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   ブギウギ      桐生かずゆき



     

A「ここにはなにもない!」
B「ここにはなにもない!」
A「ああ、ほんとうになにひとつない」
B「ああ、ほんとうになにひとつない」
A「ただおれがいるだけだ」
B「ただおれがいるだけだ」
A「おれしかいないはずなのに」
B「おれしかいないはずなのに」
A「おまえはだれだ」
B「おまえはだれだ」
A「おれのまねをするな」
B「おれのまねをするな」
A「するなってば」
B「するなってば」
A「怒るよ」
B「怒るよ」
A「・・・・・・」
B「・・・・・・」
A「ふん」
B「ふん」
A「ふんーだっ!」
B「ふんーだっ!」
A「何度いったらわかるんだ、おれのまねをするな」
B「何度いったらわかるんだ、おれのまねをするな」
A「おまえ、だれだ」
B「おまえだよ」
A「あ、あれ? じゃあ、おれはだれだ」
B「おれだよ」
A「・・・どうすりゃいいんだ」
B「どうしようもないさ」
A「ここにはなにもないんだ。さびしくはないか」
B「さびしいさ」


     

B「悪いことをした。あやまるよ」
A「なぜ?」
B「おまえにいやな思いをさせた」
A「いやな思い?」
B「そうだ」
A「いやな思いだって?」
B「おまえの口まねをしたことさ」
A「べつになんとも思っていないさ」
B「そうか、それならいいけど」
A「でも」
B「なんだ」
A「なぜおれの口まねをした」
B「おれには語るべき自分の言葉などないからさ」
A「そうか」
B「おれはおまえの影にすぎない」
A「じゃあ、おれは誰だ」
B「おまえはおれの影さ」
A「ここに、この場所にいるのは誰だ」
B「おまえとおれさ」
A「ここはどこだ」
B「部屋のなかだ」
A「部屋」
B「そう、部屋だ」
A「部屋はどこにある」
B「世界のそとだ」
A「それなら、世界はどこにある」
B「ない」
A「ない?」
B「そうだ。少なくとも、ここにはない」
A「ここはどこだ」
B「部屋のなかだ」
A「部屋はどこにある」
B「世界のそとだ」


     

A「ああ、退屈だ。どうしたらいい? なんでもいい、おまえが思いつくことをしゃべっ
 てくれ」
B「しゃべるって、なにをしゃべる」
A「なんでもいいんだ」
B「なんでもいい?」
A「なんでもいい。そう、おまえはここにくるまで、どこでなにをしていた?」
B「いまさら話すようなことはなにもない」
A「そんなことはわかっている。だが、ここにくるまえにおまえは別の場所にいて、そこ
 で一定の時間なにかをして過ごしたわけだろう」
B「わざわざ話すようなことではない。たいして意味のない日々だった」
A「おれは意味を求めているのじゃない」
B「知っているよ。だが、意味は大切なものじゃないか」
A「なぜ?」
B「意味がないところには順番がない。どこから話したらいいかわからないじゃないか。
 それでもなにかを話そうとするなら、なにも言わないか、いっぺんにすべてを話すか、
 どちらかしかない」
A「すべてを話してくれ」
B「なぜ」
A「退屈なんだ」
B「どこから話す? どこから始めてもいい。だが、必ず、ある一点、どこかから始めな
 ければならない。始めるには勇気がいる」
A「それなら勇気を持ってくれ」
B「なぜおれが」
A「おまえしかいないからだ」
B「おまえがいるじゃないか」
A「・・・・・・」
B「おまえが始めろ」


     

A「ああ、判ったよ。やってみよう。・・・花が咲いていたよ。道端に。きれいな花だっ
 た。だが、おれはその花の名を知らなかった」
B「それで?」
A「おれはその花を忘れた」
B「終わりか?」
A「終わりだ、さあ、次はおまえの番だぞ」
B「目が覚めた。おれは窓を開けた。寒かった。ゆうべ降った雪が積もっていた。空は晴
 れていた」
A「それでどうした?」
B「終わりだ」
A「もう終わりか」
B「おまえの番だ」
A「おれはもう話したくない。おまえが話せ」
B「おれだってもう話したくないさ」
A「・・・・・・」
B「・・・・・・」


     

A「いつまで黙っているんだ」
B「・・・・・・」
A「続きを始めよう」
B「・・・・・・」
A「さあ」
B「・・・・・・」
A「じゃあ、おれが話すよ」
B「・・・・・・」
A「おれには父親と母親がいた。祖父も祖母も。おれには弟がいた。たぶん、妹も。兄と
 か姉もいたのかもしれない。それに、おれには妻がいた。おれには子供がいた。男の子
 や女の子。おれには友人もいた。友人といっても、小学校のときの友人、中学、高校、
 大学、世の中に出てから、と、いろいろだ。それに、妻と結婚するまえにつきあってい
 た女がいた。会社の先輩、後輩、同僚。アパートの部屋の隣人。仕事の取引先。学校の
 教師。隣人がいた。おれのまわりにはたくさんの人間がいた。おれのことを知っている
 たくさんのひとがいたし、それよりたくさんのおれを知らないひとがいた。世界には数
 え切れないほどのひとがいた」
B「・・・・・・」
A「おい、聞いているのか」
B「聞いているさ」
A「なあ、おれのまわりにたくさんの人間がいたんだ。そこまではいいな」
B「すごいな。わくわくする」
A「誰の話をしようか。誰の話を聞きたい?」
B「適当にみつくろってくれ」
A「そうだなあ、小学校のときの友達の話をしよう」
B「ああ、それでいい」
A「・・・・・・」
B「どうした」
A「いや、どうしたのか、おれは」
B「おまえ顔色がよくないぞ」
A「それが、ちっとも思い出せないんだ」
B「なにも?」
A「ああ、なにも」


     

B「わかったよ、おれがやってみる」
A「頼んだよ」
B「おれには母がいた」
A「いいぞ、その調子だ」
B「おれが子供の頃、母はまだ若くて美しかった」
A「そうだろう。そうだろうとも」
B「・・・・・・」
A「どうした?」
B「思い出せない。おれには母の顔が思い出せない」
A「忘れたのか?」
B「ああ。・・・でも、母なんて、はじめからいなかったのかもしれない」
A「そうか。そりゃあ、さびしいな」
B「母だけじゃない。誰もいなかった。いま、ここにいないだけじゃなく、誰も最初から
 いなかったのかもしれない」
A「さびしいよ。ますますさびしい」
B「どうすりゃいいんだ」
A「・・・・・・」
B「おい」
A「いいじゃないか。見ろよ。きれいな夕焼けだ」
B「おまえ・・・。夕焼けが見えるのか?」
A「ははは。見えるもんか」
B「嘘か」
A「嘘でもつかなきゃ、やっていられないじゃないか」
B「おまえになにが見える」
A「なにも見えないさ。あたりまえじゃないか。ここは世界の外だ」
B「なにもないのか」
A「なにもない」
B「おまえは誰だ」
A「たぶん、おまえだよ」
B「・・・・・・」
A「・・・・・・」
B「なあ、ここはどこだ」
A「知らない」
B「たぶん、こんな場所はどこにもあっちゃいけないんだ」
A「そうだろうな」
B「もう、帰るか?」
A「おまえ、帰り道を知っているのか?」
B「知るもんか」
A「・・・・・・」
           

         


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