんとうになにひとつない」
A「ただおれがいるだけだ」
B「ただおれがいるだけだ」
A「おれしかいないはずなのに」
B「おれしかいないはずなのに」
A「おまえはだれだ」
B「おまえはだれだ」
A「おれのまねをするな」
B「おれのまねをするな」
A「するなってば」
B「するなってば」
A「怒るよ」
B「怒るよ」
A「・・・・・・」
B「・・・・・・」
A「ふん」
B「ふん」
A「ふんーだっ!」
B「ふんーだっ!」
A「何度いったらわかるんだ、おれのまねをするな」
B「何度いったらわかるんだ、おれのまねをするな」
A「おまえ、だれだ」
B「おまえだよ」
A「あ、あれ? じゃあ、おれはだれだ」
B「おれだよ」
A「・・・どうすりゃいいんだ」
B「どうしようもないさ」
A「ここにはなにもないんだ。さびしくはないか」
B「さびしいさ」
2
B「悪いことをした。あやまるよ」
A「なぜ?」
B「おまえにいやな思いをさせた」
A「いやな思い?」
B「そうだ」
A「いやな思いだって?」
B「おまえの口まねをしたことさ」
A「べつになんとも思っていないさ」
B「そうか、それならいいけど」
A「でも」
B「なんだ」
A「なぜおれの口まねをした」
B「おれには語るべき自分の言葉などないからさ」
A「そうか」
B「おれはおまえの影にすぎない」
A「じゃあ、おれは誰だ」
B「おまえはおれの影さ」
A「ここに、この場所にいるのは誰だ」
B「おまえとおれさ」
A「ここはどこだ」
B「部屋のなかだ」
A「部屋」
B「そう、部屋だ」
A「部屋はどこにある」
B「世界のそとだ」
A「それなら、世界はどこにある」
B「ない」
A「ない?」
B「そうだ。少なくとも、ここにはない」
A「ここはどこだ」
B「部屋のなかだ」
A「部屋はどこにある」
B「世界のそとだ」
3
A「ああ、退屈だ。どうしたらいい? なんでもいい、おまえが思いつくことをしゃべっ
てくれ」
B「しゃべるって、なにをしゃべる」
A「なんでもいいんだ」
B「なんでもいい?」
A「なんでもいい。そう、おまえはここにくるまで、どこでなにをしていた?」
B「いまさら話すようなことはなにもない」
A「そんなことはわかっている。だが、ここにくるまえにおまえは別の場所にいて、そこ
で一定の時間なにかをして過ごしたわけだろう」
B「わざわざ話すようなことではない。たいして意味のない日々だった」
A「おれは意味を求めているのじゃない」
B「知っているよ。だが、意味は大切なものじゃないか」
A「なぜ?」
B「意味がないところには順番がない。どこから話したらいいかわからないじゃないか。
それでもなにかを話そうとするなら、なにも言わないか、いっぺんにすべてを話すか、
どちらかしかない」
A「すべてを話してくれ」
B「なぜ」
A「退屈なんだ」
B「どこから話す? どこから始めてもいい。だが、必ず、ある一点、どこかから始めな
ければならない。始めるには勇気がいる」
A「それなら勇気を持ってくれ」
B「なぜおれが」
A「おまえしかいないからだ」
B「おまえがいるじゃないか」
A「・・・・・・」
B「おまえが始めろ」
4
A「ああ、判ったよ。やってみよう。・・・花が咲いていたよ。道端に。きれいな花だっ
た。だが、おれはその花の名を知らなかった」
B「それで?」
A「おれはその花を忘れた」
B「終わりか?」
A「終わりだ、さあ、次はおまえの番だぞ」
B「目が覚めた。おれは窓を開けた。寒かった。ゆうべ降った雪が積もっていた。空は晴
れていた」
A「それでどうした?」
B「終わりだ」
A「もう終わりか」
B「おまえの番だ」
A「おれはもう話したくない。おまえが話せ」
B「おれだってもう話したくないさ」
A「・・・・・・」
B「・・・・・・」
5
A「いつまで黙っているんだ」
B「・・・・・・」
A「続きを始めよう」
B「・・・・・・」
A「さあ」
B「・・・・・・」
A「じゃあ、おれが話すよ」
B「・・・・・・」
A「おれには父親と母親がいた。祖父も祖母も。おれには弟がいた。たぶん、妹も。兄と
か姉もいたのかもしれない。それに、おれには妻がいた。おれには子供がいた。男の子
や女の子。おれには友人もいた。友人といっても、小学校のときの友人、中学、高校、
大学、世の中に出てから、と、いろいろだ。それに、妻と結婚するまえにつきあってい
た女がいた。会社の先輩、後輩、同僚。アパートの部屋の隣人。仕事の取引先。学校の
教師。隣人がいた。おれのまわりにはたくさんの人間がいた。おれのことを知っている
たくさんのひとがいたし、それよりたくさんのおれを知らないひとがいた。世界には数
え切れないほどのひとがいた」
B「・・・・・・」
A「おい、聞いているのか」
B「聞いているさ」
A「なあ、おれのまわりにたくさんの人間がいたんだ。そこまではいいな」
B「すごいな。わくわくする」
A「誰の話をしようか。誰の話を聞きたい?」
B「適当にみつくろってくれ」
A「そうだなあ、小学校のときの友達の話をしよう」
B「ああ、それでいい」
A「・・・・・・」
B「どうした」
A「いや、どうしたのか、おれは」
B「おまえ顔色がよくないぞ」
A「それが、ちっとも思い出せないんだ」
B「なにも?」
A「ああ、なにも」
6
B「わかったよ、おれがやってみる」
A「頼んだよ」
B「おれには母がいた」
A「いいぞ、その調子だ」
B「おれが子供の頃、母はまだ若くて美しかった」
A「そうだろう。そうだろうとも」
B「・・・・・・」
A「どうした?」
B「思い出せない。おれには母の顔が思い出せない」
A「忘れたのか?」
B「ああ。・・・でも、母なんて、はじめからいなかったのかもしれない」
A「そうか。そりゃあ、さびしいな」
B「母だけじゃない。誰もいなかった。いま、ここにいないだけじゃなく、誰も最初から
いなかったのかもしれない」
A「さびしいよ。ますますさびしい」
B「どうすりゃいいんだ」
A「・・・・・・」
B「おい」
A「いいじゃないか。見ろよ。きれいな夕焼けだ」
B「おまえ・・・。夕焼けが見えるのか?」
A「ははは。見えるもんか」
B「嘘か」
A「嘘でもつかなきゃ、やっていられないじゃないか」
B「おまえになにが見える」
A「なにも見えないさ。あたりまえじゃないか。ここは世界の外だ」
B「なにもないのか」
A「なにもない」
B「おまえは誰だ」
A「たぶん、おまえだよ」
B「・・・・・・」
A「・・・・・・」
B「なあ、ここはどこだ」
A「知らない」
B「たぶん、こんな場所はどこにもあっちゃいけないんだ」
A「そうだろうな」
B「もう、帰るか?」
A「おまえ、帰り道を知っているのか?」
B「知るもんか」
A「・・・・・・」
終
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