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私は、19世紀末印象派から20世紀末の諸傾向に至る美術の流れの分析を通して、西欧近代的な「主体」に代わる〈時空体〉という自己の在り方に到達した(『アート・ジャングル』参照)。それは、〈内部対話的/後見役的自己〉とも言い換えられる。「主体」が外部世界から自立した単一中心的で無時間的な超越的実体として思い描かれるとするならば、〈時空体〉は、身体とそれを包み込む外部的世界との時空的な関係性に他ならない知覚の断片どうしや、その記憶どうしの内部対話的なせめぎ合いを通して未知を切り拓こうと模索する多中心的な自己であり、同時に、その多中心的な自己内部の知覚や記憶相互間の関係性を非実体的な視点から見守る後見役的な自己である。 この後見役的な自己は、時間的変化に伴う知覚の断片どうしの差異やその記憶どうしの差異そのものの働きに基づいて生まれ、多中心的な自己に対するもう一つ別の非実体的な自己の関係性、という自己二重化の内部構造をなし(自己のみに基づく自己産出)、多中心的な自己の導き手として脇役的な実効性を持ち、さらに、非実体的であるがゆえに不変項的である。つまり、〈時空体〉においては、刻々と移り行く知覚の変化を核として未知を切り拓きつつ自らの根本的な成り立ちを変容させつづける自己と、その自分を見守り導くという働きの不変な自己が、矛盾なく一体化する。また、他者どうし(一方に自分が荷担すれば、自己と他者)のせめぎ合いが多中心的な自己によって引き受けられながら、他者と共有の意識の領域が後見役的な自己によって形成されうる。 ところで、人類は、言語を初めとする種々の仮構的な形象化を媒介として、外部世界との関係性としての共有の自己や社会的な意識、他者どうしの関係性としての社会制度を構築してきた。無形の領域を仮構的に形象化することこそ、人類の発展に特有の方法・手段であった。その結果、特定の仮構的な形象化の仕方がその時の外部世界の在り方を決めることにもなる。しかし、このように本質的には相対化して見られるべきはずの仮構的な形象化の所産がいつの間にか実体化され、自己模倣的な再生産や形式的な継承がつねに引き起こされる。そうした危険性が歴史上長く付きまとってきた。この落とし穴から抜け出すためには、動物行動学その他を参照しつつ、脳や感覚器官などからなる身体を持って時間とともに生きて死ぬ生命体としての人間存在の原点に立ち戻り、今、時間と存在が交わる地平に立って仮構的な形象化の本来の力を回復させなければならない。 日本の縄文時代に生み出された土器や土偶、建造物などを、空間的な場の広がりにおける時間的な意識の流れの痕跡としてとらえ、当時のトータルな意識空間を推察することは、現代における精神的な支えや行動の目安となるはずの、〈時空体〉の仮構的な形象化の可能性を問うという観点からして、きわめて興味深い。そのために大きな示唆を与えうるさまざまな構造的特徴が、それらに見出されるからである。たとえば、中期縄文式土器の文様と器形では、〈溝の深さ〉と〈迷路性〉によって、多中心的な空間知覚における〈時空の揺らぎ〉が紡ぎ出され、〈未完結性〉によって、〈未来の予知/制御〉が企図される。縄文中・後期の土偶には、正面性が強いとしても頭部と胴部中心で握りやすく母性を感じさせる小さな人形という形状からして、宇宙の中心の人格的な象徴化としての偶像ではなく、宇宙と人間との間を取り持つ使者、見えざる宇宙の中心と人間との関係性の隠喩、宇宙のカオスに対して人間を守護する力の表徴としてのお守り/護符、脇役的で司祭的な役割を演ずる儀式用小道具といった属性が認められる。土偶は、私の言う〈後見役的自己〉を想わせる。 |
| January 10, 2000. |
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| Logbooks(航海日誌)と名づけたこのページには、その時々の出来事や、それについて感じたこと、考えたこと、これからしたいと思うことなどを気軽に記してみたい。書籍や論文・記事などを巡る経緯を振り返って思いつくことも書こう。関連した情報も掲載するつもりである。最後に、自分の簡単な略歴とE-mailのアドレスを付け加えておく。 |
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1999 年の年末に『アート・ジャングル』の刊行が一段落してほっとしている。実は、1994年から95年にかけて雑誌『現代思想』に断続的に掲載した長い論文「視点システムの変換」「生体への下降、そして飛翔」(雑誌『現代思想』青土社/両方併せて400字詰め原稿用紙350枚ほど)が、『アート・ジャングル』を書き下ろす際の大きなベースになっていて、それ以来の懸案を解決することができたからである。2つの論文を改稿して単行本に収録するのではなく、まったく別のかたちで考えを深めた。 その間に別の著書『ハイブリッド・アートの誕生』(1996年)を出版したのだが、非西欧近代の側面がこの本では注視されていて、それを補う意味でも、欧米の近代美術・現代美術の側面を中心にして論理的に一歩進めた『アート・ジャングル』の刊行は、私にとってとても重要であった。1999年を通して同時進行した雑誌『美術手帖』連載「カラー版20世紀の美術」の「7 抽象表現主義からミニマル・アートへ」「10 視覚と認識の変革」の執筆は、問題点を明確化するのに役立った。 2000 年1月23日(日)付の「東京新聞」「中日新聞」朝刊・読書面と、同じく1月中の「毎日新聞」朝刊・読書面に『アート・ジャングル』著者紹介の記事が掲載予定である。興味を持ってくれる人が一人でも多くいれば、うれしい。 |
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中村英樹(なかむら・ひでき):1940年名古屋生まれ。名古屋大学文学部哲学科(美学美術史専攻)卒業。1965・69年美術出版社主催芸術評論募集に入選。以後、新聞・雑誌・展覧会企画などによる評論活動を展開。1986・91年インド・トリエンナーレのコミッショナー、1986年バングラデシュ・アジア美術ビエンナーレのコミッショナー。1992年「東南アジアのニューアート−美術前線北上中」展(国際交流基金)企画参加。1993年バングラデシュ・アジア美術ビエンナーレ国際審査員。名古屋造形芸術大学教授。武蔵野美術大学特別講師。国際美術評論家連盟会員。 |